鈴木庫三をモデルとした佐々木少佐と中央公論社の対決を描いた石川達三「風にそよぐ葦」が本書第1章に主題として出てくるとおり、鈴木庫三という陸軍情報部将校が、大正期から昭和初期の流動的なアジア情勢の中、苦学して学際的素地に長けていた人物であることを自伝的に再現した本です。大正期の自由主義から昭和期の国家統制主義のほぼ中心軸に関係してきたこの人物を、等身大に描いています。
そのぶん、第三者的な視点というよりは、鈴木本人や石川達三のようなその相手側との確執の描写が主で、統制的時代の息苦しさをその理念とともに体感させる構成になっています。
現代も「表現の自由」とはうらはらに格差や不平等が再来している21世紀に、この統制の時代の経験は人ごとではありません。日本の内外でも自国第一主義が政治の主流となりつつある現在のわれわれもまた未だ「風にそよぐ葦」であることを再認識させてくれます。
カウンターパートの思想を対峙させた方が、より鈴木本人が活動した時代が活写できる気がしますので、★4つとしました。
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言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書) 新書 – 2004/8/1
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戦後のジャーナリズム研究で、鈴木庫三は最も悪名高い軍人である。戦時中、非協力的な出版社を恫喝し、用紙配給を盾に言論統制を行った張本人とされる。超人的な勉励の末、陸軍から東京帝国大学に派遣された鈴木は、戦争指導の柱となる国防国家の理論を生み出した教育将校でもあった。鈴木の著作や日記を、各種証言と照らし合わせ、「悪名」成立のプロセスを追うと、通説を覆す事実が続出した。言論弾圧史への新たな照明。
- 本の長さ437ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2004/8/1
- ISBN-104121017595
- ISBN-13978-4121017598
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
言論界で「小ヒムラー」と怖れられた軍人がいた。情報局情報官・鈴木庫三少佐である。この「日本思想界の独裁者」(清沢洌)が行った厳しい言論統制は、戦時下の伝説として語りつがれてきた。だが、鈴木少佐とはいったい何者なのか。極貧の生活から刻苦勉励の立志伝。東京帝国大学で教育学を学んだ陸軍将校。学界、言論界の多彩なネットワーク。「教育の国防国家」のスローガン。新発見の日記から戦時言論史の沈黙の扉が開かれる。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
佐藤/卓己
1960年(昭和35年)、広島県に生まれる。84年、京都大学文学部史学科西洋史学専攻卒業。86年、同大学大学院修士課程修了。87年、ミュンヘン大学近代史研究所留学。89年、京都大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程研究指導認定退学。90年、東京大学新聞研究所助手。92年、同大学社会情報研究所助手。96年、同志社大学文学部社会学科助教授。2001年、国際日本文化研究センター助教授。現在、京都大学大学院教育学研究科助教授。著書に『「キング」の時代―国民大衆雑誌の公共性』(岩波書店、2002年、日本出版学会学会賞受賞、サントリー学芸賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1960年(昭和35年)、広島県に生まれる。84年、京都大学文学部史学科西洋史学専攻卒業。86年、同大学大学院修士課程修了。87年、ミュンヘン大学近代史研究所留学。89年、京都大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程研究指導認定退学。90年、東京大学新聞研究所助手。92年、同大学社会情報研究所助手。96年、同志社大学文学部社会学科助教授。2001年、国際日本文化研究センター助教授。現在、京都大学大学院教育学研究科助教授。著書に『「キング」の時代―国民大衆雑誌の公共性』(岩波書店、2002年、日本出版学会学会賞受賞、サントリー学芸賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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著者について
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1960年、広島市生まれ。1984年 、京都大学文学部史学科卒業。1986年、同大学院修士課程修了。ミュンヘン大学近代史研究所留学後、1989年京都大学大学院博士課程単位取得退学。東京大学新聞研究所助手、同志社大学文学部助教授、国際日本文化研究センター助教授などを経て、現在は京都大学大学院教育学研究科教授。
『「キング」の時代―国民大衆雑誌の公共性』(岩波書店2002年)で第24回日本出版学会学会賞、第25回サントリー学芸賞を、『言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』(中公新書2004年)で第34回吉田茂賞を、『ファシスト的公共性―総力戦体制のメディア学』(岩波書店2018年)で第72回毎日出版文化賞を受賞。
カスタマーレビュー
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星5つ中の4.3
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トップレビュー
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2017年11月3日に日本でレビュー済み
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8人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2008年11月4日に日本でレビュー済み
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戦後民主主義の常識では、戦前の新聞社や出版社は軍部に抵抗したにもかかわらず、言論統制により仕方無く軍部に協力したことになっています。戦後になり新聞社や出版社自身も、そう主張しています。
この本は「言論統制・情報官」鈴木庫三の生涯を描くことにより、「言論統制」の真の姿と新聞社や出版社の主張が、いかに辻褄があわないかを明らかにした本です。
この本を読めば特権とは、平等とは、軍国主義とは何か、戦争で、そして敗戦で利益を得たのは誰かなど、いろいろ考えさせられると思います。
この本は「言論統制・情報官」鈴木庫三の生涯を描くことにより、「言論統制」の真の姿と新聞社や出版社の主張が、いかに辻褄があわないかを明らかにした本です。
この本を読めば特権とは、平等とは、軍国主義とは何か、戦争で、そして敗戦で利益を得たのは誰かなど、いろいろ考えさせられると思います。
VINEメンバー
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「小ヒムラー」とまで言われ、戦中の言論界に圧倒的な影響力を持った情報官鈴木庫三と彼の活躍した時代の実相に迫ろうとした力作である。
戦後の言論界の一部では蛇蝎のように嫌われる人物のようであるが、本書を手に取るまで寡聞にして彼の名前を聞いたことがなかった。
本書を読んでまず思ったのはどうも、戦後言われるほど鈴木庫三が言論界に影響力があったようには見えないことである。情報局内での縄張り争い、陸軍と海軍との確執、彼が指導力を発揮し得た雑誌以外の出版物・・・陸軍軍人である彼は徹頭徹尾組織人であり、組織の論理を超えての活動はあり得なかったように思う。彼が出版を差し止めようと、許可しようとそれらは軍全体の意向を反映しただけのことである。偉大でもなければ卑小でもない典型的中堅軍人である。
また、鈴木庫三の本質は情報官ではなく、軍隊教育の専門家である。
派遣学生として東大で学んだこと、今ではほとんど顧みられることのない彼の多くの著述からみて彼の本質が軍隊教育であることは疑いがない。実際、彼の経歴の多くを占めるのは教育関係の軍務である。教育の対象が軍隊から拡大していく中で、教育すべき内容の制定や宣布という任務から情報官への就任へとつながっていたのであろう。
それでは軍隊における教育の専門家(軍隊とは組織の究極とも言える存在であり、教員というものは結局は組織人である。軍隊と教育の親和性という観点からもおもしろい存在である)という存在がなぜ言論の的とでも言うべき存在に祭り上げられていったのか。
結局はマスコミである。戦前・戦中は熱狂的に戦争協力し、戦後は同じ人間が臆面もなく軍隊批判をする。自らの後ろめたい過去を隠すためのスケープゴートに格好の存在として浮かび上がってきたのが鈴木庫三であったのではないか。接待嫌いで、マスコミに便宜を図らなかった旧軍人、かつ、戦後はマスコミとは接触を断った鈴木庫三はたたいても反撃しない、絶好の標的であったのだろう。
また、本書は歴史学という営みとしての面白さもある。
言論の敵とされている人物は本当に言われているような人物なのか。研究や調査を進めるうちに次第に実相が浮かび上がり始め、ついには日記という未発見の一次史料を発掘することになる。定説に疑問を抱き、調査研究により実態を明らかにする。学問の本質の営みを本書からかいま見ることができる。
本書は戦中期の日本社会を知る上でも重要であるし、学問の本質を知る上でも価値がある。
一粒で二度おいしい書である。
戦後の言論界の一部では蛇蝎のように嫌われる人物のようであるが、本書を手に取るまで寡聞にして彼の名前を聞いたことがなかった。
本書を読んでまず思ったのはどうも、戦後言われるほど鈴木庫三が言論界に影響力があったようには見えないことである。情報局内での縄張り争い、陸軍と海軍との確執、彼が指導力を発揮し得た雑誌以外の出版物・・・陸軍軍人である彼は徹頭徹尾組織人であり、組織の論理を超えての活動はあり得なかったように思う。彼が出版を差し止めようと、許可しようとそれらは軍全体の意向を反映しただけのことである。偉大でもなければ卑小でもない典型的中堅軍人である。
また、鈴木庫三の本質は情報官ではなく、軍隊教育の専門家である。
派遣学生として東大で学んだこと、今ではほとんど顧みられることのない彼の多くの著述からみて彼の本質が軍隊教育であることは疑いがない。実際、彼の経歴の多くを占めるのは教育関係の軍務である。教育の対象が軍隊から拡大していく中で、教育すべき内容の制定や宣布という任務から情報官への就任へとつながっていたのであろう。
それでは軍隊における教育の専門家(軍隊とは組織の究極とも言える存在であり、教員というものは結局は組織人である。軍隊と教育の親和性という観点からもおもしろい存在である)という存在がなぜ言論の的とでも言うべき存在に祭り上げられていったのか。
結局はマスコミである。戦前・戦中は熱狂的に戦争協力し、戦後は同じ人間が臆面もなく軍隊批判をする。自らの後ろめたい過去を隠すためのスケープゴートに格好の存在として浮かび上がってきたのが鈴木庫三であったのではないか。接待嫌いで、マスコミに便宜を図らなかった旧軍人、かつ、戦後はマスコミとは接触を断った鈴木庫三はたたいても反撃しない、絶好の標的であったのだろう。
また、本書は歴史学という営みとしての面白さもある。
言論の敵とされている人物は本当に言われているような人物なのか。研究や調査を進めるうちに次第に実相が浮かび上がり始め、ついには日記という未発見の一次史料を発掘することになる。定説に疑問を抱き、調査研究により実態を明らかにする。学問の本質の営みを本書からかいま見ることができる。
本書は戦中期の日本社会を知る上でも重要であるし、学問の本質を知る上でも価値がある。
一粒で二度おいしい書である。
2010年4月20日に日本でレビュー済み
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私はそもそも恥ずかしいことに鈴木庫三のことは本書を読むまで全く知らなかったが、一方で「小ヒムラー」と呼ばれ、戦時の言論統制のシンボルのように批判され、他方で、困窮生活と苦学を経て陸軍将校となり、東京帝大へ派遣され論文を多数刊行するという「知識人」としての顔を持つ鈴木という人間、そして彼を翻弄した戦前、戦中の歴史のダイナミズムに魅了された。何と言っても本書が成功している最大の理由は、先行研究や俗説で言われている、鈴木=言論統制という図式を、鈴木という人間自体の理解を欠いた、一面的なものであると快刀乱麻の如く否定した点にある。この中で、鈴木の日記が凄まじい威力を発揮しているのだが、あとがきに筆者が書いているとおり、この日記自体も劇的な経緯を経て筆者が閲覧することができたものであり、研究という行為のダイナミズムを本書を読んでほど感じたことはない。
本書には弱点はある。本書は鈴木の日記を徹底活用しているが、これは諸刃の剣である。当然、自分にとって都合が悪いことは日記に書かないのが人間の性である。当時の言論人達が鈴木を批判をする中で挙げた鈴木の言動の存在について、日記に言及が無いことを理由に否定しているような箇所が散見されるが、これはやや詰めが甘いのではないか。また、400ページを超えるという分量もやや過多だと思う。とは言え、上述のとおり、本書は画期的な学術的意義を有する作品である。また、本書は引用箇所なども明示しており、学術書としても通用する水準になっている。中公新書には今後もこのような意欲的な作品を出していって欲しい。
本書には弱点はある。本書は鈴木の日記を徹底活用しているが、これは諸刃の剣である。当然、自分にとって都合が悪いことは日記に書かないのが人間の性である。当時の言論人達が鈴木を批判をする中で挙げた鈴木の言動の存在について、日記に言及が無いことを理由に否定しているような箇所が散見されるが、これはやや詰めが甘いのではないか。また、400ページを超えるという分量もやや過多だと思う。とは言え、上述のとおり、本書は画期的な学術的意義を有する作品である。また、本書は引用箇所なども明示しており、学術書としても通用する水準になっている。中公新書には今後もこのような意欲的な作品を出していって欲しい。
2007年11月11日に日本でレビュー済み
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★にすれば5つ以上です。感動的です。・・・・・しかし、「言論統制」という表題を著者が選ぶとき、そこには大きな問題が孕まれているように思いました。・・・・・鈴木庫三が苦学生であったこと、柔軟な思考の持ち主であったこと、帝大などにおいて倫理学、哲学などを極めていたこと等々は良くわかりました。そして彼が自分の半生と農村の貧困とを重ね合わせつつ、富裕層の腐敗堕落を主たる批判対象としていたことも理解できました。しかし、鈴木庫三がどういう人であったのか、ということと、彼が荷担した言論統制がどのようなものであったのかということとは、基本的に別のこととして理解すべきでしょう。その視点が曖昧になっているために、鈴木庫三の真実を明らかにすることで、言論統制を肯定しているかのような印象を与えかねません。・・・・・ただし、鈴木庫三が荷担した体制は基本的に悪なのだ、という前提をしっかりと持ちながら読むならば、画期的な歴史研究であることは確かです。著者には日記の発見など、一連の庫三熱が冷めた段階で、もう一度この時代の言論統制の全体像について描いて貰いたいと思いました。
2005年3月15日に日本でレビュー済み
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とにかく昭和史の一隅を照らす、重要な書物であることに間違いない。
2つの点で、悲しさを感じる。
まず、人間の真の弱さは、弾圧に負けることではなく、
弾圧された人間が、それが終わるといとも簡単に弾圧する側にまわる、
という真実。
どんな人間も、自分の記憶に正義の軌跡を引こうとする誘惑には勝てない。
フランスでもドイツでもそうだが、
多くの「良心的文化人」が「自分は本当は反対だった」と、
戦中の自己の言動を隠蔽した。
ただ、どの国でも最も酷いのが、個人ではなくメディアであり、
実は言論弾圧の加害者側であったメディアが、
戦後は一転して言論弾圧の被害者として、軍部の糾弾に成功する。
それはメディア、メディアに協力した個人、その読者・視聴者、戦後の全ての者にとって、
心地のいい文脈であり、一億総共犯と呼ぶべき黙約が成立している。
メディアの自己批判機能がない以上、その書き換えられた歴史を元に戻すことは難しい作業であったが、
本書はメディアが時局に迎合していくプロセスを丹念な調査で明らかにしている。
また、それ以上に鈴木少佐の人生は悲しい。
極貧の中から苦学して陸軍で地位を上げ、独自の教育論を構築することになる。
それは、完成度が高いともいえるが、一方であまりに「遊び」がない国家論であった。
鈴木の人生を考えれば、豊潤な文化を優雅に享受できる国家観が生まれるべくもない。
都会的で洒脱なメディア側の人間は、「田舎者の硬直的な教育論」に我慢ならなかったのだろう。
必ず相容れない2つの人種で、片方がもう片方を統制することによる悲劇。
戦後の糾弾の布石は既に打たれていた。
2つの点で、悲しさを感じる。
まず、人間の真の弱さは、弾圧に負けることではなく、
弾圧された人間が、それが終わるといとも簡単に弾圧する側にまわる、
という真実。
どんな人間も、自分の記憶に正義の軌跡を引こうとする誘惑には勝てない。
フランスでもドイツでもそうだが、
多くの「良心的文化人」が「自分は本当は反対だった」と、
戦中の自己の言動を隠蔽した。
ただ、どの国でも最も酷いのが、個人ではなくメディアであり、
実は言論弾圧の加害者側であったメディアが、
戦後は一転して言論弾圧の被害者として、軍部の糾弾に成功する。
それはメディア、メディアに協力した個人、その読者・視聴者、戦後の全ての者にとって、
心地のいい文脈であり、一億総共犯と呼ぶべき黙約が成立している。
メディアの自己批判機能がない以上、その書き換えられた歴史を元に戻すことは難しい作業であったが、
本書はメディアが時局に迎合していくプロセスを丹念な調査で明らかにしている。
また、それ以上に鈴木少佐の人生は悲しい。
極貧の中から苦学して陸軍で地位を上げ、独自の教育論を構築することになる。
それは、完成度が高いともいえるが、一方であまりに「遊び」がない国家論であった。
鈴木の人生を考えれば、豊潤な文化を優雅に享受できる国家観が生まれるべくもない。
都会的で洒脱なメディア側の人間は、「田舎者の硬直的な教育論」に我慢ならなかったのだろう。
必ず相容れない2つの人種で、片方がもう片方を統制することによる悲劇。
戦後の糾弾の布石は既に打たれていた。
2010年8月12日に日本でレビュー済み
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なぜ日本人が世界に覇を唱える、対米総力戦に突入していったのか。
一体誰が、その理念と思想を発案し、大衆へと浸透させたのか。
これまで何となく語られていた概念が、実は1人の情報官から発せられていた
という驚愕の事実が明らかになっている。
情報官 鈴木の言葉が載ったパンフレットは、出版物として日本史上最高の
発行部数になったということからも、鈴木が大衆に与えた影響は計り知れない。
それだけ鈴木の言葉には力があり、また大衆も共感を覚えたと言うことだ。
なるほど。確かに言われてみれば、軍事的な要素を除けば、
鈴木の主張は戦後、「日本人の正論」の位置を占めている。
「こういうことは、鈴木が言い出した、あるいは大衆に広めたのか・・・」
とハタと思うことが本当に多い。
敗戦によりその業績は全て否定された。
しかし、極貧農家出身の努力家の苦学軍人が、日本人の思想に与えた影響は、あまりにも大きい。
一体誰が、その理念と思想を発案し、大衆へと浸透させたのか。
これまで何となく語られていた概念が、実は1人の情報官から発せられていた
という驚愕の事実が明らかになっている。
情報官 鈴木の言葉が載ったパンフレットは、出版物として日本史上最高の
発行部数になったということからも、鈴木が大衆に与えた影響は計り知れない。
それだけ鈴木の言葉には力があり、また大衆も共感を覚えたと言うことだ。
なるほど。確かに言われてみれば、軍事的な要素を除けば、
鈴木の主張は戦後、「日本人の正論」の位置を占めている。
「こういうことは、鈴木が言い出した、あるいは大衆に広めたのか・・・」
とハタと思うことが本当に多い。
敗戦によりその業績は全て否定された。
しかし、極貧農家出身の努力家の苦学軍人が、日本人の思想に与えた影響は、あまりにも大きい。




