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義経〈上〉 (文春文庫) 文庫 – 2004/2/10

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商品の説明

内容紹介

悲劇の英雄が、活字の大きな新装版で甦る
源氏の棟梁の子に生まれながら寺に預けられた少年時代。英雄に昇りつめ、遂に非業の死をとげた天才の数奇な生涯を描いた長篇小説

内容(「BOOK」データベースより)

みなもとのよしつね―その名はつねに悲劇的な響きで語られる。源氏の棟梁の子に生まれながら、鞍馬山に預けられ、その後、関東奥羽を転々とした暗い少年時代…幾多の輝かしい武功をたて、突如英雄の座に駆け昇りはしたものの兄の頼朝に逐われて非業の最期を迎えてしまう。数奇なその生涯を生々と描き出した傑作長篇小説。

商品の説明をすべて表示する

登録情報

  • 文庫: 490ページ
  • 出版社: 文藝春秋; 新装版 (2004/2/10)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4167663112
  • ISBN-13: 978-4167663117
  • 発売日: 2004/2/10
  • 商品パッケージの寸法: 15.2 x 10.8 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0 33件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

トップカスタマーレビュー

投稿者 昼行灯 投稿日 2015/4/5
形式: 文庫
いわゆる「源平合戦」を源氏側から書いた小説だが、司馬氏の小説らしくどの登場人物も好意的に書かれている。上巻は源義経の幼時から関東の源頼朝、京の木曽義仲、瀬戸内の平家が鼎立し、奥州の藤原氏が不気味に局外中立しているところまでが書かれている。

本書には個性的な人物が登場するが、特に渾身政治家たらんとする頼朝と利害感覚がなく情緒的な義経との対照的な兄弟に紙幅が割かれている。私は日本人の典型で文字通り判官贔屓だが、読んでいて頼朝に興味を惹かれるのを禁じ得なかった。頼朝は「まず関東で王国をつくりたい。・・・不合理な公家支配の律令国家から独立し、別の土地所有体系をつくりたい。関東の地主どもにそれへの希望と期待があったればこそそれら豪族は、源氏・平家を問わず、頼朝を盟主として押しあげたのである。頼朝はその支持者の要望にこたえねばならない」。後援者(北条氏)と世論(坂東武者)との意向を無視できない頼朝の立場は民主主義下の政治家のようでもある。一口に「源平合戦」というが、実態は京都律令制に対する坂東武者の独立戦争の一面があったことを示唆しているようである。その意味では頼朝は、成功した平将門ということになろうか。
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形式: 文庫
昔からずっと「頼朝と義経は兄弟なのに、この結末はなぜ?」という思いがありましたが、この本を読んで、その謎が少し解けたような気がします。
貿易を拠りどころに栄華を極めた平家に対し、「血を分けた親子・兄弟であっても、土地(荘園)の権利を奪い合う『敵』のひとりに過ぎない」という観念が日常化されていた源氏。こうした価値観の違い(源氏と平家の価値観の違い、当時と現在の価値観の違い)がよく解説されています。
そういう意味では、決して義経の英雄伝ではなく、歴史の結末に至るまでの「なぜ?」を探りつつ執筆された、著者らしい作品と言えると思います。
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投稿者 内田裕介 トップ500レビュアー 投稿日 2005/4/28
形式: 文庫 Amazonで購入
本書の義経は、わたしたちがよく知っている義経の物語とはずいぶん、色合いが違う。
義経は、童話や時代劇では悲劇のヒーローのイメージが強く、弁慶との出逢い、静御前との恋など、数多くの有名なエピソードで彩られているが、本書ではそうした人口に膾炙したエピソードをほとんど取り上げない。なんと、頼朝の追討を受けて京を逃げ出し衣川で自害するまでは、たった3行である。これにはおどろいた。
もちろん、人間を書いている。人間の泣き笑いを描いている。だから史書ではなくて紛れもなく小説である。しかし、情緒の捕らえ方が普通のふうではない。個々の人間の行動や考え方、価値観は、時代を離れては存在しない、という観点から出発している。
この物語の時代は、公家の世から武士の世に、に大きな舵が切られた時代である。このあと、徳川の世が終わるまで実に700年間、武士の世が続く。そういう大きな時代の転換があった。
だから、この物語は人間を描いてはいるが、その視点は、人間からみたものではなく、いわば時代がみた人間、である。
義経と頼朝を、時代からみると、また、この兄弟の悲劇への理解が深まる。義経は天才的な戦略家だったが、しかし、時代からみれば、ただの愚か者であった。頼朝は、この悍馬の如く荒れ狂う時代にしがみつき、必死で乗り切って武家の世を開いたが、義経は己が愚かさのために振り落
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形式: 文庫
これはなかなか面白かった。
義経が偏屈なまでに、そして性善説かつブラコン
ぶりが見事にかきあげらています。
さらに、なぜ義経は時代の舞台から消えることに
なったのか?源頼朝はなぜ大きな戦の大将をして
いないのに覇を手にいれることができたのかが
司馬さん一流の踊るような文章で描かれています。
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形式: 文庫
これを長年読まずにいたのは不覚だった。

なんという斬新な、それでいてリアルな義経か。

義経の人物像については、色々な人が色々な解釈をしているが、私はこれが最も「有り得る」と思っている。

義経のとった行動の中で公式に事実と認められる箇所を繋いで行った場合、その隙間を埋めるに最も納得のいく「義経」であると思う。

司馬氏は、まことに視覚的に義経像を作り上げていて、おそらく氏の脳裡には、まるで見てきたかのごとき「義経」が存在しており、その姿を出来うる限り言葉でもって伝えようとしているのである。

そういう氏の手法は、「プロットを練る」だとか「修飾に凝る」だとかいう技巧的なものよりも、最初に脳内映画のごときものがあり、それを描写していく、というやり方で、「自分の内にあるこの義経を、いかにして取り出して、見せるか」というものである。

「小説」というよりは、「すでに存在している内なるものを、提供した」というのがふさわしい。

ゆえに、すべての場面はすでに氏の中に「在った」のであるから、「見てきたこと」を描写しているに過ぎない。

だから、より「視覚的」になる。クライマックスで義経が怒りを爆発させるとき、「目がきらきらと」していた
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