平易な文体で、簡潔に書かれた文章は非常に読みやすく、頭の中に吸い込まれるよう。正に、「知的生産の技術」を自覚的に実践し、磨き続けた著者の表現であり、シンプルな言葉の選びや記述の順序など、読んでいてとても気持ちが良いです。まだワープロもPCない時代にこれほど、現代の状況を予見されていたということが驚きです。
自分が日々感じている、日常的な情報の処理についての漠然とした思いと重なる部分が多々ありました。未整理なままで放置している、生活や仕事のあれやこれやに、突如、強力なテコ入れが出来たことに感謝しかありません。自分の中でレジェンドな一冊として生涯、大切にしていこうと思います。
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知的生産の技術 (岩波新書) 新書 – 1969/7/21
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- ISBN-104004150930
- ISBN-13978-4004150930
- 出版社岩波書店
- 発売日1969/7/21
- 言語日本語
- 本の長さ218ページ
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
学校では知識は教えるけれど知識の獲得のしかたはあまり教えてくれない。メモのとり方、カードの利用法、原稿の書き方など基本的技術の訓練不足が研究能力の低下をもたらすと考える著者は、長年にわたる模索の体験と共同討論の中から確信をえて、創造的な知的生産を行なうための実践的技術についての提案を試みる。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
梅棹/忠夫
1920年京都市に生まれる。1943年京都大学理学部卒業。京都大学人文科学研究所教授を経て、現在、国立民族学博物館名誉教授・顧問。専攻は民族学、比較文明論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1920年京都市に生まれる。1943年京都大学理学部卒業。京都大学人文科学研究所教授を経て、現在、国立民族学博物館名誉教授・顧問。専攻は民族学、比較文明論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (1969/7/21)
- 発売日 : 1969/7/21
- 言語 : 日本語
- 新書 : 218ページ
- ISBN-10 : 4004150930
- ISBN-13 : 978-4004150930
- Amazon 売れ筋ランキング: - 32,491位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
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2020年11月19日に日本でレビュー済み
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さまざまな知的生産の技術が書かれていますが、おそらく、そのような知的生産をやっていない人が読んでも本当の意味では理解できないと思います。
ある程度、知的生産を行なっている管理職クラスの人が読むと、とても役に立ちます。
30代で課長クラスになっている人は、是非、一読をお勧めします。
本に記載されている技術そのものは古いですが、その思考を追って今の技術で置き換えれば、何をすれば良いかが必ずわかるはずです。
ある程度、知的生産を行なっている管理職クラスの人が読むと、とても役に立ちます。
30代で課長クラスになっている人は、是非、一読をお勧めします。
本に記載されている技術そのものは古いですが、その思考を追って今の技術で置き換えれば、何をすれば良いかが必ずわかるはずです。
2021年9月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
梅棹忠夫の「情報産業論」がトフラーの「第3の波」を予見しているとしたら、本書はユビキタスコンピューティングで有名なMark Wiserが後に言い出した「Calm Technology」を予見していると言えます。ユビキタスが、コンピュータがただ沢山ある状態だと誤解されるのを嫌ったWeierは、Clam(=静かな)コンピューティング、静かな技術、という言い方に切り替えます。知的生産の技術にも以下の一節があり、まさに静かな技術を彷彿とさせます。
「知的生産の技術の話全体が、能率の問題としてうけとられやすいのである。しかし、じっさいをいうと、こういう話は能率とは無関係ではないにしても、すこしべつのことかもしれない。… 整理や事務のシステムをととのえるのは、「時間」がほしいからではなく、生活の「秩序としずけさ」がほしいからである。」
予見という意味では、文明の生態史観もジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」を予見しているとも言えますね。
「知的生産の技術の話全体が、能率の問題としてうけとられやすいのである。しかし、じっさいをいうと、こういう話は能率とは無関係ではないにしても、すこしべつのことかもしれない。… 整理や事務のシステムをととのえるのは、「時間」がほしいからではなく、生活の「秩序としずけさ」がほしいからである。」
予見という意味では、文明の生態史観もジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」を予見しているとも言えますね。





