ディックによると、4人目の妻ナンシーと出会って最初に書いた小説が本作だという。
「ナンシーはとても美しく優しく愛らしく素晴らしい女性だった。そのおかげで、私の描く人間には、それまでにはなかった性格が加わった。あのころは本当に幸せだった」
となると本作、とてつもなくハッピーな作品なのかというと、本作は、ディック作品中でもかなり悲劇的な内容といえます。
なぜなの?
「この結婚が長くは続かないのではないかとの不安もあった。それまでの三度の結婚がみんな破綻しているからね。やがて訪れる破局を予期していたんだよ」
幸福すぎると、この幸福はいつか終わる、やがて彼女を失うことになるとの不安を抑えきれない。
そんなディックの気持ちが作品に表れているようです。
とは言うものの、本作にもディックならではの、時間が部分的に逆行する場面描写にユーモアを感じさせます。
たとえば、
「彼は、コーヒーの熱い液体を、くたびれた口から吐き出しながら、その味を愉しんだ」
「灰皿から吸い殻をとって火をつけると、煙を吸い殻に吹き込みはじめた」
まじめに時間逆行設定を考えると矛盾だらけですが、上記のような描写をディックのユーモア感覚、もしくはディックの現実崩壊描写として楽しめれば、それでOKです。
本作は1983年にハヤカワ文庫から刊行されたものの改訳版です。
会話文を一部引用して比較すると、
旧訳版「おたのみします。そこの方。外に出たいの。聞こえますか?」
改訳版「おねがいよ。だれか。外に出たい。聞こえるの?」
という感じで、今の自然な会話文となり、地の文も含め、全体として読みやすくなったように感じました。
ディック作品では「火星のタイムスリップ」などでも翻訳に定評のある小尾芙佐氏の訳なので安心して読むことができました。
Kindle 端末は必要ありません。無料 Kindle アプリのいずれかをダウンロードすると、スマートフォン、タブレットPCで Kindle 本をお読みいただけます。
-
Apple
-
Android
-
Windows Phone
-
Android
無料アプリを入手するには、Eメールアドレスを入力してください。





