数値目標は一見、考えられて作られているようで、実は現場を知らないコンサルやらお偉い政治家の鶴の一声と変わらず、どんなトーシロでも目標だけは掲げられる。
んで、その根拠のない数値目標に振り回され、疲弊し、挙げ句の果てにはデータの改ざんに手を染めて…紛糾し、改ざんできないようにますます手続きや書類ばかり増えて…、やる気のある者は去って、クソみたいな人間ばかりが残る。
たとえば、現場を知らないお偉いさんから「この町の犯罪率を下げろ」と命令された警察は、重大犯罪を軽い犯罪にすげ替えたり、報告そのものをしなくなる…。「検挙率を上げろ」といわれたら、街にいるチンピラばかり検挙して、逮捕に時間のかかるような大物は野放しになる……
ここに書かれているのは、すべて米国の話ですが、そっくりそのままわが国の何ともイヤ~な空気の説明にもなります。
原題は「測定という暴力(独裁)」です「測りすぎ」はやや抽象的すぎる気もしました。
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測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか? 単行本 – 2019/4/27
ジェリー・Z・ミュラー
(著),
松本 裕
(翻訳)
購入を強化する
「数値評価が、有害なパフォーマンスをもたらした事例を、いきいきと描いている」
ジョージ・アカロフ(2011年ノーベル経済学賞)
「多くの人が漠然と感じているのは、業績評価が問題の本質を外れ、
文脈を奪い、人間による判断の微妙さを軽視して、
システムのメカニズムを知っている者だけの利益になっている、ということだ。
本書は、この傾向がどこから来るのか、なぜこの傾向が非生産的なのか、
なぜわれわれがそれを学ばないのか、をはっきりと説明している。
…あらゆる管理職が読むべき本」
ティム・ハーフォード(エコノミスト。『まっとうな経済学』)
「成功へのカギは成果評価にある」――今日あらゆる組織に蔓延している信念だ。
しかしわれわれは業績を数字化することに固執するあまり、測定そのものを目的化して
しまっていないだろうか。その結果、この「測りすぎ」が組織のみならず
個人の生活を破壊しつつあるのだ。
「測定基準の改竄はあらゆる分野で起きている。警察で、小中学校や高等教育機関で、
医療業界で、非営利組織で、もちろんビジネスでも。…世の中には、測定できるものが
ある。測定するに値するものもある。だが測定できるものが必ずしも測定に値する
ものだとは限らない。測定のコストは、そのメリットよりも大きくなるかもしれない。
測定されるものは、実際に知りたいこととはなんの関係もないかもしれない。
本当に注力するべきことから労力を奪ってしまうかもしれない。そして測定は、
ゆがんだ知識を提供するかもしれない――確実に見えるが、実際には不正な知識を」(はじめに)
パフォーマンス測定への固執が機能不全に陥る原因と、数値測定の健全な使用方法を明示。
巻末にはチェックリストを付す。
ジョージ・アカロフ(2011年ノーベル経済学賞)
「多くの人が漠然と感じているのは、業績評価が問題の本質を外れ、
文脈を奪い、人間による判断の微妙さを軽視して、
システムのメカニズムを知っている者だけの利益になっている、ということだ。
本書は、この傾向がどこから来るのか、なぜこの傾向が非生産的なのか、
なぜわれわれがそれを学ばないのか、をはっきりと説明している。
…あらゆる管理職が読むべき本」
ティム・ハーフォード(エコノミスト。『まっとうな経済学』)
「成功へのカギは成果評価にある」――今日あらゆる組織に蔓延している信念だ。
しかしわれわれは業績を数字化することに固執するあまり、測定そのものを目的化して
しまっていないだろうか。その結果、この「測りすぎ」が組織のみならず
個人の生活を破壊しつつあるのだ。
「測定基準の改竄はあらゆる分野で起きている。警察で、小中学校や高等教育機関で、
医療業界で、非営利組織で、もちろんビジネスでも。…世の中には、測定できるものが
ある。測定するに値するものもある。だが測定できるものが必ずしも測定に値する
ものだとは限らない。測定のコストは、そのメリットよりも大きくなるかもしれない。
測定されるものは、実際に知りたいこととはなんの関係もないかもしれない。
本当に注力するべきことから労力を奪ってしまうかもしれない。そして測定は、
ゆがんだ知識を提供するかもしれない――確実に見えるが、実際には不正な知識を」(はじめに)
パフォーマンス測定への固執が機能不全に陥る原因と、数値測定の健全な使用方法を明示。
巻末にはチェックリストを付す。
- 本の長さ232ページ
- 言語日本語
- 出版社みすず書房
- 発売日2019/4/27
- 寸法13.4 x 1.8 x 19.6 cm
- ISBN-104622087936
- ISBN-13978-4622087939
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出版社より
あらゆる管理職の人、必読!
測定の時代に生きる宿命にある私たち。同時に測定ミス、過剰測定、誤解を招く測定、非生産的な測定の時代にも生きている。
パフォーマンス測定への固執が機能不全に陥る原因と、数値測定の健全な使用方法とはどのようなものか?
巻末には「いつどうやって測定基準を用いるべきか」のチェックリストもついています!
商品の説明
出版社からのコメント
内容(「BOOK」データベースより)
教育、医療、ビジネス、行政、NPO…業績評価が組織をダメにする根本原因を分析。パフォーマンス測定への固執が機能不全に陥る原因と、数値測定の健全な使用方法を明示。巻末にはチェックリストを付す。
著者について
ジェリー・Z・ミュラー(Jerry Z. Muller)
アメリカ・カトリック大学歴史学部教授。専門は近代ヨーロッパの知性史、資本主義の歴史。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙や『フォーリン・アフェアーズ』誌などへの寄稿も多数。著書 『資本主義の思想史――市場をめぐる近代ヨーロッパ300年の知の系譜』(東洋経済新報社、2018年)『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(みすず書房、2019); Adam Smith in His Time and Ours (Princeton University Press, 1995); Capitalism and the Jews (Princeton University Press, 2010)ほか。
松本裕(まつもと・ゆう) 翻訳者。訳書 マハジャン『アフリカ 動きだす9億人市場』(2009、英治出版)ウッドマン『フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た』(2013、英治出版)ディートン『大脱出――健康、お金、格差の起原』(2014、みすず書房)外山健太郎『テクノロジーは貧困を救わない』(2016、みすず書房)トンプソン『どうしても欲しい! ――美術品蒐集家たちの執念とあやまちに関する研究』(河出書房新社、2017)レヴィンソン『例外時代――高度成長はいかに特殊であったのか』(みすず書房、2017)バーチ『ビットコインはチグリス川を漂う――マネーテクノロジーの未来史』(みすず書房、2018)ブラウン『カミングアウト――LGBTの社員とその同僚に贈るメッセージ 』(英治出版、2018)コリンガム『大英帝国は大食らい――イギリスとその帝国による植民地経営は、いかにして世界の食事をつくりあげたか 』(河出書房新社、2019)ミュラー『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(みすず書房、2019)ほか。
アメリカ・カトリック大学歴史学部教授。専門は近代ヨーロッパの知性史、資本主義の歴史。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙や『フォーリン・アフェアーズ』誌などへの寄稿も多数。著書 『資本主義の思想史――市場をめぐる近代ヨーロッパ300年の知の系譜』(東洋経済新報社、2018年)『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(みすず書房、2019); Adam Smith in His Time and Ours (Princeton University Press, 1995); Capitalism and the Jews (Princeton University Press, 2010)ほか。
松本裕(まつもと・ゆう) 翻訳者。訳書 マハジャン『アフリカ 動きだす9億人市場』(2009、英治出版)ウッドマン『フェアトレードのおかしな真実――僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た』(2013、英治出版)ディートン『大脱出――健康、お金、格差の起原』(2014、みすず書房)外山健太郎『テクノロジーは貧困を救わない』(2016、みすず書房)トンプソン『どうしても欲しい! ――美術品蒐集家たちの執念とあやまちに関する研究』(河出書房新社、2017)レヴィンソン『例外時代――高度成長はいかに特殊であったのか』(みすず書房、2017)バーチ『ビットコインはチグリス川を漂う――マネーテクノロジーの未来史』(みすず書房、2018)ブラウン『カミングアウト――LGBTの社員とその同僚に贈るメッセージ 』(英治出版、2018)コリンガム『大英帝国は大食らい――イギリスとその帝国による植民地経営は、いかにして世界の食事をつくりあげたか 』(河出書房新社、2019)ミュラー『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(みすず書房、2019)ほか。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ミュラー,ジェリー・Z.
アメリカ・カトリック大学歴史学部教授。専門は近代ヨーロッパの知性史、資本主義の歴史
松本/裕
翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
アメリカ・カトリック大学歴史学部教授。専門は近代ヨーロッパの知性史、資本主義の歴史
松本/裕
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登録情報
- 出版社 : みすず書房 (2019/4/27)
- 発売日 : 2019/4/27
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 232ページ
- ISBN-10 : 4622087936
- ISBN-13 : 978-4622087939
- 寸法 : 13.4 x 1.8 x 19.6 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 69,778位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 445位経済学 (本)
- - 3,008位投資・金融・会社経営 (本)
- カスタマーレビュー:
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2019年8月25日に日本でレビュー済み
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本書は、組織目標達成のために設定された数値目標と、それを測定しようと努力することが、組織の機能不全をもたらすと警告している。いわば、「測定の意図せざる結果」を説明する書である。
本書がケーススタディとして取り上げる組織(第7~13章)、大学、学校、医療、警察、軍、ビジネスと金融、慈善事業と対外援助が、なぜ数値目標を測定しなければならないのか。それは「説明責任」を果たすためであり、「透明性」を保つためである。その為には「実績」を示さなければならない。つまり基準となる数値が必要なのである(第1章)。
「説明責任」を果たすためには、誰かの判断で説明を行えば事足りるはずだが、それでは「透明性」と客観性を欠くのである。人間の判断は主観的で当てにならない。さらに、権力に対する疑念が高まり、専門家への信頼が失われると、この傾向が強まる。また、組織が大きく複雑になると、「数字」を手に入れることが組織を把握する一番の近道となる。そして、データが抗しがたい魅力と化すのである(第4章)。
【成果主義】
結論部の第15章に、ケーススタディから得た教訓がリストされている。あるホームページに、成果主義評価を導入する際の注意点が五つ掲載されていた(日本の人事部――成果主義とは)。これと本書の教訓を比較してみた。両者は一致するが、本書の教訓の方が広く深く考察されている。
五つの注意点とは、(1)評価基準の設定が困難、(2)人事評価に対する負担の増大、(3)定着率の悪化、(4)個人プレーに走りチームワークが低下、(5)個人の短期的なメリットのみを優先、以上の五つである。
本書では、(2)人事評価に対する負担の増大が、データを作成するための時間的コスト、データ収集を広げることによる一件当たりの効用の逓減、さらに数字の不正や測定基準を守らせるための規則が増えることに細分化されている。
(3)定着率の悪化は、低く評価された人がストレスで辞めるというストーリーにして、評価の妥当性を問題にしないのだが、これは成果主義以外でも起こり得ることである。本書は努力と無関係に評価されるために不当な扱いになると分析している。
本書はさらに、リスクを取る勇気の阻害、イノベーションの阻害、仕事の劣化、そして総合的な全要素生産性にコストをかけることになると結ばれる。
【資本主義と共に生まれた数値計算】
著者のミュラーは資本主義の歴史に関心があるという(p.12)。当然、本書は資本主義の関連でその弊害が分析されているのだが、資本主義が生まれたことと数値主義の関連が見えてこない。資本主義はどのように生まれてきたのか、その疑問に出来事の歴史からではなく、資本主義の思想の歴史から答えた、アルバート・O. ハーシュマン『情念の政治経済学』(法政大学出版局)が参考になる。
本書の原題『The Tyranny of Metrics』は、「数値の専制」と訳せる。18世紀、三権分立を唱えたフランスの哲学者モンテスキュー(1689-1755)や、スコットランドの重商主義経済学者ジェイムズ・スチュアート(1713-1780)が活躍した当時は、さまざまな情念に満たされた豊かな人間性の世界が脅威と考えられ、可能な限り除去する必要があるとされ、商業・工業の発展は、支配者の情念から生じる気まぐれな権力の乱用を除去するだろうと考えられた。
16世紀末から17世紀初頭にかけて教会や国家権力にかわる第三のカテゴリーが出現した。それが利益だった。例えばフランス・ユグノーの政治家ローアン公爵は、『キリスト教世界における君主と国家の利益について』(1638年)で、「君主は間違えるかもしれないし、彼の側近も買収されているかもしれない。しかし....利益だけは決して裏切ることはない」という言葉を残している。利益が社会秩序の現実的な基礎として発見されたのである。そして利益は資本主義へと発展し、利益に基づく行動は無害なもの、計算できるもの、合理的なものと認識されるようになる。こうして資本主義と利益と計算は三位一体となるのである。これが資本主義における「数値の専制」の始まりである。
本書は、組織のマネジメントにおける数値主義の横暴に怒りを感じる者にとって、自分のこの感覚をサポートしてくれるものがある。実務家向けであると著者は言う。にもかかわらず、かなり深く議論されており、組織の機能不全を正面から捉えた実務書である。
本書がケーススタディとして取り上げる組織(第7~13章)、大学、学校、医療、警察、軍、ビジネスと金融、慈善事業と対外援助が、なぜ数値目標を測定しなければならないのか。それは「説明責任」を果たすためであり、「透明性」を保つためである。その為には「実績」を示さなければならない。つまり基準となる数値が必要なのである(第1章)。
「説明責任」を果たすためには、誰かの判断で説明を行えば事足りるはずだが、それでは「透明性」と客観性を欠くのである。人間の判断は主観的で当てにならない。さらに、権力に対する疑念が高まり、専門家への信頼が失われると、この傾向が強まる。また、組織が大きく複雑になると、「数字」を手に入れることが組織を把握する一番の近道となる。そして、データが抗しがたい魅力と化すのである(第4章)。
【成果主義】
結論部の第15章に、ケーススタディから得た教訓がリストされている。あるホームページに、成果主義評価を導入する際の注意点が五つ掲載されていた(日本の人事部――成果主義とは)。これと本書の教訓を比較してみた。両者は一致するが、本書の教訓の方が広く深く考察されている。
五つの注意点とは、(1)評価基準の設定が困難、(2)人事評価に対する負担の増大、(3)定着率の悪化、(4)個人プレーに走りチームワークが低下、(5)個人の短期的なメリットのみを優先、以上の五つである。
本書では、(2)人事評価に対する負担の増大が、データを作成するための時間的コスト、データ収集を広げることによる一件当たりの効用の逓減、さらに数字の不正や測定基準を守らせるための規則が増えることに細分化されている。
(3)定着率の悪化は、低く評価された人がストレスで辞めるというストーリーにして、評価の妥当性を問題にしないのだが、これは成果主義以外でも起こり得ることである。本書は努力と無関係に評価されるために不当な扱いになると分析している。
本書はさらに、リスクを取る勇気の阻害、イノベーションの阻害、仕事の劣化、そして総合的な全要素生産性にコストをかけることになると結ばれる。
【資本主義と共に生まれた数値計算】
著者のミュラーは資本主義の歴史に関心があるという(p.12)。当然、本書は資本主義の関連でその弊害が分析されているのだが、資本主義が生まれたことと数値主義の関連が見えてこない。資本主義はどのように生まれてきたのか、その疑問に出来事の歴史からではなく、資本主義の思想の歴史から答えた、アルバート・O. ハーシュマン『情念の政治経済学』(法政大学出版局)が参考になる。
本書の原題『The Tyranny of Metrics』は、「数値の専制」と訳せる。18世紀、三権分立を唱えたフランスの哲学者モンテスキュー(1689-1755)や、スコットランドの重商主義経済学者ジェイムズ・スチュアート(1713-1780)が活躍した当時は、さまざまな情念に満たされた豊かな人間性の世界が脅威と考えられ、可能な限り除去する必要があるとされ、商業・工業の発展は、支配者の情念から生じる気まぐれな権力の乱用を除去するだろうと考えられた。
16世紀末から17世紀初頭にかけて教会や国家権力にかわる第三のカテゴリーが出現した。それが利益だった。例えばフランス・ユグノーの政治家ローアン公爵は、『キリスト教世界における君主と国家の利益について』(1638年)で、「君主は間違えるかもしれないし、彼の側近も買収されているかもしれない。しかし....利益だけは決して裏切ることはない」という言葉を残している。利益が社会秩序の現実的な基礎として発見されたのである。そして利益は資本主義へと発展し、利益に基づく行動は無害なもの、計算できるもの、合理的なものと認識されるようになる。こうして資本主義と利益と計算は三位一体となるのである。これが資本主義における「数値の専制」の始まりである。
本書は、組織のマネジメントにおける数値主義の横暴に怒りを感じる者にとって、自分のこの感覚をサポートしてくれるものがある。実務家向けであると著者は言う。にもかかわらず、かなり深く議論されており、組織の機能不全を正面から捉えた実務書である。
2020年4月16日に日本でレビュー済み
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「数値目標」という言葉が当然のように使われ、「数値化できない目標は目標たりえない」とすら言われる昨今。
ISO 9001(品質マネジメントシステムの国際規格)でパフォーマンス評価として、可算(測定)できることが求められたりする。
だが、数値目標と付き合う際に感じてしまうどうしようものない「違和感」。
数字にできないことが蔑ろになってしまう「違和感」。
測定・数値化することが観測の手段ではなく、目的になってしまう。
測定される側はそれに従うがために数字を「作り出して」しまう。
その循環が行きつく先の破滅。(それは、捏造だったり、改竄だったりする。)
そんな違和感や背景、「なぜそんなことが起こるのか」を解説してくれる本。
この手の本にしては、小難しい言い回しや専門用語も少なく、読みやすく感じた。
レビュータイトルは、本文中の一文を引用したものである。
この一文に心惹かれるならば、お勧めしたい。
ISO 9001(品質マネジメントシステムの国際規格)でパフォーマンス評価として、可算(測定)できることが求められたりする。
だが、数値目標と付き合う際に感じてしまうどうしようものない「違和感」。
数字にできないことが蔑ろになってしまう「違和感」。
測定・数値化することが観測の手段ではなく、目的になってしまう。
測定される側はそれに従うがために数字を「作り出して」しまう。
その循環が行きつく先の破滅。(それは、捏造だったり、改竄だったりする。)
そんな違和感や背景、「なぜそんなことが起こるのか」を解説してくれる本。
この手の本にしては、小難しい言い回しや専門用語も少なく、読みやすく感じた。
レビュータイトルは、本文中の一文を引用したものである。
この一文に心惹かれるならば、お勧めしたい。
2019年5月14日に日本でレビュー済み
「測定できないものは改善できない」という短絡的な思考が、なぜか「測定できるものは改善できる」という誤解を生んでいる。例えば成果主義ひとつを取ってみても、四半期毎の無駄なKPIが企業の長期的なビジョンを見失わせる。
誰もが気付いているにもかかわらず、長年放置されてきたこの問題だが、AIが牽引するデータ社会の訪れに伴い、いよいよ解決が急がれる。無数に設置されるセンサーによって、全てを測定可能な社会が近づいているのだ。
その起源を辿ると、1850年代の株式会社法制定とともに始まり、1910年代のテイラーの科学的管理法、1970年代のプリンシパル=エージェント理論と、企業経営の効率化、説明責任への圧力が主導してきたことが分かる。
その適用範囲はドラッカーによって公的機関にまで拡げられ、定量的に表せないものは疑わしいという文化が根付いてしまったのだ。
著者の歴史学者らしい分析は、何のために、何を測定するのか、をボトムアップで定義することに解を見出す。現場を見ずに、数字だけを追ってしまった不幸な事例は枚挙にいとまがない。
AIはブラックボックスだと言われても、所詮は人が与えたアルゴリズムとデータに従う。今一度、何を測るべきなのかを考えるきっかけとなる良著だ。
誰もが気付いているにもかかわらず、長年放置されてきたこの問題だが、AIが牽引するデータ社会の訪れに伴い、いよいよ解決が急がれる。無数に設置されるセンサーによって、全てを測定可能な社会が近づいているのだ。
その起源を辿ると、1850年代の株式会社法制定とともに始まり、1910年代のテイラーの科学的管理法、1970年代のプリンシパル=エージェント理論と、企業経営の効率化、説明責任への圧力が主導してきたことが分かる。
その適用範囲はドラッカーによって公的機関にまで拡げられ、定量的に表せないものは疑わしいという文化が根付いてしまったのだ。
著者の歴史学者らしい分析は、何のために、何を測定するのか、をボトムアップで定義することに解を見出す。現場を見ずに、数字だけを追ってしまった不幸な事例は枚挙にいとまがない。
AIはブラックボックスだと言われても、所詮は人が与えたアルゴリズムとデータに従う。今一度、何を測るべきなのかを考えるきっかけとなる良著だ。
2019年7月31日に日本でレビュー済み
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p186の内容を言ってくれる方を待っていました。
話題になっているパフォーマンス評価について通用しないことがたくさんあるんだよなぁと思いながら購入しました。
これだよ、これ!と思いながら読みました。
話題になっているパフォーマンス評価について通用しないことがたくさんあるんだよなぁと思いながら購入しました。
これだよ、これ!と思いながら読みました。






