長篇も短篇も1980年代半ばまでくらいまでは全部読んでいたかなぁ、単行本未収録の一本で文体の実験を試みたと思われる暗~い中篇『街と、その不確かな壁』も。
その後はエッセイも含めてチョボチョボ、久しぶりに読んでみようかと思った理由は、安彦良和さんの『革命とサブカル』(言視舎)で取り上げられ、“学生運動に関わっていたことを語り始めた”とあったから。
単行本P37~(文庫本P41~)、“みんなと一緒に何かをするのが不得意で、そのせいでセクトには加わりませんでしたが、基本的には学生運動を支持していたし、個人的な範囲でできる限りの行動はとりました”と。
その後、内ゲバが激しくなるにつれ他のおおかたの学生と同じく幻滅して身を退くわけだが、あまりにもあっさりと書かれていて個人的にはちょっと肩透かし。
しかし、これまでに読んできた小説や随筆から元々腥(なまぐさ)いものが苦手な質(たち)であろうことは伝わっていたし、言葉にしにくい漠然とした不安のようなものを物語という想像以上に容量の大きな装置を通して慎重に表現してきた作家であり、続く内ゲバに走った運動に対して“健全な想像力が失われてしまっている”、“どれだけそこに正しいスローガンやあり、美しいメッセージがあっても、その正しさや美しさを支えきるだけの魂の力が、モラルの力がなければ、すべては空虚な言葉の羅列に過ぎない”という件は、著者の本質に関わる記述として重要だ。
それにしても、随所で零しているように、春樹さんって文芸評論家や研究者、同業者の作家たち、さらに共同作業のパートナーである編集者たちからも、こんなに批判されていたのかと唖然、茫然。
言われてみれば、強面で有名な渡部直己さんなんか、三歳下にも拘わらずかなり早くから「たかがありふれた大衆小説家じゃないか、拡がりもなければ深みもない」と、そこまで酷評するかというくらいボロクソに言っていたね。
第七回は、自らにつきまとうイメージを払拭する正当な弁明のようであり、ロンドンの郵便局に生涯勤め続けたアンソニー・トロロープ、保険局の公務員だったカフカを例に挙げて評価し、(彼等とは異なる)破綻と渾沌の中から文学を生み出す反社会的な文士を“クラシックな小説家像”と揶揄、そういうものを求められても自分は自分でしかなく、ルーティン・ワークとして毎日10キロのランニングをし、自分のペースで小説を書き続ける、と。
そこで憶い出したのが、パリ国立図書館にずっと勤務しながら、かなり危険な思想を育み、反社会的な論考や小説を書き綴ったジョルジュ・バタイユはどうなんだろうということ。
もっともバタイユは毎晩のように売春窟に通い詰めて放蕩の限りを尽くし、毎朝のように宿酔いで遅刻し続けたのだが。
そう言えば、「LSDを100ミリグラム!」と書いて亡くなったオルダス・ハックスレーのように、自らの精神と身体を賭して実験台となりながら夥しい危険に晒されるエリアへ下りて行ってまで物事を探求したり、砲弾飛び交う戦場でタイプライターを叩き続けるタイプではなく、そういった像を世間が求めているのではないかと冗談めかして不安がる箇所がある(単行本P178、文庫本P196)。
同世代を席捲した全共闘や思い詰め追い詰められていった連合赤軍に反撥しつつ何処か拭い切れない共感があり、「連赤とオウムを一緒にするな」という声を充分に知りながら近接するものを感じて書いたのが、地下鉄サリン事件を扱った『アンダーグラウンド』なのかも。
春樹さんは不可思議な対象に深い関心、興味を持ち、自分なりに調査分析、研究を行うが、飽くまでも観察者=客観的立場に終始し、自らの抑制を危うくさせるようなところまでは決して降りてゆかず、自分を危ない実験台にはしないタイプだろう。
何故なら、先に挙げたように、そのような行為はとても不健全で、職業として小説を書く作家であり続けることに支障を来すと思っているからでしょう。
“第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生”で、異様と思えるほど日本におけるユング心理学の第一人者へのシンパシィを認め、その方面の知識の乏しさと交友関係全体の狭さを露わにしているが、過去の作品も含めて類推すれば、小説は想定以上に幅広く読んでおり(日本ではマイナーな海外の女流さえも)、ポピュラー音楽にはそれなりに造詣が深いものの、世界中あちこち行っていて接する機会が多々ありつつ美術への興味はあまり示さず、数学や科学(とりわけパラダイムとなった量子力学)、そして民俗学や宗教学などについては、ほぼスルーに近いのではないかしら?
中流家庭の一人っ子として育ち、運命らしき女性と若いうちに縁があり、一度も企業奴隷になることもなく、それらが要因の負荷を総て受け止めた上で、自分が楽しいこと、否、楽しめそうなことを必死に模索し続けた生き方だったのだと再確認。
強烈なウォトカや癖の強い焼酎、主張がややあるかもしれないハイネケンやクアーズでさえなく、やはり、あっさり・スッキリ、口当たりが好く爽やかな労働者・職人のビール、バドワイザーの人っぽく、タイトルと相関している?
勝手に妄想していることではあるが、村上作品を評価しない方々の多くは、根っからアカデミックか、それに深いコンプレックスを抱いているかのどちらかに大別されるし、ありきたりのお酒では満足出来なくなった酒豪か、どんなアルコール飲料にも文句をつける、または体質として受け付けない下戸っぽいもんね。
どうも、そのあたりの“マジョリティを獲得し得る偉大なフツウさ”に、世界的な人気の秘密がありそうな気がして、大変参考になりました。
昔、近所のぼろアパートにいつも酒臭い大学生のお兄さんが住んでいて、「とにかく、吐くまで飲み続けろ、それを毎日繰り返せ。そうしないと酒の本質が視えて来ない」と言われたことがあったっけ。
あの人、面白かったなあ……しかし、そういうどろどろした“質=生まれる以前から予め設計されたかもしれないプログラム”が有する、これまで培った知識・経験を一撃で吹き飛ばすような危険性、衝撃、魅力、興味深さを小説に求める時代ではないみたいだと思いました。
職業としての小説家 (Switch library) (日本語) ハードカバー – 2015/9/10
村上春樹
(著)
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本の長さ313ページ
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言語英語, 日本語
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出版社スイッチパブリッシング
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発売日2015/9/10
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寸法12.7 x 2.54 x 19.05 cm
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ISBN-104884184432
-
ISBN-13978-4884184438
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
「MONKEY」大好評連載の“村上春樹私的講演録”に、大幅な書き下ろし150枚を加え、読書界待望の渾身の一冊、ついに発刊!
著者について
村上春樹
1949年生まれ。作家、翻訳家。著作に『1Q84』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』ほか多数。訳書に『The Complete Works of Raymond Carver』、編訳書に『セロニアス・モンクのいた風景』ほか多数。最新の著書に『女のいない男たち』、訳書にダーグ・ソールスター『NOVEL 11, BOOK 18』がある。
1949年生まれ。作家、翻訳家。著作に『1Q84』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』ほか多数。訳書に『The Complete Works of Raymond Carver』、編訳書に『セロニアス・モンクのいた風景』ほか多数。最新の著書に『女のいない男たち』、訳書にダーグ・ソールスター『NOVEL 11, BOOK 18』がある。
登録情報
- 出版社 : スイッチパブリッシング (2015/9/10)
- 発売日 : 2015/9/10
- 言語 : 英語, 日本語
- ハードカバー : 313ページ
- ISBN-10 : 4884184432
- ISBN-13 : 978-4884184438
- 寸法 : 12.7 x 2.54 x 19.05 cm
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Amazon 売れ筋ランキング:
- 155,066位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
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2020年7月29日に日本でレビュー済み
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【小説家という職業に村上春樹が感じることを述べる】
「小説家なんて誰でもなれる。ペンとノートと想像力さえあれば良いのだから。しかし、小説家を続けることは非常に難しい。
小説家として才能があるかどうかを知る最もよい方法は、水の中に飛び込んで浮かび上がってこられるかどうかである。しかし、浮かび上がり続けられるかどうかである。
自分は何かしらの特別な力によって、小説を書くチャンスを与えられたのだという認識を大切にしている」
本の中の文章をかいつまんで並べてみただけだが、この本で最も面白かった箇所だった。
小説家として40年以上やってきている村上春樹の言葉は、イチローや孫正義のように重い。
彼らに共通しているのは、長い間その土俵にとどまり続けている(続けていた)ということだ。
そしてとどまり続けるために常に努力をしているということも忘れてはいけない。
「自分がそれをやっていて、本当に楽しいかどうか、好きかどうかを大切にせよ」というのが村上春樹のメッセージだが、好きなことを突き詰められている人っていうのは飛びぬけるんだろうなと思う。
「小説家なんて誰でもなれる。ペンとノートと想像力さえあれば良いのだから。しかし、小説家を続けることは非常に難しい。
小説家として才能があるかどうかを知る最もよい方法は、水の中に飛び込んで浮かび上がってこられるかどうかである。しかし、浮かび上がり続けられるかどうかである。
自分は何かしらの特別な力によって、小説を書くチャンスを与えられたのだという認識を大切にしている」
本の中の文章をかいつまんで並べてみただけだが、この本で最も面白かった箇所だった。
小説家として40年以上やってきている村上春樹の言葉は、イチローや孫正義のように重い。
彼らに共通しているのは、長い間その土俵にとどまり続けている(続けていた)ということだ。
そしてとどまり続けるために常に努力をしているということも忘れてはいけない。
「自分がそれをやっていて、本当に楽しいかどうか、好きかどうかを大切にせよ」というのが村上春樹のメッセージだが、好きなことを突き詰められている人っていうのは飛びぬけるんだろうなと思う。
2021年1月24日に日本でレビュー済み
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こういう風に考えてるんだな ということが分かって面白かった。
2015年12月10日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
このエッセイを読むと村上春樹の人となりがとてもわかる。はっきり言って、あまり小説も人柄も興味はなかった。
ただ、ノーベル文学賞や海外の文学賞にノミネートされたり、受賞したりのニュースを聞いて不思議に思っていた。
なんで日本の作家が?と。しかし、それは、村上春樹個人の努力と取組みが奏功しているのであって、何も不思議なことではなかったのだ。
自ら翻訳者を探し、パートナーと付き合い、海外の雑誌での連載を勝ち取る。なんてことはない、努力とチャレンジの人なのだ。
恐らく世界ではマイナーな日本の文学賞にノミネートされるのを、ただ受け身で待っているような作家にははとてもまねできないことだろう。
自分を客観視して、先を読んで動く。作家の才覚とビジネスマン的才覚を備えた人だなあと思った。
だからこそ、この人が文中でさりげなく勧めるものにことごとく引っ掛かる。
セロニアスモンクや河合隼雄もそうだ。自分を表現する以上に、他人や好きなモノを表現するがうまいのである。
ただ、ノーベル文学賞や海外の文学賞にノミネートされたり、受賞したりのニュースを聞いて不思議に思っていた。
なんで日本の作家が?と。しかし、それは、村上春樹個人の努力と取組みが奏功しているのであって、何も不思議なことではなかったのだ。
自ら翻訳者を探し、パートナーと付き合い、海外の雑誌での連載を勝ち取る。なんてことはない、努力とチャレンジの人なのだ。
恐らく世界ではマイナーな日本の文学賞にノミネートされるのを、ただ受け身で待っているような作家にははとてもまねできないことだろう。
自分を客観視して、先を読んで動く。作家の才覚とビジネスマン的才覚を備えた人だなあと思った。
だからこそ、この人が文中でさりげなく勧めるものにことごとく引っ掛かる。
セロニアスモンクや河合隼雄もそうだ。自分を表現する以上に、他人や好きなモノを表現するがうまいのである。
他の国からのトップレビュー

Rome H.
5つ星のうち4.0
No English edition included. But probably lovely!
2021年3月22日にアメリカ合衆国でレビュー済みAmazonで購入
Avid fan of Marukami. This was advertised to have an English edition/translation but that is not the case. It is in Japanese. That won't stop me from reading it though. Either I learn the language or translate it all.

5つ星のうち4.0
No English edition included. But probably lovely!
2021年3月22日にアメリカ合衆国でレビュー済み
Avid fan of Marukami. This was advertised to have an English edition/translation but that is not the case. It is in Japanese. That won't stop me from reading it though. Either I learn the language or translate it all.
2021年3月22日にアメリカ合衆国でレビュー済み
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