漂流 本から本へ (日本語) 単行本 – 2011/1/7
筒井 康隆
(著)
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本の長さ208ページ
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言語日本語
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出版社朝日新聞出版
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発売日2011/1/7
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ISBN-104022508337
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ISBN-13978-4022508331
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
のらくろ+乱歩+西遊記+ウェルズ+イプセン+クリスティ+フロイド+セリーヌ+ヘミングウェイ+カント+ハメット+三島+川端+マルケス+大江+ハイデガー+α=作家生活五十年、その生涯に触れた書物の経験をめぐる書評的自伝の決定版。
登録情報
- 出版社 : 朝日新聞出版 (2011/1/7)
- 発売日 : 2011/1/7
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 208ページ
- ISBN-10 : 4022508337
- ISBN-13 : 978-4022508331
- Amazon 売れ筋ランキング: - 521,060位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
5つ星のうち4.3
星5つ中の4.3
10 件のグローバル評価
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2017年11月19日に日本でレビュー済み
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Amazonで購入
空前にして絶後の「筒井康隆」解体新書。だが、対象本人はまだまだ読者のウラをかいてくれるんだろぅなぁ〜(笑汗)
役に立った
2011年5月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
筒井氏の仕事を知ったのは、TVアニメ「スーパージェッター」が最初だから、小生も随分長いツツイストである。
もう新しい作家を知りたいという欲も無くなり、青春時代から人生を豊かにしてくれた作家たちの作品を再読することでの、新たな発見に喜びを得ている次第です。
書評は小説家に限る、というのが小生の持論ですが、筒井氏の書評は特に定評がありますね。
30年前出版界に巻き起こった一大ツツイ・ブームの頃などは、結構硬い書評本の「みだれ撃ち涜書ノート」でさえベストセラー入りでした。
著作には必ず趣向を凝らすのが筒井康隆と井上ひさし。今回の筒井さんは書評に自叙伝をミックスさせました。海外アニメにも造詣の深い漫画少年だった頃の田河水泡・手塚治虫論で巻頭を開けた漂流は、ハイデガー「存在と時間」で小休止。ツツイストにはお馴染みの書物群であり、懐かしい同窓会のような世界でした。
多くの人に読んでほしい「筒井康隆」ですが、本作に限っては長年のファンこそ面白さの醍醐味が伝わる内容だと思います。
余談ながらつくづく残念なのは、若い人にとっては「時をかける少女」が筒井の代表作であることです。筒井氏が、中南米文学にインスパイアーされ切り開いた「超虚構文学群」こそ、文学史に残る事件であったことを、若人々に知ってもらいたいと切望します。
未完の「筒井康隆全集」(新潮社)ですが、編集の進捗状況を知りたいものです。
関係各位におかれましては、情報発信をよろしくお願いいたします。
もう新しい作家を知りたいという欲も無くなり、青春時代から人生を豊かにしてくれた作家たちの作品を再読することでの、新たな発見に喜びを得ている次第です。
書評は小説家に限る、というのが小生の持論ですが、筒井氏の書評は特に定評がありますね。
30年前出版界に巻き起こった一大ツツイ・ブームの頃などは、結構硬い書評本の「みだれ撃ち涜書ノート」でさえベストセラー入りでした。
著作には必ず趣向を凝らすのが筒井康隆と井上ひさし。今回の筒井さんは書評に自叙伝をミックスさせました。海外アニメにも造詣の深い漫画少年だった頃の田河水泡・手塚治虫論で巻頭を開けた漂流は、ハイデガー「存在と時間」で小休止。ツツイストにはお馴染みの書物群であり、懐かしい同窓会のような世界でした。
多くの人に読んでほしい「筒井康隆」ですが、本作に限っては長年のファンこそ面白さの醍醐味が伝わる内容だと思います。
余談ながらつくづく残念なのは、若い人にとっては「時をかける少女」が筒井の代表作であることです。筒井氏が、中南米文学にインスパイアーされ切り開いた「超虚構文学群」こそ、文学史に残る事件であったことを、若人々に知ってもらいたいと切望します。
未完の「筒井康隆全集」(新潮社)ですが、編集の進捗状況を知りたいものです。
関係各位におかれましては、情報発信をよろしくお願いいたします。
2018年6月16日に日本でレビュー済み
過日、朝日新聞の日曜書評欄に連載されたもの。連載時も興味深く読んだ。折に触れ良き見返している。
半生に関わった本やコミックなどを紹介している。子供の時は興味のままに高校生以降は自身の演劇活動などとの関わりが強い。
子供時代では、乱歩の本で、挿絵の怖さの記憶などが印象的。メリメの恐ろしい父さんの話しでは、ナバロンの要塞で裏切った小娘が姉のような女に撃たれて、ケジメをつけたのよ、というシーンを呼び起こした。
自分の20年以上昔に学生の前で自分の読者遍歴を語ったことがあり、そのことも懐かしく思い出された。
しかし、いまアマゾンを見るに評価者が一桁しか無く、極めて残念。
書評、というより人生に関わった本の記憶を読み、自分もようで見たいと思わせるものは多くないので、ぜひ多くの特に20代以下の人に読んでもらいたい。
ひとつの書評、というよりエッセイが短い事を残念という方もいるが、筒井の半生の記録でもあるので、話は繋がっていて、退屈させない。
但し、筒井作品で、トキカケのようなジュブナイルしか読んだことが無いとあまり感興は湧かないかもしれない。少なくとも最近話題の「旅のラゴス」や「七瀬ふたたび」シリーズくらいが面白く読めるなら多いに刺激され、そこに紹介される本のいくつかをぜひ読んで見たいと思うはずである。
半生に関わった本やコミックなどを紹介している。子供の時は興味のままに高校生以降は自身の演劇活動などとの関わりが強い。
子供時代では、乱歩の本で、挿絵の怖さの記憶などが印象的。メリメの恐ろしい父さんの話しでは、ナバロンの要塞で裏切った小娘が姉のような女に撃たれて、ケジメをつけたのよ、というシーンを呼び起こした。
自分の20年以上昔に学生の前で自分の読者遍歴を語ったことがあり、そのことも懐かしく思い出された。
しかし、いまアマゾンを見るに評価者が一桁しか無く、極めて残念。
書評、というより人生に関わった本の記憶を読み、自分もようで見たいと思わせるものは多くないので、ぜひ多くの特に20代以下の人に読んでもらいたい。
ひとつの書評、というよりエッセイが短い事を残念という方もいるが、筒井の半生の記録でもあるので、話は繋がっていて、退屈させない。
但し、筒井作品で、トキカケのようなジュブナイルしか読んだことが無いとあまり感興は湧かないかもしれない。少なくとも最近話題の「旅のラゴス」や「七瀬ふたたび」シリーズくらいが面白く読めるなら多いに刺激され、そこに紹介される本のいくつかをぜひ読んで見たいと思うはずである。
2014年2月9日に日本でレビュー済み
著者の幼少年期(1934年~)からの、個人的にエポックメイキング的だった本を選んで評している。筒井ファンには、一種の「筒井康隆の作り方」風に読めて面白いと思う。私も面白かった。
評されているのは「のらくろ」「ロストワールド」というマンガ、また江戸川乱歩「少年探偵団」という子供らしいものから始まって(飛び飛びに記すと)夏目漱石、イプセン、チェホフ、福田恒存、井伏鱒二、三島由紀夫、シェクリイ、メイラー、東海林さだお、ル・クレジオ、つげ義春、山田風太郎、大江健三郎、ディケンズ、マルケス、丸谷才一、ハイデガーなどなど。それぞれに、そのときの自分のありよう、自分の作品をオーバーラップさせて、これも普通の書評とは違って、ファンには嬉しい著述である。
この作品の初出は朝日新聞であるが、そのとき読んだ記憶でとても印象に残っていた書評があった。今回再読してみたら、ピアス「アウル・クリーク橋の一事件」という短編であった。映画化もされているようだが、処刑された男が命からがら助かって、生命の歓びを改めて謳歌しながら愛妻の元に帰り着いたとたん首がへし折れ意識が薄れる。つまり男が見たのは処刑されて死ぬまでの瞬間に見た夢のようなものだったという話らしいが、なんだか書評だけで衝撃的だと思った。こういうところ、筒井康隆にはしてやられるところなのだろう。
評されているのは「のらくろ」「ロストワールド」というマンガ、また江戸川乱歩「少年探偵団」という子供らしいものから始まって(飛び飛びに記すと)夏目漱石、イプセン、チェホフ、福田恒存、井伏鱒二、三島由紀夫、シェクリイ、メイラー、東海林さだお、ル・クレジオ、つげ義春、山田風太郎、大江健三郎、ディケンズ、マルケス、丸谷才一、ハイデガーなどなど。それぞれに、そのときの自分のありよう、自分の作品をオーバーラップさせて、これも普通の書評とは違って、ファンには嬉しい著述である。
この作品の初出は朝日新聞であるが、そのとき読んだ記憶でとても印象に残っていた書評があった。今回再読してみたら、ピアス「アウル・クリーク橋の一事件」という短編であった。映画化もされているようだが、処刑された男が命からがら助かって、生命の歓びを改めて謳歌しながら愛妻の元に帰り着いたとたん首がへし折れ意識が薄れる。つまり男が見たのは処刑されて死ぬまでの瞬間に見た夢のようなものだったという話らしいが、なんだか書評だけで衝撃的だと思った。こういうところ、筒井康隆にはしてやられるところなのだろう。
2011年1月19日に日本でレビュー済み
子供の頃の読書案内三大バイブルといえば、
内藤陳さんの「読まずに死ねるか!」
小林信彦さんの「地獄の読書録」
そして筒井さんの「みだれ打ち涜書ノート」
でした。
この三冊からどれだけワクワクドキドキを
もらったことでしょう!!
筒井さんの久しぶりの読書レビューと
聞いて、楽しみに読みました。
いやあ、むかしとちっとも姿勢が変わって
いらっしゃらない!!
筒井さんは古今の名作・奇作・実験作を、
とことん読みこんでるのに、通ぶった
見識を述べません。
現代文学の最先端だろうと、幼い頃読んだ
「少年探偵団」だろうと、同じ目線で楽しんで
尚かつ、自分の作品に反映させます。
ル・クレジオから西村寿行まで、平たい目線で
語りつくした「涜書ノート」と同じく、
本書にもそんな、筒井さんの文豪ぶらない、
マニアぶらない、読書の愉しみ方と、
創作や思想へ敷衍して行った過程が、年代順に
わかりやすく記されています。
個人的に、生島治郎さんの「黄土の奔流」
がらみの直木賞への意見や、
「俗物図鑑」が阿佐田哲也さんの「麻雀放浪記」
に影響されている、というぶぶんになるほど!
という感じでした。
筒井さんファンでなくとも役に立つレビュー書です!!
内藤陳さんの「読まずに死ねるか!」
小林信彦さんの「地獄の読書録」
そして筒井さんの「みだれ打ち涜書ノート」
でした。
この三冊からどれだけワクワクドキドキを
もらったことでしょう!!
筒井さんの久しぶりの読書レビューと
聞いて、楽しみに読みました。
いやあ、むかしとちっとも姿勢が変わって
いらっしゃらない!!
筒井さんは古今の名作・奇作・実験作を、
とことん読みこんでるのに、通ぶった
見識を述べません。
現代文学の最先端だろうと、幼い頃読んだ
「少年探偵団」だろうと、同じ目線で楽しんで
尚かつ、自分の作品に反映させます。
ル・クレジオから西村寿行まで、平たい目線で
語りつくした「涜書ノート」と同じく、
本書にもそんな、筒井さんの文豪ぶらない、
マニアぶらない、読書の愉しみ方と、
創作や思想へ敷衍して行った過程が、年代順に
わかりやすく記されています。
個人的に、生島治郎さんの「黄土の奔流」
がらみの直木賞への意見や、
「俗物図鑑」が阿佐田哲也さんの「麻雀放浪記」
に影響されている、というぶぶんになるほど!
という感じでした。
筒井さんファンでなくとも役に立つレビュー書です!!
2014年1月4日に日本でレビュー済み
中学生〜大学生ぐらいまで非常に愛読した筒井康隆氏の、幼少時からいままでに至る影響を与えた本、印象に残った本を、時代別に分けて挙げておられるエッセイ。筒井氏の作品との本との関わりのみならず、筒井氏の広い交流関係も伺えます。
実験的な小説を生み出した方だけあって、幅広い分野の、思索的な作品も読んでおられるのに改めて感服。ちなみにここで挙げておられる本で自分が読んだことがあるのは「風の又三郎」「片腕」「地球の長い午後」「そして誰もいなくなった」ぐらいでした。
意外だったのが筒井氏のお父上が動物学者で動物園に勤めておられたことで、「地球の長い午後」の項のなかで、「SF的想像力の限界に挑もうとする勢いに圧倒された。しかし動物学者の子であるぼくには生物学たちの生態や生態系が詳しく書かれていないのが不満だった」とあって、そこから生物学的なことを勉強し後に「メタモルフォセス群島」「ポルノ惑星のサルモネラ人間」を作るに至った、と書かれていたこと。
これらや「幻想の未来」は自分の好きな作品なので、そういうお身内の影響も関係あったというところがファンには興味深かったです。
「モンテクリスト伯」や「麻雀放浪記」「女ざかり」あとラテンアメリカ文学は少し読んでみたくなりました。
実験的な小説を生み出した方だけあって、幅広い分野の、思索的な作品も読んでおられるのに改めて感服。ちなみにここで挙げておられる本で自分が読んだことがあるのは「風の又三郎」「片腕」「地球の長い午後」「そして誰もいなくなった」ぐらいでした。
意外だったのが筒井氏のお父上が動物学者で動物園に勤めておられたことで、「地球の長い午後」の項のなかで、「SF的想像力の限界に挑もうとする勢いに圧倒された。しかし動物学者の子であるぼくには生物学たちの生態や生態系が詳しく書かれていないのが不満だった」とあって、そこから生物学的なことを勉強し後に「メタモルフォセス群島」「ポルノ惑星のサルモネラ人間」を作るに至った、と書かれていたこと。
これらや「幻想の未来」は自分の好きな作品なので、そういうお身内の影響も関係あったというところがファンには興味深かったです。
「モンテクリスト伯」や「麻雀放浪記」「女ざかり」あとラテンアメリカ文学は少し読んでみたくなりました。
2011年2月4日に日本でレビュー済み
これは、筒井康隆による、きわめてライトな読書感想文集であり、思ひ出話、回顧録である。
本書を通して、《作家・筒井康隆》がどのようにしてかたちづくられたかが、よく、わかる。大江健三郎が「筒井康隆のつくり方」と銘うって、本書を推薦しているが、そのとおりだと思う。まあ、自伝的書評と考えていいだろう。来歴、交友関係などがよくわかる。いやみな年寄りの自慢話という風も、毛の先ほどもない。また自虐に走ることもない。じつに、さわやかである。
筒井氏が挙げている本は以下のとおり。
田川水泡『のらくろ』、江戸川乱歩『少年探偵団』、弓館芳夫訳『西遊記』、ボアゴベ『鉄仮面』、謝花凡太郎・画『勇士イリヤ』、手塚治虫『ロスト・ワールド 前世界』、マン『ブッデンブロオク一家』、サバチニ『スカラムッシュ』、ウェルズ『宇宙戦争』、宮沢賢治『風の又三郎』、坪田譲治『子供の四季』、江戸川乱歩『孤独の鬼』、デュマ『モンテ・クリスト伯』、夏目漱石『吾輩は猫である』、メリメ『マテオ・ファルコーネ』、バイコフ『牝虎』、アプトン・シンクレア『人われを大工と呼ぶ』、イプセン『ペール・ギュント』、イバーニェス『地中海』、アルツィバーシェフ『サアニン』、ショーペンハウエル『随想録』、ケッラアマン『トンネル』、チェーホフ『結婚申込』、ズウデルマン『猫橋・憂愁夫人』、飯沢匡『北京の幽霊』、高良武久『性格学』、福田恒存『堅壘奪取』、ヘミングウェイ『日はまた昇る』、クリスティ『そして誰もいなくなった』、フロイド『精神分析入門』、井伏鱒二『山椒魚』、メニンジャー『おのれに背くもの』、横光利一『機械』、ハメット『赤い収穫』、カフカ『審判』、カント『判断力批判』、フィニイ『盗まれた街』、三島由紀夫『禁色』、ブラウン『発狂した宇宙』、シェクリイ『人間の手がまだ触れない』、メイラー『裸者と死者』、ディック『宇宙の眼』、セリーヌ『世の果ての旅』、ブーアスティン『幻影の時代』、生島治郎『黄土の奔流』、リースマン『孤独な群集』、川端康成『片腕』、東海林さだお『トントコトントン物語』、ル・クレジオ『調書』、オールディス『地球の長い午後』、つげ義春『ねじ式』、ビアス『アウル・クリーク橋の一事件』、阿佐田哲也『麻雀放浪記』、新田次郎『八甲田山死の彷徨』、山田風太郎『幻燈辻馬車』、コルタサル『遊戯の終り』、大江健三郎『同時代ゲーム』、トゥルニエ『赤い小人』、イーグルトン『文学とは何か』、ディケンズ『荒涼館』、フライ『批評の解剖』、マルケス『族長の秋』、ドノソ『夜のみだらな鳥』、丸谷才一『女ざかり』、ハイデガー『存在と時間』
である。
最後にハイデガーの『存在と時間』を挙げているが、「現存在」「驚愕」「戦慄」「仰天」「死を想え」「頽落」「非本来的な存在のしかた」「空談」「好奇心」「了解」などいった、ハイデガー一流のことばをさらりと用いて、わずか数ページのあいだで、きわめて簡潔ではあるが、『存在と時間』でハイデガーが言わんとしていることを、みごと、敷衍している。
本書を通して、《作家・筒井康隆》がどのようにしてかたちづくられたかが、よく、わかる。大江健三郎が「筒井康隆のつくり方」と銘うって、本書を推薦しているが、そのとおりだと思う。まあ、自伝的書評と考えていいだろう。来歴、交友関係などがよくわかる。いやみな年寄りの自慢話という風も、毛の先ほどもない。また自虐に走ることもない。じつに、さわやかである。
筒井氏が挙げている本は以下のとおり。
田川水泡『のらくろ』、江戸川乱歩『少年探偵団』、弓館芳夫訳『西遊記』、ボアゴベ『鉄仮面』、謝花凡太郎・画『勇士イリヤ』、手塚治虫『ロスト・ワールド 前世界』、マン『ブッデンブロオク一家』、サバチニ『スカラムッシュ』、ウェルズ『宇宙戦争』、宮沢賢治『風の又三郎』、坪田譲治『子供の四季』、江戸川乱歩『孤独の鬼』、デュマ『モンテ・クリスト伯』、夏目漱石『吾輩は猫である』、メリメ『マテオ・ファルコーネ』、バイコフ『牝虎』、アプトン・シンクレア『人われを大工と呼ぶ』、イプセン『ペール・ギュント』、イバーニェス『地中海』、アルツィバーシェフ『サアニン』、ショーペンハウエル『随想録』、ケッラアマン『トンネル』、チェーホフ『結婚申込』、ズウデルマン『猫橋・憂愁夫人』、飯沢匡『北京の幽霊』、高良武久『性格学』、福田恒存『堅壘奪取』、ヘミングウェイ『日はまた昇る』、クリスティ『そして誰もいなくなった』、フロイド『精神分析入門』、井伏鱒二『山椒魚』、メニンジャー『おのれに背くもの』、横光利一『機械』、ハメット『赤い収穫』、カフカ『審判』、カント『判断力批判』、フィニイ『盗まれた街』、三島由紀夫『禁色』、ブラウン『発狂した宇宙』、シェクリイ『人間の手がまだ触れない』、メイラー『裸者と死者』、ディック『宇宙の眼』、セリーヌ『世の果ての旅』、ブーアスティン『幻影の時代』、生島治郎『黄土の奔流』、リースマン『孤独な群集』、川端康成『片腕』、東海林さだお『トントコトントン物語』、ル・クレジオ『調書』、オールディス『地球の長い午後』、つげ義春『ねじ式』、ビアス『アウル・クリーク橋の一事件』、阿佐田哲也『麻雀放浪記』、新田次郎『八甲田山死の彷徨』、山田風太郎『幻燈辻馬車』、コルタサル『遊戯の終り』、大江健三郎『同時代ゲーム』、トゥルニエ『赤い小人』、イーグルトン『文学とは何か』、ディケンズ『荒涼館』、フライ『批評の解剖』、マルケス『族長の秋』、ドノソ『夜のみだらな鳥』、丸谷才一『女ざかり』、ハイデガー『存在と時間』
である。
最後にハイデガーの『存在と時間』を挙げているが、「現存在」「驚愕」「戦慄」「仰天」「死を想え」「頽落」「非本来的な存在のしかた」「空談」「好奇心」「了解」などいった、ハイデガー一流のことばをさらりと用いて、わずか数ページのあいだで、きわめて簡潔ではあるが、『存在と時間』でハイデガーが言わんとしていることを、みごと、敷衍している。