日本では室町末〜江戸時代の近世において、茶はただの飲み物であるほかに、茶道に集約される精神文化として発達し、現代にまで受け継がれている。ところが、主に英国において発達する紅茶の文化は、近代以降に急速にヨーロッパを中心として台頭してきた、資本主義と経済における消費行動に根ざしており、茶は商品であった。近世までのヨーロッパは学問や科学技術は進んでいたが、当時最大の貿易品目であった綿織物や香辛料はインドが、絹や茶それから陶磁器は中国が主要な生産国であり、富の中心はアジアであった。ヨーロッパ人たちはアジアの豊かさを羨望するも、それを貿易で手に入れるため対価となる銀が必要だった、、。
歴史上も重要な出来事である『アヘン戦争』は、それを転換点として明暗を分けることになる中国と英国、その後没落していくアジアと、一躍世界の覇権を握ったヨーロッパのそれぞれの栄枯盛衰を象徴しており、その前後がダイナミックに分かりやすく鮮やかに描かれている。著者は経済学者でもあり、豊富な当時の資料など統計データや数字をもとに裏打ちされた、説得力のある考証がなされており、読んで思わず引き込まれていく。
その英国も『ボストン茶会事件』を契機として、その後のアメリカ独立戦争へと続き、やがて世界における覇権の座を米国に明け渡すことになる。ここでも茶がそのきっかけとなっており、大英帝国の崩壊していく遠因にもなっていることは、歴史の皮肉と言えようか。
いっぽうで明治となり鎖国から明けたばかりの右も左もわからない日本が、必死になってグローバルな世界へと船出していった様子が第2部で詳しく取り上げられる。しかし、農産物としての茶は、急速に伸びて行った諸工業の製品とは対照的に、やがて明治末には主要貿易品目からも外れていく。ここではどうして日本の緑茶は、中国やインドの紅茶に勝てず、世界の市場から駆逐されていく運命にあったのか、主に領事館や対外公使の資料などを元に詳しく解説されている。日本の製品やサービスは、今日の世界においては過去の高度経済成長期とその後の貿易摩擦の頃と比べて成功しておらず、次第に国際的なプレゼンスが下がってきているようにさえ思われるが、その理由はいったい何であろうか?今を生きている我々にとっても、明治の日本人がどのように行動し考え、あるいは成功し又は失敗したのか、その事例としても本著を読むことができ、多くの教訓や示唆に富んだ内容になっているように思われる。
【以下私の読後の感想や考えたこと】
私見ですが、今の日本製品・サービスがいまひとつ世界で売れなくなった理由は、いまだに鎖国から目の覚めていない古い考えの頭で『緑茶』を輸出しようとしているからではないでしょうか。成功していない製品やサービスのやり方は、この明治の緑茶のたどった道と重なって見える気がします。そのことに気づいて『紅茶』を売る事に転換できた分野ないしビジネスだけが、元気よく生きのびている印象です。つまり、正確な情報の収集と分析にもとずく、需要にそった供給という基本的なマーケット戦略眼の欠落です。外の世界を良く見なければいけないよ、とこの本が教えてくれたように思います。日本茶を飲んで「ふぅ〜」と一息つくのは私にとっても幸せの時間です。しかし、それが外国人にとっても幸せであるのかどうか、今一度よく確かめる必要があります。
ところどころナウい言葉遣いで執筆された時代を感じさせるものの、今読んでも十分に我々に強く訴えるメッセージが込められており、優れた知見としておすすめの書です。
【以下2014年購入時のレビュー】
『わかりやすいのに奥行きもある名著』
本著は私たちの身近な飲み物である「お茶」の歴史をベースにしながらも、近世から現代へと時代が変化する中での日本や世界との関連や、広い視点からみた文明の社会学史でもあり、信憑性の高い経済的データから読み解く壮大な世界経済史でもある。むしろ、そこで茶は歴史を掘り下げていくためのキーワードであり、茶が各時代の各地域において人々にとってどのような価値を持ち、どのように扱われたのか。また茶の流通過程やその背景の事情など人々の思惑を知ることで、当時起こった様々な事件や事象なども理解が深まり、それは現代の社会と世界を知るうえでも大いにヒントとなる。ここではまさに茶が、移りゆく人類の歴史において、切っても切れない重要な指標のひとつとして主役であり、お茶にまつわる数多くの興味深い話なども豊富かつ詳細に取り上げられている。お茶が好きなひとにはもちろん、読み物としても一般にも分かりやすく書かれており、おすすめの名著である。
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