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私の手が語る 単行本 – 1982/5


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商品の説明

内容紹介

戦後の代表的経営者・本田宗一郎が初めて自ら綴った待望の書!
人間としての哲学やら若き日の秘話やら、本田宗一郎のすべてが躍動し、おもしろさも抜群。

●人間・本田宗一郎
本田宗一郎さんは何事によらず完全燃焼をめざして生き抜いてきた技術人であり、経営人でもある。この姿は、社長の仕事を若い人にゆずって別の世界を歩いている現在も少しも変わらない。その人生を縦横に、味わい深く綴った手づくりの書である。――城山三郎

著者について

1906年、静岡県磐田郡光明村に生まれる。
1922年、二俣尋常高等小学校を卒業、アート商会(東京・自動車修理工場)に入社する。
1928年、浜松アート商会を設立する。
1937年、東海精機重工業(株)を設立する。
1939年、事業に従事するかたわら勉学にも励み、浜松高等工業学校機械科2学年を終了する。
1946年、本田技術研究所を設立する。
1948年、本田技研工業(株)を設立する。発明特許の実用化とオートバイの生産を開始し、以後25年間にわたって二輪車、四輪車、汎用機の開発・生産を陣頭指揮する。とくに二輪車については世界最大の企業に育てあげた。
1973年、社長を退任、取締役最高顧問。
1974年、(財)国際交通安全学会を設立する。
1977年、(財)本田財団を設立する。
1981年、勲一等瑞宝章を授与される。
1989年、日本人として初めてアメリカの自動車殿堂(AHF)入り。
1991年、肝不全のため死去。


登録情報

  • 単行本: 275ページ
  • 出版社: 講談社 (1982/05)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4061459414
  • ISBN-13: 978-4061459410
  • 発売日: 1982/05
  • 梱包サイズ: 18.8 x 13.6 x 2.4 cm
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