アラスカ物語という小説がある。新田次郎の作品で、日系一世のフランク安田の半生を描いた小説だ。新田次郎は、飢餓に苦しむエスキモーに心血を注いだフランク安田の生き様に感動し、その感動に導かれて小説を執筆したとあとがきに記している。豊かな表現力と壮大な展開に心を打たれた記憶がある。
この本の著者も新田次郎のアラスカ物語のように、成瀬氏の生き様に感動して描いていることがわかり嬉しくなった。「豊田章男」を読んで成瀬氏の存在を知り、成瀬氏の本を探していてこの本に出合った。大人が大人の生き様に感動して本を書くというのは、表現欲の究極のすがたであり、表現者としての最高のぜいたくだと思う。
この本を読んでいくと、例えようのないさびしさに包まれる。そのさびしさとは、大きな組織に身を置くことの不自由さというか、やりたいことを十分にできないもどかしさからくる感情だ。
成瀬氏はこの感情の限界を超える努力をしぶとくやり続け、自らの力でマスターテストドライバーという立ち位置と豊田章男という最強の理解者を手に入れた。汗と油でまみれた泥臭い生き様そのもので得た力は、多くの共感を呼び、スーパーカー(レクサスLFA)を担当するという夢のような仕事を実現させ、こうした本にまでなった。
会社員ができることには様々な限界があり、その限界を超えた先に、楽しさとかやり甲斐とか心地よさとか、とにかく数字で表現できない世界がある。その世界を、成瀬氏は堪能していたように思える。しかし、堪能したとたんに交通事故でこの世から去った。幕末志士のような死に方だ。
師匠である成瀬氏を失った章男社長は、「成瀬さんは亡くなったのではなく、本当に自分のなかに入った」と語る。この言葉には、計り知れない信頼関係がうかがえる。このレベルの信頼関係が、生き様に彩りを与えるのだと思った。
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