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身体化された心―仏教思想からのエナクティブ・アプローチ 単行本 – 2001/8/10

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商品の説明

内容紹介

世界は、われわれから独立して存在するのか? 仏教思想をもとに、従来の認知科学の前提に根本的な疑問を投げかけ、認知を「身体としてある行為」と見るエナクティブ(行動化)・アプローチへと至る。「オートポイエーシス」のヴァレラ自らが「最も重要な著書」と語る知的興奮の書。

内容(「BOOK」データベースより)

世界は、われわれから独立して存在するのか?認知は、記号的表象の計算にすぎないのか?東洋仏教思想の伝統である「三昧/覚瞑想」を手法とし、従来の認知科学の前提に根本的な疑問を投げかけ、認知を「身体としてある行為」と見るエナクティブ(行動化)・アプローチへと至る。「オートポイエーシス」理論で名をはせたヴァレラ自らが「最も重要な著書」と語る新たな世界認識への道を開く知的興奮の書。

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登録情報

  • 単行本: 405ページ
  • 出版社: 工作舎 (2001/8/10)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4875023545
  • ISBN-13: 978-4875023548
  • 発売日: 2001/8/10
  • 商品パッケージの寸法: 19.5 x 13.5 x 3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7 3件のカスタマーレビュー
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形式: 単行本
オートポイエーシスの創始者のひとりであるヴァレラが何故今中観仏教を取り上げるのか。自己の投影としての世界と、世界の投影としての自己という循環に、仏教は真剣に取り組んできたからだ、とヴァレラは説明する。
西洋の伝統的な科学観や認知主義の伝統では、この自己と世界との循環についての問題を無視し続けてきたが、インドに起源を持つ仏教はそうではなかった。そこで、ヴァレラは西洋の哲学を補完するという目的でナーガールジュナ(龍樹)の「中論」を取り上げる。その解釈はシンプルであるが、破綻していない正しい理解であると感じた。これは西洋の学者からの解釈と言う眼で見るときわめて異例のことだろう。ヴァレラは真剣に仏教を哲学として学習した、この点だけをとっても星を5つつける価値はある。
システム論の中核をになう人物によるサイバネティクスの歴史の全貌を知るにも、この本は有効だ。読むことによって仏教がまったく新しい地平の上で展開されてゆく過程を、目の当たりにすることができる。
間違いなく、名著である。
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投稿者 I am that I am. トップ500レビュアーVINE メンバー 投稿日 2006/6/13
形式: 単行本
本書は、これまで主流であった西洋科学の二元論的手法の限界を感じ、
東洋思想の主要な一つである仏教に着眼して、科学のあり方を再考したものです。

西洋科学全般にあてはまると思われることについて、
著者の領域である認知科学を取り出して、その根底となる思想、歴史、限界を導き出しています。
また、仏教の考え方を認知科学の知見を駆使して紐解きながら、仏教の考え方がこれから重要になってくると説いています。

ただし、西洋科学を単に批判しているわけでもなく、仏教を批判なく肯定しているわけではないことに注意する必要があります。
この手の本がでると、とかく表層的な引用によって自説を展開したい人が数多く存在します。
東洋の方が偉大だ、還元主義は駄目だ、日本は偉い、などと直ぐに引用する人が山ほどいます。

本書の域に至ったのは、仏教の思想だけでも西洋科学だけでもだめであり、両者の長所を上手く融合したからです。
仏教の無我無常という思想だけでは分析的に世界を観ることは容易ではないでしょうし、
西洋の還元主義だけでは相互依存的な発想はでてこなかってでしょうから。

仏教の考え方は、最近の自然科学で物凄い勢いで取り入れられていると思います。
学者さんた
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形式: 単行本 Amazonで購入
自己は、存在するのか。
自己とは切り離して、独立する実在の世界は、存在するのか。
自己や世界を知る心は、どこにあるのか。

これらのような根源的な問いに、答えようとする書である。
もちろん、これらは正解のない問いである。
それでも、認知科学の今日的な研究成果と仏教の伝統的な思索とを統合して、ラディカルに答えようとしている。

自己と実在の世界はあるとも言えるし、ないとも言える。
緩い真理を受け入れるなら、それらはある。
しかし、厳密な真理を求めるなら、それらはない。

一方、科学的な実証主義も、哲学的なニヒリズムも自己に執着する。
実在を素朴に信じても、徹底的に否定しても、根は同じであり、確かな根拠を求めているからである。
このことが、自己に固執する不幸を招く。

歴史的に振り返れば、殺し合いを生むような神々の論争があった。
今日の世界的なテロも、ある。
それらは、確かな正しい自己に固執することから、始まっているのではないか。

2つの真理を使い分けて、自己に固執することから自由になるべきである。
自己も実在する世界も、いずれもあるとも言えるし、ないとも言えるのである。
今、ここでの瞬間を生きる自己を解放するべきであろう。
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