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薬物依存症 (ちくま新書) 新書 – 2018/9/6
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なぜ依存症になるのか? 「孤立の病」の真実に迫る
「意志が弱い」「怖い」「快楽主義者」「反社会的組織の人」……
薬物依存症は、そういったステレオタイプな先入観とともに報道され、語られてきた。
しかし、そのイメージは事実なのだろうか?
本書は、薬物依存症にまつわる様々な誤解をとき、その真実に迫る。
薬物問題は「ダメ。ゼッタイ。」や自己責任論では解決にならない。
痛みを抱え孤立した「人」に向き合い、つながる機会を提供する治療・支援こそが必要なのだ。
医療、そして社会はどのようにあるべきか? 薬物依存症を通して探求し、提示する。
「意志が弱い」「怖い」「快楽主義者」「反社会的組織の人」……
薬物依存症は、そういったステレオタイプな先入観とともに報道され、語られてきた。
しかし、そのイメージは事実なのだろうか?
本書は、薬物依存症にまつわる様々な誤解をとき、その真実に迫る。
薬物問題は「ダメ。ゼッタイ。」や自己責任論では解決にならない。
痛みを抱え孤立した「人」に向き合い、つながる機会を提供する治療・支援こそが必要なのだ。
医療、そして社会はどのようにあるべきか? 薬物依存症を通して探求し、提示する。
- 本の長さ350ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2018/9/6
- ISBN-104480071725
- ISBN-13978-4480071729
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
「意志が弱い」「怖い」「快楽主義者」「反社会的組織の人」…薬物依存症は、そういったステレオタイプな先入観とともに報道され、語られてきた。しかし、そのイメージは事実なのだろうか?本書は、薬物依存症にまつわる様々な誤解をとき、その真実に迫る。薬物問題は「ダメ。ゼッタイ。」や自己責任論では解決にならない。痛みを抱え孤立した「人」に向き合い、つながる機会を提供する治療・支援こそが必要なのだ。医療、そして社会はどのようにあるべきか?薬物依存症を通して探求し、提示する。
著者について
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長兼薬物依存症治療センターセンター長。1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現、国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事。著書に『よくわかるSMARPP』『薬物依存臨床の焦点』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『もしも死にたいといわれたら』(中外医学社)などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
松本/俊彦
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長兼薬物依存症治療センターセンター長。1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長兼薬物依存症治療センターセンター長。1993年、佐賀医科大学卒業。横浜市立大学医学部附属病院精神科助手などを経て、2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、同研究所自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し、2015年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2018/9/6)
- 発売日 : 2018/9/6
- 言語 : 日本語
- 新書 : 350ページ
- ISBN-10 : 4480071725
- ISBN-13 : 978-4480071729
- Amazon 売れ筋ランキング: - 82,282位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 137位精神医学 (本)
- - 336位ちくま新書
- - 3,103位家庭医学・健康 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
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2018年9月15日に日本でレビュー済み
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過去にも薬物依存症を主題とした新書はいくつかあったが、いずれも「薬物の怖さ」「依存症の怖ろしさ」の記述に終始し、かえって薬物依存症者に対する偏見を強めるだけの啓発本ばかりで、肝心の、「では、どうやって支援したらよいのか」に関する記述はほとんどなかった。たとえ書いてあったとしても、せいぜいがアディクション・アプローチなどと聞き心地ちのよい言葉を使いつつも、結局は「底つき/突き放し」「ダルク」「自助グループ」といったお決まりの記述があるだけだった。そこには、なぜそうした当事者による支援が効果があるのか、そして、そうした社会資源が自分には合わないと思う人には他にどのような選択肢があるのか、という情報がなかった。あるいは、「俺様」的な独自の治療法自慢や海外の治療法や知見を紹介する「出羽守」的論考があるのがせいぜいだった。本書は依存症に関する先行図書の問題点をすべて克服していて、読後に、「やっと本物の依存症に関する解説書が登場した」と感じることができた。しかも、そんな本が、読みやすくスピード感のある文体と、新書という手軽なスタイルで登場したことに、大きな意義がある。
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本書は精神科医としてのキャリアの大部分で薬物依存症の治療(というよりも回復支援)に取り組んできた著者が、薬物依存症とは何か、依存症者が回復できるためにはどうすれば良いかを、日本社会に向けて全力で提示した一冊である。読みやすい文章で内容がわかりやすく書かれており、普通に新聞を読みこなせる人なら誰でも本書の内容を理解することができる。そして本書の内容を日本人の過半数が知るようになれば、日本の薬物依存に関する状況は大きく改善されるだろう。そういうところに本書の内容を「広く社会に知らしめたい。」という著者の志を感じるし、本書が新書として出版された意義がある。
読者は本書によって「薬物依存症(者と関係者)及びその回復」に関する包括的で標準的な知識を得ることができる。それ故、本書が350ページものが分量があることも納得できる。しかし前述の通りわかりやすく読みやすいので、読んでみるとむしろコンパクトでさえある。
本書の記述が「標準的」であることの一例として、例えば本書において「条件反射制御法(と名指しはしていないが)」に関する記述があるが、著者は海外の先行研究を踏まえきちんとした批判を述べている。このようなスタイルは批判として王道を行っている。
ここで、本書における著者の主張を乱暴に要約すれば、「社会的孤立こそが薬物依存症の源であり促進要因であり、回復への障害である。」となる。そのために著者らが開発したスマープは入院や入所ではなく通院・通所での使用を前提としている。
ところで「すでに薬物依存症となった者の回復」という目的に罰則強化や強制処遇の強化が全く逆効果ということもそのとおりだ。しかし、そのために薬物の生涯使用率が2.4%にとどまる日本国で生涯薬物使用率が数十%に至る国々で採用されているような薬物所持や自己使用の合法化を同じ様に実施するのはだいぶ無理があるだろう。日本社会が薬物に非寛容であることは日本社会の長所と短所を象徴している。非寛容さのプラス面は外国と比べて薬物問題が比較的軽微であるような日本社会の安全性に関わっている。その裏腹にマイナス面は私たちの社会が近代的人権意識に関して後進的である=野蛮であることに関わっている。日本社会の後進性については晩年の阿部謹也氏が日本的「世間」を論じた文脈で捉えるとわかりやすいと思われる。「罪を憎んで人を憎まず」という形で人間を個々人として尊重することが私たちの社会は上手くできないのである。
精神科医療と薬物依存症治療の絡みについて言及すれば、著者は「自発的な社会内処遇」の必要を訴えるが、そのような自発的な回復を支援する依存症治療と行政処分としての非自発的処遇をベースとした精神科入院治療との折り合いの悪さを指摘せざるを得ない。ここで「司法精神医学の現在 医療と司法のはざまから 」武井満 日本評論社 を踏まえ考えてみたい。薬物使用以外に明らかな違法行為なしで自発的に受診する者に対しては身体科医療と同様に利用者サービスとして対応するのに困難はない。一方で薬物使用以外の違法行為もあり非自発的に(主に警察などによって)受診させられる者への対応においては、強制的に診察が実施されることから始まり、診療行為全体において公権力による自由権が制限され治安的な性格を払拭できない。その点では精神科強制医療は刑事司法の隣接領域であると言える。この「公権力による強制」という性質に無自覚であれば、病気のために人を殺してしまった統合失調症者を一生にわたって措置入院という形で治療の名の下の事実上の治安的収容することがまかり通って(治療も治安も曖昧になって)しまう。実際にそのような矛盾は永く日本の精神科医療を制約し、その負債は現在も清算されていない。。武井前掲書ではその負債を克服するために、強制治療の対象となった者に伴う違法行為の扱いについて、可能な限り司法機関による適切な処遇を求めた経緯が述べられている。治療の名を借りた治安収容を極力排除するためには精神科強制入院の入り口で、対象者の「違法行為」をそのまま素通りさせるわけにはいかないということだ。もちろんこのような精神科医療の態度は薬物依存者の医療への接近性を損なうだろう。この問題に無理やり折り合いをつけようとすれば、同じ病院の中で「自発的受診」の場合は依存症者の薬物使用にうるさい事は言わないが、「非自発的受診」の場合は「違法行為」の扱いを司法に委ねるというように、医療側が「二重基準」を採用し、そのような機微をユーザー側もしっかり承知していることが必要なのかもしれない。しかし、患者も医療者も世間もみんな頭が固くて「全部通報or全部容認」と言い出しそうなので、そういう器用なことはなかなかできないだろうなあ。
それにしても著者にとっては上記のようなことを改めて考え整理するきっかけと材料を提供されたことが本書から受けた多大な恩恵である。
読者は本書によって「薬物依存症(者と関係者)及びその回復」に関する包括的で標準的な知識を得ることができる。それ故、本書が350ページものが分量があることも納得できる。しかし前述の通りわかりやすく読みやすいので、読んでみるとむしろコンパクトでさえある。
本書の記述が「標準的」であることの一例として、例えば本書において「条件反射制御法(と名指しはしていないが)」に関する記述があるが、著者は海外の先行研究を踏まえきちんとした批判を述べている。このようなスタイルは批判として王道を行っている。
ここで、本書における著者の主張を乱暴に要約すれば、「社会的孤立こそが薬物依存症の源であり促進要因であり、回復への障害である。」となる。そのために著者らが開発したスマープは入院や入所ではなく通院・通所での使用を前提としている。
ところで「すでに薬物依存症となった者の回復」という目的に罰則強化や強制処遇の強化が全く逆効果ということもそのとおりだ。しかし、そのために薬物の生涯使用率が2.4%にとどまる日本国で生涯薬物使用率が数十%に至る国々で採用されているような薬物所持や自己使用の合法化を同じ様に実施するのはだいぶ無理があるだろう。日本社会が薬物に非寛容であることは日本社会の長所と短所を象徴している。非寛容さのプラス面は外国と比べて薬物問題が比較的軽微であるような日本社会の安全性に関わっている。その裏腹にマイナス面は私たちの社会が近代的人権意識に関して後進的である=野蛮であることに関わっている。日本社会の後進性については晩年の阿部謹也氏が日本的「世間」を論じた文脈で捉えるとわかりやすいと思われる。「罪を憎んで人を憎まず」という形で人間を個々人として尊重することが私たちの社会は上手くできないのである。
精神科医療と薬物依存症治療の絡みについて言及すれば、著者は「自発的な社会内処遇」の必要を訴えるが、そのような自発的な回復を支援する依存症治療と行政処分としての非自発的処遇をベースとした精神科入院治療との折り合いの悪さを指摘せざるを得ない。ここで「司法精神医学の現在 医療と司法のはざまから 」武井満 日本評論社 を踏まえ考えてみたい。薬物使用以外に明らかな違法行為なしで自発的に受診する者に対しては身体科医療と同様に利用者サービスとして対応するのに困難はない。一方で薬物使用以外の違法行為もあり非自発的に(主に警察などによって)受診させられる者への対応においては、強制的に診察が実施されることから始まり、診療行為全体において公権力による自由権が制限され治安的な性格を払拭できない。その点では精神科強制医療は刑事司法の隣接領域であると言える。この「公権力による強制」という性質に無自覚であれば、病気のために人を殺してしまった統合失調症者を一生にわたって措置入院という形で治療の名の下の事実上の治安的収容することがまかり通って(治療も治安も曖昧になって)しまう。実際にそのような矛盾は永く日本の精神科医療を制約し、その負債は現在も清算されていない。。武井前掲書ではその負債を克服するために、強制治療の対象となった者に伴う違法行為の扱いについて、可能な限り司法機関による適切な処遇を求めた経緯が述べられている。治療の名を借りた治安収容を極力排除するためには精神科強制入院の入り口で、対象者の「違法行為」をそのまま素通りさせるわけにはいかないということだ。もちろんこのような精神科医療の態度は薬物依存者の医療への接近性を損なうだろう。この問題に無理やり折り合いをつけようとすれば、同じ病院の中で「自発的受診」の場合は依存症者の薬物使用にうるさい事は言わないが、「非自発的受診」の場合は「違法行為」の扱いを司法に委ねるというように、医療側が「二重基準」を採用し、そのような機微をユーザー側もしっかり承知していることが必要なのかもしれない。しかし、患者も医療者も世間もみんな頭が固くて「全部通報or全部容認」と言い出しそうなので、そういう器用なことはなかなかできないだろうなあ。
それにしても著者にとっては上記のようなことを改めて考え整理するきっかけと材料を提供されたことが本書から受けた多大な恩恵である。
2018年10月28日に日本でレビュー済み
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先ほど読了した。以前、私は、アルコール症治療をしていた関連病院に勤務したことがあり、薬物依存症の最新の見方を知りたかったからである。
著者の松本俊彦先生は、私の属する大学の同門会で、講演していただいた経緯もあり、その後、自傷に関する書物を読み魅力的な先生な先生であることがわかり、追っかけをして精神神経学会で講演を聞きに行ったこともあった。今回、薬物診療10年集大成の新刊が出たというので、早速拝読した。
本書は、3部9章で構成される。
第一部「薬物」と「依存症」、第一章薬物依存症とはどのような病気なのかでは、薬物とは何かを説明し、作用から見た薬物の種類をあげ薬物依存症の特徴や心理社会的要因を説明する。薬物依存症は完治することはないが回復する病であり、報酬系に作用する薬物使用で生じるも、人間の報酬系に最も必要な快感は「人からの報酬」であるとし、そこに回復の希望をつないでいく。
第二章今問題になっている薬物では、我が国における薬物乱用の実態と動向に関して説明し、我が国では覚せい剤が最重要課題であることを挙げるも、その後問題となっている睡眠薬抗不安薬処方問題や危険ドラッグの問題点にも言及する。睡眠薬抗不安薬処方問題では、漫然処方は、厳につつしもうとあらためて思った。危険ドラッグの項では、「脱法ドラッグ」の規制強化により生じた別の問題点を知った。
第三章刑罰や規制で薬物問題を解決できるのかでは、刑務所や規制強化による解決の限界性にふれ、薬物対策を進めるには、規制の強化で、供給を低減させるだけでは不十分であり、依存症の治療と回復支援を進め、需要の低減をはかることが重要と説く。そこで、健康被害に関する「啓発」の有効性にふれていく。
第四章薬物依存症からの回復では、「治癒」ではなく「回復」という目標設定をすることが必要で、医療的ないきずまりであった依存症治療の大転換点を、自助グループ(NA)の発見やダルクの成立に見出し、安心して率直になれる安全な、自分の過去と未来に会える、「心の酔い」を醒ます「場所」としての、自助グループについて説明する。さらに、NAの課題や限界点にふれ、他の回復への道を模索し、次章へつないでいく。
第五章精神科医療に求められるものでは、治療の現実や高い治療中断率にふれ、薬物依存症治療プログラムに求められる条件として、1.外来ベース2.専門医に頼らない3.中断が少ない4.様々な社会資源と連携できる5.安心安全が保障されるという5つであり、それらを達成すべく、筆者らが挑戦した経緯が次章で示される。
第六章私たちの挑戦では、上記の5条件を達成するための、集団精神療法(スマープ)の参考にしたマトリックスモデルやその場の構成(3人の進行、週一回90分等)、その使用するワークブックの構成に留意した8つのトピックについて紹介される。
第七章 刑務所出所後に必要な資源では、「刑の一部執行猶予制度」執行下での地域支援の在り方へ提言される。
第八部孤立させない社会の第八章人はなぜ薬物依存症になるでは、自己治療仮説(カンツィアン)を紹介し、依存症の本質は、「快感」ではなく「苦痛」であり、「コントロールできない苦痛をコントロールできる苦痛に変える」過程で依存症に陥るとする。その根底にトラウマ体験を見出していき、依存症は「孤立」の病であるとする。
第九章安心して「やめられない」といえる社会を目指してでは、「くすりをやりたい」という依存症者の言辞に、「変わらないといけない」という気分の現れを読み取る必要性があることを説明したのち、そのような言辞が安心してできるような社会のありかたへの変化がが今後必要であること、そのために、当事者を「排除する」ことではなく、当事者に「つながり」を形成する社会を、ハームリダクションの概念や、ポルトガルの医療政策の成功を例に挙げ、どう形成するかについて議論していく。さらに、薬物乱用防止教育やメディア報道の問題点をあげ、あるべき社会の在り方をさらに提言していく。
ざっと本書を紹介したが、筆者の治療の地平を、開拓改良していくエネルギーに感服した。なんと男らしい先生であろうか。
If you put your mind to it,you can accomplish anything.という文言が心に浮かんだ。
著者の松本俊彦先生は、私の属する大学の同門会で、講演していただいた経緯もあり、その後、自傷に関する書物を読み魅力的な先生な先生であることがわかり、追っかけをして精神神経学会で講演を聞きに行ったこともあった。今回、薬物診療10年集大成の新刊が出たというので、早速拝読した。
本書は、3部9章で構成される。
第一部「薬物」と「依存症」、第一章薬物依存症とはどのような病気なのかでは、薬物とは何かを説明し、作用から見た薬物の種類をあげ薬物依存症の特徴や心理社会的要因を説明する。薬物依存症は完治することはないが回復する病であり、報酬系に作用する薬物使用で生じるも、人間の報酬系に最も必要な快感は「人からの報酬」であるとし、そこに回復の希望をつないでいく。
第二章今問題になっている薬物では、我が国における薬物乱用の実態と動向に関して説明し、我が国では覚せい剤が最重要課題であることを挙げるも、その後問題となっている睡眠薬抗不安薬処方問題や危険ドラッグの問題点にも言及する。睡眠薬抗不安薬処方問題では、漫然処方は、厳につつしもうとあらためて思った。危険ドラッグの項では、「脱法ドラッグ」の規制強化により生じた別の問題点を知った。
第三章刑罰や規制で薬物問題を解決できるのかでは、刑務所や規制強化による解決の限界性にふれ、薬物対策を進めるには、規制の強化で、供給を低減させるだけでは不十分であり、依存症の治療と回復支援を進め、需要の低減をはかることが重要と説く。そこで、健康被害に関する「啓発」の有効性にふれていく。
第四章薬物依存症からの回復では、「治癒」ではなく「回復」という目標設定をすることが必要で、医療的ないきずまりであった依存症治療の大転換点を、自助グループ(NA)の発見やダルクの成立に見出し、安心して率直になれる安全な、自分の過去と未来に会える、「心の酔い」を醒ます「場所」としての、自助グループについて説明する。さらに、NAの課題や限界点にふれ、他の回復への道を模索し、次章へつないでいく。
第五章精神科医療に求められるものでは、治療の現実や高い治療中断率にふれ、薬物依存症治療プログラムに求められる条件として、1.外来ベース2.専門医に頼らない3.中断が少ない4.様々な社会資源と連携できる5.安心安全が保障されるという5つであり、それらを達成すべく、筆者らが挑戦した経緯が次章で示される。
第六章私たちの挑戦では、上記の5条件を達成するための、集団精神療法(スマープ)の参考にしたマトリックスモデルやその場の構成(3人の進行、週一回90分等)、その使用するワークブックの構成に留意した8つのトピックについて紹介される。
第七章 刑務所出所後に必要な資源では、「刑の一部執行猶予制度」執行下での地域支援の在り方へ提言される。
第八部孤立させない社会の第八章人はなぜ薬物依存症になるでは、自己治療仮説(カンツィアン)を紹介し、依存症の本質は、「快感」ではなく「苦痛」であり、「コントロールできない苦痛をコントロールできる苦痛に変える」過程で依存症に陥るとする。その根底にトラウマ体験を見出していき、依存症は「孤立」の病であるとする。
第九章安心して「やめられない」といえる社会を目指してでは、「くすりをやりたい」という依存症者の言辞に、「変わらないといけない」という気分の現れを読み取る必要性があることを説明したのち、そのような言辞が安心してできるような社会のありかたへの変化がが今後必要であること、そのために、当事者を「排除する」ことではなく、当事者に「つながり」を形成する社会を、ハームリダクションの概念や、ポルトガルの医療政策の成功を例に挙げ、どう形成するかについて議論していく。さらに、薬物乱用防止教育やメディア報道の問題点をあげ、あるべき社会の在り方をさらに提言していく。
ざっと本書を紹介したが、筆者の治療の地平を、開拓改良していくエネルギーに感服した。なんと男らしい先生であろうか。
If you put your mind to it,you can accomplish anything.という文言が心に浮かんだ。
2019年2月4日に日本でレビュー済み
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「ダメ、ゼッタイ」のコピーで知られる覚せい剤は、「一度でも使用してしまったら、脳が破壊されて人生おしまい」のような印象を持たれがちだが、実のところは使用しても依存しない人がいるということ。また、依存症に陥っても回復し、今では立派に社会へ貢献している人も多くいる。薬物依存症は難しい病気ではあるが、回復できる病気でもあるのだ。(つまり、「ダメ、ゼッタイ」がもたらす破滅的なイメージは間違っている)
この本の白眉は、「薬物を使用する人は、人生の痛みを緩和するために薬物を使っている」と書いてくれたことである。
耐えられない心の苦痛を、一時的にでも緩和するために、一人ぼっちでその行為は行われる。苦痛とは何か。それはネガティブな感情、とりわけ怒りである。なぜ怒りを表明できないのか?それは、怒りが悪い感情だと断じているからである。怒りを覚えた対象が親であったり、恋人や配偶者だったり世話になった人だったりして、怒りを表現してはいけないと思っているからである。だから、怒りの感情に蓋をして、あたかも怒りなど感じていないように振舞う。しかし、抑圧された感情は消えることはない。消えない感情を抱えたまま過ごすことは苦痛であり、痛みからは逃れたいと思う。これは生物として自然な成り行きである。でも、それは誰にも理解されない。薬物はつながりを奪い、孤立を深める病気なのだ。
本書では、つながりを回復する一助として「SMARPP(スマープ)」という治療プログラムを提供している。プログラムの内容は、薬物依存症の教育と効果が出た治療法の集合体という感じだが、このステップを踏むことで、薬物依存症の自助グループへつながりやすくする。そして、リアルな人間関係の中で自分の人生を開いていく。安心して人に依存できるようになることで、薬物に頼らなくてもよい人生を手にする。「つながり」には人生を癒す力があるのだ。
人間はつながりによって回復できる。薬物依存というパンドラの箱を開けたら、災厄の底に希望が灯っていた。そんな気持ちにさせてくれる一冊である。
この本の白眉は、「薬物を使用する人は、人生の痛みを緩和するために薬物を使っている」と書いてくれたことである。
耐えられない心の苦痛を、一時的にでも緩和するために、一人ぼっちでその行為は行われる。苦痛とは何か。それはネガティブな感情、とりわけ怒りである。なぜ怒りを表明できないのか?それは、怒りが悪い感情だと断じているからである。怒りを覚えた対象が親であったり、恋人や配偶者だったり世話になった人だったりして、怒りを表現してはいけないと思っているからである。だから、怒りの感情に蓋をして、あたかも怒りなど感じていないように振舞う。しかし、抑圧された感情は消えることはない。消えない感情を抱えたまま過ごすことは苦痛であり、痛みからは逃れたいと思う。これは生物として自然な成り行きである。でも、それは誰にも理解されない。薬物はつながりを奪い、孤立を深める病気なのだ。
本書では、つながりを回復する一助として「SMARPP(スマープ)」という治療プログラムを提供している。プログラムの内容は、薬物依存症の教育と効果が出た治療法の集合体という感じだが、このステップを踏むことで、薬物依存症の自助グループへつながりやすくする。そして、リアルな人間関係の中で自分の人生を開いていく。安心して人に依存できるようになることで、薬物に頼らなくてもよい人生を手にする。「つながり」には人生を癒す力があるのだ。
人間はつながりによって回復できる。薬物依存というパンドラの箱を開けたら、災厄の底に希望が灯っていた。そんな気持ちにさせてくれる一冊である。






