本書は緒方貞子の米 加州・バークレー校の博士論文であるが、驚くべきはその引用文献数である。それは満州事変にかかわった政治家、軍人、思想家、民間活動団体等の記録や日誌等600件に及ぶ。
この引用文献だけで当時の日本の姿が浮き彫りになり、歴史のううねりが読み取れる。即ち、第1次世界大戦の反省と植民地主義から抜け出せない国際情勢、ロシアの南下、世界恐慌と国内の貧困、僅かしかない資本の集中、薩長閥政治の残影などである。貧困に喘ぐ民衆の強力な代弁者となったのは貧困農村出身者が大半を占める軍人と現状を嘆く思想家と政治家たちである。彼らはそれぞれの立場で現状打破のためにでき得る限り奔走し、互いにまた社会、世界の圧力の中で出口を求める中、その決壊点が満州開拓と満州事変であった、そこから流出した奔流は日中戦争、太平洋戦争と制御不能の大氾濫へと発展していく。
今、平和ボケとも言われる世情の中で綺麗事はいくらでも言えるし言うべきであるが、自分が、社会が今日飢えて、明日の保証がない状況となった時、果たして自分の中で正常時の綺麗事を維持できるか、むしろ率先して氾濫の流れに身を投じるのではないかと、満州事変を批判するだけの自分や今の日本の愚かさに気付かされる。また、そんな苦しい状況にない日本を作り上げた先人とその幸せに感謝する。
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満州事変――政策の形成過程 (岩波現代文庫) 文庫 – 2011/8/19
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1931年9月18日、柳条湖の鉄道爆破をきっかけに勃発した満州事変。事件はいかにして引き起こされ、なぜ連盟脱退にまで至ったのか。関東軍・陸軍中央部・政府指導者などの諸勢力間でどのような力学が働き、外交政策を変容させていったのか。戦争への道を突き進んだ日本の歩みに政治過程論的な分析を加えた記念碑的な著作。著者の第一作でもある。(解説=酒井哲哉)
- 本の長さ464ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2011/8/19
- 寸法10.5 x 2 x 15 cm
- ISBN-104006002521
- ISBN-13978-4006002527
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
一九三一年九月一八日、柳条湖の鉄道爆破をきっかけに勃発した満州事変。事件はいかにして引き起こされ、なぜ連盟脱退にまで至ったのか。関東軍と陸軍中央部、政府指導者のせめぎあいは、日本の政策と国際関係をどう変容させていったのか。満州事変の背景・展開・影響を克明に分析した記念碑的な著作。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
緒方/貞子
1927年東京生まれ。聖心女子大学文学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校で政治学博士号を取得。上智大学教授などを経て、1991年から10年間、第八代国連難民高等弁務官を務める。2003年より独立行政法人国際協力機構理事長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1927年東京生まれ。聖心女子大学文学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校で政治学博士号を取得。上智大学教授などを経て、1991年から10年間、第八代国連難民高等弁務官を務める。2003年より独立行政法人国際協力機構理事長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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2020年4月7日に日本でレビュー済み
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2021年5月9日に日本でレビュー済み
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「満州事変は軍の暴走」が原因という解説をよく見聞きするがそれは本当なのか?関東軍の行動を当時の報道機関は大衆にどの様に伝えたのか 又、一般の大衆はどの様に声をあげたのか?
戦後の教育は軍を断罪したが、報道機関、報道のありよう、そして無知、我欲の大衆の犯した罪に触れず卑劣な頬かむりを許している。政治家はこの事をどの様に反省しているのか?残念ながら聞いた事がない。
戦後の教育は軍を断罪したが、報道機関、報道のありよう、そして無知、我欲の大衆の犯した罪に触れず卑劣な頬かむりを許している。政治家はこの事をどの様に反省しているのか?残念ながら聞いた事がない。
2020年8月10日に日本でレビュー済み
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緒方さんが元理事長だったJICAが、日本帝国植民地時代の満州国開発を今ではアフリカ、モザンビークで行っているとは、何の因果?
farmlandgrab.orgに「日本の植民地帝国とモザンビークのプロサバンナ農業プロジェクトの起源」という題で日本のモザンビーク研究者クラーセンさやか舩田氏が、モザンビークのナカラ経済回廊開発と100年前の日本帝国植民地時代の満州国開発についてインタビューで答えていた。(2018年11月20日)
DW Africa: When did this Japanese story begin?
SFC: A hundred years ago, in the early 20th century, we [the Japanese] brought the same kind of development model to northeast China. At the time, we used to call that area "Manchuria". There, Imperial Japan established a railway line linking the coal mining zones to the port and then developed soybean fields. So those who were involved in this gigantic regional development program were Japan's public railway company, banks, and also companies like Mitsui Corporation. Today, we call these "Public-Private Partnerships," which are supposedly good things.
DWアフリカ:この日本のストーリーはいつ始まったのですか?
クラーセンさやか舩田:100年前の20世紀初頭、私たち日本人は中国東北部にも同じような開発モデルをもたらしました。当時、私たちはその地域を「満州」と呼んでいました。そこで、インペリアル・ジャパンは、石炭採掘地帯と港を結ぶ鉄道線を整備し、大豆畑を開発しました。そこで、この巨大な地域開発プログラムに携わったのは、日本の公共鉄道会社、銀行、三井物産などの企業でした。今日、私たちはこれらを「官民パートナーシップ」と呼んでいます。
ProSavana also started as a private-public enterprise initiative. But this has a historical origin! During Japan's imperial colonial period, Japan's public and private sectors went hand in hand, planning and accelerating such regional corridor development programs. This is why we can call what happened in Manchuria "the first ProSavana program".
プロサバンナは、官民連携イニシアティブとしてもスタートしました。しかし、これは歴史的な起源を持っています!日本の帝国植民地時代には、日本の官民が手をつないで、このような地域回廊開発計画を計画・促進しました。これが満州で起こったことを「最初のプロサバンナプログラム」と呼ぶ理由です。
farmlandgrab.orgに「日本の植民地帝国とモザンビークのプロサバンナ農業プロジェクトの起源」という題で日本のモザンビーク研究者クラーセンさやか舩田氏が、モザンビークのナカラ経済回廊開発と100年前の日本帝国植民地時代の満州国開発についてインタビューで答えていた。(2018年11月20日)
DW Africa: When did this Japanese story begin?
SFC: A hundred years ago, in the early 20th century, we [the Japanese] brought the same kind of development model to northeast China. At the time, we used to call that area "Manchuria". There, Imperial Japan established a railway line linking the coal mining zones to the port and then developed soybean fields. So those who were involved in this gigantic regional development program were Japan's public railway company, banks, and also companies like Mitsui Corporation. Today, we call these "Public-Private Partnerships," which are supposedly good things.
DWアフリカ:この日本のストーリーはいつ始まったのですか?
クラーセンさやか舩田:100年前の20世紀初頭、私たち日本人は中国東北部にも同じような開発モデルをもたらしました。当時、私たちはその地域を「満州」と呼んでいました。そこで、インペリアル・ジャパンは、石炭採掘地帯と港を結ぶ鉄道線を整備し、大豆畑を開発しました。そこで、この巨大な地域開発プログラムに携わったのは、日本の公共鉄道会社、銀行、三井物産などの企業でした。今日、私たちはこれらを「官民パートナーシップ」と呼んでいます。
ProSavana also started as a private-public enterprise initiative. But this has a historical origin! During Japan's imperial colonial period, Japan's public and private sectors went hand in hand, planning and accelerating such regional corridor development programs. This is why we can call what happened in Manchuria "the first ProSavana program".
プロサバンナは、官民連携イニシアティブとしてもスタートしました。しかし、これは歴史的な起源を持っています!日本の帝国植民地時代には、日本の官民が手をつないで、このような地域回廊開発計画を計画・促進しました。これが満州で起こったことを「最初のプロサバンナプログラム」と呼ぶ理由です。
2014年6月12日に日本でレビュー済み
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満州事変から太平洋戦争まであまり学校で習っておらず、海外とのぎくしゃくした現在に読むべき本と思い手に取りました。史実として政治家、陸軍、一般社会の人のコメントが資料より引用されている。著者の推論ではなく、史実としての太平洋戦争へと導く満州事変がどのように始まっていったのかを知ると、現在がいかに大切な時期なのか確認される。
満州事変のころ、人々は武力による侵略戦争をするべきではないと思っていた社会人は多くいた。政治家も満州を侵略しよう、と文書に残るような発言をしたわけではなかった。ただ、「満州における無法分子ノ行動カラ日本臣民ノ生命オヨビ財産ヲ保護スル為二必要ナ軍事行動ヲ日本軍ガトルコトヲ禁止スルモノニアラズ」と、主張しながら満州事変へと向かっていったとは驚かざるを負えない。
「日本人の命を守るための軍事行動」最近よくニュースで聞く言葉に似ているので愕然とした。学校やニュースが伝えないが、どのように戦争が始まっていくのかはよく知らなければならないと思う。満州事変という日本が経験した地域紛争は、紛争、戦争のはじまりかたを私たち戦争を知らない世代に教えてくれる。
満州事変のころ、人々は武力による侵略戦争をするべきではないと思っていた社会人は多くいた。政治家も満州を侵略しよう、と文書に残るような発言をしたわけではなかった。ただ、「満州における無法分子ノ行動カラ日本臣民ノ生命オヨビ財産ヲ保護スル為二必要ナ軍事行動ヲ日本軍ガトルコトヲ禁止スルモノニアラズ」と、主張しながら満州事変へと向かっていったとは驚かざるを負えない。
「日本人の命を守るための軍事行動」最近よくニュースで聞く言葉に似ているので愕然とした。学校やニュースが伝えないが、どのように戦争が始まっていくのかはよく知らなければならないと思う。満州事変という日本が経験した地域紛争は、紛争、戦争のはじまりかたを私たち戦争を知らない世代に教えてくれる。






