タイトルはファンタジーのようだが、副題「医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突」がそのものズバリ、内容を表している。1970年代にベトナム戦争のあおりを受けて渡米したラオスの山岳民族モン族の文化と、当時のアメリカの医療文化との間にいかに溝があり、それを超えることがいかに困難だったかを、アン=リーという重度のてんかんの少女の治療をめぐる経緯を詳細に描き出すことで示している。
しかも、その経緯(残念ながらアンはいわゆる「植物状態」になってしまう)の間に、モン族の歴史やベトナム戦争との関わり、難民化と再定住のプロセスも描かれるから、邦訳で400ページになろうという大著となっている。原著は1997年刊行、登場人物のその後を紹介した2012年の十五周年記念版を訳出したもの。
私は家族に医師もいて近代医学を「盲信」している方かもしれないけれど、そんな私でも病院にいくと「なんとかならないものかな、これは」と思うことがある。その違和感を突き詰めると「自分が人間として扱われず症状として扱われている」「コミュニケーションに欠け、一方的に診察や検査がすすめられる」というようなことなのだろう。いわんや、近代医学をまったく知らず(そのため定期的な服薬や、侵襲性のある治療への同意取り付けが困難になる)英語も分からないアンの両親にとって、アメリカの病院と医師がどのように見えたか/見えなかったかの想像はつこうというものだ。もちろん、本書に登場する医師など医療者は全力で、時に身を削るほどの精力をそそいで患者に向き合ってはいるのだが。
著者は「十五周年記念版に寄せて」の最後に、ずいぶん後になって、アンの父親が娘を治療した医師に初めて礼を言った(それまではその医師らの治療こそが娘の状態を悪化させたと考えていたのだ)というエピソードを紹介し、文化の異なる人同士の「共通の言葉」への手がかりをそこに見いだそうとする。そこに明かりを見いだすことも可能ではあるが、本書全体が語っているのは、(悲観的だが)異文化理解、多文化共生ということがいかに困難なことであるかといういうように私には感じられた。日本ではまだそのような現象は微々たるものかもしれないが、今後外国人労働者や移民・難民を積極的に受け入れていけば、本書のような事態は遠からず起こることだろう。そこに、いわゆる国際理解教育がどれだけ効果をもつか、いささか懐疑的になる。
「ダ」(邪悪な精霊)に子どもを奪われないように心を配るという箇所でパール=バック『大地』にも似たような叙述があったなとか、そもそも「体から離れた魂を呼び返す」という発想は沖縄のマブイグミそのものだなとか思う。沖縄もシャーマン文化が残っているし。イーストウッドの「グラン・トリノ」は印象深い映画だが、あそこに出てくる師弟がモン族だったのだな(彼らの描き方には批判が大きいようだが)。
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精霊に捕まって倒れる――医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突 単行本 – 2021/8/4
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生死がせめぎ合う医療という場における異文化へのまなざしの重さを、感性豊かに、痛切に物語る傑作ノンフィクション。
ラオスから難民としてアメリカに来たモン族の一家の子、リア・リーが、てんかんの症状でカリフォルニア州の病院に運ばれてくる。しかし幼少のリアを支える両親と病院スタッフの間には、文化の違いや言語の壁ゆえの行き違いが積もってしまう。
モン族の家族の側にも医師たちの側にも、少女を救おうとする渾身の努力があった。だが両者の認識は、ことごとく衝突していた。相互の疑心は膨れ上がり、そして──。
著者は、医師たちが「愚鈍で感情に乏しい、寡黙」と評したリアの両親やモンの人びとから生き生きとした生活と文化の語りを引き出し、モン族の視点で見た事の経緯を浮かび上がらせる。その一方で医師たちからもこまやかな聞き取りを重ね、現代的な医療文化と、それが医療従事者に課している責務や意識が、リアの経過にどう関わっていたかを丹念に掘り起こしている。
本書の随所に、異文化へのアプローチの手がかりがある。原書は1997年刊行以来、アメリカで医療、福祉、ジャーナリズム、文化人類学など幅広い分野の必読書となった。医学的分類の「疾患」とは異なる「病い」の概念も広く紹介し、ケアの認識を変えたとも評される。全米批評家協会賞受賞作。
ラオスから難民としてアメリカに来たモン族の一家の子、リア・リーが、てんかんの症状でカリフォルニア州の病院に運ばれてくる。しかし幼少のリアを支える両親と病院スタッフの間には、文化の違いや言語の壁ゆえの行き違いが積もってしまう。
モン族の家族の側にも医師たちの側にも、少女を救おうとする渾身の努力があった。だが両者の認識は、ことごとく衝突していた。相互の疑心は膨れ上がり、そして──。
著者は、医師たちが「愚鈍で感情に乏しい、寡黙」と評したリアの両親やモンの人びとから生き生きとした生活と文化の語りを引き出し、モン族の視点で見た事の経緯を浮かび上がらせる。その一方で医師たちからもこまやかな聞き取りを重ね、現代的な医療文化と、それが医療従事者に課している責務や意識が、リアの経過にどう関わっていたかを丹念に掘り起こしている。
本書の随所に、異文化へのアプローチの手がかりがある。原書は1997年刊行以来、アメリカで医療、福祉、ジャーナリズム、文化人類学など幅広い分野の必読書となった。医学的分類の「疾患」とは異なる「病い」の概念も広く紹介し、ケアの認識を変えたとも評される。全米批評家協会賞受賞作。
- 本の長さ448ページ
- 言語日本語
- 出版社みすず書房
- 発売日2021/8/4
- 寸法14.1 x 3 x 19.4 cm
- ISBN-104622090260
- ISBN-13978-4622090267
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商品の説明
著者について
アン・ファディマン(Anne Fadiman)
作家、エッセイスト、編集者。1953年、ニューヨーク市生まれ。初の著書である本作The Spirit Catches You and You Fall Down(Farrar Straus & Giroux, 1997)で高い評価を得て、全米批評家協会賞(National Book Critics Circle Award)をノンフィクション部門で受賞(1997年)。本作はその後、米国の医学、看護学、文化人類学など幅広い分野の学生の課題図書となり、刊行から22年後の2019年にSlate誌の「この四半世紀の最も優れたノンフィクション50作」に選ばれている。編集者としては1998年よりファイベータカッパ協会発行の雑誌The American Scholar の編集長を6年半務め、その間にナショナル・マガジン・アワードを3度受賞。ニコルソン・ベイカー、J・M・クッツェー、オリバー・サックス、ジョン・アップダイクをはじめとする作家たちの作品の出版に携わった。2005年、イェール大学初の終身待遇のライター・イン・レジデンスとなり、現在まで同大学を拠点に活動。ほかの著書に、Ex Libris(1998)〔相原真理子訳『本の愉しみ、書棚の悩み』草思社〕、The Wine Lover's Daughter(2017)、Rereadings(編著、2005)(以上、Farrar, Straus & Giroux)、At Large and At Small(Allen Lane, 2007)ほか。
忠平美幸(ただひら・みゆき)
[はしがき、1-12章を翻訳]
1962年生まれ。翻訳者。おもな訳書に、ペトロスキー『フォークの歯はなぜ四本になったか』(平凡社)、ハーツガード『世界の環境危機地帯を往く』(草思社)、オルデンバーグ『サードプレイス』(みすず書房)、ベア『戦場から生きのびて』、シェファード『遠すぎた家路 戦後ヨーロッパの難民たち』、ジョルダーノ『クロエ・ジョルダーノの刺繍』(以上、河出書房新社)、ほか多数。
齋藤慎子(さいとう・のりこ)
[13-19章および、その他の項を翻訳]
英日・西日翻訳者、ライター。おもな訳書に、シェリダン『世界一シンプルな増客マシーンの作り方』(実業之日本社)、ノア『トレバー・ノア 生まれたことが犯罪!?』(英治出版)、ローゼンブラム『最新脳科学でわかった五感の驚異』(講談社)、ケープルズ『ザ・コピーライティング』(ダイヤモンド社)、ケネディ『究極のセールスレター』(東洋経済新報社)、ほか多数。
江口重幸(えぐち・しげゆき)
1951年生まれ。精神医学研究所付属東京武蔵野病院に勤務。著書に『病いは物語である』(金剛出版)、『シャルコー』(勉誠出版)、『ナラティヴと医療』(共著、金剛出版)、『精神看護の基礎 精神看護学〈1〉』(医学書院)ほか。訳書(共訳)に、クラインマン『病いの語り』(誠信書房)、同『精神医学を再考する』(みすず書房)、グッド『医療・合理性・経験』(誠信書房)、ハッキング『マッド・トラベラーズ』(岩波書店)、ほか。
作家、エッセイスト、編集者。1953年、ニューヨーク市生まれ。初の著書である本作The Spirit Catches You and You Fall Down(Farrar Straus & Giroux, 1997)で高い評価を得て、全米批評家協会賞(National Book Critics Circle Award)をノンフィクション部門で受賞(1997年)。本作はその後、米国の医学、看護学、文化人類学など幅広い分野の学生の課題図書となり、刊行から22年後の2019年にSlate誌の「この四半世紀の最も優れたノンフィクション50作」に選ばれている。編集者としては1998年よりファイベータカッパ協会発行の雑誌The American Scholar の編集長を6年半務め、その間にナショナル・マガジン・アワードを3度受賞。ニコルソン・ベイカー、J・M・クッツェー、オリバー・サックス、ジョン・アップダイクをはじめとする作家たちの作品の出版に携わった。2005年、イェール大学初の終身待遇のライター・イン・レジデンスとなり、現在まで同大学を拠点に活動。ほかの著書に、Ex Libris(1998)〔相原真理子訳『本の愉しみ、書棚の悩み』草思社〕、The Wine Lover's Daughter(2017)、Rereadings(編著、2005)(以上、Farrar, Straus & Giroux)、At Large and At Small(Allen Lane, 2007)ほか。
忠平美幸(ただひら・みゆき)
[はしがき、1-12章を翻訳]
1962年生まれ。翻訳者。おもな訳書に、ペトロスキー『フォークの歯はなぜ四本になったか』(平凡社)、ハーツガード『世界の環境危機地帯を往く』(草思社)、オルデンバーグ『サードプレイス』(みすず書房)、ベア『戦場から生きのびて』、シェファード『遠すぎた家路 戦後ヨーロッパの難民たち』、ジョルダーノ『クロエ・ジョルダーノの刺繍』(以上、河出書房新社)、ほか多数。
齋藤慎子(さいとう・のりこ)
[13-19章および、その他の項を翻訳]
英日・西日翻訳者、ライター。おもな訳書に、シェリダン『世界一シンプルな増客マシーンの作り方』(実業之日本社)、ノア『トレバー・ノア 生まれたことが犯罪!?』(英治出版)、ローゼンブラム『最新脳科学でわかった五感の驚異』(講談社)、ケープルズ『ザ・コピーライティング』(ダイヤモンド社)、ケネディ『究極のセールスレター』(東洋経済新報社)、ほか多数。
江口重幸(えぐち・しげゆき)
1951年生まれ。精神医学研究所付属東京武蔵野病院に勤務。著書に『病いは物語である』(金剛出版)、『シャルコー』(勉誠出版)、『ナラティヴと医療』(共著、金剛出版)、『精神看護の基礎 精神看護学〈1〉』(医学書院)ほか。訳書(共訳)に、クラインマン『病いの語り』(誠信書房)、同『精神医学を再考する』(みすず書房)、グッド『医療・合理性・経験』(誠信書房)、ハッキング『マッド・トラベラーズ』(岩波書店)、ほか。
登録情報
- 出版社 : みすず書房 (2021/8/4)
- 発売日 : 2021/8/4
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 448ページ
- ISBN-10 : 4622090260
- ISBN-13 : 978-4622090267
- 寸法 : 14.1 x 3 x 19.4 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 369,317位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 898位社会と文化
- - 39,112位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
5つ星のうち4.2
星5つ中の4.2
7 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2021年10月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
異文化の衝突という視点で書かれているが、立場の違いによって起こった摩擦として見ると、もっと広い範囲に通じる本である。例えば同じ民族同士でも、単に医者と患者というだけで多くのすれ違いが今もあるが、そういった事の考え方が広がると思う。
全体の印象として、とにかく長い。長年に渡るインタビューと集めた歴史資料という膨大な情報に熱意も混ぜ込み、一冊の本という制約の中にギュウギュウに詰めたような感じだ。深い考察による過不足のない言葉でまとめられた本を好む人にとっては未完成に見えるかもしれないが、読み進めていくと著者の意思によるものだとわかる。その辺りの好みで評価が分かれると思うが、安い本ではないのでKindleが使える環境にあれば試し読みをオススメする。
少し気になったのは、その長さゆえ読者の関心が失われるのを恐れたのか、不運な病で幼い子供が苦しむ様子が延々と描写されたあと、結局どうなったのかという肝心な所を伏せて話が進められる事だ。目的は十二分に果たされると思うが、方法として下品である。
驚いたのは、これが1980年代に起きた事だということ。人種や難民の問題は未だ解決されていないが、巻末の後日談も含め、さすがはアメリカと感じざるを得ない。多様性という言葉だけはよく語られるようになった今の私達が同じ状況に置かれたなら、と想像してみると、より良い結末を迎えられるかは疑問である。
全体の印象として、とにかく長い。長年に渡るインタビューと集めた歴史資料という膨大な情報に熱意も混ぜ込み、一冊の本という制約の中にギュウギュウに詰めたような感じだ。深い考察による過不足のない言葉でまとめられた本を好む人にとっては未完成に見えるかもしれないが、読み進めていくと著者の意思によるものだとわかる。その辺りの好みで評価が分かれると思うが、安い本ではないのでKindleが使える環境にあれば試し読みをオススメする。
少し気になったのは、その長さゆえ読者の関心が失われるのを恐れたのか、不運な病で幼い子供が苦しむ様子が延々と描写されたあと、結局どうなったのかという肝心な所を伏せて話が進められる事だ。目的は十二分に果たされると思うが、方法として下品である。
驚いたのは、これが1980年代に起きた事だということ。人種や難民の問題は未だ解決されていないが、巻末の後日談も含め、さすがはアメリカと感じざるを得ない。多様性という言葉だけはよく語られるようになった今の私達が同じ状況に置かれたなら、と想像してみると、より良い結末を迎えられるかは疑問である。
ベスト500レビュアー
タイトル「精霊に捕まって倒れる」はモン族によって<カウダペ>と呼ばれる症状であり、西洋医学でいうところの「てんかん」がこれにあたる。本書はアメリカに難民として亡命した家族に生まれた幼児リア・リーが、「精霊に捕まって倒れ」たことを発端に、治療をめぐってモン族と西洋医学・アメリカ人とのあいだにおきた葛藤、衝突を伝える。1997年の著書で、著者による取材は80年代を中心になされている。
モン族の少女リアの母フォア、父ナオカオと、病院の医師たちとのコミュニケーションの行き違いを軸として、リー家と同じモン族の人びとやソーシャル・ワーカー、リアを一時的に預かることになった里親など、数多くの関係者の声を集めてリアの身と周囲の人びとに起きた出来事を掘り下げる。リアの病状や治療にまつわる出来事は時系列に近いかたちで語られ、その結末も徐々に読み手に明かされていく。リー家が住むカリフォルニア州マーセド郡に著者が訪れてリー家と関わりをもつようになるのは1988年である。そのころ6歳頃のリアの病についておきた出来事はすでに収束しており、著者がその過程で引き起こされた葛藤を丹念に追いかけて形にしたのが本書ということになる。
全19章となる各章の構成としては、リアの病状を中心に現在進行形で語る章と、モン族の歴史やタイの難民キャンプでのモン族の人びとに関する記録がほぼ交互に綴られている。モン族の難民であるリー家の背景として、モン族の歴史と独自性を描き出し、モン族が難民になるにいたった1970年代のアメリカによるラオスへの政治・戦争に関する干渉と、それによるモン族の過酷な戦争体験ついても言及する。このようにリアの病について起きた出来事の本質を理解するために、モン族の特性とアメリカ人との文化的な違いをあぶり出すことにかなりの紙数を割いていることが本書の大きな特徴であるとともに、モン族の自由を尊ぶ気風と、強大な権力に屈することのなかった民族の歴史に魅了される。
キーワードとして「多様性」という言葉が取りざたされることの多い現代にあって、「アメリカ人が理想とする断固たる個人主義と、モン族が理想とする集団の相互依存との溝」を浮き彫りにすることで、多様性と直面することの難しさを背景込みで懇切丁寧に提示した好例だろう。リアの病をめぐって著者は取材をとおして最後まで「両者の溝は本当に埋められなかったのか」と思い悩み、その原因を異文化における考えの違いによるものと見据える。そして、治療において最も重要なこととは何なのか、著者なりの結論にたどりつく。
本書を読み通すことで、リー家におけるモン族の儀式を描いた終章「供犠」と、巻末に収められた「15周年記念版に寄せて」の結びのシーンがとりわけ心に響く。
モン族の少女リアの母フォア、父ナオカオと、病院の医師たちとのコミュニケーションの行き違いを軸として、リー家と同じモン族の人びとやソーシャル・ワーカー、リアを一時的に預かることになった里親など、数多くの関係者の声を集めてリアの身と周囲の人びとに起きた出来事を掘り下げる。リアの病状や治療にまつわる出来事は時系列に近いかたちで語られ、その結末も徐々に読み手に明かされていく。リー家が住むカリフォルニア州マーセド郡に著者が訪れてリー家と関わりをもつようになるのは1988年である。そのころ6歳頃のリアの病についておきた出来事はすでに収束しており、著者がその過程で引き起こされた葛藤を丹念に追いかけて形にしたのが本書ということになる。
全19章となる各章の構成としては、リアの病状を中心に現在進行形で語る章と、モン族の歴史やタイの難民キャンプでのモン族の人びとに関する記録がほぼ交互に綴られている。モン族の難民であるリー家の背景として、モン族の歴史と独自性を描き出し、モン族が難民になるにいたった1970年代のアメリカによるラオスへの政治・戦争に関する干渉と、それによるモン族の過酷な戦争体験ついても言及する。このようにリアの病について起きた出来事の本質を理解するために、モン族の特性とアメリカ人との文化的な違いをあぶり出すことにかなりの紙数を割いていることが本書の大きな特徴であるとともに、モン族の自由を尊ぶ気風と、強大な権力に屈することのなかった民族の歴史に魅了される。
キーワードとして「多様性」という言葉が取りざたされることの多い現代にあって、「アメリカ人が理想とする断固たる個人主義と、モン族が理想とする集団の相互依存との溝」を浮き彫りにすることで、多様性と直面することの難しさを背景込みで懇切丁寧に提示した好例だろう。リアの病をめぐって著者は取材をとおして最後まで「両者の溝は本当に埋められなかったのか」と思い悩み、その原因を異文化における考えの違いによるものと見据える。そして、治療において最も重要なこととは何なのか、著者なりの結論にたどりつく。
本書を読み通すことで、リー家におけるモン族の儀式を描いた終章「供犠」と、巻末に収められた「15周年記念版に寄せて」の結びのシーンがとりわけ心に響く。









