どのように「部落」が成立したかという歴史を扱った本ではなく、近代から第二次大戦後にかけて、どのように「部落史」が記述されてきたかを整理した本。上古に遡る日本史は諸説色々あり、その結果、被差別層がどのように固定化され、また彼らの集落が限定されてきたか、という歴史的事実を完全に説明することは恐らく今後も不可能である。部落史を扱う本が書かれ始めた大正時代でも現在と同様、上古の歴史は謎であり、著者が発掘した書き手達(=柳田国男を含む)の語る部落形成史は拍子抜けするくらい主観的で、いい加減であることに驚いた。参考になった点は以下。
1. 柳田国男は非定住者を賤民として整理したが、それでは定住者である「えた」の説明ができないこと。また、サンカのような非定住者達の存在を治安上・統制上の問題として官僚・柳田国男は認識していたこと。これらの指摘は、柳田国男という人物を考える上で大変興味深い。
2. 鎖国の影響から皮革が不足し、その結果、死牛馬の効率的処理を各藩が制度化する江戸時代に「えた部落」が完成すること。この面白い説明を僕は本書で初めて知ったが、著者が批判的に本書で扱うマルクス主義者達よりも、ある意味で直球のマルクス主義的分析(=上部構造と下部構造の話は著者も触れている)である点はご愛敬だ。
3. 古墳・律令時代に東国のエミシ達が全国に俘虜として分散され賤民化したという説明は、多分、歴史学ではメジャーな説明ではないかと思う。著者は菊池山哉の説を受けて、そのような俘虜を全国各地に地名が残る「別所」に配流し、その近くに住みながら、彼らを見張る役割も担わされたのが被差別部落民であると指摘する。菊池山哉がこの分野で唱えた説はトンデモなモノも含まれ(例. 被差別部落民を異民族起源としたが、後に誤りであると認めた)、彼の説を踏まえて歴史研究が今後進む可能性は少ないだろうが、中々新鮮な説だ。
賤民/被差別部落民を巡る社会システムの歴史に関心のあった僕にとって、本書はストレートに応えてくれる本ではなかったので星は一つ削った。だが、良かれ悪しかれ、大学教員の歴史家では決して行わないような独特な資料研究の成果として、バカにはできない本だと思う。
部落史入門 (河出文庫) (日本語) 文庫 – 2016/1/7
塩見 鮮一郎
(著)
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本の長さ215ページ
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言語日本語
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出版社河出書房新社
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発売日2016/1/7
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ISBN-104309414303
-
ISBN-13978-4309414300
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
明治維新後、なぜ被差別部落だけが、近代の思想に抗して残ったのか―。被差別部落の誕生から歴史を解明した的確な入門書は意外に少ない。柳瀬勁介、高橋貞樹、喜田貞吉、柳田国男、佐野学らの先行文献を検証しながら、マルクス主義史観にとらわれず、著者の肉声で綴られる、わかりやすい被差別部落の歴史と実際の決定版。
著者について
1938年岡山県生まれ。作家。河出書房新社編集部を経て著述業に。主な著書に『浅草弾左衛門』『車善七』『江戸東京を歩く 宿場』『弾左衛門の謎』『異形にされた人たち』『乞胸 江戸の辻芸人』『吉原という異界』等。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
塩見/鮮一郎
1938年、岡山市生まれ。河出書房新社編集部を経て、作家に(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1938年、岡山市生まれ。河出書房新社編集部を経て、作家に(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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8人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2016年2月5日に日本でレビュー済み
気に入るか、気に入らないかで言えば「気に入らない」。なので、「気に入らない」の星二つ。
理由は簡単で、「入門」とあるから。なので、本書の底本である「脱イデオロギーの部落」そのままのタイトルだったら、タイトルと内容が合致して良かっただろう。もっとも、自分はそのタイトルだったら、手に取らなかっただろうが。
なので、本書を真摯に部落や部落の歴史を勉強したいが、全く知識が無い人が理解出来る「入門」書では無い。著者の先達である部落研究者達が、どの様なイデオロギーをベースにして部落に関する著書を発表してきたか、それを紐解く本だ。部落に関して中級者レベルの知識が無いと面白くないのではないだろうか。
理由は簡単で、「入門」とあるから。なので、本書の底本である「脱イデオロギーの部落」そのままのタイトルだったら、タイトルと内容が合致して良かっただろう。もっとも、自分はそのタイトルだったら、手に取らなかっただろうが。
なので、本書を真摯に部落や部落の歴史を勉強したいが、全く知識が無い人が理解出来る「入門」書では無い。著者の先達である部落研究者達が、どの様なイデオロギーをベースにして部落に関する著書を発表してきたか、それを紐解く本だ。部落に関して中級者レベルの知識が無いと面白くないのではないだろうか。
2016年1月11日に日本でレビュー済み
近代部落史について、著者の書き得る視点からほぼすべてを網羅している、内容の濃い、それでいて読みやすい入門書が文庫になった。
2005年、にんげん出版から出た『脱イデオロギーの部落史』をほぼそのまま収録しているが、タイトルがシンプルになって、これからより広く読まれることになるだろう。
内容は近代部落史だが、たんに『部落史入門』とあるのは、部落問題が近代以降の産物にほかならないからで、そのことも本書には書かれている(第十章「解放と隠蔽」 詳しくは著者の『解放令の明治維新』など参照)。
高橋貞樹、柳瀬勁介、柳田国男、喜田貞吉、佐野学、菊池山哉、高橋梵仙、三好伊平次。
部落史に名を留めるビッグネームが全部で三十一章の目次に名を連ねるが、一般には知られていない人も多いかもしれない。
そんな人物たちの残した重要な業績を、わかりやすく解説してくれるのもありがたい。
個人的には、始まりの第一章と最後の章、つまり水平社で始まり水平社で終わっていることに関心を持った。
この本のもとになったのは、雑誌『ヒューマンライツ』の連載で、1998年~2000年のころのことだとあとがきにある。
この著者には、『西光万吉の浪漫』という長編小説があるが、これが1996年に出ている。
おそらく、若き西光万吉と水平社創立メンバーのことが、まだ生暖かく著者の脳裡に残っていたのだろうと想像する。
ちなみにこの長い小説は、かの有名な水平社宣言のシーンで終わっていて、その後の西光万吉や水平社には触れていない。
イデオロギーにからみとられる前の、若者たちの純粋な思いが、水平社宣言へと突き動かした。
『脱イデオロギーの部落史』という底本のタイトルには、そのことが色濃く反映している気がする。
2005年、にんげん出版から出た『脱イデオロギーの部落史』をほぼそのまま収録しているが、タイトルがシンプルになって、これからより広く読まれることになるだろう。
内容は近代部落史だが、たんに『部落史入門』とあるのは、部落問題が近代以降の産物にほかならないからで、そのことも本書には書かれている(第十章「解放と隠蔽」 詳しくは著者の『解放令の明治維新』など参照)。
高橋貞樹、柳瀬勁介、柳田国男、喜田貞吉、佐野学、菊池山哉、高橋梵仙、三好伊平次。
部落史に名を留めるビッグネームが全部で三十一章の目次に名を連ねるが、一般には知られていない人も多いかもしれない。
そんな人物たちの残した重要な業績を、わかりやすく解説してくれるのもありがたい。
個人的には、始まりの第一章と最後の章、つまり水平社で始まり水平社で終わっていることに関心を持った。
この本のもとになったのは、雑誌『ヒューマンライツ』の連載で、1998年~2000年のころのことだとあとがきにある。
この著者には、『西光万吉の浪漫』という長編小説があるが、これが1996年に出ている。
おそらく、若き西光万吉と水平社創立メンバーのことが、まだ生暖かく著者の脳裡に残っていたのだろうと想像する。
ちなみにこの長い小説は、かの有名な水平社宣言のシーンで終わっていて、その後の西光万吉や水平社には触れていない。
イデオロギーにからみとられる前の、若者たちの純粋な思いが、水平社宣言へと突き動かした。
『脱イデオロギーの部落史』という底本のタイトルには、そのことが色濃く反映している気がする。