筆者は『プロローグ』で、日本の水道事業は、戦後に作った膨大な施設や水道管は老朽化が進行し、人口減少による収入減少下の大量更新投資の時代に突入しており、世界のどの国も経験したことのない未曽有の危機を迎えているとし、日本の水道事業が持続していくためには、施設や水道管のダウンサイジング(縮小)しか方法がないとしている。私はこの『プロローグ』を見て、本書が一体どんな水道事業の将来像を示しているのか、大いに期待して読ませてもらったのだが、はっきり言って、期待外れの内容だった。
私はまず第1章から、その内容にうんざりさせられてしまった。菊池氏は、自身が漏水復旧工事に携わったときの経験を、何日の何時にあれを行った、これを行ったなどと、実に29ページにわたって、ドキュメンタリータッチで詳細に振り返っているのだ。水道事業の職員ならこうした経験の詳細な報告は貴重なノウハウとして参考になるとは思うが、水道事業の職員でもない読者が本書で知りたいことは、日本の「水道が危ない」ということについての大所高所からの話であって、掘っても水道管が出てこなかったとか、鋼矢板を打ち込んだとか、工期延長を決定したとかの漏水復旧に至るまでのこまごまとした工事の経緯や内容は、関心の対象外なのだ。大変な苦労をされたこと自体はわかるが、29ページにもわたる詳細すぎる報告は、率直に言わせていただくが、本書ではなく、業界誌の方でやってほしかった。少なくとも本書のような一般向け教養書においては、「漏水復旧工事は、簡単に終わると思ってみえるかもしれませんが、漏水の状況によっては、何日もかかることもあるのです」の一言で済む話だと思う。
第2章では、水道事業の持続に向けて打つ手は、施設・管路のダウンサイジングしかないとさかんに力説し、水道資産の約3分の2を占める管路のダウンサイジングに踏みこまなければ、真の「縮小社会に対応するダウンサイジング」は達成できないとしている。しかし、このうち施設(浄水場等)については、岩手中部水道企業団の広域統合によるダウンサイジングの事例を詳しく紹介しているのだが、管路については、漏水の早期発見、修繕で配水量が激減すればダウンサイジングの余地が広がるとか、各種データによって管路の更新を「根拠のある先送り」することがダウンサイジングとイコールになるとしているだけなのだ。私には、広域にバラバラに住んでいる状態に手をつけないで、配水量が激減すればダウンサイジングの余地が広がるという理屈が理解できないし、先送りしても最終的にはいつか更新するのなら、単年度の財政負担が縮小できるだけで、それはダウンサイジングではないと思う(もっとも筆者も、一方では「限界集落での(管の)縮径、エリアの縮小、管路の終活など管路のダウンサイジング…」とも言っているので、これらが直接、管路のダウンサイジングにつながるものではないことは、おそらく承知しているのだろう)。
私は、この第2章を端緒に、第3章以降ではダウンサイジングの議論がさらに深まっていくのだろうと思っていたのだが、次の第3章が企業団の職員3人の座談会になっているのには、正直、拍子抜けしてしまった。その内容も、基本的に第2章ですでに紹介している企業団の施設のダウンサイジングの詳細や経緯について語り合っているだけであり、しかも、誰々さんはすごかったとか、自分はあれをやったとかの、まるで一仕事終わった後の打ち上げ会で身内同士で盛り上がっているような話が多いのだが、そんな話をわざわざ本書で紹介する必要があるのだろうか?
第4章も、すでに完成していながら、水余りの状態になっているダムの問題を取り上げているのだが、残った多額の建設費の負担は大問題としても、それは施設のダウンサイジングの問題ではないし、第5章で取り上げている「緩速濾過法=生物濾過法」は、施設のダウンサイジングの一類型にすぎない。
これなくして真のダウンサイジングは達成できないとしていた管路のダウンサイジングについては、普通に考えれば、コンパクトシティ化して、過疎地にバラバラに住んでいる人たちをその中に移住させ、過疎地の管路を廃止することが最も有効だと思うのだが(それができるかどうか、できたとしても、それが良いことかどうかは別として)、第3章以降は、座談会、インタビュー、現地ルポがほとんどで中身も薄く、結局、管路のダウンサイジングの具体策についてはほとんど何も語ることのないまま、本書は終わってしまっていた。思うに、水道事業に関する有識者を入れず、広域統合した一企業団の職員と水道事業の素人である新聞記者だけに日本の水道事業の危機を語らせようとした本書の企画自体に、無理があったのではないだろうか。
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水道が危ない (朝日新書) 新書 – 2019/10/11
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「日本の安全と水道は問題なし」は幻想だ。
地球二回り半分の老朽水道管と赤字にまみれ全国各地の水道事業は破綻寸前。
現地をつぶさにルポし、怖くて誰も語らない実態を暴露し処方箋を探る。
これ一冊で、地域水道の問題が丸わかりする。
地球二回り半分の老朽水道管と赤字にまみれ全国各地の水道事業は破綻寸前。
現地をつぶさにルポし、怖くて誰も語らない実態を暴露し処方箋を探る。
これ一冊で、地域水道の問題が丸わかりする。
- 本の長さ208ページ
- 言語日本語
- 出版社朝日新聞出版
- 発売日2019/10/11
- 寸法17.2 x 10.7 x 1.1 cm
- ISBN-104022950390
- ISBN-13978-4022950390
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
日本の水道事業は世界のどの国も経験したことのない未曽有の危機を迎えている。しかし、日本国民のほとんどがこれに気づいていない。過疎地での簡易水道の窮状、頻発する老朽水道管漏水事故、水余りでもてあまされるダム、繰り越される赤字…。収入減少下、大量更新投資時代の“水道の現実”に迫り、待ったなしの解決策「ダウンサイジング」を先進地に学び、自然の浄化力を活用する「緩速濾過法」から、“おいしい水”の供給を考える。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
菅沼/栄一郎
1955年生まれ。東京都出身。朝日新聞地域報道部シニア記者。政治部、「週刊朝日」「AERA」編集部、編集委員など歴任
菊池/明敏
1959年生まれ。岩手県出身。岩手中部水道企業団参与、総務省地方公営企業等経営アドバイザー。北上市上下水道課長から岩手中部水道企業団に移籍し、同企業団局長を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1955年生まれ。東京都出身。朝日新聞地域報道部シニア記者。政治部、「週刊朝日」「AERA」編集部、編集委員など歴任
菊池/明敏
1959年生まれ。岩手県出身。岩手中部水道企業団参与、総務省地方公営企業等経営アドバイザー。北上市上下水道課長から岩手中部水道企業団に移籍し、同企業団局長を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 朝日新聞出版 (2019/10/11)
- 発売日 : 2019/10/11
- 言語 : 日本語
- 新書 : 208ページ
- ISBN-10 : 4022950390
- ISBN-13 : 978-4022950390
- 寸法 : 17.2 x 10.7 x 1.1 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 438,841位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 76位資源・エネルギー
- - 237位エネルギー一般関連書籍
- - 644位朝日新書
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
5つ星のうち3.5
星5つ中の3.5
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ベスト500レビュアー
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2019年10月22日に日本でレビュー済み
水道は文明生活を支える基盤中の基盤である。現代人は水汲みの労苦など知る由もないが、「水道が危ない」というのはその水道の機能が維持できなくなるということなのだ。
老朽化する水道インフラの問題は、糖尿病の病態に良く似ている。血行障害で抹消神経から先に死んでいき、失明や神経障害を起こし、やがて死に至る。
本書ではそういう「死に至る病い」に対する明確な処方箋が示されている。市町村域を超えた、水系に従った広域化である。人口減少の時代に市町村ごとに分立する水道は生き残れない。市町村ごとに作られた過剰施設を放置することは、糖尿病患者が食事管理も運動管理もやらないで不摂生するようならもので、大変危険なことなのだ。キャッシュフローを改善し、管路をはじめとする水道システムを維持するためにはダウンサイジングが必須であり、それを可能にするのが広域化なのである。
水道の現場をよく知る筆者たちの目には、第1章で描かれたような「水道崩壊」の未来図がありありと浮かんでいるのだと思う。そういう暗澹たる未来を防ぐために、ぜひ全国の自治体関係者、特に首長や議員にこの警世の書を読んでいただきたい。水系広域化、待ったなしなのである。
老朽化する水道インフラの問題は、糖尿病の病態に良く似ている。血行障害で抹消神経から先に死んでいき、失明や神経障害を起こし、やがて死に至る。
本書ではそういう「死に至る病い」に対する明確な処方箋が示されている。市町村域を超えた、水系に従った広域化である。人口減少の時代に市町村ごとに分立する水道は生き残れない。市町村ごとに作られた過剰施設を放置することは、糖尿病患者が食事管理も運動管理もやらないで不摂生するようならもので、大変危険なことなのだ。キャッシュフローを改善し、管路をはじめとする水道システムを維持するためにはダウンサイジングが必須であり、それを可能にするのが広域化なのである。
水道の現場をよく知る筆者たちの目には、第1章で描かれたような「水道崩壊」の未来図がありありと浮かんでいるのだと思う。そういう暗澹たる未来を防ぐために、ぜひ全国の自治体関係者、特に首長や議員にこの警世の書を読んでいただきたい。水系広域化、待ったなしなのである。
殿堂入りNo1レビュアーベスト10レビュアーVINEメンバー
プロローグで書かれた「古くなった下水管の更新費など減価償却費が計上されておらず、実質、年に6億円余りの『赤字』になっていた(7p)」はとても大切な問題提起でした。
筆者の一人の岩手中部水道企業団局長の菊池明敏さんの提言をもう一人の朝日新聞記者の菅沼栄一郎さんが記事にしたものでした。この「隠れ赤字」は当然多くの自治体で隠れている案件だと推察できます。それを書籍にして世に問うた姿勢に共感しました。
37pに「蛇口からそのまま飲む水のありがたさを知った」とあります。日本人は安全で安心の水が蛇口から普通に流れ出ることへの感謝が少ないですね。ライフラインといいますが、万が一の時にはその有難みを感じるわけです。東京都の水ではなく、おいしい昭島市の水のエピソードが示されていますが、美味しさもまた必要な要素であるのは間違いありません。
急激な人口減少は水道事業に暗雲を立ち込めています。「日本の水道は『収入減少下の大量施設更新』という未曽有の事態に直面しているのである(72p)」で厳しい現実を目の当たりにしました。水道のインフラが老朽化を迎えるころに支える人口が減少するわけで、これは自治体だけでなく、国の大きな課題だと言えるでしょう。
節水が生活に根付いていることもあり、人口が増加しても節水器具や意識向上の成果もあり、使用水量が減ることは良いことだと思っていますが、自治体の収入減少につながるジレンマも読み取りました(78p)。本書の回答は「打つ手はダウンサイジングしかない(79p)」わけで、今後勇気をもって施設・設備の廃棄を伴う施策の実行にあるわけです。
102pには「座談会 ダウンサイジングのトップランナー 岩手中部の広域統合は現在も進行中(102p)」は、関係者は必読でしょう。しっかりとした実践報告であり、課題がすべて浮き彫りになっていました。
「中止になったダム事業(158p)」の一覧表も参考になりました。これだけのダム事業が不要だと判断されたわけで、事業そのものの見直しも進んでいました。
普段、何も問題意識を持っていなかった水事業の課題を突き付けられた書でした。
筆者の一人の岩手中部水道企業団局長の菊池明敏さんの提言をもう一人の朝日新聞記者の菅沼栄一郎さんが記事にしたものでした。この「隠れ赤字」は当然多くの自治体で隠れている案件だと推察できます。それを書籍にして世に問うた姿勢に共感しました。
37pに「蛇口からそのまま飲む水のありがたさを知った」とあります。日本人は安全で安心の水が蛇口から普通に流れ出ることへの感謝が少ないですね。ライフラインといいますが、万が一の時にはその有難みを感じるわけです。東京都の水ではなく、おいしい昭島市の水のエピソードが示されていますが、美味しさもまた必要な要素であるのは間違いありません。
急激な人口減少は水道事業に暗雲を立ち込めています。「日本の水道は『収入減少下の大量施設更新』という未曽有の事態に直面しているのである(72p)」で厳しい現実を目の当たりにしました。水道のインフラが老朽化を迎えるころに支える人口が減少するわけで、これは自治体だけでなく、国の大きな課題だと言えるでしょう。
節水が生活に根付いていることもあり、人口が増加しても節水器具や意識向上の成果もあり、使用水量が減ることは良いことだと思っていますが、自治体の収入減少につながるジレンマも読み取りました(78p)。本書の回答は「打つ手はダウンサイジングしかない(79p)」わけで、今後勇気をもって施設・設備の廃棄を伴う施策の実行にあるわけです。
102pには「座談会 ダウンサイジングのトップランナー 岩手中部の広域統合は現在も進行中(102p)」は、関係者は必読でしょう。しっかりとした実践報告であり、課題がすべて浮き彫りになっていました。
「中止になったダム事業(158p)」の一覧表も参考になりました。これだけのダム事業が不要だと判断されたわけで、事業そのものの見直しも進んでいました。
普段、何も問題意識を持っていなかった水事業の課題を突き付けられた書でした。
ベスト100レビュアー
現在の水道問題を取り上げている。
全国各地で頻発する老朽水道管の漏水事故や過疎地での簡易水道の現状、水余りで使用されないダムなど、我々市民が考えも及ばなかった水道の危機がつぶさにリポートされている。
我が国は、世界有数の水道普及率を誇り、水質も良い。しかし、これからの人口減少社会において、我々は一度立ち止まって日々の生活の中で最も身近な水について真剣に考えるべきではないのか。
「日本は、水と安全はただ」という認識はもう捨てるべきであろう。
全国各地で頻発する老朽水道管の漏水事故や過疎地での簡易水道の現状、水余りで使用されないダムなど、我々市民が考えも及ばなかった水道の危機がつぶさにリポートされている。
我が国は、世界有数の水道普及率を誇り、水質も良い。しかし、これからの人口減少社会において、我々は一度立ち止まって日々の生活の中で最も身近な水について真剣に考えるべきではないのか。
「日本は、水と安全はただ」という認識はもう捨てるべきであろう。