小規模な個人住宅はとりわけ戦後日本の建築家にとって重要な活動領域だった。ヨーロッパの建築家にとって住宅を設計する機会は稀であり、アメリカの建築家が取り組む個人住宅はおおむね裕福な家庭のための豪邸である。しかし日本の建築家は非常に熱心に小住宅に取り組み、驚くべき多様性を成果として積み上げてきている。
日本の戦後の住宅はさして広くもない敷地にたいていは核家族的な家族が生活する場として作られた。かなり似通った条件が与えられるなかで、建築家はそこに豊かな可能性を見出してきた。500ページを超える分厚い本書はそこにあらわれた多様性をアーカイブとして定着する試みである。日本の戦後住宅が造られていった文脈の内側から、しかし特定の建築家の個人的な意図にとどまらぬ広がりを持つ水準をそこに見出すことを通して、住宅をフィールドとして日本の建築家が展開した試みが叙述されている。
建築批評にはそれなりの基本的フォーマットと解釈のフレームがあるわけだが、本書はそうしたものに頼ることを丁寧に回避している。そうしたものは日本の現代住宅における内在的な指標とは必ずしも言えないし、そうした定石が取りこぼすところに日本の住宅建築の特質があると著者らは考えたに違いない。うずたかく堆積した実例の数々から、その特質をとらえうる言葉を発見し、そうすることで不活性な堆積を現在の建築家が活用できる資料とすること、それが本書の野心的なもくろみである。したがってアーカイブを切り分ける切り口はいくらか見慣れないものとなる。「斜面」「アウトドア」「へこみ」「隙間」、はては「住宅ならざるもの」まで、各章のタイトルとなった切断面は独特である。これで日本の現代住宅を網羅したと言えるのか疑問に思う向きもあるかもしれない。しかしたしかに定型的な分析によってそれらを整理分類することは可能だろうが、そうして腑分けされたアーカイブは解剖学的な網羅性を得るに過ぎない。それに対してここでなされていることは、この豊かな蓄積を延長し展開するための生産的解釈の試みである。そのアーカイブを活性化し、次なる試みへと差し向ける問題発見の場として、本書は現代住宅を再発見しようとしている。(日埜直彦)
本書で問題にする「現代住宅」とは、基本的には二〇世紀後半に建築雑誌に発表された、建築家の設計による住宅作品である。したがっていくつかの例外はあるが、ほとんどの「現代住宅」は雑誌を通して経験されたものに過ぎない。それでも、この時期に成立した、批評や表現としての住宅という領域は、著者たちが建築を志す過程に多大な影響を与えた。そうした「現代住宅」を並べて研究のようなことをするのは、著者たちが依然その影響下にあるからとも言えるし、その重しを少しずつ取り去るためとも言える。
内容(「MARC」データベースより)
20世紀後半に発表された建築家による住宅作品を、気鋭の建築家2人が批評の切り口から、それぞれに共通するところ、違うところ等を論じる。設計平面図・断面図も多数収録。『10+1』連載に加筆。
著者について
塚本 由晴 つかもと・よしはる
1965:神奈川県生まれ。
1987:東京工業大学工学部建築学科卒業
1987:ユニテ・ペダゴジック第8建築学校・パリ・ベルビル自由聴講生
1992:貝島桃代とアトリエ・ワン設立
1994:東京工業大学大学院院博士課程修了
2000:東京工業大学大学院助教授。工学博士
西沢 大良 にしざわ・たいら
1964:東京都生まれ
1987:東京工業大学工学部建築学科卒業
1987-93:入江経一建築設計事務所勤務
1993-:西沢大良建築設計事務所主宰
1998-:日本大学、東京理科大学、筑波大学ほか非常勤講師
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
塚本/由晴
1965:神奈川県生まれ。1987:東京工業大学工学部建築学科卒業。1987:ユニテ・ペダゴジック第8建築学校・パリ・ベルビル自由聴講生。1992:貝島桃代とアトリエ・ワン設立。1994:東京工業大学大学院博士課程修了。2000:東京工業大学大学院助教授。工学博士。1999:東京建築士会住宅建築賞金賞(ミニ・ハウス)。2000:第16回新建築吉岡賞(ミニ・ハウス)。2002:American Wood Design Awards(ハウス・サイコ)
西沢/大良
1964:東京都生まれ。1987:東京工業大学工学部建築学科卒業。1987‐93:入江経一建築設計事務所勤務。1993‐:西沢大良建築設計事務所主宰。1998‐:日本大学、東京理科大学、筑波大学ほか非常勤講師。1995:熊本アートポリスデザインコンペ’95優秀賞。1997:東京建築士会住宅建築賞(立川のハウス)。1999:東京建築士会住宅建築賞(大田のハウス)。1999:ディスプレイデザイン大賞’99入選。2001:東京建築士会住宅建築賞金賞(諏訪のハウス)。2002:新富弘美術館国際設計競技入選。勝山市健康福祉センター公開プロポーザル優秀賞。2003:鬼石町屋内広場公開設計競技優秀賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)