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私とマリオ・ジャコメッリ―「生」と「死」のあわいを見つめて 単行本 – 2009/5

5つ星のうち 4.2 5件のカスタマーレビュー

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

虚無と孤独の底から立ち上がる表現への渇望、自由への意思。孤高の写真家をめぐり静かに深まりゆく作家の言葉。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

辺見/庸
1944年宮城県石巻市生まれ。70年、共同通信社入社。北京特派員、ハノイ支局長、外信部次長、編集委員などを経て、96年退社。この間、78年、中国報道で日本新聞協会賞、91年、小説『自動起床装置』(文藝春秋、文春文庫、新風社文庫)で芥川賞、94年、『もの食う人びと』(共同通信社、角川文庫)で講談社ノンフィクション賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


登録情報

  • 単行本: 113ページ
  • 出版社: 日本放送出版協会 (2009/05)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 414081375X
  • ISBN-13: 978-4140813751
  • 発売日: 2009/05
  • 商品パッケージの寸法: 21.2 x 15.2 x 1.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.2 5件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 368,182位 (本の売れ筋ランキングを見る)
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カスタマーレビュー

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トップカスタマーレビュー

形式: 単行本
文芸論だと思い、興味もいまいちだったが、辺見庸なので購読。
読んでみれば・・。辺見庸の一貫した問題意識の上で書かれた写真(この言葉も詐意があるとのことだが)論だった。というより、辺見庸の問題意識による探索がジャコメリに辿りついたといえるのかも知れない。

映像と資本、権力の関係性、映像もしくは写真のもつ詐意、そういった現象とジャコメリの映像作品との対比は極めて鮮やかである。

本のなかに挿入されているジャコメリの作品はすばらしい製本技術もあり、鮮明に、充分な存在感を持って観賞できる。この本は、すばらしい写真集でもある。
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投稿者 トップ100レビュアー 投稿日 2009/6/26
形式: 単行本
ジャコメッリに魅かれていたがそれが何かは説明することが難しい。
著者はそれを、シオランの仮象と仏教に近しいと考察しているが同感する。
シオランの「眼に見えているのは、実は実在しているかどうか疑わしい仮の形、すなわち<仮象>ではないか」という考えである。(仮象のことを仏教では如という)
以下、著者の表現。
.生に依存した死。死に依存した生。(仏教では、生死一如という)
.<存在>に対する畏怖。(仮象としての)
.<壊れゆく者>の魂への共振。(魂も仮象)
.すべて、自分の内面の異空間・異界として表現している。(仮象の表現)
.私的時間軸(単独者のことーこれも仮象)と隣り合う仮象としての存在との共振。
.異界、それは美しいとか醜いとかという世界ではない。それを突き抜けている。強いて言え
 ば、どこに在ろうとどこも異界ということだ。(仮象ということ)
以上。
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形式: 単行本 Amazonで購入
ジャコメッリの作品を素材にしながらこれまでも述べてきた辺見さんの資本の論理を展開するいつものやりかた.
ジャコメッリの写真が好きな者にとっては陳腐で矛盾だらけな解釈に???の連続であった.ジャコメッリの作品そのものを純粋に知りたければ本書は邪魔であると感じた.
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形式: 単行本
ジャコメッリの写真は重くて、気持ち悪い。
現代の日本的表現を借りるとすれば、超KY(空気読んでない)な写真である。
ようは、逝っちまってるんだなあ。
難しくカッコよく言い換えれば「アジール」に属しているのかもしれない。

彼の写真は私たちに、答えや状況説明を
全く示唆しない。逆に、見れば見るほど、質問をなげかける。
「あんたは何をみてるんだ?、どこへ行こうとしてるんだ?」、、、等
その難題にあえて辺見氏が答えようとしたのが本書であると思う。

写真を撮る、また見るという行為は
いかに暴力的、特権階級なことかとも内省させられる一冊。
わざわざ「見ない」ということも、政治的で
暴力的な行為かもしれないが、、、

資本主義と映像、アートの「危ない関係」も述べられている。
本書では触れられていないが、イギリスの小説家、評論家
ジョン・バージャー氏もより激しく、鮮明に
「イメージ Ways of Seeing―視覚とメディア」 や
「見るということ」で1970年代から危惧している
現象である。

写真評論本では珍しく、
ジャコメッリの写真自体のプリントの濃淡も
見事に表現されているのがうれしい。
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形式: 単行本 Amazonで購入
著者の作品で多用された森山大道さんやアムスで偶然出会ったRichard Avedon以上に本書のジャコメッリの映像作品は(著者が言う)心の原像、に深く傷を負わせる畏敬の力を秘めていました。

死期を身近に自覚する中で、「ジャコメッリが自身にとって無縁の存在ではありえないと勝手に決めつけ、かかわりたかった(爪の先でもいいから触ってみたかった)」と述懐する著者は、その資本・マーケット・それを利用しているつもりで支配されている我々に対する憤怒と抗暴を強く訴えつつ、本書収録の20のジャコメッリ作品の数点に対し氏の深遠な思慕というか畏敬の念を真摯に言葉を選びながら紡いでいます。

氏はブログで珍しいことに好きな本に仕上がったと評しましたが、時代が必要とする作家が沈思熟考し紡いだ重みのある言説と資本と無縁でいられた孤高の表現者ジャコメッリを深く知悉できる極めて優れた芸術(人間)論だと思います。
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