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生きにくい…―私は哲学病。 (角川文庫) 文庫 – 2004/12

5つ星のうち 3.4 7件のカスタマーレビュー

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商品説明

   ほおづえをついて何事かを黙考する青年。モディリアーニの「若い徒弟」の絵を配した、上品な装丁が印象的な1冊だ。タイトルは『生きにくい……』である。この青年が溜め息をついてつぶやいているようで、巧みなユーモアとペーソスが感じられ、本書の内容を象徴している。

   自分が不幸になるとわかっていても、人間や世界の在り方への根源的な疑問から離れられなくなった人のことを「哲学病」と呼ぶのだそうだ。本書は重篤な「哲学病」患者である著者の、愉快でまた深刻な病状経過報告のエッセイ集である。時間論で「川の流れるようには時は流れない」ことに悩み、車内アナウンスなどの日本の無神経な騒音公害を全存在を賭けて痛快に糾弾する。「解けない問いに執着するセンス」を哲学的センスだと定義する著者の論説は、あくまで明晰で力強い。

 「おびただしい哲学者が倫理学に携わっているが、当人に会うと倫理とは縁もゆかりもない臭いをまとっていることが多い。彼らは倫理とは何か知っているふうをしている。だから、倫理的ではないのである」と語る著者は、自らを「哲学者」だと任じている。高名な哲学者の著作を解説・研究するだけの、大部分の「哲学研究者」とは違い、自分の頭で苦しみ、自分の言葉で、世界の生き難さを語ろうとする。惜しむらくは「書き手」としてこなれすぎ、著者本来の持ち味の、ほとんど哲学的狂気を帯びた圧倒的な語り口が薄まっていることだ。それは本書が平易で読みやすい、ということでもあるのだが、著者の「哲学病」は、残念ながら治癒に向っているようである。(濱 籟太) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

内容紹介

どうせ死んでしまうのに、なぜ今死んではいけないの? 真摯な哲学書
どうせ死んでしまうのに、なぜ今死んではいけないのか? 愚直なほどに真面目な質問に、真摯に向き合い、徹底的に考え抜いてゆく、中島哲学の恰好の入門書。

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登録情報

  • 文庫: 227ページ
  • 出版社: 角川書店 (2004/12)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4043496036
  • ISBN-13: 978-4043496037
  • 発売日: 2004/12
  • 商品パッケージの寸法: 14.8 x 10.6 x 1.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.4 7件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

5つ星のうち 3.4

トップカスタマーレビュー

形式: 文庫
本の前半部分は、ごく一般的な人間が「哲学病」になる過程と、時間や世界についての哲学の導入の話がメインで、後半部分は著者の音を通じての社会に対する不満をぶちまけた私小説的なエッセイといった感じで、後半に行くにつれ文章やテーマがぶれてきて読んでるのが退屈になりました。学問書でもなく、小説でもない最近の本って、どうして最後に行くにつれだれるんだろう・・。
しかし、著者が哲学を志してから解決しようとしてきた「死」に対する思考闘争を辿っていく部分は、読み応えがあった。
一休上人の死の間際の言葉は、「死にとうない・・・」だったという。
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形式: 単行本
この世は何故“生きにくい”と感じてしまうのか・・・極力難解な哲学用語を廃し、その問いに端的に回答してくれる。この本は、題名とは反して、読後に何か生きることを楽にしてくれるような気がします。何か人生に行き詰まりのようなものを感じている方がいらっしゃるとしたら、一度読んでみては?
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形式: 単行本 Amazonで購入
この世には反省も改善の余地もないのではないか。
実のところ、私は哲学素人ですが、共感できる点が多かった。
おせっかいな機械音・案内放送・スローガンについての筆者のご指摘を超えた嫌悪感はごもっともだと思った。もし私が盲目になったとして、機械音やテクノロジーによって誘導されるのと、案内音がなくとも多くの人が進んで手を引いて誘導してくれるのと、どちらが生き易いだろうか。色々と考えさせられた。
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形式: 文庫
 時間の背理をひとさくり。「待つ」とは「未だ来ない」という否定的な行為。「〜でない」という否定判断は「無」の存在と転じる。否定を媒介して眼前に存在しないものの実在性を了解する。「未来」とはまさしくそのもの。
 これまで/いま/これから、はひとつづきではない。賽を百回ふる。一が百回連続したとする。一見ふしぎだが、どの目の繋がりでも「これまで」は六の百乗分の一というてんで等しい。「いま」においてさらに一がでることはありえない(六の百一乗分の一)ようにみえる。が、じつのところ確率は六分の一。かように「これまで」という過去(の目)は「いま」と断絶し、無という未来の「これから」とも隔絶している。このスラッシュが引かれてあることが、時間の本質的なありよう。だが未来は過去化=確率(予測、予定)化され、現在を埋没させてひと繋がりと了解される。数えられる(神経症的)客観的時間となる。たいして、本質的な生きられた時間はそれ固有の感覚をたたえる。《幸福を求め懸命に能率的に苦労なしに生きると、時間は短く貧しくなる。だが、死を見つめ不幸にまみれ苦しさを背負って生きると、時間は長く豊かになるのである。これこそ人生の妙味ではなかろうか。》したがって、生きにくいと悩むものは幸福を追求するにかぎる。時間がすばやくたってくれる。死を恐れてよりながく生きたいなら不幸を探求すればよい、ということになる。この背理
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