本書の発売を知り、率直に言って私は、「中日の監督を辞めてすでに10年、解説者としてテレビで見かけることもなくなった今、なぜ『落合博満論』なのだろうか」と思った。おまけに、その『落合博満論』を語るのが、スポーツライターではなく、なぜ野球の門外漢である作家の筆者なのだろうかとも思ったのだが、逆に、スポーツライターだったらおおよそ内容の想像が付くので、筆者が一体どんな『落合博満論』を語っているのだろうかと興味が湧いてきて、本書を読んでみることにした。しかし、自宅に届いた本書の目次を見て、序章を除く全七章のうち対談が三章(うち二章は絵本作家と女優というファン同士の対談)も含まれているのを知って、これも率直に言って、「やはり、この程度の中身だったか」と、がっかりしてしまった。
その第一章の対談冒頭で、筆者がすでに落合本を書いている人であることを知ったのだが、筆者は第二章で、1994年に巨人に入団したとき以来、落合博満をずっと観察し続け、野球人落合博満の魅力にはまっていったと語っており、序章では1998年にNHKから、筆者が今一番興味がある人にインタビューする番組をつくりたいと依頼されたとき、迷わず落合博満の顔が浮かんだと筋金入りの落合信者であることを告白しており、これらを読んで私の本書への見方は次第に変わっていった。
落合氏ほどの人になると、プロ野球ファンであれば、その経歴、性格、卓越した野球理論、采配や与えられた戦力を使いこなす上手さ(ただし、力が同じなら実績のある人を使うと広言して、決して若手を我慢して使って育てようとはしなかったが)など、落合氏に関することは大体知っており、私も本書で初めて知って驚いたエピソードは、東芝府中時代の落合氏が筆者が誰かわからないほど太っていたこと、あの落合氏が伸び伸びとやらせてくれた東芝府中の監督が辞めるときの送別会で号泣したこと(以上、第四章)、落合記念館に訪れたファンに自らお茶をいれたり野球の話をしたりして写真撮影にも気軽に応じてくれること(第五章)くらいだけだったのだが、それでもさすがに作家だけあって、普通の人なら見逃してしまうような細かいこと、些細なことまで見逃さずによく見て、人間落合、野球人落合を分析していると随所で思わされた。
それと、元巨人・中日の川相氏との対談で、川相氏も相手が素人とは思っていないような濃密な野球(落合)談議に花を咲かせたり(第三章)、落合氏と西武の山川選手のNHKでの対談(序章)で、不調になると自分のスイングができないという山川選手に対する落合氏のアドバイスを知った後に、山川選手がそのアドバイスにどれだけ応えられているか、連日西武の試合を観続けて山川選手のスイングをチェックし、試合を重ねるうちに悪くなったスイングの問題点を具体的に指摘(第五章)するなど、筆者のプロ野球に関する知識・見識も下手なプロの解説者顔負けの半端ないものであり、読み終わってみれば、最後まで飽きることなく、面白く読ませてもらった。
冒頭で述べた、なぜ今『落合博満論』なのかについては、本書のなかで「落合監督復帰を心から願っている」(第二章)など、再三にわたって監督復帰を願う熱い気持ちを吐露しており、どうやらこうした気持ちが込められているようだ。ただ、筆者も「落合が今から監督になるのは、99%無理だろう」(終章)と認めているように、監督の世代交代が進むなか、落合氏はすでに67歳、しかも中日監督時代の晩年には健康問題も抱えていたようだし、ファンサービスやマスコミ対応をしたがらない落合氏のような人は球団にとっては使いにくいタイプの監督であり、今の各球団に中日の元オーナーの白井氏のような落合氏の良き理解者がいるのだろうかという気もしないではない。
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落合博満論 (集英社新書) Kindle版
2011年、圧倒的な実績を残しながらプロ野球界を去った落合博満。噂された球団との確執や過度の拝金主義といったイメージとは裏腹に今もなお、シーズンオフには落合待望論がまことしやかに語られる。孤高の天才打者にして名監督、その魅力の淵源は何処にあるのか? 2019年シーズン中には、球界を代表するスラッガー山川穂高が落合に教えを乞うた。山川の姿によって再び火がついた作家は、さらに、さらにという思いで落合の諸相を訪ね歩く。対談、俳句、エッセイ……至高の野球人を味わい尽くす一冊。
- 言語日本語
- 出版社集英社
- 発売日2021/6/17
- ファイルサイズ3127 KB
登録情報
- ASIN : B097PJFRP8
- 出版社 : 集英社 (2021/6/17)
- 発売日 : 2021/6/17
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 3127 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 166ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 103,858位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 314位集英社新書
- - 1,740位ノンフィクション (Kindleストア)
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著者について
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昭和23(1948)年、東京都杉並区に生れる。青山学院大学中退。民芸店経営のかたわら詩を書く。56年、処女詩集「ふ」でH氏賞受賞。その後、性的語 彙を氾濫させた詩集「脳膜メンマ」、朗読のパフォーマンス等で言葉の臨床実験を行ない、現代詩にあらたな世界をもたらす。平成元年、自らの少年期を題材に した小説「高円寺純情商店街」で第101回直木賞、20年、「荒地の恋」で第3回中央公論文芸賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されて いたものです)(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 荒地の恋 (ISBN-13: 978-4167559045 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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14人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2021年7月27日に日本でレビュー済み
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落合本が出るとすぐに買ってしまうという人は多いだろうが、その理由は野球に留まらぬ
生き方の学びが得られるからだ。同じ筆者の「変人の研究」ももちろん読んだが、今回も
まとまりはないものの、落合の人となりをさまざまな角度から再確認させてもらった。
引退の際、「風通しのよい、言いたいことの言える自由な環境を自ら積極的につくり上げ
た」とあるが、落合ほどしがらみを嫌い、自然体で生きることを通そうとする人も珍しい。
「暗闇のなか」なら、何のしがらみもなく、己の自然体を求めてバットをふれる。「中日
の監督になってからも財界人に挨拶せず、球団幹部を困らせ」ながら、優勝への最も合理
的な道を追究し続けた。
また、落合ほど体罰を嫌うスポーツ選手も珍しい。高校、大学と封建的な体質を避けた末、
プロ野球選手になり、監督になってからもコーチ陣に体罰禁止を命じた。落合の人生とは、
体罰しなくても勝てることを証明したのではなく、体罰しないから勝てることを証明した。
体罰で本人の意思を封じ込めて勝ったとしても持続しないが、本人の意思を刺激しやる気
を掻き立てれば常勝が望める。選手としても監督としてもそれを実績で示した。
「生き残るためには人が寝てるときにバットを振って、隠れてるところでどれだけ練習を
積んでいくか」、選手時代、落合は天才だから練習しないという印象を振りまいていたが、
世の中はまんまと騙されていた。清原が練習しているのに遊んでいると思われていること
に憤慨していたのとは大違いだ。「自分の持っているものを押しつけないで、その選手を
見て声をかけられる」というのも、結局、落合は何をするにも自分を勘定に入れないから
ではないか。
落合記念館は「心が丸くなれる場所」であり、「どこにも力が入らない。そこに身を置け
ばいいだけの場所」、「この海は、落合をゼロに戻す力になっている」とあるが、力みの
ない「しなやかなバッティング」フォームの如く、合氣道にも通じる生き方を落合が願っ
ていることがわかる。
冨士眞奈美との対談では、夫人がいかに落合を守っているかがわかった。恐らく落合も、
この人なら自分の野球人としての力を十二分に発揮させてくれる人だと思ったのだろう。
「落合さんにとって信子さんの存在は、何かもう宗教みたい」と冨士は語るが、かみさん
は神さんでもあるため、年末に親子で風呂に入り、感謝の気持ちで息子とともに妻の背中
を流していた。
「落合が今から監督になるのは、九九%無理だろう」とねじめ氏は語り、本人も川相昌弘
に「監督復帰は絶対ないよ」と言っていたそうだが、選手、監督、GMと渡り歩いた彼に
とって、最後の野球界への奉公はコミッショナーとしてではないか。「交渉事もできる」
彼は実績は出せたとは言えないものの、GM時代、こういうやり方で選手の意識を動かせる
ということを示してくれた。また、以前、野球界が混迷の中にあった際、セパ両リーグを
どう編成すれば良いかという自分なりの案を少し恥ずかしげに示していた記憶があるが、
そういう仕事に就きたいという意思は十分にあると感じた。今のように、何をしているか
わからないお飾りのような職に、しがらみのない彼が就けば、選手寄りに発想した刺激的
な日本野球が生まれる気がする。
しかし、そのためには、彼を推薦する人が多数必要だろう。なぜなら、監督になる際も本当
は心の底からやりたかったのに、妻の後押しがなければやると言えない照れ性だからだ。
「天高く落合野球降ってこい」、コミッショナーという高みから日本野球を引き締められる
のは落合博満ただ一人だ。
生き方の学びが得られるからだ。同じ筆者の「変人の研究」ももちろん読んだが、今回も
まとまりはないものの、落合の人となりをさまざまな角度から再確認させてもらった。
引退の際、「風通しのよい、言いたいことの言える自由な環境を自ら積極的につくり上げ
た」とあるが、落合ほどしがらみを嫌い、自然体で生きることを通そうとする人も珍しい。
「暗闇のなか」なら、何のしがらみもなく、己の自然体を求めてバットをふれる。「中日
の監督になってからも財界人に挨拶せず、球団幹部を困らせ」ながら、優勝への最も合理
的な道を追究し続けた。
また、落合ほど体罰を嫌うスポーツ選手も珍しい。高校、大学と封建的な体質を避けた末、
プロ野球選手になり、監督になってからもコーチ陣に体罰禁止を命じた。落合の人生とは、
体罰しなくても勝てることを証明したのではなく、体罰しないから勝てることを証明した。
体罰で本人の意思を封じ込めて勝ったとしても持続しないが、本人の意思を刺激しやる気
を掻き立てれば常勝が望める。選手としても監督としてもそれを実績で示した。
「生き残るためには人が寝てるときにバットを振って、隠れてるところでどれだけ練習を
積んでいくか」、選手時代、落合は天才だから練習しないという印象を振りまいていたが、
世の中はまんまと騙されていた。清原が練習しているのに遊んでいると思われていること
に憤慨していたのとは大違いだ。「自分の持っているものを押しつけないで、その選手を
見て声をかけられる」というのも、結局、落合は何をするにも自分を勘定に入れないから
ではないか。
落合記念館は「心が丸くなれる場所」であり、「どこにも力が入らない。そこに身を置け
ばいいだけの場所」、「この海は、落合をゼロに戻す力になっている」とあるが、力みの
ない「しなやかなバッティング」フォームの如く、合氣道にも通じる生き方を落合が願っ
ていることがわかる。
冨士眞奈美との対談では、夫人がいかに落合を守っているかがわかった。恐らく落合も、
この人なら自分の野球人としての力を十二分に発揮させてくれる人だと思ったのだろう。
「落合さんにとって信子さんの存在は、何かもう宗教みたい」と冨士は語るが、かみさん
は神さんでもあるため、年末に親子で風呂に入り、感謝の気持ちで息子とともに妻の背中
を流していた。
「落合が今から監督になるのは、九九%無理だろう」とねじめ氏は語り、本人も川相昌弘
に「監督復帰は絶対ないよ」と言っていたそうだが、選手、監督、GMと渡り歩いた彼に
とって、最後の野球界への奉公はコミッショナーとしてではないか。「交渉事もできる」
彼は実績は出せたとは言えないものの、GM時代、こういうやり方で選手の意識を動かせる
ということを示してくれた。また、以前、野球界が混迷の中にあった際、セパ両リーグを
どう編成すれば良いかという自分なりの案を少し恥ずかしげに示していた記憶があるが、
そういう仕事に就きたいという意思は十分にあると感じた。今のように、何をしているか
わからないお飾りのような職に、しがらみのない彼が就けば、選手寄りに発想した刺激的
な日本野球が生まれる気がする。
しかし、そのためには、彼を推薦する人が多数必要だろう。なぜなら、監督になる際も本当
は心の底からやりたかったのに、妻の後押しがなければやると言えない照れ性だからだ。
「天高く落合野球降ってこい」、コミッショナーという高みから日本野球を引き締められる
のは落合博満ただ一人だ。
2021年8月7日に日本でレビュー済み
落合監督は監督経験なしでドラゴンズの監督になり、しかも1年目からリーグ優勝、その後も常にAクラスにいて常勝チームであり続けた。落合監督のその采配ぶりには野球ファンならずとも興味を持つだろう。おそらく何かしら方法論を持っているのだろう、それはどのような方法論だろうと、監督の就任直後から私も興味を持ち、常にチーム作りの動向に注意を払ってきた。キャンプ初日の紅白戦実施や川崎投手の開幕投手への起用などが持つ監督の意図を考えると興味が尽きない。
ねじめ氏は落合監督の現役時代から興味を持って追い続けてきたという。本書では著者と川相元二軍監督との対談、特に川相氏の現役時代の回想部分が大変興味深い。落合監督のジャイアンツ時代、ベンチでは長嶋監督のそばに座っていたことには気づかなかった。さらに松井もそばにいたとは。また、練習後の風呂では落合、川相、松井が一緒になることが多かったということも、今聞くと「なるほどなー、やっぱりなー」と唸ってしまう。
ねじめ氏は落合監督の現役時代から興味を持って追い続けてきたという。本書では著者と川相元二軍監督との対談、特に川相氏の現役時代の回想部分が大変興味深い。落合監督のジャイアンツ時代、ベンチでは長嶋監督のそばに座っていたことには気づかなかった。さらに松井もそばにいたとは。また、練習後の風呂では落合、川相、松井が一緒になることが多かったということも、今聞くと「なるほどなー、やっぱりなー」と唸ってしまう。





