なぜ自身の数十倍の工業生産力と豊富な資源をもつ米国に戦線布告したのか,長年の疑問に答える本である。人間が合理的な判断をしない理由を二つの理論を使って説明する。
一つは行動経済学におけるプロスペクト理論である。米国の石油禁輸で二,三年後には戦わずして屈服するという選択より,開戦すれば高い確率で致命的な敗北をするが,非常に低い確率で勝つかもしれないという選択の方を主観的に重みづけしてしまったということ。宝くじを多くの人が買うのと同じ,とこの本に書いてある。尤も,その低い勝つ確率は,ドイツがソ連とイギリスを屈服させることを前提としていたから,冷静にドイツの戦いを分析していれば,1941年10月,11月には,ちょっと待てよという判断はできたはずなのだが。しかし,これも見たくないものは見なかった,主観のバイアスが強かったということ。
二つ目は,社会心理学による説明で,集団意思決定では個人が意思決定を行うより結論が極端になることが多い,なぜなら集団の規範と一致する方向で極端な立場を表明することが集団の中での存在感を高める,という説明。当時の参謀本部では強気強気が尊ばれ,慎重意見を言えば前線へとばされたと別の本に書いてあった。政府も世の中のそういう雰囲気に流されたのだ。東條英機に,宰相の器量はない。
この二つ目は,開戦前の日本が取り得たもう一つの道として大杉一雄の本にも書いてあって,自分としては大変に心ひかれたスペインのフランコ政権のごとき「静観」を,日本が取り得なかったことも説明する。フランコは,自身の独裁政権樹立のときに戦ってくれたヒトラーからやいのの催促を受けても,第二次世界大戦へ参戦しなかった。スペインのこのやり方は,独裁者だからこそできた。専制的権力者が誰もいない日本では,こういう賢い選択ができない。独裁者ヒトラーも最後まで避けていたアメリカとの戦争を,奇襲先制攻撃という最も愚かな方法で始めてしまった。集団意思決定が最悪の結果を招いた。独裁は悪いことばかりではない。
言論弾圧専制独裁国家で軍事膨張を続ける中華人民共和国が世界の覇権を握れば,この世は暗黒の世界であるが,独裁政権が倒されて難民を垂れ流すイラクやリビアのようになった方がまだましかといえば,そうとは言えない。
この本の不満な点は,上記の理論を説明する「あんこ」の部分はとてもよいが,秋丸機関ができるまでと解体した後のメンバーの事績が,延々と語られる「皮」の部分が退屈である。著者としては面白さより厳密な歴史学者の立場として必要ということであろうが,新潮選書の分量にするための詰め草かと思いたくなる。
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