民主主義国家は増えているので一見すると民主主義が魅力的に思えるが、最良の政治システムと断定することは危険である。民主主義はその本質上、善政を提供してくれるとは限らないからだ。英国人ジャーナリストのビル・エモット氏は「民主主義は良い政府を実現するための方法ではない。悪い政府を罰するための方法だ」と指摘する。それは民主主義は君主や権力に対する対抗というシステムであるからだ。そうだ。民主主義は国家をバラバラにする遠心力を持つため、国をまとめるには愛国心などの求心力を内包する必要があるのだ。
日本の戦後の民主主義にはその基本が忘れられていた。占領軍は憲法の中に国家がまとまらない仕組みを組み込んだ。日本民族らしい統治システムを回復するには憲法改正は避けて通れない。
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激論 日本の民主主義に将来はあるか 単行本 – 2012/6/1
- 本の長さ333ページ
- 言語日本語
- 出版社海竜社
- 発売日2012/6/1
- ISBN-104759312536
- ISBN-13978-4759312539
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
そもそも、民主主義とは何か?民主主義は理にかなっているか?日本型民主主義は可能か?民主主義の歴史教科書。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岡崎/久彦
昭和5(1930)年大連生まれ。東京大学法学部在学中に外交官試験に合格し、外務省に入省。1955年ケンブリッジ大学経済学部学士及び修士。在米日本大使館、在大韓民国大使館などを経て1984年初代情報調査局長に就任する。その後もサウジアラビア大使、駐タイ大使を務める。現在はNPO法人岡崎研究所理事長・所長
長谷川/三千子
昭和21(1946)年東京都生まれ。東京大学文学部哲学科卒。同大大学院博士課程修了。埼玉大学名誉教授。日本会議代表委員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
昭和5(1930)年大連生まれ。東京大学法学部在学中に外交官試験に合格し、外務省に入省。1955年ケンブリッジ大学経済学部学士及び修士。在米日本大使館、在大韓民国大使館などを経て1984年初代情報調査局長に就任する。その後もサウジアラビア大使、駐タイ大使を務める。現在はNPO法人岡崎研究所理事長・所長
長谷川/三千子
昭和21(1946)年東京都生まれ。東京大学文学部哲学科卒。同大大学院博士課程修了。埼玉大学名誉教授。日本会議代表委員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 海竜社 (2012/6/1)
- 発売日 : 2012/6/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 333ページ
- ISBN-10 : 4759312536
- ISBN-13 : 978-4759312539
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,021,766位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 14,331位政治入門
- - 101,374位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
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5つ星のうち3.8
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2012年8月6日に日本でレビュー済み
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13人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2014年11月19日に日本でレビュー済み
同じ保守ながら、昭和初期生まれの岡崎久彦氏と戦後生まれの長谷川三千子氏の討論は面白かった。長谷川氏も負けずに岡崎氏に反論している場面が結構あり、それが読者の理解を深めている。民主主義というものは、本来ベクトルが遠心的に働くので、それだけではバラバラになってしまうので、求心力を持たせるためには愛国心がなければならないという長谷川氏の考えには岡崎氏も同調していた。
欧米の民主主義の歴史を語り合った後、日本の近代デモクラシーへと話が進んでいく。大日本帝国憲法は欧米の猿まねではなく、我国の「建国の体」に基づいて、海外の各国の憲法を研究し、起草された立派な憲法である。明治9年に発せられた国憲起草の勅語にもそういった趣旨の要請がなされている。欧米の流血の革命を起源とする民主主義とは異なり、明治維新という無血革命に成功した日本の民主主義は素性が良いと言う話もされている。
ところが、戦後GHQに押しつけられた民主主義は反発する対象を国家と日本の歴史に置いた。大正デモクラシーの復活であればデモクラシーの長所も短所も備えた立派なデモクラシーになった筈。GHQの言論統制こそ、戦後日本の精紳破壊の元凶になっている。GHQの言論統制は戦時体制下の日本政府が行ったものとは異なり、検閲の痕跡そのものを消しさる巧妙なもので、まさに「洗脳」の手法だった。そこで、最後の章は偏向教育の払拭と日本国憲法の抜本的な改正で、日本の政治を立て直すことを語り合って終わっている。
最近、岡崎久彦氏が亡くなられた。謹んでご冥福を祈ります。合掌。
欧米の民主主義の歴史を語り合った後、日本の近代デモクラシーへと話が進んでいく。大日本帝国憲法は欧米の猿まねではなく、我国の「建国の体」に基づいて、海外の各国の憲法を研究し、起草された立派な憲法である。明治9年に発せられた国憲起草の勅語にもそういった趣旨の要請がなされている。欧米の流血の革命を起源とする民主主義とは異なり、明治維新という無血革命に成功した日本の民主主義は素性が良いと言う話もされている。
ところが、戦後GHQに押しつけられた民主主義は反発する対象を国家と日本の歴史に置いた。大正デモクラシーの復活であればデモクラシーの長所も短所も備えた立派なデモクラシーになった筈。GHQの言論統制こそ、戦後日本の精紳破壊の元凶になっている。GHQの言論統制は戦時体制下の日本政府が行ったものとは異なり、検閲の痕跡そのものを消しさる巧妙なもので、まさに「洗脳」の手法だった。そこで、最後の章は偏向教育の払拭と日本国憲法の抜本的な改正で、日本の政治を立て直すことを語り合って終わっている。
最近、岡崎久彦氏が亡くなられた。謹んでご冥福を祈ります。合掌。
2012年6月27日に日本でレビュー済み
岡崎久彦さんと長谷川三千子さんの対談本です。この二人の対談ということで大変驚きました。9・11テロを巡る論争の中で、岡崎さんは親米保守、長谷川さんは反米保守とレッテル張りされていて、立場はかなり違うんですよね。
ちなみに岡崎さんは、平成14年9月14日の産経新聞のインタビューで、〈世界史的な『アメリカ帝国』ができようとしている〉とか、〈日本にとって、米国のイラク攻撃指示は非常に率のいい賭けだ〉とか言ってるんですよね。実際の歴史はどうだったかを振り返ってみてみるべきですね。
本書の内容に踏み込むと、岡崎さんは〈民主主義に対するアンチ・テーゼというものは無いのだから、これ以上歴史が発展するはずがなく民主主義が最終到達点だということになる(p12)〉と言っています。それなのに、タイについては〈プラトンの哲人政治をやっているんだ(p115)〉と述べています。それなら、プラトンの『国家』を読んでいるはずですが、そこに民主政に対する批判的意見がたくさん書かれていることに気付かなかったのでしょうか?
プラトンの哲人政治は、例えばカール・ポパーがそれなりに妥当な批判を行っています。しかし、プラトンの民主政批判に対するまともな反証は見たことがありません。プラトンに限らず、アリストテレスやバークなども民主政には一定の批判を加えています。バークに依拠して保守を唱えるなら、それらの批判を無視して進むのはいただけません。
岡崎さんは民主主義について、〈ほかの政治体制よりはまだましである。それが世界に広がって、それで何とかなっているから、もうこれしかないのだと。(p193)〉と述べています。さらには、〈是非善悪ではない、時流であり歴史が作ったものであるという判断であり、それこそバークをはじめ全ての保守主義者に共通する利益です。(p196,197)〉とまで述べています。何を言っているのでしょうか? バークをちゃんと読んだんでしょうか? バークは『フランス革命の省察』において、〈完全な民主政治とはこの世における破廉恥の極みにほかなりません。〉とか、〈私は民主政憲法を最も多く見て最も良く理解した著者達についてまったく読んでいないという訳でもないので、絶対的民主政は絶対的王政に劣らず正統な統治形態には数え難いという彼らの意見に同意せざるを得ません。〉と述べているのですよ。なぜ、間違っていることを言うのか理解に苦しみます。
ちなみに長谷川さんは、〈おっしゃるような「民主主義が広がっていく世界の趨勢を受け入れたこと」が日本の民主主義の特色だとしたら、そんなものは「素性の良さ」でもなんでもない。ただの欧米追従――ほとんど精神的植民地主義とも言うべきものではないですか。(p197)〉と、ちゃんと批判しています。
また、岡崎さんはGHQに対し、〈初期占領政策として、論理的整合性があったことは事実です。(p272)〉と言い、長谷川さんに〈これは決して「論理的整合性があった」わけではないのですよ。それどころか、まさに論理矛盾そのものなのです。(p274)〉と正しく批判されています。
他にも岡崎さんの意見でおかしいところはたくさんあるのですが、いちいち指摘してもキリがないのでこのへんで止めておきます。
長谷川さんの今後の単著に期待しています。
ちなみに岡崎さんは、平成14年9月14日の産経新聞のインタビューで、〈世界史的な『アメリカ帝国』ができようとしている〉とか、〈日本にとって、米国のイラク攻撃指示は非常に率のいい賭けだ〉とか言ってるんですよね。実際の歴史はどうだったかを振り返ってみてみるべきですね。
本書の内容に踏み込むと、岡崎さんは〈民主主義に対するアンチ・テーゼというものは無いのだから、これ以上歴史が発展するはずがなく民主主義が最終到達点だということになる(p12)〉と言っています。それなのに、タイについては〈プラトンの哲人政治をやっているんだ(p115)〉と述べています。それなら、プラトンの『国家』を読んでいるはずですが、そこに民主政に対する批判的意見がたくさん書かれていることに気付かなかったのでしょうか?
プラトンの哲人政治は、例えばカール・ポパーがそれなりに妥当な批判を行っています。しかし、プラトンの民主政批判に対するまともな反証は見たことがありません。プラトンに限らず、アリストテレスやバークなども民主政には一定の批判を加えています。バークに依拠して保守を唱えるなら、それらの批判を無視して進むのはいただけません。
岡崎さんは民主主義について、〈ほかの政治体制よりはまだましである。それが世界に広がって、それで何とかなっているから、もうこれしかないのだと。(p193)〉と述べています。さらには、〈是非善悪ではない、時流であり歴史が作ったものであるという判断であり、それこそバークをはじめ全ての保守主義者に共通する利益です。(p196,197)〉とまで述べています。何を言っているのでしょうか? バークをちゃんと読んだんでしょうか? バークは『フランス革命の省察』において、〈完全な民主政治とはこの世における破廉恥の極みにほかなりません。〉とか、〈私は民主政憲法を最も多く見て最も良く理解した著者達についてまったく読んでいないという訳でもないので、絶対的民主政は絶対的王政に劣らず正統な統治形態には数え難いという彼らの意見に同意せざるを得ません。〉と述べているのですよ。なぜ、間違っていることを言うのか理解に苦しみます。
ちなみに長谷川さんは、〈おっしゃるような「民主主義が広がっていく世界の趨勢を受け入れたこと」が日本の民主主義の特色だとしたら、そんなものは「素性の良さ」でもなんでもない。ただの欧米追従――ほとんど精神的植民地主義とも言うべきものではないですか。(p197)〉と、ちゃんと批判しています。
また、岡崎さんはGHQに対し、〈初期占領政策として、論理的整合性があったことは事実です。(p272)〉と言い、長谷川さんに〈これは決して「論理的整合性があった」わけではないのですよ。それどころか、まさに論理矛盾そのものなのです。(p274)〉と正しく批判されています。
他にも岡崎さんの意見でおかしいところはたくさんあるのですが、いちいち指摘してもキリがないのでこのへんで止めておきます。
長谷川さんの今後の単著に期待しています。
