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臨死体験研究読本―脳内幻覚説を徹底検証 単行本 – 2002/11/1
- 本の長さ351ページ
- 言語日本語
- 出版社アルファポリス
- 発売日2002/11/1
- ISBN-104434025414
- ISBN-13978-4434025419
商品の説明
著者からのコメント
臨死体験を脳の幻覚とする科学的理論の限界を明らかに 臨死体験者は、なぜ生き方をプラスの方向に激変させるのか、なぜ深い意識変容をとげるのか。この謎を、これまでの膨大なデータをもとにとことん追求し、さらに臨死体験を脳の幻覚とするとする代表的な科学的理論の矛盾と限界を明らかにしました。臨死体験には、脳の見る幻覚以上の意味があることを丁寧に論証し、科学的物質主義を超えた視点から生と死を見直しました。
内容(「BOOK」データベースより)
臨死体験者は、なぜ生き方をプラスの方向に激変させるのか?時に「悟り」とも言えるような大きな変容を遂げるのはなぜか?臨死体験最大の謎を徹底的に掘り下げ、追及!1996年に発表されたブラックモアの著書など代表的な「科学的」理論を一歩一歩丁寧に検証。その結果見えてくる「精神世界」の真実とは?決定版!臨死体験研究本。
内容(「MARC」データベースより)
脳内幻覚説の限界を暴く! これまでの様々な説、研究を紐ときながら、科学面、宗教面から一つ一つ臨死体験の謎に迫る、臨死体験研究本。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
石井/登
1949年東京生まれ。1978年東洋大学大学院文学研究科博士課程終了。1982年より埼玉県立高等学校教諭。教職のかたわら、専門の現象学のほか、人間性心理学、トランスパーソナル心理学、さらに臨死体験を含む精神世界関連の分野に研究の関心を広げ活動中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1949年東京生まれ。1978年東洋大学大学院文学研究科博士課程終了。1982年より埼玉県立高等学校教諭。教職のかたわら、専門の現象学のほか、人間性心理学、トランスパーソナル心理学、さらに臨死体験を含む精神世界関連の分野に研究の関心を広げ活動中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
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2006年9月15日に日本でレビュー済み
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よく書かれたある。特に、スーザン・ブラックモア(『生と死の境界』)に対しての批判は納得するものがあるし、立花隆の論理の矛盾点を指摘した所は理解できる(靴の話ナド)。後編に宗教の(光と悟り)に触れた記述があるが、そのことと臨死体験の記述が結び付けてあるのは、今後議論を呼びそうである。個人的には、瞑想(ヴィパサナー瞑想)との関連は今後の課題であると思われる。
9人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2009年1月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
副題の「臨死体験の脳内幻覚説を徹底検証」。その内容は、"脳内幻覚説をサポートしている主流理論を軸に批判をした上で、違う仮説を立てる”ということであった。
しかし、本では脳内幻覚説を批判しきってはいなかった。現在あるメジャー(らしい)仮説ではそれを説明しきれていない、ということが分かるだけであった。
著者は「臨死体験によってなぜある方向性を持った意識の変容が生じるのかを説明できない」という点が脳内幻覚説の決定的な問題点であるとしているが、それは、説明する適切な仮説が見つかっていない/検証されていない、というだけかもしれない(そもそも、科学の方法論として、主観的現象を物理的な見地から完全に説明することはできないという問題も忘れてはならない)。
脳内幻覚説派の「臨死を通して発生する生化学的な条件が意識を変容させ、結果として方向性のある意識変容をもたらす」ということは仮説として十分に成り立つし、またそれは、著者の持つ仮説と同時に成り立つものである。
座禅により発生する生理学的な変化が物理的な方法で測定されきったとして、座禅の価値に何も影響がないように、臨死体験が脳内幻覚説的な観点で説明がされたところで、著者の仮説「臨死体験を通して人は人間の本性に出会う」というストーリーに影響はないと思われるし、人間の精神の価値をなんら下げるものではないと思われる。
方法論で規定される科学なのであるから、科学で語れない/語ってはいけない世界があるのは当然。周知の「科学の限界」をことさら取り立てるのは、若干冷静な視点に欠いているように思われた。
しかし、臨死体験に関する様々な解釈を知ることができるという意味では、価値のある本である。
しかし、本では脳内幻覚説を批判しきってはいなかった。現在あるメジャー(らしい)仮説ではそれを説明しきれていない、ということが分かるだけであった。
著者は「臨死体験によってなぜある方向性を持った意識の変容が生じるのかを説明できない」という点が脳内幻覚説の決定的な問題点であるとしているが、それは、説明する適切な仮説が見つかっていない/検証されていない、というだけかもしれない(そもそも、科学の方法論として、主観的現象を物理的な見地から完全に説明することはできないという問題も忘れてはならない)。
脳内幻覚説派の「臨死を通して発生する生化学的な条件が意識を変容させ、結果として方向性のある意識変容をもたらす」ということは仮説として十分に成り立つし、またそれは、著者の持つ仮説と同時に成り立つものである。
座禅により発生する生理学的な変化が物理的な方法で測定されきったとして、座禅の価値に何も影響がないように、臨死体験が脳内幻覚説的な観点で説明がされたところで、著者の仮説「臨死体験を通して人は人間の本性に出会う」というストーリーに影響はないと思われるし、人間の精神の価値をなんら下げるものではないと思われる。
方法論で規定される科学なのであるから、科学で語れない/語ってはいけない世界があるのは当然。周知の「科学の限界」をことさら取り立てるのは、若干冷静な視点に欠いているように思われた。
しかし、臨死体験に関する様々な解釈を知ることができるという意味では、価値のある本である。
2003年2月3日に日本でレビュー済み
一時期ずいぶん翻訳出版されたのが嘘のように臨死体験関連の書物は見かけなくなった。ブームが去ったのだ。特に日本人の書いたものとなると、立花隆『臨死体験』が別格的巨峰としてそびえ立ってはいるものの、ブームの前にもあとにも目立った書物はほとんど出版されていない(臓器移植問題の絡みだと言われている)。
そんな状況の中で、著者・石井のぼる氏はあえて自らの研究成果を世に問うた。しかも中心となる内容は「唯物論的な立場にたった臨死体験研究書として、いまのところ最も優れた成果を上げている」(加瀬秀明)と言われるスーザン・ブラックモアの研究(『生と死の境界』)に対する批判、ほとんどの研究者が避けて通った人格変容という2大難関である。
ブラックモア批判の中心となっているのは、体外離脱の科学的検証部分である。そしてそのブラックモアはマイケル・B・セイボムの研究(『「あの世」からの帰還』)を批判している。できればこの3冊を付き合わせて読むのが望ましい。いずれも優れた研究書であることは保証する。
もうひとつの人格変容は、残念ながらまだ万人、特に懐疑主義者を納得される域には達していない。ただ試みは評価できるし、今後のさらなる研究に期待したい。
石井氏の筆は、誠実で明晰である。先ほど述べたように、ブラックモアとセイボムと並べて読めばこの点は分かってもらえるだろうと思う。研究もやや弱い部分はあるものの、石井氏が民間人であることを考えれば充分な成果であると言える。
そんな状況の中で、著者・石井のぼる氏はあえて自らの研究成果を世に問うた。しかも中心となる内容は「唯物論的な立場にたった臨死体験研究書として、いまのところ最も優れた成果を上げている」(加瀬秀明)と言われるスーザン・ブラックモアの研究(『生と死の境界』)に対する批判、ほとんどの研究者が避けて通った人格変容という2大難関である。
ブラックモア批判の中心となっているのは、体外離脱の科学的検証部分である。そしてそのブラックモアはマイケル・B・セイボムの研究(『「あの世」からの帰還』)を批判している。できればこの3冊を付き合わせて読むのが望ましい。いずれも優れた研究書であることは保証する。
もうひとつの人格変容は、残念ながらまだ万人、特に懐疑主義者を納得される域には達していない。ただ試みは評価できるし、今後のさらなる研究に期待したい。
石井氏の筆は、誠実で明晰である。先ほど述べたように、ブラックモアとセイボムと並べて読めばこの点は分かってもらえるだろうと思う。研究もやや弱い部分はあるものの、石井氏が民間人であることを考えれば充分な成果であると言える。
2002年11月22日に日本でレビュー済み
日常の中では忘れたふりをしているが、私たちの頭の中から決して離れないものがある。それが「死」である。死すべき運命を逃れる人間は誰一人として存在しない。その厳然とした事実が私たちの心の中に持続低音のように鳴り響き、人生に「苦」の暗い色彩を混入させているのである。私たちは、いつか自分自身の死と向き合わなければならない。
近年になって「臨死体験」という事象が広く報告されるようになっている。これは瀕死の状態から生還した人々が、超越的な光などの体験をし、意識の変容を体験するというもので、物質還元主義者にとっては困惑させられる現象の一つである。欧米を中心に、膨大な事例が蓄積されており、また、その現象の解釈をめぐって、物質還元主義者とそうでない人々の間に激しい論争がある。物質還元主義者は、この現象を「脳内幻覚説」として説明し、物質主義に毒された世間では広く受け入れられている。
石井氏は、インターネット上で研究成果を発表している在野の研究家である。「臨死体験研究読本」は、その研究成果を集大成したものであり、「脳内幻覚説」を批判する立場から広範な事例を参照した上で、さまざまな説を論理的に検証し、「脳内幻覚説」に対する包括的、かつ、詳細な批判を試みている。石井氏は、「臨死体験によってなぜ意識の変容が生じるのかを説明できない」という点が脳内幻覚説の決定的な問題点であるとしているが、私もこれに賛成である。
人間は単なる肉塊以上のものではなく、心や魂は幻想であり、何の価値もないという考え方が日夜宗教のように喧伝しているが、このような考え方からは、生きる意味、価値は決して見出すことはできない。臨死体験者の多くが人生に積極的な意味を見出したのは、人間とは決してそうではないとの確信を得られたからである。
生と死、人生の意味などを探求している読書人に是非一読を勧めたい。
近年になって「臨死体験」という事象が広く報告されるようになっている。これは瀕死の状態から生還した人々が、超越的な光などの体験をし、意識の変容を体験するというもので、物質還元主義者にとっては困惑させられる現象の一つである。欧米を中心に、膨大な事例が蓄積されており、また、その現象の解釈をめぐって、物質還元主義者とそうでない人々の間に激しい論争がある。物質還元主義者は、この現象を「脳内幻覚説」として説明し、物質主義に毒された世間では広く受け入れられている。
石井氏は、インターネット上で研究成果を発表している在野の研究家である。「臨死体験研究読本」は、その研究成果を集大成したものであり、「脳内幻覚説」を批判する立場から広範な事例を参照した上で、さまざまな説を論理的に検証し、「脳内幻覚説」に対する包括的、かつ、詳細な批判を試みている。石井氏は、「臨死体験によってなぜ意識の変容が生じるのかを説明できない」という点が脳内幻覚説の決定的な問題点であるとしているが、私もこれに賛成である。
人間は単なる肉塊以上のものではなく、心や魂は幻想であり、何の価値もないという考え方が日夜宗教のように喧伝しているが、このような考え方からは、生きる意味、価値は決して見出すことはできない。臨死体験者の多くが人生に積極的な意味を見出したのは、人間とは決してそうではないとの確信を得られたからである。
生と死、人生の意味などを探求している読書人に是非一読を勧めたい。