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濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫) 文庫 – 1991/7

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

取材のために訪れた向島は玉の井の私娼窟で小説家大江〓@45B3はお雪という女に出会い、やがて足繁く通うようになる。物語はこうして〓東陋巷を舞台につゆ明けから秋の彼岸までの季節の移り変りとともに美しくも、哀しく展開してやく。昭和12年、荷風58歳の作。木村荘八の挿絵が興趣をそえる。

内容(「MARC」データベースより)

静にひろげる傘の下から空と町のさまとを見ながら歩きかけると、いきなり後方から、「檀那、そこまで入れてつてよ。」といひさま、傘の下に真白な首を突込んだ女がある…。昭和12年刊の「〓東綺譚」初版本を復刻。
--このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。


登録情報

  • 文庫: 196ページ
  • 出版社: 岩波書店; 〔改版〕版 (1991/07)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4003104153
  • ISBN-13: 978-4003104156
  • 発売日: 1991/07
  • 商品パッケージの寸法: 14.8 x 10.4 x 1 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.4 24件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 38,971位 (本の売れ筋ランキングを見る)
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形式: 文庫 Amazonで購入
 「わたくし」=大江匡が、玉の井に通い始めるに至るいきさつは、執筆する小説の主人公が失踪して落ち着く先を取材するためと、隣家のラディオの音が気になって執筆や読書ができないというもの。ぷらぷら歩いていると突然の雨。いつも持ち歩いているこうもり傘を開いたそのとき、真っ白な首をつっこんで「入れてってよ。」と入ってきたのがお雪だった。

 明治生まれ・明治育ちの「わたくし」(荷風自身でもある)が、大正育ちの人々を「現代人」と批判し、特に震災後に復興した新しい町並みや文化を受け入れられずにいるのが、現代の便利な社会や若者文化に馴染めない中高年には何とも共感できる。

 ラディオの音のしない、風鈴と蚊の羽音だけが聞こえるお雪の家で過ごす時間は、初老の作家にとっても、客をとる生活をするお雪にとっても、何ともほっと落ち着く日常とは異なる別世界であった。

 今、「隠れ家風」の飲食店が流行だが、いつの時代も人は落ち着く隠れ家を求めるのだろうか。

 木村荘八の挿絵が見事で、ますます想像をかきたてる。行間もたっぷりとってあり、他社の文庫本よりもはるかに読みやすい。
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形式: 文庫
荷風は西洋化していく東京を残念がっていました。日本が日本でなくなるという危惧を抱き、変わらない日本の姿を江戸の情緒に求め、花柳界へと足を踏み入れ、やがて私娼の世界にそれを求めたのでしょうか。
荷風のすばらしいところは、自分の足で歩いて観察する姿勢と、品格のある文章です。『墨(さんずい)東綺譚』だけでなく、『日和下駄』やその他の作品でも歩いて観察する姿がよくわかります。
登場人物の「わたし」と、ふとした縁で知り合った私娼「お雪」とのわずか数ヶ月のことを書いています。ふっと現れ、すっと消えるような季節の移り変わりの中で、登場するこの二人にどこか哀切を感じます。
この作品は荷風の日記である『断腸亭日乗』と照らし合わせながら読むと、作家荷風の心の動きなどがわかり、さらに興味深く読めるのではないかと思います。
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形式: 文庫
 作家と玉ノ井の私娼の短く淡い交渉が描かれているが、それが本作の目的ではなく、狙いは江戸から東京へと、また大震災後に急速に変貌していくこの街の、失われていく情緒を文章にとどめることだろう。事件らしい事件は起こらないし、意外な展開は何もない。筋らしい筋がないのは、玉ノ井の描写に読者の意識を集中させるためだろう。

 しかし、それだけでは小説としてのインパクトに欠ける。そこで作家としての創作テクニックをふるい、多面的な構成にしたのだと思う。
 ドキュメンタリーの要素、地誌的歴史的要素、漢詩、さらには主人公が書く小説中の小説を同時進行させる。加えて長めの後書きを入れ、それを続編ともドキュメンタリーともエッセイともつかない内容に仕上げる・・・といった複雑な操作を加えて、玉ノ井や東京の街々を立体的に描写している。非常に淡泊な話であるにもかかわらず、玉ノ井や当時の東京の様々な側面が複雑な彩りで読後の印象に残る。

 荷風は大好きだし、意図もわかると思ったが、風俗小説としてはやはり枯れすぎてインパクトが弱い。「梅雨のあとさき」の方が全然、良いと思った。だから本作が荷風の最高作という評価はうなづけない。
 連載した朝日新聞が売り切れたというのは、荷風復活という話題と、当時の軍国主義に向かう世相との対比で新鮮な印象を与えたからではないか。<
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形式: 文庫
荷風が投影された「わたくし」こと大江匡は、小説『失踪』の主人公種田純平の行動と心理の取材と、隣の部屋のラディオがうるさいという理由の為、向島は玉の井の私娼窟で出会ったお雪という女性と出会い、足繁く数カ月通うことになる……。

この作品は、荷風の幾分厭世感にも近い、古き良き時代への懐古心というものが如実に表現されていました。現代的なもの、新しいもの、見掛倒しなものに、荷風は些か嫌気が差していたのでしょう。銀座などの東京の中心ではなく、浅草という東京の周辺地方に自然と向かう大江の様子を通しても、そういった感情がヒシヒシと伝わってきました。また、大江とお雪の関係性が非常に美しく、会話も綺麗で、本来あるべき日本人の情緒ないし人情を感じることが出来ました。経済的な利益に惑わされずに、おでん屋を開こうとするお雪の生き方にも、頗る共感しました。

話の途中で、話し言葉ならまだしも、本来「わたし」と書くところを「あたし」、或いは「だけれど」と書くところを「だけど」と書くことに、大江が抵抗感を持ってるという表現がされていましたが、私はそれを今の時代の、卑猥な言葉とも言えぬ言葉が氾濫したネット社会における書き言葉に対する、私個人の抵抗感と重ね合わせて考えてしまいました。昭和初期で既に失われつつある日本に危機感を覚えていた荷風が、現代の殆ど完全に欧米化された日本の
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