ダイレクトな物言いとリーズナブルな思考で自分の信念を貫いた石田礼助の人生には、「プリンシプル」に拘った白洲次郎に通じるものがあるように感じます。作中で「野心も私心もない。あるのは素心だけ」と評されているように、明確な信念を貫き通すその姿勢は、時に敵対する人々すらも敬愛の念を抱くほどに清々しいものだったようです。
本書には、石田礼助の「粗にして野がだが卑ではない」というプリンシプルを象徴するようなエピソードが散りばめられています。個人的に面白いと思ったのは、彼の国鉄総裁時代に、一部の管理職が平日に業者の接待ゴルフに出かけていたことが暴露された時に彼が管理職に当てた手紙の内容です。そこいには、「ゴルフは自分とたたかう紳士のスポーツであり、他に追随を許さぬ魅力がある。(中略)ゴルフには厳しいルールがあるのと同様に、ゴルフへ行くにも、厳しいルールがある。そのルールとは、自分の負担で、自分の時間に、無理のない範囲で楽しむ、ということ。かりそめにも規律の無視や、公私の混同というような社会ルールの違反がつきまとうようでは、すでにゴルファーとしての資格に欠ける。(以下略)」と書かれていました。これこそまさしく「卑ではない」の精神を表すものでしょう。
なお、本書のタイトルにもなっている「粗にして野がだが卑ではない」という言葉は、石田礼助が国鉄総裁に就任した後に行った国会での挨拶からきています。彼は最初に「先生方」ではなく「諸君」という言葉を使い代議士たちに呼びかけ、「嘘は絶対つきませんが、知らぬことは知らぬと言うから、どうかご勘弁を。生来、粗にして野だが卑ではないつもり。ていねいな言葉を使おうと思っても、生まれつきでできない。無理に使うと、マンキーが裃を着たような、おかしなことになる。無礼なことがあれば、よろしくお許しねがいたい」と挨拶した後に、「国鉄が今日のような状態になったのは、諸君たちにも責任がある」と痛烈に批判しました。今の時代においてもなかなか新鮮な挨拶ですが、当時の衝撃は相当なものだったでしょう。あまりにキャッチーすぎるこのフレーズは、2011年7月に東日本大震災に関わる問題発言で辞任した松本龍復興担当大臣(当時)も引用したようです。彼が「卑ではない」かどうかは知りませんが。
Kindle 端末は必要ありません。無料 Kindle アプリのいずれかをダウンロードすると、スマートフォン、タブレットPCで Kindle 本をお読みいただけます。
無料アプリを入手するには、Eメールアドレスを入力してください。
