著者のアレックス・カー氏は来日して55年、自ら築300年の古民家を購入し、地域再生コンサル等を手掛ける「観光」の専門家である。
本書では、政府主導で「観光立国」を目指す日本が観光客の急増に対応できず、「観光公害」が引き起こされ、その結果「観光亡国」に局面に入った、との危機感から、日本を含む世界の観光地で何が起きていて、どこに問題があって、どのように対応すべきかを解説している。
その切り口は、「宿泊」「オーバーキャパシティ」「交通」「マナー」など多岐にわたるが、共通する問題として著者が指摘するのは、観光政策には「適切なマネージメントとコントロールが必要」ということだ。
マネージメント(管理)、コントロール(制限)というと、役所や業者は「〇〇禁止」の看板を乱発したり、景観を無視したコンクリート建造物を設置という方向に向かいがちだが、著者が説くのは従来の法律や慣習を乗り越えた「創造的」な解決案だ。
失策の原因として挙げられるのが、日本の観光業が高度成長時代の「量を重視する観光」が根を張っていて、「質を重視する観光」に対応できていないこと。観光産業の目標や成果をいまだに何万人という「人数」で測るのがその見本だ。
また、典型的な事例として、奄美大島の大型クルーズ船の寄港地建設計画がある。奄美市の人口が4万人強のところに、7000人規模の中国からの観光客を誘致する案だが、「現地には観光客を受け入れる施設はなにもない状態」(p169)で、税金を投入するお決まりのハコモノ公共工事は必至。
しかもクルーズ船の観光客は、宿泊、食事などを船内で済ませる傾向が強く、「クルーズ船の観光客の使うお金の56%はクルーズ船に還流する」(p173)という調査結果も紹介している。多額の税金を使って、潤うのは「建設・土木業者」と「クルーズ船の運営会社」なのだ。
こうした既存の観光業の在り方に対して、著者が提案するのは「ゾーニング」と「小型観光」。
ゾーニングとは「分別」という意味で、観光という見地から文化の価値を見据えて、「どこに何を作るのか、作らせないかを決めていくこと」(p176)。これには関係者の「知性」と「意識」が不可欠だとしている。
小型観光の方は、文字通りの意味だが、おカネをより使ってくれそうに思える大型バス等の観光客は、名所を次々と回る(これは土産物屋からのキックバック狙いが主因と思われる)ため滞在時間が少なく、観光地でもトイレを使って、缶飲料を自販機で買って、ゴミを捨てて、インスタグラムの写真を撮っておしまい、というせいぜい数百円程度の消費しかしないことが多いそうだ。
小型観光をターゲットにすれば、大型の駐車場や道路の拡幅も不要、本当に来たい旅行者だけがきてくれるという本来あるべき効果も見込めるらしい。
日本には全国に、まだまだ未開発の魅力的な観光地は多く残されていると思う。観光で地域を振興させるのは構わないが、関係者には「量の観光」から「質の観光」へと意識改革を進めて、より多くの旅行客に日本の本来の魅力を知ってほしいと思う。
補足になるが、日本人得意の「おもてなし」も少人数の観光客を相手にしてこそ、その本領が発揮できるのではないだろうか。
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