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浄土真宗とは何か - 親鸞の教えとその系譜 (中公新書) 新書 – 2017/1/17

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商品の説明

内容紹介

日本最大の仏教宗派、浄土真宗。開祖・親鸞は、絶対他力の教え、悪人正機説など思想の革新性で知られている。本書では、さらに平安時代の浄土信仰や、密教呪術とのつながりにも目を向け、親鸞の教えと、それがどのように広まったのかを、豊富な史料とエピソードに基づき描きだす。師・法然から、親鸞、その子孫、そして教団を確立した蓮如、そして東西分裂後まで、浄土真宗の思想と歴史を一望する。

内容(「BOOK」データベースより)

日本最大の仏教宗派、浄土真宗。開祖・親鸞は、絶対他力の教え、悪人正機説など、思想の革新性で知られている。本書では、さらに平安時代の浄土信仰や、密教呪術とのつながりにも目を向け、親鸞の教えと、それがどのように広まったのかを、豊富な史料とエピソードに基づき描きだす。師・法然から、親鸞、その子孫、室町時代に教団を確立した蓮如、そして東西分裂後まで、浄土真宗の思想と歴史を一望する。

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登録情報

  • 新書: 272ページ
  • 出版社: 中央公論新社 (2017/1/17)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4121024168
  • ISBN-13: 978-4121024169
  • 発売日: 2017/1/17
  • 梱包サイズ: 17.5 x 11 x 1.3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0 7件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

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トップカスタマーレビュー

投稿者 ソコツ トップ500レビュアーVINE メンバー 投稿日 2017/1/23
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親鸞とその親族や弟子たちの信仰の実態について、とてもわかりやすく論じた本です。宗派の人々が夢想する理念化された祖師像や、知識人好みの近代的な親鸞像を脇に追いやり、あくまでも中世人としての親鸞を理解するため、この偉大な僧侶と、彼の周囲の人々をめぐる文献や資料を、丁寧に読み解いています。
呪術的な実践が「常識」のように行われ、幸福な来世のために死に際の作法が重要な意味をもった中世の世界観は、法然や親鸞や、その周囲の人々にも程度の差はあれ広く受容されていました。法然は、呪術を否定しながらも完全に切り捨てることはなく、呪術の要請には気前よく応じました。親鸞の妻の恵心尼は、自身の往生を確実にするために五輪塔の建立に奔走し、死装束へのこだわりを隠しませんでした。阿弥陀如来への信仰のみでは安心できず、今で言う「終活」に必死だったのです。蓮如は自力信仰には否定的でしたが、一方で信仰がもたらす現世利益を説くことには積極的でした。他力本願や極楽往生を語るだけでは、信徒がついてこなかったのです。
親鸞という人は、こうした世界観がノーマルな時代において、苦闘の末に絶対他力に到達し、呪術からも死に際の作法からも自由になりました。とはいえ、彼が残した言葉には、しばしば一貫性に欠ける部分もあり、高僧の臨終時の奇跡などを称賛したりしてしまっています。彼ですらそうなのですから、彼ほど強靱な批判精
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 評価も高く、面白そうな内容なので手に取ってみた。大変読みやすく、仏教の用語等も比較的簡単に解説してくださっているので最後までさくさく読み進めることができる。
 浄土真宗の内部において近代化の波に合わせて生じたのが、近代教学というものである。仏教学界においても釈尊の非神話化などが言われていた当時、親鸞という人物においても同じことが起きたといえよう。いわばこれは親鸞と親鸞教学の純化である。しかしながら、近代合理主義的観点から無駄と思われるものを排除し純化された親鸞は残念ながら、親鸞そのものではなくなってしまったといってよい。この、純化された親鸞像を再考することが本書の目的である。この点については、近代以降の親鸞像に辟辟した者にとっては共感するところが多くあるだろう。

 しかし、切り口はとても良いのだが、一つ一つの検証に関しては再検討すべきところが多くあるように感じる。なぜなら、筆者自身が法然親鸞の教学や信仰についてあまり理解しておられないように思う。
 例えば、法然の授戒に関しては、授戒を受ける側の人間としては病気平癒などの呪術的要素は含むとしても、授戒をする法然の立場としては現在浄土宗においては「異類の助業」ということで説明がなされている。しかし本書においてはこの異類の助業という『選択集』にも説かれる法然教学の考え方は説明されることがない。
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投稿者 θ トップ500レビュアー 投稿日 2017/5/28
タイトルからは非常に一般的な浄土真宗の教義解説が行われるかと思うかもしれないが、本書の内容はそれとはやや違う。
本書は、他力本願の教義を徹底することがいかに困難であったかを、その家族や弟子(如信や蓮如など)といった人々はおろか、親鸞当人さえ悩み揺れていたことを明らかにするものである。

他力本願の教えでは、阿弥陀仏に対する信心と阿弥陀仏からの慈悲によって浄土に導かれるとされる。
なので、修行や祈祷などの努力によって救われようとする自力本願は浄土真宗の教義に反することとなる。
これは、現世利益を求めてお経を唱えたり、仏塔を建てたりすることも含まれる。

本書で特に頻繁に出てくるのは臨終行儀である。
当時においては、死ぬ間際に清められ平生でいられることは、極楽往生の重要な要素であり、死ぬ歳に奇瑞がみられることは浄土に行けたことの証とされた。
一方、他力本願の思想からは死ぬ間際がどうであるかは極楽往生とは関係ないとされる。

だが、親鸞の近親者や弟子においても、死ぬ間際には仏にすがろうとしたりする姿勢を見せたものは多いという。
また、病で苦しいときに読経に頼るのは、親鸞自身も行ってしまったことがあったと回顧している。
ましてや弟子においてはその困難は非常に大き
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 著者は二松学舎大学の教授で、専攻は日本宗教史。
 浄土真宗の歴史を、その前夜にあたる平安時代の密教から解き起こし、師・法然、宗祖・親鸞、妻・恵信尼、息子・善鸞、娘・覚信尼、孫・如信、曽孫・覚如、玄孫・存覚とたどり、最後は江戸初期に本願寺が東西に分裂するころまでを描きます。

 法然は念仏を重視しましたが、親鸞は念仏とは信心を得たときに自然と口をついて出てくるものであるべきだとした二人の違いについては私も承知しているつもりでした。
 しかし、法然が「自力の行である作善などはしたければすればよい」と他力をさほど強調しなかった一方、親鸞が「自力の行は阿弥陀仏の誓願を疑っていることになるので、あくまで他力に徹するべき」としたという点には目をひかれました。この他力か自力かの線引きが、親鸞以降も子孫や弟子たちによって揺らぎ続ける様子を著者は丹念に描いていきます。

 妻・恵信尼は、臨終時に汚穢があると阿弥陀仏の来迎がないとする思想を受けて死装束を用意し、念仏をひたすら唱えることを重視しました。彼女のこうした思想は明らかに親鸞とは異なると著者は指摘します。
 長男・善鸞も親鸞に派遣された東国で現世利益を求めてくる人々に触れあううち、呪術信仰色を強め、その結果父から義絶されることになります。

 宗教は人間
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