日本文化を語る際、しばしば「ユニークな」といった枕言葉が冠せられる。そして、その種の話は往々にして、話者の予めの構えに沿った手放しの礼賛が何の根拠を示すことなく独善的に繰り返される。だから、指向を異にする人たちは、それらの言説にかえって反発を覚え、両者はますます離反する――悲しいかな、この国では戦後、こんな対立が延々と繰り返されてきたように思えてならない。
日本の文化は、事実として、長い歴史のなかで素晴らしい独自性を育ててきた(と私は確信する)。問題は、それらの根拠となる事実がきちんと語られる機会がなく、日本人の間でほとんど共有されていない点にあるのではないか――。本書『縄文の思考』は、そうした問題に確かな理解を得るためのさまざまな知識を、私たちに授けてくれる。
本書によれば、日本文化の素晴らしい独自性は、以下のようなプロセスを経て形成されてきた(以下は、本書で述べられている著者の見解を中心に、必要に応じて他の資料に基づく補足説明をレビュアーが加えて再構成している)。話は、縄文時代にまで遡る。鍵となる言葉は、「ムラ」と「ハラ」あるいは「ノラ」だ。
▶最後の氷期が終わり、間氷期に入ったのは今からおよそ1万5000年前。その後、黒潮の勢いが増し、約8000年前の縄文早期に「対馬海流」が誕生。日本海に流れ込んだ暖流が温暖湿潤な気候をもたらし、世界有数の「森」が形成された。
▶縄文文化は、明らかに旧石器文化の次の段階であるにもかかわらず、新石器文化の範疇から除外され継子扱いされてきた。世界基準では、「狩猟採集/非定住」が旧石器文化、「農耕/定住」が新石器文化とされるが、縄文文化は「狩猟採集/定住」が基本で、世界基準の新石器文化に合致しないからだ。だが、ここにこそ縄文文化の独自性があり、その独自性を基盤に、ユニークな日本文化は形成されてきた。
▶縄文人はなぜ「農耕」を選択せず、「狩猟漁労採集」を続けたのか。照葉樹林(西日本)とナラ林(東日本)が一面に広がる豊かな「森」の恵みがあったからだ。特に東日本では、サケ・マスの遡上という容易に捕獲できる蛋白源もあった。つまり人為的な農耕を採り入れるのではなく、あくまでも山海の恵みを専ら享受するという選択を行ったのである。
▶縄文人は、次のような空間的広がりの中で定住生活を営んだ。イエ→ムラ→ハラ→ヤマ/ウミ→ソラ。「ハラ」はムラを取り囲む半径5~10キロ程度の生活圏。生命を維持していくための食糧庫であり、また資材庫の役目を担うが、その限られたエリア内の限られた資源を有効活用することによって生活を成り立たせるべく、さまざまな工夫や知恵を開発していった。
▶限られた資源環境のもと、必要な食物を絶滅に追い込むことのないよう、生態学的な調和を大切にする共存共生の思考を身に着けていった。食べることが可能なものは、ことごとく食用に供し、多種多用な食料資源を開発した。またこうした過程で、例えば、食べられるもの/食べられないものを峻別し知識を共有ために、縄文人は、コトバによる名づけを発達させた。
▶さらには、名前だけでなく、関係する諸現象をも重ね合わせ、自然の仕組みや、からくりについての理解を深め、知の体系を築いていった。縄文人こそは、史上稀なる博物学的知識の保持者だった。
▶一方、縄文人が選択しなかった「農耕」は、これはと決めた2-3のごく少数の栽培作物に手間をかけ、時間をかけて育て上げ、食うに困らないだけの収量の確保を目的とするスタイル。ムラの外には、もうひとつの人工的空間としての農地、すなわち「ノラ」を設けてこれにあたったが、少数の栽培作物による生活設計は旱魃等の高いリスクを伴うため、それに備えて自然を征服する志向を拡大して止むことがなかった。
▶縄文の「ハラ」には、また豊かな「森」があった。森には森の精霊がいる。縄文人がハラと共存共生するというのは、ハラにいるさまざまな動物、虫、草木を利用するという現実的な関係にとどまるのではなく、それらと一体あるいはそこに宿るさまざまな精霊との交感を意味する。それはどちらが主で、どちらが従というのではなく、相互に認め合う関係である。
こうして「狩猟採集/定住」という世界標準とは異なる生活スタイルを、1万年以上という、これまた類例のない長期にわたり、きわめて安定的にかつ平和裏に保ち続けた、奇跡ともいえる縄文文化。これをして「ユニーク」と言わずんば、何をか言わんや。
先人たちが、このような素晴らしい文化を、1万年以上の長きにわたって営々と築いてきてくれたことに万謝する。
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