かなりよくできた本だと思われる。下手くそなりに根気よくレビューしてみる。
このシリーズ共通の対談から始まる。この巻は加藤秀一と岡野八代の対談である。そこでは、主にアーレントの再評価がなされ、その対談の勢いを保ったまま彦坂諦の論へ入っていく。
彦坂は、いわゆる一般的な自由に懐疑的であり、その自由と距離を置いて自由を見つめ直すことに自由を見出しているといえ、自由の重さを論じるといったやや古典的な自由論も含まれるが、強靭な思考の一端を垣間見ることができる。
藤野寛は、アドルノの『啓蒙の弁証法』における自由と支配の関係を論じたあと、バーリンの広く知られた「消極的/積極的自由」という区別とは別な側面から、「自由をめぐる闘争」だけでは抜け落ちる要素を論ずるために、ホネットの「承認をめぐる闘争」へと架橋し、自由がある種の代償を伴った不自由との抜き差しならない関係におかれていることや、承認のために進んで不自由を求めるような事態をも視野に入れている。
加藤秀一は、映画『ブレードランナー』をもとに、生きることそのものの自明視された価値を、ある種仏教的な生の苦痛とも共通する論理から問い直し、生む/生まれることの非対称性に向き合いながら、根源的で、現代的な議論を展開している。刺激的である。
杉田俊介は、介護と養育の話をしているが、具体的な話と抽象的な話の懸隔があり過ぎるからなのか、正直何をいいたいのかよく分からない。大事なことをいっているような気もするのだが、おそらく私にも原因があり(杉田がリファーするほとんどの著者の書物は何かしら読んでいるのだが)、現状ではいまいちピンとこない。しかし、それでも最後に最首悟の言葉を引用し、「私の存在をあなたのアイデンティティの根拠にするな。弱者を愛するがゆえに弱者を本当の意味で生きさせないという暴力を自ら放棄しろ」(136p)と強調し、述べている部分は印象に残った。私は、以前これに近い言葉を高橋和巳から教わった。
青山薫は、セックスワークを一概に支配と服従の関係にあると捉えるのではなく、従事者によっては必ずしもそうでもないこともありうる上に、そう十把一絡げにすることで従事者が逆に苦境に立たされることもありうるという前提から、ジェンダーをめぐる状況を劇的にではなく、従事者の権利を親密「権」という観点から是々非々に考慮しながら、漸次的に改善していくことを主張している。
奥山敏雄は、現代の終末医療で、最後に自己実現を図って死ぬという、他者への能動的な語りによる自己の物語と目的に固執した<共有の共同体>における死に疑問を投げかけ、そうではなく、むしろ自己の目的や物語から解き放たれることで、生を受動的に享受し、そうした場面において初めて他者との根源的共在(Mitsein)が意識されるという<共在の共同性>における死への転換を主張している。直接的にはフランクルに依拠していたが、私にはハイデガーの影響が強いように思われた。
大屋雄裕は、『自由とは何か』(ちくま新書)などの延長線上で、やはりというか、同じく井上達夫門下のデモーニシュな俊英安藤馨に対する論駁をベースにした議論を披露する。非常に知的興奮が味わえる。自由そのものが、それを認識する主体にとって内在的価値を持ちうるのか(「自由の即時的理解」)がキーになっており、大屋はこれを肯定的に捉え、そう感じるには人格の継続性が不可欠であるという流れから、安藤の人格不要説にも相変わらず強靭な反論を提示しており楽しめる。議論の導きの糸であるノージックの「経験機械(experience machine)」についても興味深い主張がなされている。
立岩真也は、いつものような調子で、「自由とは、具体的には、一つに、自己の生産物の自己による取得という規則Aから逃れることであり、そして別の規則のもとで生きられるようになることであり、そして自分のなすことが自分の存在の価値を規定するという価値Bから逃れることだった」(221p)と書いている。そして、これは選択の自由とは同じものではないといい、選択の自由そのものの価値を認めつつも、選択肢の多さそのものに価値があるというより、その結果が生み出す人々の効用の増加にこそ価値があると考えているようだ。したがって、最終的な効用を考慮に入れる場合、パターナリスティックな介入も望ましいこともあると指摘する。選択肢が多いことが必ずしも善いことなのかという疑問は、最初の彦坂の議論とも相通ずる部分がある。そんなことを述べながら、立岩は、自己と他者の自由の兼ね合いや、譲渡可能なものと不可能なものの境界について意見を書き連ねていく。
だらだらと書いてきたが、端的に面白い本である。
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