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超芸術トマソン (ちくま文庫) 文庫 – 1987/12

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

都市に“トマソン”という幽霊が出る!?街歩きに新しい楽しみを、表現の世界に新しい衝撃を与えた“超芸術トマソン”の全貌が、いまここに明らかにされる。多くの反響を呼んだ話題の本に、その後の「路上観察学」への発展のプロセスと、新発見の珍物件を大幅に増補した決定版。


登録情報

  • 文庫: 495ページ
  • 出版社: 筑摩書房 (1987/12)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4480021892
  • ISBN-13: 978-4480021892
  • 発売日: 1987/12
  • 商品パッケージの寸法: 14.6 x 10.6 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7 17件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 28,803位 (本の売れ筋ランキングを見る)
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カスタマーレビュー

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トップカスタマーレビュー

形式: 文庫
この本の元になった赤瀬川原平の連載が白夜書房のウィークエンドスーパー、写真時代
で発表されてから24年ほどになるのだろうか。一時のブームにすぎないと思われた本書がこ
れほどのロングセラーになって刷数を重ねていると誰に想像できただろう。

 トマソン観測は路上観察に発展解消したようなアナウンスが出版元から成されている。
 ほんとうにそうだろうか。

 無名な人達が発見のおもしろさに突き動かされて、ある者は煙突に登りある者は休暇を
とって街を歩き回った。美しいだけで全く役に立たないものの為に。
そんな有り様が赤瀬川の筆を動かし、独特な(異様と言ってもいい)ダイナミズムがあふ
れた本になっている。
内需拡大→地上げバブル にさらされた東京の町のナマな記録も本書の切り離せないバッ
クグラウンドとして色を放っている。

 トマソンとは決して有名な先生達が頭でひねくり出した観念的な思いつき、平凡な物の
しゃれた見立てではなくて実在するものだったと20数年は証明しているのではないだろうか。
また美術・芸術とはなんなのかを美術を学び、志す人には問い直してくる青春の書でもあろう。
(さしづめ美術界のサリンジャー?)
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投稿者 カスタマー 投稿日 2002/5/14
形式: 文庫
新しい視点を与えてくれる本にめぐりあえる機会はそう多くない。この本はそういった数少ない機会を提供してくれる本である。純粋階段にはじまり、無用の窓口、無用門へと続く流れは、新しい視点を詳細な観察からつくりあげていくプロセスと楽しみを非常にわかりやすい形で示してくれる。
その後に続く発見も驚きに満ちており、読者を飽きさせない。
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形式: 文庫 Amazonで購入
スナップ写真が好きなので、赤瀬川原平に興味を持ち、初めて読んだ著作が本書。自分の目が、見えているようで、多くのものを見ていないことに気づかされた。本書を読んでからは、今までと違う視点から街を眺めるようになった。私が立ち止まって写真を撮っていると、道行く人が被写体に興味をもってのぞくが、たいていは小首をかしげながら通り過ぎていく。まだ開眼していない人たち。以前の自分。
先日、妻と歩いていると、「ほら、あそこ」と言われ指の先を見ると、高所扉(詳細は本分参照)があった。トマソン熱は妻にも感染したようだ。
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形式: 文庫
数年前には「老人力」という本が大ベストセラーになった赤瀬川原平だが、その原点はこの「トマソン」を中心とした路上観察の世界だ。

かつてせっかく日本に呼ばれてきたものの、実力を十分に発揮出来なかった巨人の「トマソン」選手の名から命名したのは言い得て妙といったところか…。しかし、この彼(赤瀬川原平)の独特の世界というのは何と言ってよいのか、一度味わったらやめられないものがある。かく言う愚生も彼の世界観にハマッてからは、名古屋にまで「赤瀬川原平展」を見に行ってしまった。

多分同じような知的好奇心をお持ちの方はこのようにハマッてしまうだろう。
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投稿者 hanaohanao 投稿日 2011/5/12
形式: 文庫
 大人たちの会話の中でトマソンという固有名ともつかぬ言葉を初めて聞いたのはいつのことだったか?百聞は一見に如かず。トマソンは無用の長物ではないんであって、トマソンはトマソンとしか説明のしようがない。だって《芸術のように実社会にまるで役に立たないのに芸術のように大事に保存されあたかも美しく展示されているかのようなたたずまいを持っている、それでありながら作品と思って造った者すら居ない点で芸術よりも芸術らしい存在=「超芸術」》とか説明されても、???ってな感じでしょう。煙に巻かれ、トマソンは自分で見つけ楽しむに尽きるってことなのかも(笑)。
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形式: 文庫
というわけでトマソンである。
トマソンはもうトマソンとしてかなりメジャーな存在になっていますので、説明不用かと思いますので、ここではあえて言及いたしません。

問題はタイトルの「超芸術」です

そもそも「芸術」とは何か?
アートとはどういう現象なのか?
そして、それを超える「超芸術」とはいったいなんなのか?

20世紀に入り近代アートの「芸術」の解釈は膨張の一途をたどり、
トイレの便器をして美術館に飾られる「芸術品」になりえました。
そんな世界で前衛芸術家として、極限まで「芸術」とは何か?
そのことを考えに考え抜いたアカセガワがたどり着いたひとつの現代アートの極北
それが、「超芸術トマソン」

便器やキャンベルスープ缶が芸術になるということは、作品それ自体ではなく、
鑑賞する者の中に「芸術」があると言うことではないのか?

「芸術」は「見る者」の中に既にあるとするならば
「芸術作品」には主体的な「作者」すら必要ないのではないか?

「見る者」の中にある「芸術性」を呼び覚ますには
「作品」を「芸術」たらしめようとする作者の「作為」はむしろ邪魔になってくる。
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