私は遠藤誉氏の中国関係の著書は全て読んでいる(ごく最近のものはまだ読んでいないものもある)。表題の書は2021年の発行で、正式な書名は「習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐」であって、「裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史」は副題であるが、副題の方がインパクトがある。ただし、本書の主題はあくまで「習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐」にある。
遠藤氏は国共内戦中の中国長春で子供時代を過ごし、中国語に堪能で、また、日本で物理学者になって、筑波大学名誉教授である。現在は「中国問題グローバル研究所所長」も務めていて、中国現代史の第一人者である。物理学者だから、全ての著作はデータ、証拠に基づいて論理的に書かれていて、現代中国の分析に関して、彼女ほど正確で詳しい人はいない。
これまでの著作でも多くのことを教えられたが、 今回の本書の内容も、私が知らなかった凄まじい中国共産党の暗黒の歴史が書かれている。
第1章では、習近平の父の習仲勲が長征中、延安で毛沢東に高く評価されていたことが詳しく書いてある。習近平の政治家としての起点もここ延安にある、ということだ。
第2章では、毛沢東の信頼を得ていた高崗という人物が、鄧小平によって失脚させられる顛末が書かれている。その中で驚いたのが、私が知らなかっただけかもしれないが、第2章89頁に概略次のようなことが書いてある。
1949年に中華人民共和国が建国された際、 毛沢東は共産党一党独裁国家は考えておらず、むしろ国民党による一党独裁を恐れて、「多党制」による「民主主義国家」を目指していたのだそうだ。共産党による一党独裁は朝鮮戦争が始まってからだそうである。(朝鮮戦争で米国の力を見せつけられ、それに対抗するには共産党一党独裁が必要だと思ったようだ。)
この記述にはびっくりしたが、なるほどと思った。
第2章後半では、鄧小平が陳雲とともに、陰謀によって、建国当初副主席の一人だった高崗を自殺に追い込んだ事件について詳しく解説している。これにより鄧小平は中共中央書記処総書記に就任している。また、鄧小平は劉少奇を高く評価していた。高崗の自殺の理由は、毛沢東が味方してくれず、見放されてしまったからだとも言われている。その毛沢東は1962年に失脚し、劉少奇が国家主席になる。そこで毛沢東が劉少奇を倒すために起こしたのが1966年の文化大革命である。つまり、高崗の自殺も、文化大革命も、元を正せば鄧小平の権勢欲のせいだというのだ。鄧小平はこのことを隠すため、文革終息後も、高崗の名誉回復を主張した胡耀邦を失脚させ、最後まで高崗の名誉回復を行わなかったと言うのだ。
第3章は重要な章で、 鄧小平が習近平の父親の習仲勲を陥れて失脚されたことが書かれている。
1962年8月に「劉志丹」と言う小説が出版された。「これは高崗の名誉回復を謀る反党小説だ」という訴えが出てきて、「影の著者は習仲勲で、彼が反党集団の真犯人だ」として糾弾され習仲勲が9月27日に失脚して、このあと16年間の軟禁、投獄、監視生活が続いた。 習仲勲は毛沢東に気に入られており、鄧小平は、いずれ自分が政権をとったときに邪魔になるのは高崗と習仲勲だ、と考えて、裏で手を回して習仲勲を失脚させたという。遠藤氏の推測は入っているが、状況証拠をたくさんあげている。
第4章は、「文革後の中央における激しい権力闘争」と題して、鄧小平がいろいろな策謀を駆使して華国鋒を追い落とし、実際は華国鋒が進めていた改革開放政策も自分の手柄にしてしまったことが書かれている。また、1979年に起こった中越戦争も鄧小平が仕組んだものだと解説している。文革が終わったばかりのまだ疲弊していたときにわざわざ戦争を起こしたことは、今でも評判が悪いという。
第5章は「習仲勲と広東省「経済特区」」と題して、文革で冤罪を受けた習仲勲が1978年に葉剣英や華国鋒によって北京に呼び戻され、広東省に派遣されたことから始まる。 広東省は当時はまだ香港、マカオに比べてはるかに発展が遅れていた。そこで習仲勲が頑張って、1979年に「経済特区」を作って、深圳などを一気に発展させるわけだ。ところがこれが何と無く鄧小平の手柄のようにされてしまう。しかし、海外視察に出かけた習仲勲は、海外との格差を目の当たりにし、改革開放に励み、1980年には中南海に返り咲く。
第6章「再びの中南海と習仲勲最後の失脚」では、 習仲勲が、文革中に好き勝手に書き換えられてしまった憲法を改正する「憲法改正員会主任」となって、かなり民主的な考えで憲法改正に望んだことが記されている。「異論保護法」という「言論の自由」に近い考え方を持っていたそうだ。息子の習近平とは大違いだ。ところが、1990年10月30日を最後に、習仲勲は姿を消してしまう。
ちょっと話はそれるが、283ページには面白い話が書いてある。1982年9月22日に英国の鉄の女サッチャー首相が香港返還問題について話し合うために北京にやってきた。鄧小平は強硬な態度でサッチャーに香港の返還を迫り、それに圧倒されたサッチャーは人民大会堂を出るときに階段をを踏み外して地面に倒れてしまい、その映像が世界に流れて香港の株が暴落した、というのだ。この頃私は仕事がものすごく忙しくて、この映像は見た記憶がないが、面白い話だ。
この後、鄧小平が、胡耀邦、習仲勲、趙紫陽を次々と失脚させたことが語られる。胡耀邦の失脚と死が天安門事件を引き起こしたことはよく知られているが、孤立した胡耀邦をただ一人擁護した民主派の習仲勲も、1990年10月30日を持って政治の表舞台から消されてしまい、2002年に病死する。代わりに李鵬、江沢民が台頭してくる。鄧小平は「改革開放経済」の立役者ではなく、民主派を弾圧した保守主義者だったことが詳しく説明されている。
第7章でいよいよ、習近平が2012年11月15日に国家主席に上り詰めて、鄧小平への復讐を果たしてゆくことが説明される。 具体的には、鄧小平時代に進んでしまった官僚の腐敗に対する「反腐敗運動」と、ソ連型の物量に頼った旧式の軍隊をミサイルなどを中心とした近代的な軍隊に改革することだ。しかもこれらを軍民融合で行う戦略だ。この結果、中国の軍事力はすでに米国を抜いているという。
また、鄧小平の「先富論」は先に富めるものが残りの貧困層を引っ張り上げるはずだったが、実際には格差が広まってしまった。これに対して、習近平は2020年に「貧困村」をゼロにしたという。さらに、最近では、アリババなどの巨大企業への規制を始めた。遠藤氏は、中共が民間企業を叩くことは以前からやってきたことで、日本のマスコミは、それについてあまり過剰反応しないように警告している。
また、習近平は、中国5000年の歴史を大事にし「中華民族の偉大なる復興」「中国の夢」を提唱し、「一帯一路構想」を推進している。
これらの成果が、鄧小平に「どうだ!」と言わせる習近平流の復讐だというのだが、遠藤氏の書きっぷりは私情が入り込みすぎていて、あまり説得力はない。
次に、現在問題になっている「香港国家安全維持法」について、以前父親の習仲勲が香港統治に関しては英国式のコモン・ローを導入しようとしたことがトラウマとなっていて、現在強硬な手段に打って出ていることが説明されている。しかし、習近平が香港の民主化運動に厳しいのは、民主化の波が中国本国に波及するのが怖いから、というよりは、香港で若者があれだけ熱くなっているのは、一部の富裕層に金が集まりすぎ、格差が巨大になていることが理由だという。その証拠に、同じように植民地だったが1999年に変換されたマカオでは貧富の差が小さく、そのために暴動などは全く起きていないという。中国の豊かになった中間層たちは日本などで爆買いを楽しんでおり、多くの若者も豊かさを作ってくれた中国共産党を支持しており、民主化したら返って貧乏に戻るのではないかと恐れているという。コロナで失敗したトランプ政権時の米国の民主主義よりも、中国の方が良いと考えているという。
ウイグル問題については、中央アジア5カ国からの石油のパイプラインが通っているので、習近平としてはなんとしても押さえつけたい。父親の習仲勲は少数民族を大事にしたが、習近平は弾圧政策を選んだ。遠藤氏は、「この点が習近平の泣き所だから、ここを責めると良い」とおっしゃるが、そう簡単ではない。尖閣への中国海警局の度重なる侵入と合わせて、2024年の北京冬季五輪をボイコットしたらどうか、と書いているが、これは西側世界が歩調を合わせて行わないとうまくいかない。しかも、その後の中国による反撃にどう対抗できるか、戦略はないとできない。
遠藤氏の子供の時の、中国共産党による悲惨な「長春包囲」(チャーズ)からくる中国共産党への恨みを晴らしたい、何千万人もの犠牲者を出してきた中国共産党の歴史を鑑みて、世界を共産主義から守りたい、という意思はよくわかったが、鄧小平の歴史についてはしっかり書かれているものの、習近平が、なぜ、民主派だった父親の習仲勲子は異なる独裁者の道を歩いてしまっているのか、という点については、追求が十分とは言えないと感じた。田原総一朗氏との共著「日中と習近平 国賓」第6章の方がわかりやすく明快に書いていると思う。要するに、父親が民主派だったことを隠すために、極端に強権的になった、という理屈だ。
最後のところで、遠藤氏は、「鄧小平が現代中国の基礎を作った」という幻想を打ち破り、習近平の父親の習仲勲は立派だった、というところから、急に、「だから一党独裁の中国を世界が協力して止めなければならない、五輪もボイコットせよ」と論理が飛んでいる。要するに、現在の強い中国に如何に対抗すべきかの現実論を提示していないから、歴史はこうでした、だけで終わってしまっている、というのが私の読後感だ。遠藤氏にはもうひと頑張りして欲しい。
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裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐 単行本 – 2021/3/22
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全世界がすっかり騙された「鄧小平神話」を切り崩す!
ついに爆発した習近平の国家戦略と野望の全解剖
幼少に長春で中国共産党軍による凄惨な食糧封鎖(長春を包囲する包囲網を「卡子(チャーズ)」という)を体験し、生涯を賭けて中国共産党と闘い続けてきた著者だから書ける中国の正体!
中国共産党が統治する国家が、どれだけ血みどろの陰謀と、多くの人民の命の犠牲の上で成り立っている国であるかは本書で十分にご理解いただけたものと思う。「現代中国の父」と崇められてきた鄧小平の欺瞞と陰謀を見ただけでも、中国がいかに世界を騙しているかが浮かび上がってくるだろう。
習仲勲のような人物がトップに立つことはできないのが中国であり、その習仲勲のために「復讐」の思いで国家戦略を進めている習近平は、絶対に譲らない。だからこそ、国家主席の任期制限を撤廃するために憲法を改正することさえしている。
習近平が李克強と権力争いをしているなどという「甘い幻想」は抱かない方がいい。そんなちっぽけなことで習近平は動いていない。彼が睨んでいるのは「世界」だ。「人類運命共同体」という外交スローガンを軽んじない方がいい。100年前のコミンテルンのヤドカリ作戦のように世界各国に潜り込んで成長し、やがては中国共産党が支配する世界を創ろうとしているのだ。
習近平はウィズ・コロナの世界で、社会主義体制の優位性まで強調して人類の上に立とうとしている。私たちは言論弾圧をする世界の中に組み込まれていっていいのか?
一党支配体制の維持を国家の最優先目標に置き、そのために情報隠蔽をする中国により、いま世界は未曽有のコロナ禍に苦しんでいる。犠牲者の数は世界大戦以上だ。
人間は何のために生きているのか?
日本の覚悟を問いたい。(本文より)
【習仲勳16年間の冤罪投獄、犯人は鄧小平だった】
第一章 西北革命根拠地の習仲勲と毛沢東
第二章 五馬進京と高崗失脚──鄧小平の権勢欲と陰謀
第三章 小説『劉志丹』と習仲勲の失脚──陥れたのは鄧小平
第四章 文革後の中央における激しい権力闘争──華国鋒を失脚させた鄧小平の陰謀
第五章 習仲勲と広東省「経済特区」
第六章 再びの中南海と習仲勲最後の失脚──香港問題と天安門事件
第七章 習近平、鄧小平への「復讐の形」
ついに爆発した習近平の国家戦略と野望の全解剖
幼少に長春で中国共産党軍による凄惨な食糧封鎖(長春を包囲する包囲網を「卡子(チャーズ)」という)を体験し、生涯を賭けて中国共産党と闘い続けてきた著者だから書ける中国の正体!
中国共産党が統治する国家が、どれだけ血みどろの陰謀と、多くの人民の命の犠牲の上で成り立っている国であるかは本書で十分にご理解いただけたものと思う。「現代中国の父」と崇められてきた鄧小平の欺瞞と陰謀を見ただけでも、中国がいかに世界を騙しているかが浮かび上がってくるだろう。
習仲勲のような人物がトップに立つことはできないのが中国であり、その習仲勲のために「復讐」の思いで国家戦略を進めている習近平は、絶対に譲らない。だからこそ、国家主席の任期制限を撤廃するために憲法を改正することさえしている。
習近平が李克強と権力争いをしているなどという「甘い幻想」は抱かない方がいい。そんなちっぽけなことで習近平は動いていない。彼が睨んでいるのは「世界」だ。「人類運命共同体」という外交スローガンを軽んじない方がいい。100年前のコミンテルンのヤドカリ作戦のように世界各国に潜り込んで成長し、やがては中国共産党が支配する世界を創ろうとしているのだ。
習近平はウィズ・コロナの世界で、社会主義体制の優位性まで強調して人類の上に立とうとしている。私たちは言論弾圧をする世界の中に組み込まれていっていいのか?
一党支配体制の維持を国家の最優先目標に置き、そのために情報隠蔽をする中国により、いま世界は未曽有のコロナ禍に苦しんでいる。犠牲者の数は世界大戦以上だ。
人間は何のために生きているのか?
日本の覚悟を問いたい。(本文より)
【習仲勳16年間の冤罪投獄、犯人は鄧小平だった】
第一章 西北革命根拠地の習仲勲と毛沢東
第二章 五馬進京と高崗失脚──鄧小平の権勢欲と陰謀
第三章 小説『劉志丹』と習仲勲の失脚──陥れたのは鄧小平
第四章 文革後の中央における激しい権力闘争──華国鋒を失脚させた鄧小平の陰謀
第五章 習仲勲と広東省「経済特区」
第六章 再びの中南海と習仲勲最後の失脚──香港問題と天安門事件
第七章 習近平、鄧小平への「復讐の形」
- 本の長さ400ページ
- 言語日本語
- 出版社ビジネス社
- 発売日2021/3/22
- ISBN-104828422641
- ISBN-13978-4828422640
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著者について
中国問題グローバル研究所所長 筑波大学名誉教授 理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。
著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突! 遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。
著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突! 遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。
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登録情報
- 出版社 : ビジネス社 (2021/3/22)
- 発売日 : 2021/3/22
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 400ページ
- ISBN-10 : 4828422641
- ISBN-13 : 978-4828422640
- Amazon 売れ筋ランキング: - 156,272位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 91位中国のエリアスタディ
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐――裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史』(遠藤誉著、ビジネス社)には、驚くべきことが書かれています。「毛沢東(1893~1976年)は西北革命根拠地が築かれていたことを、この上なく喜び感謝した。この西北革命根拠地を築いた者の中に、習仲勲(1913~2002年)がいる。のちに習近平(1953年~)の父親になる人だ。毛沢東は習仲勲を『諸葛孔明より賢い』と高く評価し、その先輩である西北革命根拠地の高崗(1905~1954年)を自分の後継人にしようとしたほどである」。「ところが新中国が誕生してまもなくすると、高崗は『謀反を企てた反党分子』として追及され、1954年に自殺してしまった。高崗に謀反の計画ありと毛沢東に密告したのは鄧小平(1904~19997年)と陳雲(1905~1995年)だ。1962年になると、今度は小説『劉志丹』を使って、当時、国務院副総理にまで昇進していた習仲勲がやはり謀反を起こそうとしているとして失脚してしまう。・・・(習仲勲は)16年間も獄中生活を強いられた」。「(著者が)このたび『高崗事件』を徹底して解剖したところ、とんでもない事実が判明した。それは鄧小平が野心に燃えて、自分が天下を取るために、高崗を陥れるための謀を陳雲と示し合わせて展開していたという事実である。・・・鄧小平は、毛沢東が西北革命根拠地の革命家たちを重視するのを抑え込もうと悪知恵を働かせていたのである。事実、高崗が自殺したあと、鄧小平は中央書記処総書記に就任するなど出世街道を走り始めた。『高崗事件』の犯人は鄧小平だったのである。・・・だとすれば鄧小平は同様に、小説『劉志丹』を利用して西北革命根拠地を築いた習仲勲を陥れようとしたのではないか。西北にいた者はすべて『消して』しまわなければ自分の出世の邪魔になると思ったのではないのだろうか。・・・鄧小平が閻紅彦と組んで習仲勲失脚のための陰謀を謀ったことが、今般の分析の結果、判明したのである。事実、習仲勲のすべての職を奪う決議をした会議が終わったその夜、閻紅彦は鄧小平宅を訪れて祝杯を挙げている」。「1978年2月に政治復帰した習仲勲の第1の赴任地は広東省だった。・・・鄧小平の陰謀により1990年に再び政治舞台からの失脚を余儀なくされた」。「習近平は鄧小平への復讐をする際に、『父親の仇を討つのを優先するのか、それとも一党支配体制維持を優先するのか』という選択を迫られる場面に何度も出くわしている。そのとき習近平は『一党支配体制の維持』を最優先事項に置く要素があることを見逃してはならない。つまり習近平の弱点は『親の思いを裏切って一党支配体制を優先した』というところにあり、ここは『脆弱性』を持っている。習仲勲は死ぬまで『少数民族を愛し大切にした』だけでなく、・・・(再失脚の)前日まで『異なる意見を取り入れなければならない。その法律を制定せよ』と会議で訴え続けた。習近平はこれを否定しているのだから『良心の呵責』にさいなまれているはずだ。ここに習近平政権の脆弱性が潜んでいるので、一党支配体制を揺るがすには、そこを突くと良いだろう」。著者の優れた調査力・分析力には脱帽だが、習近平の脆弱性に期待する姿勢は、あまりに楽観的過ぎると、私は考えています。
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2021年5月21日に日本でレビュー済み
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62人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2021年5月19日に日本でレビュー済み
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著者の深い研究と洞察に基づく内容です。ム-ドに流されやすい情報が多い中で、現実的な視点を養うためにも良い本だと感じました。
2021年9月23日に日本でレビュー済み
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日本ではアメリカ発の翻訳の中国論が溢れている。その中で中国での自身の体験と、中国の識者との交流で収集したオリジナルな情報、分析、見解が示されており一読の価値は十分。現代中国を理解するためには必ず読まなければならない1冊と思われる。
対中政策の提言はいかがなものかと思われるが、これは筆者のバランス感覚かとも思われる(笑)
習近平の中国がどういうものかを理解するのに大変参考になる。
特に中国を敵と思う方々は是非とも読むべきと思われる。敵を知らず己を知らずば百戦必敗は必定。
対中政策の提言はいかがなものかと思われるが、これは筆者のバランス感覚かとも思われる(笑)
習近平の中国がどういうものかを理解するのに大変参考になる。
特に中国を敵と思う方々は是非とも読むべきと思われる。敵を知らず己を知らずば百戦必敗は必定。
2021年11月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中国建国以来の権力闘争の様子が分かり面白かった。
ただ、鄧小平の非道性についてはそれほど共感できなかった。確かに権力闘争者としてかなりずる賢かったことはわかるが、それは毛沢東も含め中国共産党の権力の頂点にいる者同士皆お互い様かな、と思えた。
習近平が父の復讐のために鄧小平を否定している、というい方よりも習近平自身の権力強化のためにこちらも冷静にずる賢く鄧小平の「功績」を上書きしようとしている、と見た方が現実的ではないだろうか?
そうでないと習近平の父の政治的姿勢と習近平の現在の政治姿勢に何故違いが生じているのかが説明できない。
ただ、鄧小平の非道性についてはそれほど共感できなかった。確かに権力闘争者としてかなりずる賢かったことはわかるが、それは毛沢東も含め中国共産党の権力の頂点にいる者同士皆お互い様かな、と思えた。
習近平が父の復讐のために鄧小平を否定している、というい方よりも習近平自身の権力強化のためにこちらも冷静にずる賢く鄧小平の「功績」を上書きしようとしている、と見た方が現実的ではないだろうか?
そうでないと習近平の父の政治的姿勢と習近平の現在の政治姿勢に何故違いが生じているのかが説明できない。
2021年5月11日に日本でレビュー済み
中国研究の第一人者が謎だらけの中国共産党100年の歴史に挑んだ。
2022年7月に建党100年を迎える共産党だが、じつは1935年に存亡の危機を迎えていた。そのとき、蒋介石率いる国民党軍の攻撃から毛沢東を救ったのは陝西省を中心とした西北革命根拠地であり、それを創ったのが劉志丹、高崗、そして習近平の父・習仲勲という3人の「英雄」たちだった。
戦死した劉志丹以外のふたりに毛沢東は将来を託すも、高崗は「反党分子」として自殺に追い込まれ(1954年「高崗事件」)、習仲勳も失脚し16年に及ぶ投獄生活を強いられた(1962年「小説『劉志丹』事件」)。これらの事件は真相が不明なまま長らく謎とされてきた。
本書はこの2つの「謎の事件」の犯人が鄧小平であることを解明する。じつは、鄧小平と高崗、習仲勲の3人は「五馬進京(1952年、毛沢東が解放戦争の時に地方局に分散していた書記たちのうちの5人を中央に呼び寄せ、大きな政府を作ろうとした)」のメンバーという因縁があった。事実、鄧小平は高崗が自殺したあと出世街道を走り始め、西北閥最後の雄である習仲勲を失脚させその手柄を奪っていた(有名な「改革開放」は華国鋒、「経済特区」構想は習仲勳から横取りしたものだった)。
いわゆる「鄧小平神話」を切り崩し、現代中国の歴史像の転換をはかることにより習近平政権の本当の姿が見えてくるという。毛沢東返りも香港問題も一体一路も軍民融合も脱貧困も、習近平の国家戦略には一貫して父を破滅させた「鄧小平への復讐」があった。
習近平の狙いは尖閣を拠点にした台湾統一。そのうえで軍事的・経済的に米国を凌駕する。その王手をかけるまで復讐は終わらない。だが、そこにこそ習近平の「脆弱性」が潜んでいると著者は説く。
一党支配体制の中国に世界を制覇されないために、日本の役割の重要性を強調する。
約400頁とボリューム満点で、現代中国100年の歴史を展望し、今の共産党政権の戦略がわかるお得な1冊。
2022年7月に建党100年を迎える共産党だが、じつは1935年に存亡の危機を迎えていた。そのとき、蒋介石率いる国民党軍の攻撃から毛沢東を救ったのは陝西省を中心とした西北革命根拠地であり、それを創ったのが劉志丹、高崗、そして習近平の父・習仲勲という3人の「英雄」たちだった。
戦死した劉志丹以外のふたりに毛沢東は将来を託すも、高崗は「反党分子」として自殺に追い込まれ(1954年「高崗事件」)、習仲勳も失脚し16年に及ぶ投獄生活を強いられた(1962年「小説『劉志丹』事件」)。これらの事件は真相が不明なまま長らく謎とされてきた。
本書はこの2つの「謎の事件」の犯人が鄧小平であることを解明する。じつは、鄧小平と高崗、習仲勲の3人は「五馬進京(1952年、毛沢東が解放戦争の時に地方局に分散していた書記たちのうちの5人を中央に呼び寄せ、大きな政府を作ろうとした)」のメンバーという因縁があった。事実、鄧小平は高崗が自殺したあと出世街道を走り始め、西北閥最後の雄である習仲勲を失脚させその手柄を奪っていた(有名な「改革開放」は華国鋒、「経済特区」構想は習仲勳から横取りしたものだった)。
いわゆる「鄧小平神話」を切り崩し、現代中国の歴史像の転換をはかることにより習近平政権の本当の姿が見えてくるという。毛沢東返りも香港問題も一体一路も軍民融合も脱貧困も、習近平の国家戦略には一貫して父を破滅させた「鄧小平への復讐」があった。
習近平の狙いは尖閣を拠点にした台湾統一。そのうえで軍事的・経済的に米国を凌駕する。その王手をかけるまで復讐は終わらない。だが、そこにこそ習近平の「脆弱性」が潜んでいると著者は説く。
一党支配体制の中国に世界を制覇されないために、日本の役割の重要性を強調する。
約400頁とボリューム満点で、現代中国100年の歴史を展望し、今の共産党政権の戦略がわかるお得な1冊。