この商品をお持ちですか?
マーケットプレイスに出品する
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません 。詳細はこちら
Kindle Cloud Readerを使い、ブラウザですぐに読むことができます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
資本主義という病: ピケティに欠けている株式会社という視点 単行本 – 2015/5/15
購入を強化する
内田樹氏(哲学者、武道家)推薦!
「日本ではいま官民をあげて社会制度の『株式会社化』を推進している。国民国家も地方自治体も医療も教育も、株式会社に似せて組織化されねばならないと人々は呼号している。しかし、本書は株式会社が滅びを宿命づけられた、深く病んだシステムであることを教えてくれる。」
平川克美氏(事業家、文筆家、立教大学MBA特任教授)による1万字特別解説も収録。
「わたしは、日本社会の問題の中心に株式会社があると、見抜いた奥村の慧眼にいまさらながら、驚く。奥村のような息の長い研究をすることは稀有のことであり、ほんとうはこのような長期にわたる定点観測だけが暴きだせる真実というものがあるということを、ジャーナリストは奥村に学ぶ必要があるだろう。」
1970年代のオイルショック、2001年のエンロン事件、そして2008年のリーマンショック以降、さまざまな論者によって資本主義は行き詰まっている、危機に陥っている、さらには終焉を迎えようとしている、などと主張されています。
本書では、その原因を資本主義のエンジンである「株式会社」の巨大化・肥大化によるものであると鋭く指摘。
資本主義と株式会社の病因を「格差」「有限責任」「買収、合併」「支配」「実体」「金融資本」「無責任」「全体主義」などをキーワードに明らかにします。
さらに、資本主義と株式会社の先に別の道がないのかも探ります。
「日本ではいま官民をあげて社会制度の『株式会社化』を推進している。国民国家も地方自治体も医療も教育も、株式会社に似せて組織化されねばならないと人々は呼号している。しかし、本書は株式会社が滅びを宿命づけられた、深く病んだシステムであることを教えてくれる。」
平川克美氏(事業家、文筆家、立教大学MBA特任教授)による1万字特別解説も収録。
「わたしは、日本社会の問題の中心に株式会社があると、見抜いた奥村の慧眼にいまさらながら、驚く。奥村のような息の長い研究をすることは稀有のことであり、ほんとうはこのような長期にわたる定点観測だけが暴きだせる真実というものがあるということを、ジャーナリストは奥村に学ぶ必要があるだろう。」
1970年代のオイルショック、2001年のエンロン事件、そして2008年のリーマンショック以降、さまざまな論者によって資本主義は行き詰まっている、危機に陥っている、さらには終焉を迎えようとしている、などと主張されています。
本書では、その原因を資本主義のエンジンである「株式会社」の巨大化・肥大化によるものであると鋭く指摘。
資本主義と株式会社の病因を「格差」「有限責任」「買収、合併」「支配」「実体」「金融資本」「無責任」「全体主義」などをキーワードに明らかにします。
さらに、資本主義と株式会社の先に別の道がないのかも探ります。
- 本の長さ247ページ
- 言語日本語
- 出版社東洋経済新報社
- 発売日2015/5/15
- ISBN-104492314628
- ISBN-13978-4492314623
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
資本主義が危機に陥り、株式会社が行き詰まっている原因はどこにあるのか?「格差」「有限責任」「買収、合併」「支配」「金融資本」「無責任」「全体主義」などをキーワードに明らかにする。
著者について
奥村 宏(オクムラ ヒロシ)
会社学研究家
1930年生まれ。新聞記者、研究所員、大学教授を経て、現在は会社学研究家。
著書に、『日本の株式会社』『法人資本主義の運命』『無責任資本主義』『東電解体』『パナソニックは終わるのか』『会社の哲学』(以上、東洋経済新報社)、『会社本位主義は崩れるか』『株式会社に社会的責任はあるか』(以上、岩波書店)、『エンロンの衝撃』『会社はどこへ行く』(以上、NTT出版)、『三菱とは何か』(太田出版)、『会社をどう変えるか』(筑摩書房)、『株のからくり』『経済学は死んだのか』(以上、平凡社)、『会社学入門』『徹底検証 日本の電力会社』(以上、七つ森書館)などがある。
会社学研究家
1930年生まれ。新聞記者、研究所員、大学教授を経て、現在は会社学研究家。
著書に、『日本の株式会社』『法人資本主義の運命』『無責任資本主義』『東電解体』『パナソニックは終わるのか』『会社の哲学』(以上、東洋経済新報社)、『会社本位主義は崩れるか』『株式会社に社会的責任はあるか』(以上、岩波書店)、『エンロンの衝撃』『会社はどこへ行く』(以上、NTT出版)、『三菱とは何か』(太田出版)、『会社をどう変えるか』(筑摩書房)、『株のからくり』『経済学は死んだのか』(以上、平凡社)、『会社学入門』『徹底検証 日本の電力会社』(以上、七つ森書館)などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
奥村/宏
1930年生まれ。新聞記者、研究所員、大学教授を経て、現在は会社学研究家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1930年生まれ。新聞記者、研究所員、大学教授を経て、現在は会社学研究家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1分以内にKindleで 資本主義という病―ピケティに欠けている株式会社という視点 をお読みいただけます。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
登録情報
- 出版社 : 東洋経済新報社 (2015/5/15)
- 発売日 : 2015/5/15
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 247ページ
- ISBN-10 : 4492314628
- ISBN-13 : 978-4492314623
- Amazon 売れ筋ランキング: - 114,683位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 41位資本主義論
- - 4,970位投資・金融・会社経営 (本)
- カスタマーレビュー:
この商品を買った人はこんな商品も買っています
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
5つ星のうち3.6
星5つ中の3.6
9 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2017年9月7日に日本でレビュー済み
違反を報告する
Amazonで購入
表現や言い回しを変えただけで、同じ趣旨の文書が多く少々うんざりしてしまう所がありました。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
ベスト1000レビュアー
著者は民間人の立場で「会社」という制度を長年分析し、多くの著書を刊行してきた。本書以前にも、たとえば『法人資本主義の運命-株式会社の「死に至る病」』(東洋経済新報社、1995年刊)では、資本主義における企業の役割を徹底的に考察し、「法人資本主義」が日本を支配しているとの発見に至っている。本書は、その「法人資本主義」の害悪とその運命を分かりやすく解説したものである。なお、平川克美氏による長文の解説は、著者への敬意に溢れており、「奥村理論」の全体像の理解に役立つ。
戦後日本で起きた公害や大事故は、ほとんどが大企業によるものである。本書でも取り上げられているが、チッソによる水俣病、JR西日本による列車脱線事故など、枚挙にいとまがない。極め付けは、東京電力福島第一原発事故だろう。大勢の人々が土地や家、家族やコミュニティを失い、いまだに仮設住宅暮らしの人々も多いというのに、東電や政府は避難者の支援を縮小し、まだ放射線レベルが高い地域への帰還政策すら推進している。それにもかかわらず、東京電力や原子力政策を推進してきた政府当局など責任者の誰一人として法的な責任を取っていない(訴訟は継続中であるが)。
著者は、このような不正義が「有限責任」という株式会社の仕組みに由来すると説く。確かに、上記の社会的大事件の他、企業会計にまつわる数々の不正(エンロン、オリンパス、東芝などの粉飾決算事件)が後を絶たないことからも、著者の説には説得力がある。このことを著者は一言で「有限責任は無責任である」と断じている(第8章)。
本書はもう一点、「日本に蔓延している会社本位主義は、個人の自由な発想を極度に制約する全体主義である」という重要な指摘もしている(第9章)。「会社」を「官僚組織」にまで敷衍すれば、マスコミを賑わす大小の不祥事の大部分がこの「会社本位主義」と関連しているとみなしてよさそうである。著者は、このような「会社本位主義」から訣別するには、大企業を解体して小規模な組織にすると同時に、大企業志向が根強い日本人の考えの転換を促している。ただし著者は、「ポスト資本主義」の処方箋は、読者自らが考えるべき、としている。
著者が何回か言及しているように、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、2014年刊)においては、所得格差そのものは詳しく論じられているが、その格差を生み出す主要マシンである株式会社については全く分析が及んでいない。この意味で、本書はピケティを補完するといってよい。ただ、本書を読んでの評者の感想は、大企業と政治権力との結託が株式会社の害悪を極大化している、という視点が欠落しているのではないか、という点である。原発事故収束の遅れや原発再稼働の裏にある政官産学複合体(原子力ムラ)、あるいは大企業が国家まで乗っ取りかねないTPPなど、「資本主義とう病」は、株式会社の仕組みだけでなく、「大企業と政治権力との結託」という視点を導入しないと解決の目途すら立たないのではないだろうか。著者の分析が更に深められることを期待したい。
戦後日本で起きた公害や大事故は、ほとんどが大企業によるものである。本書でも取り上げられているが、チッソによる水俣病、JR西日本による列車脱線事故など、枚挙にいとまがない。極め付けは、東京電力福島第一原発事故だろう。大勢の人々が土地や家、家族やコミュニティを失い、いまだに仮設住宅暮らしの人々も多いというのに、東電や政府は避難者の支援を縮小し、まだ放射線レベルが高い地域への帰還政策すら推進している。それにもかかわらず、東京電力や原子力政策を推進してきた政府当局など責任者の誰一人として法的な責任を取っていない(訴訟は継続中であるが)。
著者は、このような不正義が「有限責任」という株式会社の仕組みに由来すると説く。確かに、上記の社会的大事件の他、企業会計にまつわる数々の不正(エンロン、オリンパス、東芝などの粉飾決算事件)が後を絶たないことからも、著者の説には説得力がある。このことを著者は一言で「有限責任は無責任である」と断じている(第8章)。
本書はもう一点、「日本に蔓延している会社本位主義は、個人の自由な発想を極度に制約する全体主義である」という重要な指摘もしている(第9章)。「会社」を「官僚組織」にまで敷衍すれば、マスコミを賑わす大小の不祥事の大部分がこの「会社本位主義」と関連しているとみなしてよさそうである。著者は、このような「会社本位主義」から訣別するには、大企業を解体して小規模な組織にすると同時に、大企業志向が根強い日本人の考えの転換を促している。ただし著者は、「ポスト資本主義」の処方箋は、読者自らが考えるべき、としている。
著者が何回か言及しているように、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、2014年刊)においては、所得格差そのものは詳しく論じられているが、その格差を生み出す主要マシンである株式会社については全く分析が及んでいない。この意味で、本書はピケティを補完するといってよい。ただ、本書を読んでの評者の感想は、大企業と政治権力との結託が株式会社の害悪を極大化している、という視点が欠落しているのではないか、という点である。原発事故収束の遅れや原発再稼働の裏にある政官産学複合体(原子力ムラ)、あるいは大企業が国家まで乗っ取りかねないTPPなど、「資本主義とう病」は、株式会社の仕組みだけでなく、「大企業と政治権力との結託」という視点を導入しないと解決の目途すら立たないのではないだろうか。著者の分析が更に深められることを期待したい。
2015年9月30日に日本でレビュー済み
株式会社を通じて資本主義社会の問題点を指摘した書。
株式会社という仕組みは、「法人」という概念によって組織され機能し、
資本主義社会の発展に大いに寄与した。
しかし一方で、株式会社が巨大化することで、
環境破壊など、社会にかつてない規模のコストを強いる存在になっていて、
深刻な影響を及ぼしていると著者は説く。
そもそも、「法人」という抽象的な概念自体が、個人の責任の所在を曖昧にし、
株主の「有限責任」と、株を自由に売買できる仕組みが拍車をかけた。
巨大企業は利益追求に猛進、組織的な不正や汚職も横行し、歯止めが利かなくなる。
著者は、これらの問題解決には、大企業の解体しかないという。
そもそも会社の規模が大きいことが一流の証である、とうい価値観自体がおかしく、
そうした教育をしている大学の改革から必要だと述べている。
興味深く、考えさせられる材料を提示してもらえた本。
株式会社という仕組みは、「法人」という概念によって組織され機能し、
資本主義社会の発展に大いに寄与した。
しかし一方で、株式会社が巨大化することで、
環境破壊など、社会にかつてない規模のコストを強いる存在になっていて、
深刻な影響を及ぼしていると著者は説く。
そもそも、「法人」という抽象的な概念自体が、個人の責任の所在を曖昧にし、
株主の「有限責任」と、株を自由に売買できる仕組みが拍車をかけた。
巨大企業は利益追求に猛進、組織的な不正や汚職も横行し、歯止めが利かなくなる。
著者は、これらの問題解決には、大企業の解体しかないという。
そもそも会社の規模が大きいことが一流の証である、とうい価値観自体がおかしく、
そうした教育をしている大学の改革から必要だと述べている。
興味深く、考えさせられる材料を提示してもらえた本。
2015年8月18日に日本でレビュー済み
奥村氏は、資本主義を論じていても、それは日本の資本主義のことをさしている。いわゆる会社資本主義である。なので、一般にかかれている、資本主義の終わりという、グローバルな意味で使用していない。この本も日本固有の、戦前から続く、無責任体質の組織体が運営する、軍部だったり、会社組織のことをさして論じているので、ピケティ云々は多分それにあやかったにすぎない。
ただ、日本の組織の構造体に対する彼の意見は、きわめて厳しく正しい部分がある。従ってその組織が運営する資本主義は病んでいるのである。
その病は無責任体質である。リーダーの欠如であり、それを助長しているのが、会社のもつ無限責任制から有限責任制への移行であるという彼の主張は、一貫している。東電、東芝などの大企業が病んでいるのは、無責任体質から来る隠蔽体質である。勿論、日本の大企業の中にも、透明性、つまり株主から見て自己資本の部分が、明瞭にオープン化されている企業もなくはないが少ない。中堅企業・中小企業も同様である。会社が全てという人生がまかり通った時代から、今日に至るまで企業イコール日本型資本主義の中枢にいる人の体質は変わっていない。いやむしろ陰湿かつ病んでいる。
このような、彼の主張は、彼が東京大学や大手企業の出身でない、ジャーナリストであるから一貫として、これまた無視続けられてきた。学者やえせ専門家の悪いところはしがらみや、現場知らずであることで、かれが一貫として日本の株式会社をウオッチしてきた重みはそれらの人々よりも的をえているし、おもねる部分がない分、参考になる。ベンチャーなどを経営しようと心がける人はまず彼の本を読むべきであろう。会社人間とは、会社人生を終わった人々、特に会社の中枢にいた人ほど、使い物にならないのはこの無責任体質をそのまま引きついているからである。
ただ、日本の組織の構造体に対する彼の意見は、きわめて厳しく正しい部分がある。従ってその組織が運営する資本主義は病んでいるのである。
その病は無責任体質である。リーダーの欠如であり、それを助長しているのが、会社のもつ無限責任制から有限責任制への移行であるという彼の主張は、一貫している。東電、東芝などの大企業が病んでいるのは、無責任体質から来る隠蔽体質である。勿論、日本の大企業の中にも、透明性、つまり株主から見て自己資本の部分が、明瞭にオープン化されている企業もなくはないが少ない。中堅企業・中小企業も同様である。会社が全てという人生がまかり通った時代から、今日に至るまで企業イコール日本型資本主義の中枢にいる人の体質は変わっていない。いやむしろ陰湿かつ病んでいる。
このような、彼の主張は、彼が東京大学や大手企業の出身でない、ジャーナリストであるから一貫として、これまた無視続けられてきた。学者やえせ専門家の悪いところはしがらみや、現場知らずであることで、かれが一貫として日本の株式会社をウオッチしてきた重みはそれらの人々よりも的をえているし、おもねる部分がない分、参考になる。ベンチャーなどを経営しようと心がける人はまず彼の本を読むべきであろう。会社人間とは、会社人生を終わった人々、特に会社の中枢にいた人ほど、使い物にならないのはこの無責任体質をそのまま引きついているからである。
2015年7月18日に日本でレビュー済み
内容は練られたものではないが、ピケティの論に何となくの疑問を持った人には、その理由を解明するヒントになる本と感じられる。
ピケティが論じない資本主義の病とは、簡単に言ってしまうと、現代社会では株式会社が大きな力を持っているということである。株式会社は「法人」という人格は与えられていても、「人」とは違って、(i)責任が有限(=無責任)、(ii)巨大化(倒産リスク増大)し、(iii)犯罪で裁かれず、(iv)売買の対象となる等の問題を抱えている。本書ではこの点を(多少冗長に)論じている。
筆者は、資本主義が終わったというだけでは、問題解決にならないと言う。そこで提言として、大企業を解体(朝日新聞は30社に)し、企業改革の研究(世の中を良くするにはどうするか)を考え続けるべきであると論じる。
現在の自分達は資本主義の中に居て、問題の本質が見えずに苦しんでいる。そうした中で、自分の手の届かないことを考えろと言われるのでなく、企業改革の方法を考えてみようという、一段ステージの身近なところに気付きを与えてくれる点で、面白く読めた。
ただ、朝日新聞を30社に解体することは、不可能だろう(笑)。
ピケティが論じない資本主義の病とは、簡単に言ってしまうと、現代社会では株式会社が大きな力を持っているということである。株式会社は「法人」という人格は与えられていても、「人」とは違って、(i)責任が有限(=無責任)、(ii)巨大化(倒産リスク増大)し、(iii)犯罪で裁かれず、(iv)売買の対象となる等の問題を抱えている。本書ではこの点を(多少冗長に)論じている。
筆者は、資本主義が終わったというだけでは、問題解決にならないと言う。そこで提言として、大企業を解体(朝日新聞は30社に)し、企業改革の研究(世の中を良くするにはどうするか)を考え続けるべきであると論じる。
現在の自分達は資本主義の中に居て、問題の本質が見えずに苦しんでいる。そうした中で、自分の手の届かないことを考えろと言われるのでなく、企業改革の方法を考えてみようという、一段ステージの身近なところに気付きを与えてくれる点で、面白く読めた。
ただ、朝日新聞を30社に解体することは、不可能だろう(笑)。
2015年8月24日に日本でレビュー済み
出版社がいかにも売らんがためのタイトルを付けることは良くある事だがこの本もその典型であろう。「資本主義という病」というよりは「株式会社という病巣」あたりが内容にマッチしている。
著者は株式会社というガンが巨大に膨れ上がっていると主張する、「ではどうすれば良いか?」について「それはあなた自身が考えること」と開き直っているのは戴けない。解決の無い問題を提起するのが学者の仕事とは思えない。どんな未来も過去から始まっているのであり、現在にはすでに暗い未来の予兆が出現している一方で一筋の光明が現れていることに著者は気付くべきだ。
著者は株式会社というガンが巨大に膨れ上がっていると主張する、「ではどうすれば良いか?」について「それはあなた自身が考えること」と開き直っているのは戴けない。解決の無い問題を提起するのが学者の仕事とは思えない。どんな未来も過去から始まっているのであり、現在にはすでに暗い未来の予兆が出現している一方で一筋の光明が現れていることに著者は気付くべきだ。





