精神科医の冷静な目で書かれている本書、
毎日を「死」と向かい合う人々の心情がよくわかります。
収監されている死刑囚は、
普通の人の10年くらいを1日で生きているような、
濃度の濃い日々をすごしているのですね…。
どんな自己啓発本よりも、人生観が変わります。
大学時代からの愛読書ですが、
親友にあげてしまったので、自分用に購入しました。
一生モノの本です。
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死刑囚の記録 (中公新書 565) 新書 – 1980/1/23
加賀 乙彦
(著)
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一九五四年、松沢病院の医師として一人の殺人犯を診察したときが、著者の死刑囚とのはじめての出会いであった。翌年、東京拘置所の精神科医官となってから、数多くの死刑囚と面接し、彼らの悩みの相談相手になることになる。本書では著者がとくに親しくつきあった人たちをとりあげてその心理状況を記録する。極限状況におかれた人びとが一様に拘禁ノイローゼになっている苛酷な現実を描いて、死刑とは何かを問いかけ、また考える異色の記録。
- 本の長さ232ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日1980/1/23
- ISBN-104121005651
- ISBN-13978-4121005656
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (1980/1/23)
- 発売日 : 1980/1/23
- 言語 : 日本語
- 新書 : 232ページ
- ISBN-10 : 4121005651
- ISBN-13 : 978-4121005656
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2008年11月18日に日本でレビュー済み
死刑囚と関わった精神科医の著書。死刑という刑罰を客観的に諭しているが、読後には著者の「廃止」の理がよくわかる。
死刑囚には独房で拘禁反応が顕著にみられ、自身の存在や犯罪歴が、人事のように感じ、虚言や暴れるといった問題行動も多い。問題は、それを「自覚」できない点であって、罪を反省することはもとより、死刑の刑罰すら理解できないことも少なくない。そして、独房には拘禁反応を助長する材料が揃っていて、抑止するものが何一つない。
囚人が精神を患うと、それが独房で助長されて罪の重さや贖罪の念が風化しかねない。その中で刑を執行することに意義があるのか―。と、読み取れる。
また、ある囚人が発した「殺すために生かしている」という点で日本の死刑制度(執行までに時間がかかりすぎる)の提起を、考えざるを得ない。
死刑制度を廃する参考文献の1つとして実に秀逸だが、本書に登場する死刑囚は、男性ばかりである。女性ではどのようであるのか、その点が知りたかった。ので、☆3つ。。。
死刑囚には独房で拘禁反応が顕著にみられ、自身の存在や犯罪歴が、人事のように感じ、虚言や暴れるといった問題行動も多い。問題は、それを「自覚」できない点であって、罪を反省することはもとより、死刑の刑罰すら理解できないことも少なくない。そして、独房には拘禁反応を助長する材料が揃っていて、抑止するものが何一つない。
囚人が精神を患うと、それが独房で助長されて罪の重さや贖罪の念が風化しかねない。その中で刑を執行することに意義があるのか―。と、読み取れる。
また、ある囚人が発した「殺すために生かしている」という点で日本の死刑制度(執行までに時間がかかりすぎる)の提起を、考えざるを得ない。
死刑制度を廃する参考文献の1つとして実に秀逸だが、本書に登場する死刑囚は、男性ばかりである。女性ではどのようであるのか、その点が知りたかった。ので、☆3つ。。。
2012年2月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
精神科医の著者による作品だけあって、死刑囚の内面が精緻に描ききられています。『医者-患者という関係性が前面にでると囚人の内面を抉り出すことはできないため、人間同士のやりとりとして面接を行うように心がけた』という件がありますが、適度な距離感は維持され、この手の本にありがちな囚人への薄っぺらい同情心などは全く見えず、テーマは重いですが、ある意味さわやかに読める作品です。死刑制度の是非をここで語るべきではない、というスタンスが公平な内容の成立に寄与しているので、最後の最後にちらっと死刑制度批判のような文脈がでてきたことは、気にはなりましたが・・・ しかし、ほぼ全編にわたって公平な内容を維持しつつ思考を深める著者の行いは哲学者的ですらあり、よどみなく読み下せる自然な文章とも相まって、著者の力量に感嘆させられました。名著です!
2017年8月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
東京拘置所の精神科医官として勤務した著者が、多くの死刑囚と接見し、彼らの拘禁心理を研究として著したものだ。
いつ刑の執行されるか分からない状況下にあって、死刑囚の精神的な変化を示していく様が、事例をもとにパターン化しながら語られる。1950年代が中心だが、有名な(?)帝銀事件、三鷹事件の死刑囚とのやり取りも記録されていて資料として興味深く読むことができる。
死刑が確定して以降の受刑者のその後を知り、人道的な観点から様々な意見を喚起する貴重な一冊だろう。死刑廃止云々は本書の扱うところではないが、著者のこれに関する主張は文章から伺い知ることができる。
どこか物語的なのは著者が作家としての著作活動があるからだろうか。
いつ刑の執行されるか分からない状況下にあって、死刑囚の精神的な変化を示していく様が、事例をもとにパターン化しながら語られる。1950年代が中心だが、有名な(?)帝銀事件、三鷹事件の死刑囚とのやり取りも記録されていて資料として興味深く読むことができる。
死刑が確定して以降の受刑者のその後を知り、人道的な観点から様々な意見を喚起する貴重な一冊だろう。死刑廃止云々は本書の扱うところではないが、著者のこれに関する主張は文章から伺い知ることができる。
どこか物語的なのは著者が作家としての著作活動があるからだろうか。
2016年6月20日に日本でレビュー済み
高校生のときに本書を読んで、死刑は、「残虐な刑罰」に当たるのではないか、と思いました。やはり、死刑にする手間は死刑囚の態度によっても異なりますが、どんなに簡略化しても残酷です。朝食後、呼ばれて即執行でしょ。これじゃ、朝食は食べられないな。
昔は何日か期日を開けて執行していたのですが、自殺者が出たので、今の制度に改められたと聞いております。
また、死刑囚の床が落ちるボタンは複数になっていて担当者は自分のボタンが引き金になったことが分からないようにされているとも聞きました。担当者の精神的負担の軽減のためとも聞いております。
現場の方が一番大変でしょう。遺体の後片付けにはじまり遺体の引き渡し、ほとんど引き取らないみたいです。そうなると拘置所で葬式ということになり大変です。
私は因果応報的に命を奪うのではなく、自由をはく奪して生涯をかけて罪滅ぼしをする。これもありかなとも思っておりました。
しかし、無期懲役にしても長期刑に順応して罰を罰とも思わない輩がうじゃうじゃいるそうですから最高裁の永山基準を厳格に適用することにより死刑制度を維持するのもやむを得ないに変更します。死刑廃止には慎重な時間が必要です。
昔は何日か期日を開けて執行していたのですが、自殺者が出たので、今の制度に改められたと聞いております。
また、死刑囚の床が落ちるボタンは複数になっていて担当者は自分のボタンが引き金になったことが分からないようにされているとも聞きました。担当者の精神的負担の軽減のためとも聞いております。
現場の方が一番大変でしょう。遺体の後片付けにはじまり遺体の引き渡し、ほとんど引き取らないみたいです。そうなると拘置所で葬式ということになり大変です。
私は因果応報的に命を奪うのではなく、自由をはく奪して生涯をかけて罪滅ぼしをする。これもありかなとも思っておりました。
しかし、無期懲役にしても長期刑に順応して罰を罰とも思わない輩がうじゃうじゃいるそうですから最高裁の永山基準を厳格に適用することにより死刑制度を維持するのもやむを得ないに変更します。死刑廃止には慎重な時間が必要です。
2016年2月29日に日本でレビュー済み
出版後間もなく購入したが私にとっては一生に何冊もないほどの思い出深い本。当時高校生だったが一気に読み切り、加賀先生の他の著作も漏らさず読み漁ることとなった。特に「宣告」のモデルとなった受刑者とのエピソードは何度も読み返した。
今自分が医師として働いているのはこの本に出会ったから、といっても過言ではない。出版されてから年月は経ったが是非一読をお勧めしたい。
今自分が医師として働いているのはこの本に出会ったから、といっても過言ではない。出版されてから年月は経ったが是非一読をお勧めしたい。
2016年8月4日に日本でレビュー済み
死刑という刑を受けた死刑囚達の反応は、人によって違うようです。拘禁ノイローゼ・ガンゼル症候群・自傷行為・多動多言・被害妄想など様々です。
精神科医でもある、作者が自ら独房に出向き、彼らと1対1で会話をし、死刑囚の特殊な心理状態を慎重に、注意深く記録したこの本は、専門家の意見といくこともあり、冷静で信頼できる記録だと思います。一般人からは遠い存在の死刑囚が、何を考えどんな生活をしているのかが、わかったことは貴重な体験でした。
また、冤罪についても書かれていました。拷問による取り調べで死刑判決がでた人たちは気の毒でした。死刑が早く執行されない理由に、冤罪被害者を救うことになるのだなぁと思いました。
あと、現代の犯罪と昭和の犯罪はすこし犯罪の種類が違うようにも感じました。圧倒的な貧しさとか、未成熟な社会とか。
現代で、専門家が多くの死刑囚をまとめた記録はあるのかが、気になります。
精神科医でもある、作者が自ら独房に出向き、彼らと1対1で会話をし、死刑囚の特殊な心理状態を慎重に、注意深く記録したこの本は、専門家の意見といくこともあり、冷静で信頼できる記録だと思います。一般人からは遠い存在の死刑囚が、何を考えどんな生活をしているのかが、わかったことは貴重な体験でした。
また、冤罪についても書かれていました。拷問による取り調べで死刑判決がでた人たちは気の毒でした。死刑が早く執行されない理由に、冤罪被害者を救うことになるのだなぁと思いました。
あと、現代の犯罪と昭和の犯罪はすこし犯罪の種類が違うようにも感じました。圧倒的な貧しさとか、未成熟な社会とか。
現代で、専門家が多くの死刑囚をまとめた記録はあるのかが、気になります。
2011年11月19日に日本でレビュー済み
私は目下、死刑や冤罪に関する文献を読み漁っているが、その中で、古典というべきこの本を見落としていたことに気づき、遅まきながら最近読んだ。
本書を読む前に光市母子殺害事件関連の本、松本サリン事件関連の本、志布志事件関連の本などをたくさん読んだが、河野義行さんに対する警察のメチャクチャな虐待ぶりや、志布志事件での警察による完全な「でっちあげ」などの衝撃的事実を知って、今の日本の制度(被疑者の取り調べ過程が可視化されておらず、弁護士の立会いも認められていない)の下では虚偽の自白がいかに作られやすいかを骨身にしみて感じると同時に、光市事件に関してだけは、あの元少年が、途中から供述を翻したことについて、「不自然」との疑いをぬぐいきれず、判断を留保せざるをえない気持ちがして、正直なところ、戸惑っている。
今枝仁弁護士によると、光市事件の被告人は、捜査段階で検察官から「君がこのような弁解を続けると、死刑を求刑しなければならなくなる。君を死刑にしたくないから、本当のことを言って欲しい」と言われ(『なぜ僕は「悪魔」と呼ばれた少年を助けようとしたのか』195ページ)、その誘導に乗って、一審、二審では検察官の描いたままの犯罪事実の図式を基本的に争わなかったが、上告されて死刑の可能性が濃厚になってきた段階で「だまされた」と思い、「本当はこうだった」と弁護士に告白しはじめた、とのことだ。
被疑者・被告人がこういう「取引」で警察や検察にだまされて、本当の事実とは違うことを認めてしまったという例は、過去にたくさんあるから、私は、あの元少年もその一例だという可能性を否定できないと思う。その意味で、マスコミがセンセーショナルに煽り立て、世論もほとんどがそっちになびいてしまった(そして差し戻し控訴審の判決もそちら側になびいた)「『母胎回帰』『ドラえもん』『復活の儀式』『償いのチョウチョ結び』などは、死刑が怖くなってから創作した荒唐無稽な言い訳」という、斬って捨てるような断定に、そう簡単に与してはいけないと思う。
が、精神科医である加賀乙彦のこの『死刑囚の記録』によると、長期の拘禁状態の中で精神に異常をきたし、「真犯人は別にいる」とか「自分も当の犯罪に加担はしたが、共犯のだれそれのほうが主犯で、自分に下された判決は事実誤認にもとづいている」というような主張を繰り返すようになり、それが当初は意図的な創作であっても、しだいに本人にとっても確信へと転化してしまう場合がかなり存在し、本当の冤罪や本当の事実誤認とのあいだの境界はきわめて微妙だという。
まことにむずかしい問題だ。
何はともあれ「取り調べの可視化」は絶対に必要で、日本はこの点で徹底的に遅れているということだけは、はっきり言っておこう。
本書を読む前に光市母子殺害事件関連の本、松本サリン事件関連の本、志布志事件関連の本などをたくさん読んだが、河野義行さんに対する警察のメチャクチャな虐待ぶりや、志布志事件での警察による完全な「でっちあげ」などの衝撃的事実を知って、今の日本の制度(被疑者の取り調べ過程が可視化されておらず、弁護士の立会いも認められていない)の下では虚偽の自白がいかに作られやすいかを骨身にしみて感じると同時に、光市事件に関してだけは、あの元少年が、途中から供述を翻したことについて、「不自然」との疑いをぬぐいきれず、判断を留保せざるをえない気持ちがして、正直なところ、戸惑っている。
今枝仁弁護士によると、光市事件の被告人は、捜査段階で検察官から「君がこのような弁解を続けると、死刑を求刑しなければならなくなる。君を死刑にしたくないから、本当のことを言って欲しい」と言われ(『なぜ僕は「悪魔」と呼ばれた少年を助けようとしたのか』195ページ)、その誘導に乗って、一審、二審では検察官の描いたままの犯罪事実の図式を基本的に争わなかったが、上告されて死刑の可能性が濃厚になってきた段階で「だまされた」と思い、「本当はこうだった」と弁護士に告白しはじめた、とのことだ。
被疑者・被告人がこういう「取引」で警察や検察にだまされて、本当の事実とは違うことを認めてしまったという例は、過去にたくさんあるから、私は、あの元少年もその一例だという可能性を否定できないと思う。その意味で、マスコミがセンセーショナルに煽り立て、世論もほとんどがそっちになびいてしまった(そして差し戻し控訴審の判決もそちら側になびいた)「『母胎回帰』『ドラえもん』『復活の儀式』『償いのチョウチョ結び』などは、死刑が怖くなってから創作した荒唐無稽な言い訳」という、斬って捨てるような断定に、そう簡単に与してはいけないと思う。
が、精神科医である加賀乙彦のこの『死刑囚の記録』によると、長期の拘禁状態の中で精神に異常をきたし、「真犯人は別にいる」とか「自分も当の犯罪に加担はしたが、共犯のだれそれのほうが主犯で、自分に下された判決は事実誤認にもとづいている」というような主張を繰り返すようになり、それが当初は意図的な創作であっても、しだいに本人にとっても確信へと転化してしまう場合がかなり存在し、本当の冤罪や本当の事実誤認とのあいだの境界はきわめて微妙だという。
まことにむずかしい問題だ。
何はともあれ「取り調べの可視化」は絶対に必要で、日本はこの点で徹底的に遅れているということだけは、はっきり言っておこう。







