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殺された側の論理 -犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」 単行本 – 2007/2/27

5つ星のうち 3.9 18件のカスタマーレビュー

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商品の説明

内容紹介

加害者の更生なんて遺族は期待していない 愛する家族を突然奪われた人たち。大きく立ちはだかる理不尽な法制度や名ばかりの支援に、一生をかけて立ち向かう被害者遺族たちの心の叫びと希望をつづる。

内容(「BOOK」データベースより)

記憶に生々しく残る殺人事件の数々、それらによって狂わされた被害者や遺族の人生…。「なぜ人を殺しても罪に問われないのか?」「なぜ被害者遺族は『知ること』が許されないのか?」「裁判はいったい誰のものなのか?」ある日突然、悲劇に襲われた人たちの心の叫びがここにある。

商品の説明をすべて表示する

登録情報

  • 単行本: 290ページ
  • 出版社: 講談社 (2007/2/27)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4062138611
  • ISBN-13: 978-4062138611
  • 発売日: 2007/2/27
  • 商品パッケージの寸法: 19 x 13.8 x 2.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.9 18件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

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投稿者 quelle 投稿日 2016/12/5
形式: 文庫 Amazonで購入
憎しみを憎しみで返すシステムとして、不安を殺人で解消しようとするシステムとして、死刑と戦争には共通するものがある。

「この世には殺されてもいい人間がいる」との主張に距離を感じる人は、いわゆる「殺人鬼」に対してどのように思うだろうか。
津久井「やまゆり園」での悲劇は記憶に新しいが、彼は「重度の障害者は生きていてもしかたない。安楽死させたほうがいい」と発言している。

「重度の障害者」であろうが「殺人鬼」であろうが、その命に対して「生きる価値が無い」と思う心を、多かれ少なかれ皆が持っているかもしれないということを、誰よりも自分が持っているかもしれないということを、まず意識することが、死刑というシステムを残している国に生きる一人として、重要なことだと思う。
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形式: 単行本
被害者のストレートな心情が伝わってくる一冊。日本の被害者保護制度、というか保護するという観念の希薄さを感じる。

ただ同時に、なぜ死刑が存在しなければならないのか、感情以上の部分で説得力が弱いように感じる。

死刑制度は人道主義以外にも実質的な問題が存在する。例えば死刑執行官の精神的な負担だとか、

海外の死刑廃止国と犯罪者引き渡し条例を結ぶ障害になっているなどである。

また一方で、端的に言えば「報復も被害者の立ち直りに意義がある」という主張だが、ではなぜ死刑なのか?

なぜ肉刑(肉体に障害を与えたり、拷問による処刑)やさらし首ではないのか?

それらは様々な理由(おそらく一番は「人道的」な理由であろう)で行われていないのだと思うが、

より重い刑罰が遺族にとって意味のある物なら、それらの刑罰を復活させようという議論があった方がバランスが取れていると思うのだが、

なぜ無いのだろう。2人殺すも4人殺すも同じ死刑だ、と開き直る殺人者に思いとどまらせる効果もあるだろう。

人の意識が変わり、価値観が変わり、殺人はいかなる理由でも正当化されないと言うのが

(肉刑やさらし首は野蛮だからやめ
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形式: 単行本
社会が長いこと目をそむけてきた「被害者遺族感情のすさまじい実態」を真正面から受け止めて、レポートした本。刊行年月日を見ると2007年3月6日とある。すなわち、光市事件の第1次最高裁法廷で「弁護団のドタキャン」があって、弁護団非難は起こり始めていたけれども、まだ、差し戻し控訴審での「ドラえもん」「復活の儀式」などの新供述が出てきて、橋下弁護士による「みなさん、あの弁護団への懲戒請求を」という煽り事件が起こってくるよりは前の時点だ。

あの時点で、「被害者遺族の立場があまりにもなおざりにされている」と、義憤に燃えた口調で訴えることには、確かに啓発的意義があった。

しかし、現在、読み返してみると、視点が取材対象とした被害者遺族の生の声に同化しすぎていて、ルポライターとしての著者自身の客観的な立ち位置というものが見えてこない感じがする。

章や節のタイトルも「人を何人殺しても生きていける国」とか「『犯人が生きている』という耐え難い事実」とか「『生きて償う』という『きれいごと』」とか、すさまじい。

刑事裁判とはもともと、検察側の公訴事実が客観的な証拠によって「合理的な疑いを容れない程度に」立証されるか否かを争うもので、「疑わしきは被告人の利益に」の大原則により、被害者遺族が相手をいかに憎んでいても、そのすさま
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形式: 文庫 Amazonで購入
とても低くこの本を評価する人が少なくないようですが、これまで無視されてきた声なき声に言葉を与えるというのもジャーナリストの役目だと思います。客観性に欠けるとか第3者の目で見ていないという向きもありますが、物事を公平に見ろというのであれば、加害者の論理だけではなく、被害者の論理にも耳を傾けるべきです。経験してみないと分からないことには、素直に耳を傾けるのが、公正な読者姿勢でしょう。事の大小はあるかも知れませんが、世の中の不条理や理不尽さに遭ったことがあれば、その人の想像力で、被害者の気持ちが分かるというものです。これまで、犯罪は国家と被告人との闘いでしかなく、被害者は全くの蚊帳の外だったのですから。辛い現実に目をつむってはいけません。
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