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私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男 (PHP文庫) (日本語) 文庫 – 2006/9/2

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

「今日の社会はなかなか成功できないと聞くが、成功の道がないとは思われない。例え、無一文でも、事業でも何でも出来る」―小林一三は昭和十年頃にこの言葉を実践し、阪急グループを築き上げた。「大学は出たけれど」就職もままならない一三の生きた時代と、ニートが急増している現代は、はからずも似通った部分が多い。彼が不況の時代をどう読み、どんな行き方をしたか。今に蘇る処世、経営哲学。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

小林/一三
1873年、山梨県生まれ。1892年、慶応義塾大学を卒業後、三井銀行に入行。1907年、同行を退社、箕面有馬電気軌道株式会社創立に参加し専務取締役となる。その後、新線を敷設し、1918年、阪神急行電鉄株式会社と改称し、1927年、社長、同33年、会長に就任。この間、宝塚新温泉の開設、宝塚少女歌劇団、阪急百貨店、東宝映画の設立と、興行界にも乗り出す。1940年、第二次近衛内閣で商工大臣、1945年、幣原内閣で国務大臣兼戦災復興院総裁を務めるが間もなく公職追放。追放を解除されると東宝に復帰し、同社社長となる。1957年、84歳で没す(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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上位レビュー、対象国: 日本

2008年3月14日に日本でレビュー済み
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14人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2009年1月17日に日本でレビュー済み
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2007年11月30日に日本でレビュー済み
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