自閉症の子どもたち―心は本当に閉ざされているのか (PHP新書) (日本語) 新書 – 2001/8/1
酒木 保
(著)
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本の長さ187ページ
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言語日本語
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出版社PHP研究所
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発売日2001/8/1
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ISBN-104569617077
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ISBN-13978-4569617077
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
人と目を合わせない、コミュニケーションがとれない、儀式的な行為を繰り返すなどの行動特性を示す自閉症。「彼らは心を閉ざしている」と決めつけるのはこちら側のモノサシの押しつけではないか?そう考える著者は、自閉症児たちと「いま」「ここ」を共有することを通して、彼らが他者に対して自分の存在を確立できないこと、ゆえに身体・空間・言語についての感覚に障害が生じていることを明らかにしてきた。子どもたちとの関わりから、人が生きてあることの意味をも問いかける、一治療者の軌跡。
内容(「MARC」データベースより)
自閉症児たちと「いま」「ここ」を共有することを通して、彼らが他者に対して自分の存在を確立できないゆえに身体・空間・言語についての感覚に障害が生じていることを明らかにした、一治療者の軌跡。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
酒木/保
1948年、姫路市生まれ。中京大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。中京大学文学部助手、旭川医科大学保健管理センター講師等を経て、現在、京都文教大学人間学部臨床心理学科助教授。臨床心理士。専門は自閉症治療、思春期心理臨床、不登校児の治療。自閉症治療のための数多くの関係論を提唱し、YB法(黄黒交互彩色法)などの具体的な治療法を発案している。1996年、日本心理臨床学会奨励賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1948年、姫路市生まれ。中京大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。中京大学文学部助手、旭川医科大学保健管理センター講師等を経て、現在、京都文教大学人間学部臨床心理学科助教授。臨床心理士。専門は自閉症治療、思春期心理臨床、不登校児の治療。自閉症治療のための数多くの関係論を提唱し、YB法(黄黒交互彩色法)などの具体的な治療法を発案している。1996年、日本心理臨床学会奨励賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
5つ星のうち5.0
星5つ中の5
7 件のグローバル評価
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2001年8月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
感動しました。この本は、自閉症の子どもたちの行動の理由と、子どもの世界に立った具体的な関わり(治療)を初めて明らかにした本だと思います。
私たち人間が自由に言葉を使い、過去から今や未来に時間が流れていることを認識し、怪我をしたら痛いと感じる身体の感覚を持ち、そして自分をこの場所にいる自分として自然に認識できることが、本当はとても微妙なバランスによって成り立っていることが分かりました。
いまここに障害を持って存在する子ども対して、急激な変化を求めず、子どもと分かり合う接点をひたすら模索し続けた著者から発せられる言葉のひとつひとつには重みがあります。 ご家族だけでなく治療にあたる方々にも是非お勧めします。
私たち人間が自由に言葉を使い、過去から今や未来に時間が流れていることを認識し、怪我をしたら痛いと感じる身体の感覚を持ち、そして自分をこの場所にいる自分として自然に認識できることが、本当はとても微妙なバランスによって成り立っていることが分かりました。
いまここに障害を持って存在する子ども対して、急激な変化を求めず、子どもと分かり合う接点をひたすら模索し続けた著者から発せられる言葉のひとつひとつには重みがあります。 ご家族だけでなく治療にあたる方々にも是非お勧めします。
2007年11月6日に日本でレビュー済み
自閉症に関する本を初めて読みました。
知り合いのお子さんに自閉症と目される
お子さんがいて、かかわりあい方の
勉強のつもりで
本書を手にしたのです。
自閉症と一口にいってもいろいろあること。
千差万別であることを知りました。
自分というものの意識の確立や、自分と他人、
周りの環境の中にいる自分について、
本当に不安定な状態。
表現が正しいかどうかは判らないけど、
揺れる船の中。
まっ暗闇で手探りでいる状態。
上も下もわからない。
自分の位置がわからない。
自分という観念も希薄な状態。
そんな不安定で、心細い状態の中、
自己防衛として、外界の刺激から閉ざした位置に
自分をもっていこうとする状態。
必要に応じて、無機物に同化して完全に自分を
消してしまおうとする状態にあるのでは・・・
という感じが、初心者の私の感想です。
もしそうだとしたら、本当につらい悲しい状態だと
思いました。
何とか、少しずつでも、自分の感性の糸をたどりながら
周りとの安定した共存を心にもってもらいたいと・・
思いました。
実際には、廻りとの接触がうまくいかず
治療と称して、外界からのストレス。
2次的に、精神症をわずらうこともあるように
書いてありました。
また母親の精神状態。
周囲の見守り方もいろいろ問題があるようです。
本当につらいことです。
一番、こころに響いたこと
「お願いします。どうか私に太宰治と同じ
首つりか入水をしてください。
お願いします。お願いします。
生まれてきてすみません」という言葉。
暗い手探りの中にいるのだとしたら・・・
その中で
こんな言葉が出てくるのだとしたら・・・・
何とか助けてあげたいと・・・
そう思いました。
知り合いのお子さんに自閉症と目される
お子さんがいて、かかわりあい方の
勉強のつもりで
本書を手にしたのです。
自閉症と一口にいってもいろいろあること。
千差万別であることを知りました。
自分というものの意識の確立や、自分と他人、
周りの環境の中にいる自分について、
本当に不安定な状態。
表現が正しいかどうかは判らないけど、
揺れる船の中。
まっ暗闇で手探りでいる状態。
上も下もわからない。
自分の位置がわからない。
自分という観念も希薄な状態。
そんな不安定で、心細い状態の中、
自己防衛として、外界の刺激から閉ざした位置に
自分をもっていこうとする状態。
必要に応じて、無機物に同化して完全に自分を
消してしまおうとする状態にあるのでは・・・
という感じが、初心者の私の感想です。
もしそうだとしたら、本当につらい悲しい状態だと
思いました。
何とか、少しずつでも、自分の感性の糸をたどりながら
周りとの安定した共存を心にもってもらいたいと・・
思いました。
実際には、廻りとの接触がうまくいかず
治療と称して、外界からのストレス。
2次的に、精神症をわずらうこともあるように
書いてありました。
また母親の精神状態。
周囲の見守り方もいろいろ問題があるようです。
本当につらいことです。
一番、こころに響いたこと
「お願いします。どうか私に太宰治と同じ
首つりか入水をしてください。
お願いします。お願いします。
生まれてきてすみません」という言葉。
暗い手探りの中にいるのだとしたら・・・
その中で
こんな言葉が出てくるのだとしたら・・・・
何とか助けてあげたいと・・・
そう思いました。
2005年6月10日に日本でレビュー済み
自閉症児は絶えず他者からの侵入を恐れていて、その症状は防衛の手段である、とする著者の考えは、R・D・レインの反精神医学を想起させます。
著者は自閉症児の特徴として、自分を「この私」として「ここ」に定位することの困難を指摘し、そのため「身体」、「空間」、「言葉と時間」の感覚に障害を生じているとしています。身体感覚の喪失や指さしが出来ない、指示代名詞が使えないなどの特徴は、療育に携わっておられる方なら目の当たりにしたことがあるのではないでしょうか。
著者の考察は「自己」とは何かというところまで及び、読者の知的好奇心を刺激してやみませんが、そのためだけに書かれた本ではなく、その都度、自説に沿った治療のあり方(適切さ・一貫性・柔軟性)を提示していることからも、自閉症児が人と関わることの快さを感じられるようにしたいという著者の熱い思いが伝わってきます。
著者は自閉症児の特徴として、自分を「この私」として「ここ」に定位することの困難を指摘し、そのため「身体」、「空間」、「言葉と時間」の感覚に障害を生じているとしています。身体感覚の喪失や指さしが出来ない、指示代名詞が使えないなどの特徴は、療育に携わっておられる方なら目の当たりにしたことがあるのではないでしょうか。
著者の考察は「自己」とは何かというところまで及び、読者の知的好奇心を刺激してやみませんが、そのためだけに書かれた本ではなく、その都度、自説に沿った治療のあり方(適切さ・一貫性・柔軟性)を提示していることからも、自閉症児が人と関わることの快さを感じられるようにしたいという著者の熱い思いが伝わってきます。
2002年1月31日に日本でレビュー済み
この値段でこの内容はほんとうにお得です。
自閉症の子どもたちと長い間ふれあってきた酒木さんのあたたかい視点が伝わってきます。
ちょっと難しいところもあるかも知れませんが、なんども読み直したくなる本です。
自閉症の子どもたちと長い間ふれあってきた酒木さんのあたたかい視点が伝わってきます。
ちょっと難しいところもあるかも知れませんが、なんども読み直したくなる本です。