社会科学の基本的な研究領域は構造化理論に従うならば、個々の行為者の経験でもなければ、いかなる形式であれ社会的全体性の存在でもなく、空間と時間を超えて秩序づけられている社会的実践であるというのがギデンズの主張である。言い換えると、社会科学においては「構造的説明」という独立した類型は実態としては存在しておらず、あらゆる説明は行為者の目的を持った論理的な振る舞いに対して、そしてその振る舞いの社会的かつ物質的なコンテクストが持つ拘束的かつ能力付与的な特徴(構造の二重性)とその振る舞いの交差に対して言及しているのだという。そしてこの言及を通して、社会科学を生み出している思潮や社会的プロセスの形成に関与し、実用理論(行為者が持つ社会的実践における知識と信念)と絡み合いながら、そうした社会プロセスの構成に貢献することが目的である。
では第一章の要点を述べていきたい。自然界に見られる「知識能力」がコード化されたプログラムの如き形式をとっているのに対して、人間行為者が示す認識の技法は全く異なった形式を持っている。この人間の知識能力やそれと行為との関連性を概念化する中で構造化理論を説明できるのである。そして、人間行為者が持つ知識能力に固有な反省的な形式こそが社会的慣習の再帰的秩序化に深く関与しているのである。それゆえ、反省性は自己意識としてだけでなく、途切れることなく流れていく社会生活の特性をモニタリングすることとしても理解されなければならないのである。この行為の反省的モニタリングを示したのが添付資料の「行為者の階層モデル」である。このモデルでは、行為の反省的モニタリング、行為の合理化、行為の動機づけを相互に埋め込まれた一連のプロセスとして扱っている。(後ほど第二章でこのモデルを利用して、相互作用(出会いとエピソード)の場面では行為の反省的モニタリングがその相互作用の舞台装置のモニタリングと一体化するのが一般的であり、しかもそれはルーティンとして行われるということを論じていく。言い換えれば、行為者は自己の活動の流れを継続的にモニターし、他者に同様のことを期待するだけにとどまらず、自らの活動が行われているコンテクストの社会的並びに物質的様相をもルーティン的にもモニタリングしていることが明らかにされるだろう。)さてここで、構造化理論に関する話を進めていきたい。構造化理論の重要命題の一つは「社会的行為の生産及び再生産で利用される規則と資源が同時にシステム再生産の手段である。」と見なす点にある。(これをギデンズは構造の二重性と呼んでいる。)言い換えれば、構造とは再帰的に組織化された規則と資源の集合であり、記憶の痕跡として具現化され調整されない限り、時間と空間の外部にありそれゆえ「主体の不在」という特徴を持つ。それに対して、構造が再帰的に関わっていく社会的システムは人間行為者の状況づけられた活動から成り立つものであり、時間と空間を超えて再生産されていくということが言えよう。すなわち、構造の二重性という考え方に従えば、社会的システムの構造特性はそれが再帰的に組織化する慣習の媒体かつ結果であると言えよう。逆に構造の二重性の前提には日常的な社会活動の持続の中でまたそれを構成してもいる行為者の反省的モニタリングがある。だが、人間の知識能力には限界があり、行為の流れは行為者によって意図されない結果を生み出している。そして、この意図せざる結果はフィードバックされ、行為の認識されざる条件を生み出すこともあるのである。そしてギデンズが構造化の様相と呼ぶものによって相互作用の中で構造の二重性が持つ主たる次元が明らかになるだろう。添付した資料の「構造の二重性が持つ諸次元」を見てほしい。「意味作用」は相互行為の生産及び再生産において行為者が用いる知識のストックであるという点で能力付与的であり、ある社会における共通の記号システムであるという点において(共通の言語を有しているという点において)拘束的である。また、「正当化」は権利であるという点において能力付与的であり、義務であるという点において拘束的である。そして、「支配」は意図された結果を達成するという点において能力付与的であり、社会または社会的共同体が課す力であるとみなす点において拘束的である。そして、このような三つの次元から言説様式、政治的制度、経済的制度、法制度へと分化しているのである。
第二章では共在について考察を行っている。この考察のためにまず反省的な行為者としての「I」の分析を行っている。ギデンズによると「I」は基本的安心システム、実践的意識、言説的意識に分類できるという。この「I」の把握にとって社会的慣習における日常活動の反省的構成が不可欠であるとするならば、身体が経験するとともに行為者が生産及び再生産する日々の生活のルーティンから切り離してパーソナリティを理解することはできないだろう。そしてルーティンは日常的活動の経路を移動していく行為者のパーソナリティの継続性にとっても、継続的な再生産を通してのみ現在の姿を保つことができる社会制度の諸形式(意味作用、支配、正当化)にとっても不可欠である。すなわち、このルーティン化の検討を通して、基本的安心システムと出会いのエピソード性に含まれる反省的に構成されたプロセスとの関係が帯びる特徴的な諸形式を解明することができるのである。より具体的に説明していきたい。ルーティンは心理学では不安を喚起する無意識的な源泉を最小化する働きと捉えられているが、それは同時に日々の社会活動の主要な形態でもある。そしてルーティン化された慣習は社会生活の継続性という点から構造の二重性を表現するものとして最も重要である。以上より、社会的システムは規則化された慣習として組織化されており、時間-空間を超えて拡散する出会いにおいて維持されるのである。
第三章では前章で論じた時間や空間の中に相互行為が状況づけられていることに対して抽象的な方法ではなく具体的な方法で社会理論はどのようにして論じていくべきかについて考察している。そのために時間地理学における「範域化」の概念について論じている。この「範域化」は空間における場の生成であることに加えて、ルーティン化された社会的慣習との関係でゾーン化された時間-空間であることが述べられている。この「範域化」の様式の探求によって、社会統合(共在―出会いのことーのコンテクストにおける行為者間の互酬性)とシステム統合(複数の行為者や集合体の間に存在する拡張された時間-空間を超えた互酬性)との結びつきを突き止めることができるのである。
第四章では社会統合とシステム統合の結びつきを探求している。添付した資料の「構造の二重性における再生産の循環」を見てほしい。この図から以下のようなことが言えるだろう。行為者は社会的システムを創出しているだけでなく、むしろ行為者は社会的システムを再生産もしくは変換しており実践の連続の中で既に創り出されているものを改めて創り直しているということである。また、共在の状況にある行為の反省的モニタリングは社会統合を投錨する主な特徴であるが、状況づけられた相互行為の条件や結果は共にその状況そのものをはるかに超えて伸長していくということが言えるだろう。
第五章では歴史における変動要因について考察している。添付した資料「社会類型の分類」を見てほしい。このような分類に基づいてギデンズは社会変動の要因における一般的定式化を行っている。それは以下の5つの概念に分類できるだろう。
構造原理 ;制度を分節化する様式の分析
エピソード性 ;比較可能な形式を持った制度的変動の様式の記述
間社会的システム;社会的全体性同士の関係の特定化
時間-空間の縁 ;異なった構造類型を持つ社会同士の連結の指標
世界時間 ;反省的にモニタリングされた歴史という視点からの接合の検討
第六章では社会科学における調査方法とそれから導出された一般命題について論じている。ギデンズによれば、社会科学における一般命題は歴史的であるという。ここでいう歴史的とは一般命題が妥当する状況が時間的にも空間的にも囲い込まれていて、行為の意図された結果と意図せざる条件の混淆に支えられているという意味しか持たないということである。また、人間の社会的行動に関する一般命題は行為者が自覚的に適用していく行為の格率をそのまま映し出している可能性があるという。すなわち、社会科学では社会的実践がまさに理論の対象になるのだ。そして、社会科学の理論は当の社会的実践を変換する力を有しているといえるだろう。
総括をしたい。ギデンズは社会科学において一般命題が永続しえないことを詳らかにしたが、それでもなお、社会科学が提供する有意的な知識はいつでも必要とあらば、ふさわしい社会的介入を刺激する準備を整えていることを教えてくれるだろう。
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