岡田尊司氏はこの著書の中で,自閉スペクトラム症の必須症状として”相互的関係(interpersonal relations)の障害”,”応答性(responsiveness)の障害”と記載しているがこれは誤りである。
DSM-5に記載された自閉スペクトラム症の診断基準Aには,"Persistent deficits in social communication and social interaction across multiple contexts"と記載されている。ここでの"social interaction"の"social"は"society"ではなく"meeting people"であり,"interaction"とは"a process by which two or more things affect each other"(ロングマン現代英英辞典4訂増補版 桐原書店)と記載されている。
日本語訳にすると「複数の状況で社会的コミュニケーションおよび”対人的相互反応における持続的な欠陥”」(DSM-5精神疾患の分類と診断の手引 医学書院)であり,岡田尊司氏がいうところの”相互的関係(interpersonal relations)の障害”よりもっと以前の段階である”対人的相互反応(social interaction)における持続的な欠陥”すなわち「通常の会話のやりとりのできないこと」「非言語的コミュニケーションの完全な欠陥」(DSM-5精神疾患の分類と診断の手引)が自閉スペクトラム症の主症状である。
また,岡田尊司氏がいうところの”応答性(responsiveness)の障害”とは,「(自分の意志や性格的な要因で)積極的に他者との反応やコミュニケーションをとりたがらないこと」という意味だと思われるが,DSM-5には"responsive"などという記載はなく,自閉スペクトラム症における”対人的相互反応(social interaction)における持続的な欠陥”とは,本人の意志や性格とは無関係に機能的に「通常の会話のやりとりのできないこと」という症状を指しており,この著書に記載されているような「(相手との)相互性が大事だという意識が乏しい」という意味ではない。
また,岡田氏は自閉スペクトラム症の”限局された反復的行動”に関して,「決まった行動や考え,習慣へのこだわり」などと解説しているが,DSM-5における自閉スペクトラム症の診断基準Bに記載されている”行動,興味,または活動の限定された反復的な様式”とは,”常同運動症”や”自己刺激的行動”に近い無意識的な反復的行動の概念であり,この著書に記載されている「同じルーティン(決まった行動)をしないと心が落ち着かない」「自分の決まった行動をするために,その時間は家族の行動を規制し,部屋から出てこないようにする」といった,”強迫性パーソナリティ障害”にみられる意識にのぼるような”秩序,完璧主義,精神および対人関係の統制へのとらわれ”とは症状の概念が異なる。
また,DSM-5における自閉スペクトラム症の診断基準B(4)に記載されている”感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ"とは,「痛みや体温に無関心のように見える」「特定の音または触感に逆の反応をする」(DSM-5精神疾患の分類と診断の手引)といった通常ではあり得ない感覚反応のことを指しており,この著書にある「掃除機の音が苦手」「香水のにおいが苦手」というような,意識化されたいわゆる”敏感(感覚が鋭いこと)”という意味とは異なる。
さらに,岡田氏は著書の中で「スペクトラムとは,頂からすそ野までを連続体としてとらえる概念です。人々の多くが自閉的になることと,障害レベルの自閉スペクトラム症が増加していることは,シンクロした現象だと考えられるのです。」などと解説しているが,“スペクトラム障害”とは「広範な症状および徴候が種々の組み合わせでみられるような状態または症候群を表す用語,例えばTourette症候群」(ステッドマン医学大辞典改訂第6版 メジカルビュー社)と記載されており,「主要な診断的特徴は発達期の間に明らかとなるが,治療的介入,代償,および現在受けている支援によって,少なくともいくつかの状況ではその困難が隠されているかもしれない。障害の徴候もまた,自閉症状の重症度,発達段階,暦年齢によって”大きく変化するので,それゆえに,スペクトラムという単語で表現される”」(DSM-5セレクションズ 神経発達症群 医学書院)と述べられているように,本質的には同じ病因と考えられるのに(個人内での)発達にともなった症状が多彩に変化してみえる疾患のことを指している。
DSM-5の診断基準に合致した自閉スペクトラム症児の保護者の方は,私と同じように,一般向けに出版された自閉スペクトラム症の本を読んでも今ひとつ納得できないことが多いと思われるが,これは我々が素人で知識が足りないからではなく,著者の医師たちが神経発達に関する基礎知識に乏しく,神経発達障害とパーソナリティ障害などとの鑑別ができないからである。
このような医学への信頼を揺るがしかねない異常事態に,なぜ日本精神神経学会が対処しないのかはともかくとして,私たち自閉スペクトラム症児の保護者は,社会に流布している”自閉症”や”発達障害”というものは,公式情報も含めて本来の医学的な定義とは異なった”疑似科学”である,ということを知っておく必要がある。
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