若い頃 良く 谷沢永一 渡部昇一が活躍していた時期に両人の対談本を貪り読み、
丸谷 才一 、紀田順一郎 師の博覧強記ぶりは知悉していました。
最近 「本で床は抜けるのか」西牟田 靖 、「蔵書の苦しみ」岡崎 武志 を
読んでいたので、紀田先生、待っていましたとばかり飛びついて読みました。
やはりその薀蓄はレベルが違っていました。
ぜひ若い学徒にp.35の「貧しき人々」の抜粋の話を読んでもらいたいですね。
p.70の図書館の原点の話題、残念なのはここで触れていなかった天理図書館古典の至宝、収集の由来とその凄さですね。
これには、古書店主反町 茂雄が関わっての逸話あり。
一介の新聞記者から大学教授まで上り詰めた内藤虎次郎(湖南)。中国の学者も羨ましがられるほど収集した漢籍が京都大学に所蔵されていること。広く知って貰いたいものです。
第Ⅲ章 蔵書を守った人々 では如何に戦時中に先人が苦労して現在の公共図書館の蔵書がを維持されて来たか首肯セざるを得ません。
江戸川乱歩の蔵書が以外なことに土蔵という快適な執筆場所で幸運に維持さたかを知りました。
反町 茂雄(そりまち しげお )の残された名著
『天理図書館の善本稀書 一古書肆の思い出』
『日本の古典籍 その面白さ、その尊さ』 恐るべき有名な蒐集家たちの話は必見です。
本書の参考文献にはなぜか掲載洩れ
「書物耽溺 」 谷沢永一の残された名著
最近の政治はまさにモリカケ問題ばかりで本質・哲学のない議論に終始し我らの血税を湯水のごとく使うばかりです。
文系無視の政策で残念ですね。
バカなトランプ大統領に朝貢外交しては天井知らずの武器をぼったくりの金額で買わされる呆れますね。
日本が世界に誇るべきは軍事力より文化・学問・研究分野での交流で有るべきでしょう。
私自身は将来にこういうことも考えて20数年前に市立図書館の徒歩5分のところに住むことで解決済です。実は本書も其処から借りました。これからは紙の本がネットで読める時代です、凝った装幀などより内容重視なら場所を選ばず焼失の心配も無くなる時代です。
追記 2018.4.18ぜひ 凄い内容の「絶景本棚」も見てみよう。
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蔵書一代: なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか 単行本 – 2017/7/17
紀田 順一郎
(著)
蔵書一代、人また一代、かくてみな共に死すべし。
やむをえない事情から3万冊超の蔵書を手放した著者。
自らの半身をもぎとられたような痛恨の蔵書処分を契機に、「蔵書とは何か」という命題に改めて取り組んだ。
近代日本の出版史・読書文化を振り返りながら、「蔵書」の意義と可能性、その限界を探る。
やむをえない事情から3万冊超の蔵書を手放した著者。
自らの半身をもぎとられたような痛恨の蔵書処分を契機に、「蔵書とは何か」という命題に改めて取り組んだ。
近代日本の出版史・読書文化を振り返りながら、「蔵書」の意義と可能性、その限界を探る。
- 本の長さ206ページ
- 言語日本語
- 出版社松籟社
- 発売日2017/7/17
- 寸法13 x 2 x 19.5 cm
- ISBN-104879843571
- ISBN-13978-4879843579
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商品の説明
著者について
評論家・作家。1935年横浜市に生まれる。慶應義塾大学経済学部卒業。
書誌学、メディア論を専門とし、評論活動を行うほか、創作も手がける。
主な著書に『紀田順一郎著作集』全八巻(三一書房)、『日記の虚実』(筑摩書房)、『東京の下層社会』(同)、『生涯を賭けた一冊』(新潮社)、『知の職人たち』(同)、『古本屋探偵の事件簿』(創元推理文庫)、『日本語大博物館』シリーズ(ジャストシステム)、『昭和シネマ館』(小学館)、『横浜少年物語』(文藝春秋)、『幻島はるかなり』(松籟社)など。『幻想と怪奇の時代』(松籟社)により、2008年度日本推理作家協会賞および神奈川文化賞(文学)を受賞。訳書に『M・R・ジェイムズ怪談全集』(東京創元社)など。荒俣宏と雑誌「幻想と怪奇」(三崎書房/歳月社)を創刊したほか、荒俣宏と叢書「世界幻想文学大系」(国書刊行会)を編纂。
書誌学、メディア論を専門とし、評論活動を行うほか、創作も手がける。
主な著書に『紀田順一郎著作集』全八巻(三一書房)、『日記の虚実』(筑摩書房)、『東京の下層社会』(同)、『生涯を賭けた一冊』(新潮社)、『知の職人たち』(同)、『古本屋探偵の事件簿』(創元推理文庫)、『日本語大博物館』シリーズ(ジャストシステム)、『昭和シネマ館』(小学館)、『横浜少年物語』(文藝春秋)、『幻島はるかなり』(松籟社)など。『幻想と怪奇の時代』(松籟社)により、2008年度日本推理作家協会賞および神奈川文化賞(文学)を受賞。訳書に『M・R・ジェイムズ怪談全集』(東京創元社)など。荒俣宏と雑誌「幻想と怪奇」(三崎書房/歳月社)を創刊したほか、荒俣宏と叢書「世界幻想文学大系」(国書刊行会)を編纂。
登録情報
- 出版社 : 松籟社 (2017/7/17)
- 発売日 : 2017/7/17
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 206ページ
- ISBN-10 : 4879843571
- ISBN-13 : 978-4879843579
- 寸法 : 13 x 2 x 19.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 441,531位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 129,140位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
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2017年11月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
著者ほどには蔵書は多くはないですが,読書からアウトプットするのではない我が身を考えると,この先徐々に蔵書の減量を目差すのですが,このような本を買っている状態です。
紀田氏の著書は以前から愛読しているのですが,さすがに本書に至って,内容を別にしても老いの感を否めませんでした。
紀田氏の著書は以前から愛読しているのですが,さすがに本書に至って,内容を別にしても老いの感を否めませんでした。
2017年8月7日に日本でレビュー済み
本書を身につまされて読みました!!
私が紀田先生を知ったのは、「現代人の読書術」(1972年 毎日新聞)だったと記憶していますが、
情報の整理、読書法、など今までの類書にない新しいものを感じました。
そして、最後に収録されていたブック・リスト、私自身は、これで新しい世界が開けました。
雑誌「幻想と怪奇」、「月刊ペン」の連載記事、ブックス・メタモルファス……ずっと紀田先生の後追いし続けてきました。
数年前、「幻島はるかなり」の後書きで、ただならぬものを感じていましたが、こういうことだったのですね!!
本書は、紀田先生が、苦渋の決断の末蔵書3万冊を処分せざるを得なかった、その顛末について書かれたものです。
当然、こうなる前に考えられる手段は尽くしたのですが、最後は、自身、そして伴侶の老い、ということが大きくのしかかってきます。
かってなら、図書館、大学、文化会館などへの寄進ということもあり得たのでしょうが、日本経済の衰退とともに、
受け入れ側にも余裕がなくなり、古本屋への売却処分ということになったのです。
本書では、紀田先生の本に関する自叙伝的な側面もあり、
同時に図書館、出版界、古書界、そして、読者意識の変遷、を俯瞰したものにもなっています。
読書は、紀田先生の仕事、趣味、遊びの総てで、蔵書はその果実ということになりますから、
その蔵書を手放す心境は、いかばかりなのか!!!
本書の最後は、こう締めくくられています。・・・・・・・、足元から何かがはじけた。」・・・・・・・・・・・・・
私が紀田先生を知ったのは、「現代人の読書術」(1972年 毎日新聞)だったと記憶していますが、
情報の整理、読書法、など今までの類書にない新しいものを感じました。
そして、最後に収録されていたブック・リスト、私自身は、これで新しい世界が開けました。
雑誌「幻想と怪奇」、「月刊ペン」の連載記事、ブックス・メタモルファス……ずっと紀田先生の後追いし続けてきました。
数年前、「幻島はるかなり」の後書きで、ただならぬものを感じていましたが、こういうことだったのですね!!
本書は、紀田先生が、苦渋の決断の末蔵書3万冊を処分せざるを得なかった、その顛末について書かれたものです。
当然、こうなる前に考えられる手段は尽くしたのですが、最後は、自身、そして伴侶の老い、ということが大きくのしかかってきます。
かってなら、図書館、大学、文化会館などへの寄進ということもあり得たのでしょうが、日本経済の衰退とともに、
受け入れ側にも余裕がなくなり、古本屋への売却処分ということになったのです。
本書では、紀田先生の本に関する自叙伝的な側面もあり、
同時に図書館、出版界、古書界、そして、読者意識の変遷、を俯瞰したものにもなっています。
読書は、紀田先生の仕事、趣味、遊びの総てで、蔵書はその果実ということになりますから、
その蔵書を手放す心境は、いかばかりなのか!!!
本書の最後は、こう締めくくられています。・・・・・・・、足元から何かがはじけた。」・・・・・・・・・・・・・
2018年8月11日に日本でレビュー済み
本という物体、レコード・CDという物体・・を所有する喜び、もちろん私にもあります・・が、すでに古い。コンテンツが利用できればいいと思えるようにならないとやっていけない時代ではないでしょうか。PDFや電子書籍、電子的音源を所有すれば、いや所有さえも不要で、好きなときに利用可能でさえあれば、それでいいと、気持ちの整理をつけなければと・・自戒しながら読みました。
紀田順一郎先生といえばIT書斎術みたいな本を書いていた時代もありました。60歳前後に吉備高原に移住したときに舵をきりそこねたということでしょうか。人生、思うようになりませんね、勉強になります。
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/topcontents/news/2010/010601/index.html
わたしは、10代からその時代ごとに読んできた、北杜夫・遠藤周作や三島由紀夫などなどの文庫本を10年ほど前から新古書店で100円で再収集し、PDF化すること数千冊。SONYのデジタル・ペーパーやiPad、PCで読んでいます。新刊も買いますがほとんどは読後にPDFにしてクラウド保存してしまいます。手元にはインデックスがわりの京大カードが残るのみ。
青空文庫や公的図書館の電子本サービスなども充実してきて、「蔵書家」=「アナログレコード収集家」になりつつあるのだと。60歳くらいで思いきらないと、紀田先生のように80歳すぎて蔵書抱えていたら大変なことになるでしょう。
紀田順一郎先生といえばIT書斎術みたいな本を書いていた時代もありました。60歳前後に吉備高原に移住したときに舵をきりそこねたということでしょうか。人生、思うようになりませんね、勉強になります。
http://plus.harenet.ne.jp/~tomoki/topcontents/news/2010/010601/index.html
わたしは、10代からその時代ごとに読んできた、北杜夫・遠藤周作や三島由紀夫などなどの文庫本を10年ほど前から新古書店で100円で再収集し、PDF化すること数千冊。SONYのデジタル・ペーパーやiPad、PCで読んでいます。新刊も買いますがほとんどは読後にPDFにしてクラウド保存してしまいます。手元にはインデックスがわりの京大カードが残るのみ。
青空文庫や公的図書館の電子本サービスなども充実してきて、「蔵書家」=「アナログレコード収集家」になりつつあるのだと。60歳くらいで思いきらないと、紀田先生のように80歳すぎて蔵書抱えていたら大変なことになるでしょう。
2017年9月20日に日本でレビュー済み
老後の生活環境を考え、一大決心のすえ、蔵書3万冊を処分、手元に600冊のみ残す…
当方、さすがに3万冊はありませんが、身につまされる思いで、読み終えました。
1997年、著者(1935年生)が、地震の心配が少ない土地をもとめて岡山に移り住み、そこで充実した書斎を作ったものの(その書斎の写真が一枚本書に載っています)、家族や仕事のことなどさまざまな事情で、2011年、もと居た横浜の家にもどることを決意したところからはじまった蔵書の整理と処分、その話が本書の中心となっています。
岡山の家の書斎・書庫について、著者はそれを作ったときの感慨をまずつぎのようにのべています。
「蔵書を整然と書架に並べることにより、[…]背表紙をざっと見るだけで、時代の年表や見取り図のように頭の中が整理され、体系づけられた。蔵書とは雑然としていては積ん読にもならず、また蔵書の名に値せず、単なる紙束の堆積(粗大ゴミ)に過ぎないということに、人生も老境に達してからようやく気づいた」と。
まったくそのとおりで、評者など書架からあふれた本をいくつも山積みにしたままにしていますが、ほんとうは書架を立て、ちゃんと背表紙がみえるようにそこに並べてこそ本は本としての有用性を発揮します。
あの本もっていたはずだ、あの本にあのように書かれていたはずだ、とちょっと現物を確認したいと思って本の山をひっくりかえし,何時間もかけて家じゅう探しまわることしょっちゅうで、そんなことに時間と労力をかけることほどむだなものはありません。
ただそれはだれしもよくわかっていながら、とにかくスペースがなければどうしようもないというジレンマがあります。
ともあれ著者は、生涯にわたって集めてきた、そして「人生も老境に達してから」ようやく「整然と書架に並べること」ができた、みずからの貴重にして膨大な蔵書を、諸事情により処分しなければならなくなりました。
そして処分を考えるさい、著者の「仕事の生命線」であった辞典・事典類をまず「第一に血祭りにあげた」とあったのは、読んでいて、こちらは、そうか、そこまでしないといけないのか、という気持ちと、自分はそこまでできるかな、という気持ちで、何ともいえぬ気持ちになりました。
評者とすれば、残した600冊の内訳はどのようなものだったのか、どのような基準でそれらを選んだのか、そのあたりのことをもう少し知りたかったと思うばかりです。
ほかに、著名な蔵書家の本の収納をめぐる話がおもしろく、たとえば、文化人類学者の山口昌男について、「蔵書はとにかく膨大なため、正確な数は本人にも不明で[…]、自宅には到底収まらないので、福島の廃校になった小学校を買い、それぞれの教室を書庫にしたという話」が出てきます。立花隆は、「地下1階、地上3階のビルに3万5千冊の蔵書、資料を備えている」という話とか。収納の苦労はほんとうによくわかるものの、なにか唖然として笑ってしまうような話でもあります。
当方、さすがに3万冊はありませんが、身につまされる思いで、読み終えました。
1997年、著者(1935年生)が、地震の心配が少ない土地をもとめて岡山に移り住み、そこで充実した書斎を作ったものの(その書斎の写真が一枚本書に載っています)、家族や仕事のことなどさまざまな事情で、2011年、もと居た横浜の家にもどることを決意したところからはじまった蔵書の整理と処分、その話が本書の中心となっています。
岡山の家の書斎・書庫について、著者はそれを作ったときの感慨をまずつぎのようにのべています。
「蔵書を整然と書架に並べることにより、[…]背表紙をざっと見るだけで、時代の年表や見取り図のように頭の中が整理され、体系づけられた。蔵書とは雑然としていては積ん読にもならず、また蔵書の名に値せず、単なる紙束の堆積(粗大ゴミ)に過ぎないということに、人生も老境に達してからようやく気づいた」と。
まったくそのとおりで、評者など書架からあふれた本をいくつも山積みにしたままにしていますが、ほんとうは書架を立て、ちゃんと背表紙がみえるようにそこに並べてこそ本は本としての有用性を発揮します。
あの本もっていたはずだ、あの本にあのように書かれていたはずだ、とちょっと現物を確認したいと思って本の山をひっくりかえし,何時間もかけて家じゅう探しまわることしょっちゅうで、そんなことに時間と労力をかけることほどむだなものはありません。
ただそれはだれしもよくわかっていながら、とにかくスペースがなければどうしようもないというジレンマがあります。
ともあれ著者は、生涯にわたって集めてきた、そして「人生も老境に達してから」ようやく「整然と書架に並べること」ができた、みずからの貴重にして膨大な蔵書を、諸事情により処分しなければならなくなりました。
そして処分を考えるさい、著者の「仕事の生命線」であった辞典・事典類をまず「第一に血祭りにあげた」とあったのは、読んでいて、こちらは、そうか、そこまでしないといけないのか、という気持ちと、自分はそこまでできるかな、という気持ちで、何ともいえぬ気持ちになりました。
評者とすれば、残した600冊の内訳はどのようなものだったのか、どのような基準でそれらを選んだのか、そのあたりのことをもう少し知りたかったと思うばかりです。
ほかに、著名な蔵書家の本の収納をめぐる話がおもしろく、たとえば、文化人類学者の山口昌男について、「蔵書はとにかく膨大なため、正確な数は本人にも不明で[…]、自宅には到底収まらないので、福島の廃校になった小学校を買い、それぞれの教室を書庫にしたという話」が出てきます。立花隆は、「地下1階、地上3階のビルに3万5千冊の蔵書、資料を備えている」という話とか。収納の苦労はほんとうによくわかるものの、なにか唖然として笑ってしまうような話でもあります。
2021年8月28日に日本でレビュー済み
蔵書3万冊の著者が蔵書の行く末を案じ、ついに行動に出るが…。
せつない田舎移住の結末、社会背景や諸外国との比較も試みる「蔵書論」。
蔵書をどうするか、という問題に正面から取り組む。
比較的成功した江戸川乱歩などの例も紹介。
せつない田舎移住の結末、社会背景や諸外国との比較も試みる「蔵書論」。
蔵書をどうするか、という問題に正面から取り組む。
比較的成功した江戸川乱歩などの例も紹介。
2018年3月26日に日本でレビュー済み
1935年生まれの著者は、老妻との利便なマンション暮らしという、80歳を超えた年齢にふさわしい暮らし方を選択する。
そのためには、3万冊に達する蔵書を、600冊に減らす必要があった。その苦悩、逡巡、喪失感。600冊のためのスライド式書棚2台すら嫌がる妻との攻防…いやはや、なんともつらい。
著者の計算によれば蔵書1万冊収納のためには、標準的なスチール本棚40本、一般住宅の6畳間が4部屋分必要という。著者の蔵書は3万冊だから、スチール本棚120本、6畳間12部屋分。1997年に岡山県の吉備高原に、本の収蔵を主目的としたセカンドハウスを建て、田舎暮らし、蔵書の理想的な収納、妻の満足、移住先での執筆の依頼という、なにもかも平和な数年間を過ごしてもいます。
しかし、2011年に医療や移動に不安を感じ始め、東京への撤退、縮小した暮らしを決意する。蔵書の散逸を避ける方法はないのか。あれこれと打診しても、引きうけてくれる公的機関はない。かつては蔵書家が亡くなれば公立の図書館や大学がひきとって貴重な文化遺産として活用するという機能があった。いまや、公立図書館はどこも予算削減に見舞われ、保有図書の維持管理で手一杯。学者や研究者が所持している資料は、一般利用者からはほとんど需要がない無用のもの、迷惑物件扱い。かつて貴重な寄贈を讃えられた著名人の蔵書が、遺族の了解もなく散逸した例さえあるという。
ついに観念して古書店にすべてひきとってもらう。4トントラック2台、運び出しのアルバイトを二日間で延べ8人手配して作業は行われた。去っていくトラックを見送った著者は、その場に崩れ落ちたという。
ほとんど自分の全人生であったものを、自分の手で葬った著者の悲しみに、胸うたれます。
そのためには、3万冊に達する蔵書を、600冊に減らす必要があった。その苦悩、逡巡、喪失感。600冊のためのスライド式書棚2台すら嫌がる妻との攻防…いやはや、なんともつらい。
著者の計算によれば蔵書1万冊収納のためには、標準的なスチール本棚40本、一般住宅の6畳間が4部屋分必要という。著者の蔵書は3万冊だから、スチール本棚120本、6畳間12部屋分。1997年に岡山県の吉備高原に、本の収蔵を主目的としたセカンドハウスを建て、田舎暮らし、蔵書の理想的な収納、妻の満足、移住先での執筆の依頼という、なにもかも平和な数年間を過ごしてもいます。
しかし、2011年に医療や移動に不安を感じ始め、東京への撤退、縮小した暮らしを決意する。蔵書の散逸を避ける方法はないのか。あれこれと打診しても、引きうけてくれる公的機関はない。かつては蔵書家が亡くなれば公立の図書館や大学がひきとって貴重な文化遺産として活用するという機能があった。いまや、公立図書館はどこも予算削減に見舞われ、保有図書の維持管理で手一杯。学者や研究者が所持している資料は、一般利用者からはほとんど需要がない無用のもの、迷惑物件扱い。かつて貴重な寄贈を讃えられた著名人の蔵書が、遺族の了解もなく散逸した例さえあるという。
ついに観念して古書店にすべてひきとってもらう。4トントラック2台、運び出しのアルバイトを二日間で延べ8人手配して作業は行われた。去っていくトラックを見送った著者は、その場に崩れ落ちたという。
ほとんど自分の全人生であったものを、自分の手で葬った著者の悲しみに、胸うたれます。
2017年7月29日に日本でレビュー済み
本書は第4章まであるが、率直なところ、第2章以下は付けたり、つまり余分である。
しかし、では本書に価値がないかというと、そんなことはない。
蔵書三万冊を、六百冊だけ残して一括売却した経緯を綴った、序章と第1章が興味深い。
伴侶との余生を大切にしようというのは、賢者の判断だと思う。
「いまさら気がついたのではないが、およそ本というものは段ボール箱に詰めたらおしまいなのだ」
自分の場合、実用書へのアクセスが問題だ。
しかし、では本書に価値がないかというと、そんなことはない。
蔵書三万冊を、六百冊だけ残して一括売却した経緯を綴った、序章と第1章が興味深い。
伴侶との余生を大切にしようというのは、賢者の判断だと思う。
「いまさら気がついたのではないが、およそ本というものは段ボール箱に詰めたらおしまいなのだ」
自分の場合、実用書へのアクセスが問題だ。




