ネットワーク・アクター理論で知られるラトゥールの1987年の著作である。タイトルにあるように、教科書で整理されている科学と現場で生産されつつある知識としての科学の区別を強烈に意識した姿勢が特徴である。
1章の”文献”と題された部分から、この人は良くわかってる、と思わせる出来である。科学論文では、背後にある膨大な過去の知識を援用し、著者は自己の正しさを説得にかかるが、それだけでは正当性は担保できない。後に続く人たちの文献の中で肯定的に引用されると正当性は高まり、さらにブラックボックスと化すと完全に常識となる。逆に否定的に引用され、その後は引用すらされなくなるとその論文は価値がないことになる。すなわちネットワークの網の目の中に文献は存在するのである。続く”実験室”では、ギルマンとシャリーによるホルモン精製の激しい競争を題材にして、実験室で行われる実験そのものが過去の知識や成果に、つまり器具や測定器械、実験材料の選択にいたるまで、依存していることを示す。その実験結果の正当性は、反対者との闘争により高まって行く、あるいは失墜する。ここでも、反対者との闘争で勝利するには、いかに自陣営に同盟者を(人でも物でも)引き込むかにかかっている。自然の秘密を暴くのだから、自然の声に耳を傾ければ自ずと何が正しいのか分かるだろう、というのは事後的な解釈で現実にはあり得ない。
3章では、ディーゼルエンジン開発を例にとり、技術の開発に如何に多くの人が関わり、また、最初の構想からそれて行かざるを得ないかが語られる。どのようにして、多くの関係者をそのプロジェクトに引き込むか、が成功の鍵を握ることが示される。
4章では、誰が科学をになっているのかが問題とされる。実験台の前に張り付く実験者か、多くの会議に参加し、政府から資金を引き出す工作に従事し、自らの研究室や分野に人や資金を呼び込むための活動をするボスか?著者によれば、それは両方必要である。さらに言えば、実験室に所属する人たちを支える全ての人が科学に参加している。そういう意味で科学と技術は分離できる物ではなく、一体のテクノサイエンスとしてたち現れる。5章では、このテクノサイエンスのネットワークに直接関係していない膨大な一般人との関係が検討される。どうして、科学で明らかにされている合理的な見解を無視して、非科学的言説があふれているのだろうか。著者はしかし、見方を変えれば科学の側にのみ合理性があるという見解は間違いだと言う。非科学的と見える考え方には別の論理があるにすぎない。ただし、このような相対主義を押し進めて科学の営みを他の活動と等しく扱うことをも著者は拒否する。やはり、テクノサイエンスは、より真理性の高い言明を追い求める物としての価値がある。科学のネットワークは、研究室の外の社会では相対的に小さくて細く、他の論理で動くネットワークと接触した時に科学と反科学があるように見えるだけだと著者は言う。つまり、一方に科学があり、別の側に社会があるという考えは誤りなのだ。それは絡まっている。最後の章では、科学における理論の問題を分析するとともに、前章で扱った問題(科学のネットワークが、社会における別のネットワークと遭遇した時何が起きるのか)をさらに深めている。さらに、理論はどんなに抽象化されていても、そのよって来る現象の世界と切り離されている訳ではないことを強調する。これはおそらく数学の事を言っているのだと思うが、この点については、いろいろの議論があるはずなので、本書におけるように素描にすぎない形で扱うのには不向きな話題と思う。
文章自体、多くの場合それほど難解ではなく、いろいろな事例を紹介しながら論が進むので、自然に論理の流れを追う事ができる。著者の主張が随時イメージ化された図が付いてくるのが理解の上で役に立つ。実験室生活に人類学的調査を行った著者ならではの刺激的な本である。他の凡百の科学論の水準を遥かに凌駕する著作だと思う。第一とても面白い。
著者による日本語版への序文と訳者あとがきにもあるが、この本の意図は誤解されている事が多いようだ。ポパー流の科学論からは遠く隔たった地点にいるが、一番の誤解は次の点にある。つまり、この本の立場は、科学の社会構成主義的解釈を擁護しているとして攻撃されているが、むしろ批判的に見ているのではないか。少なくとも評者には、著者が社会構成主義を明示的に擁護しているとは読めなかった。
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