買い置きしてあった kindle 版を、コロナ禍の今夏、比較的長い夏休みがとれたのをいい機会に、辛抱強く読んでみた。トゥキゥディデス自身が、「興味本位の話が皆無であるから、読者にはおそらく面白く聞こえないであろう」(第 1 巻 22 章 3 節)と書いてある通りだ。ヘロドトス『歴史』が、スペクタクルで劇画風に楽しめるのに比べると、トゥキゥディデス『歴史』は、いわば学術的であり、退屈で眠い。まあ、だからこそ、つまり、学術的と感じられるからこそ、眠気を我慢して読もうとするのだが、、、我慢して読み進めて、少しでも、アテナイの実像に迫ろうとして、アテナイとスパルタの関係を読み解こうとするのだが、、、
しかし、訳者に言わせると、確かに「学術的」と感じさせるとしても、現代的な意味で、科学的でも学術的でもないらしい。所詮はトゥキゥディデスによる、記録と伝聞と創作の賜物なのだ、1 から 10 まで真に受けることの無いように気をつけねばならない。
翻訳が古いことは気にならないが、kindle 版の場合、訳註の番号をタップしても訳註に飛んで行かないのは悲しい。だから訳註が非常に参照しにくい。また、本文の校正は完璧かもしれないが、訳註には「新スパルタ」などという、ワープロ的誤記が残っている。「親スパルタ」への読み替えは容易いので、困ることは無いが。
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歴史 上 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2013/10/9
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古代地中海世界をゆるがしたペロポネソス戦争。その激闘を克明に記し、「力」の鬩ぎ合いに透徹した視線を注いで「歴史学」誕生の契機となった名著。
- 本の長さ503ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2013/10/9
- ISBN-104480095632
- ISBN-13978-4480095633
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
紀元前5世紀の古代地中海世界。スパルタ陣営との大激戦、ペロポネソス戦争で疲弊したアテナイでは屍が累々とし、人びとは疫病と困窮のなか、運命の手の弄ばれるままになっていた。この混迷から立ちあがった著者が綴った大戦の長大な記録が、本書『歴史』だ。四半世紀におよぶ激闘で諸国の力がぶつかりあうなか、何が失われ、何が生まれていったのか?迷信や伝説を典拠としたヘロドトスと異なり、夥しい資料を駆使し、多様な視点を盛り込むことで実証的「歴史学」の礎を築いたとされるトゥキュディデスが、透徹した眼差しで古代地中海の姿を活き活きと記した不朽の名著。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
トゥキュディデス
紀元前460年頃~前400年頃。アテナイの貴族。アテナイの一将軍としてペロポネソス戦争に従軍するが、アンピポリス市を奪われた責任をとわれ、故郷を追われる。この戦争の体験をもとに著したのが『歴史』。資料を駆使したその実証的手法から、科学的歴史学の祖といわれる
小西/晴雄
1932年生まれ。専門は古代ギリシア。国際基督教大学卒業後、ペンシルバニア大学で修士号、リヴァプール大学で博士号を取得。1967年から1998年までカナダのニューブランズウィック大学で教壇に立つ(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
紀元前460年頃~前400年頃。アテナイの貴族。アテナイの一将軍としてペロポネソス戦争に従軍するが、アンピポリス市を奪われた責任をとわれ、故郷を追われる。この戦争の体験をもとに著したのが『歴史』。資料を駆使したその実証的手法から、科学的歴史学の祖といわれる
小西/晴雄
1932年生まれ。専門は古代ギリシア。国際基督教大学卒業後、ペンシルバニア大学で修士号、リヴァプール大学で博士号を取得。1967年から1998年までカナダのニューブランズウィック大学で教壇に立つ(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2013/10/9)
- 発売日 : 2013/10/9
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 503ページ
- ISBN-10 : 4480095632
- ISBN-13 : 978-4480095633
- Amazon 売れ筋ランキング: - 203,886位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 717位ちくま学芸文庫
- - 816位ヨーロッパ史一般の本
- カスタマーレビュー:
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2020年8月13日に日本でレビュー済み
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2013年10月22日に日本でレビュー済み
この文庫版は、以前の世界古典文学全集版と本文は全く変わっていません。地図の挿入箇所や解説まで同じです。
筑摩書房の文庫化は、訳を改訂することが多いのですが、今回は例外的にそのままになっています。
但し、なぜか固有名詞の表記は変更されています(アテーナイ→アテナイ等)。
唯一の違いは、文庫版にはマルケリーノスのトゥーキュディデース伝が収録されていない点です。
しかし、トゥーキュディデース伝の内容そのものは、小西氏の解説で言い尽くされてしまっているので、大して影響ありません。
トゥーキュディデースの「歴史」は、余計なエピソードを入れずに、事実を丹念に積み重ねて歴史の原動力を抉りだそうという強い意思を感じます。
ヘロドトスとは異なり、語り口の多彩さはありません。直球勝負です。
原語が元々、一文が長い言い回しの言語なので、余計に硬質な文章となっていて、決して読みやすいとは言えません。
ページには字がびっしりと並び、画面的にも読みにくい印象を受けます。
しかし、小西氏の翻訳は、直訳するとワケわからなくなるところを、うまく日本語に置き換えていて、素晴らしいと思います。
私は岩波文庫版より読みやすいし(岩波文庫によくあるパターンで、ページのレイアウトで余計に読みづらい印象があります)、京都大学学術出版会版より正確かつ原文の印象をよく伝えていると思います。
岩波文庫と比較すると、岩波の久保氏と小西氏両者とも、底本にはOxfordの1942年のテクストを使っているので、両者で著しく翻訳内容が異なることはありません。
久保氏の方が古い訳なのですが、久保氏の訳は意外にも、言葉の選択という点で、小西氏より現代的な所が結構あります。
ですが、底本が同じなので結局内容は同じで、全体を理解するには、どちらが新しいとも良いとも言えないと思います。
但し、本文「以外」の部分には、両者の個性がはっきり出ています。
久保氏は、本文に入る前に長い解説を置き、ある意味、翻訳にあたっての決意表明を述べています。
更に巻末の註では、非常に詳しく持論を述べています。
又、年表に本文中の出来事をリンクさせるなど、独特の工夫がされています。
そこからは、久保氏の翻訳にかける情熱がひしひしと伝わってきます。
小西氏は、久保氏に比べると、かなりあっさりしています。
いきなり本文に入りますし、註も解説も詳しいですが、久保氏ほどではないです。必要最小限に止めています。
小西氏は、本文を一気に読むために出来るだけ邪魔をしないようにしている感じがします。
ただ、小西氏はアメリカで、トゥーキュディデースに関する非常に分厚い研究書を出版するなど、メインの研究拠点が日本ではなかったため、日本語翻訳作業は小西氏にとっては本業ではなかったのかもしれないな、と私は勝手に想像しています。
ところで、地図に関しては、文庫化にあたり、もう少し詳細で正確なものを掲載し直してほしかったと思います。
古代ギリシアの知識が無いまま、この本だけを読むと、地理的な関係を把握し辛い部分があります。
「註」の箇所が両者で異なるのが面白く、それぞれどこを註釈すべきなのか、その問題意識の差が楽しいです。
一方、両者の共通点は、やさしく読者受けを狙って大胆に意訳するのではなく、たとえ読みにくくても、あくまでも原典に忠実に、真摯に訳しているところです。
こういった古典は、日本語としてある程度不自然になるのは当然だと思います。
言語は思考スタイルを体現しているのですから、そのスタイルを受け容れるのは大事だと私は思います。
実は両者とも、日本語として意味がおかしいと思える箇所が幾つかあるのですが、恐らく原文によるものと思います。(原文や英訳本を全部検討していないので、誤訳ではないと100%言い切れないのですが…)
岩波の「トゥーキュディデース 戦史」は、2014年春の一括重版で復刊されました。中公クラシックスの久保訳は、以前の中公バックス「世界の名著5」(これは抄訳版)に新しい解説を加えたものとなっています。
このような古典が正確な翻訳で、手軽に手に入るようになったことに感謝しています。
何年か後には品切れなんてことにはしないでほしいです。
古典は様々な校訂や解釈があり得るので、何種類かの訳が手に入る状況であってくれると嬉しいのですが…
久保訳も小西訳も素晴らしいのですが、註等を見ると、新しい研究成果を踏まえた新訳がそろそろ出てほしいですね。
筑摩書房の文庫化は、訳を改訂することが多いのですが、今回は例外的にそのままになっています。
但し、なぜか固有名詞の表記は変更されています(アテーナイ→アテナイ等)。
唯一の違いは、文庫版にはマルケリーノスのトゥーキュディデース伝が収録されていない点です。
しかし、トゥーキュディデース伝の内容そのものは、小西氏の解説で言い尽くされてしまっているので、大して影響ありません。
トゥーキュディデースの「歴史」は、余計なエピソードを入れずに、事実を丹念に積み重ねて歴史の原動力を抉りだそうという強い意思を感じます。
ヘロドトスとは異なり、語り口の多彩さはありません。直球勝負です。
原語が元々、一文が長い言い回しの言語なので、余計に硬質な文章となっていて、決して読みやすいとは言えません。
ページには字がびっしりと並び、画面的にも読みにくい印象を受けます。
しかし、小西氏の翻訳は、直訳するとワケわからなくなるところを、うまく日本語に置き換えていて、素晴らしいと思います。
私は岩波文庫版より読みやすいし(岩波文庫によくあるパターンで、ページのレイアウトで余計に読みづらい印象があります)、京都大学学術出版会版より正確かつ原文の印象をよく伝えていると思います。
岩波文庫と比較すると、岩波の久保氏と小西氏両者とも、底本にはOxfordの1942年のテクストを使っているので、両者で著しく翻訳内容が異なることはありません。
久保氏の方が古い訳なのですが、久保氏の訳は意外にも、言葉の選択という点で、小西氏より現代的な所が結構あります。
ですが、底本が同じなので結局内容は同じで、全体を理解するには、どちらが新しいとも良いとも言えないと思います。
但し、本文「以外」の部分には、両者の個性がはっきり出ています。
久保氏は、本文に入る前に長い解説を置き、ある意味、翻訳にあたっての決意表明を述べています。
更に巻末の註では、非常に詳しく持論を述べています。
又、年表に本文中の出来事をリンクさせるなど、独特の工夫がされています。
そこからは、久保氏の翻訳にかける情熱がひしひしと伝わってきます。
小西氏は、久保氏に比べると、かなりあっさりしています。
いきなり本文に入りますし、註も解説も詳しいですが、久保氏ほどではないです。必要最小限に止めています。
小西氏は、本文を一気に読むために出来るだけ邪魔をしないようにしている感じがします。
ただ、小西氏はアメリカで、トゥーキュディデースに関する非常に分厚い研究書を出版するなど、メインの研究拠点が日本ではなかったため、日本語翻訳作業は小西氏にとっては本業ではなかったのかもしれないな、と私は勝手に想像しています。
ところで、地図に関しては、文庫化にあたり、もう少し詳細で正確なものを掲載し直してほしかったと思います。
古代ギリシアの知識が無いまま、この本だけを読むと、地理的な関係を把握し辛い部分があります。
「註」の箇所が両者で異なるのが面白く、それぞれどこを註釈すべきなのか、その問題意識の差が楽しいです。
一方、両者の共通点は、やさしく読者受けを狙って大胆に意訳するのではなく、たとえ読みにくくても、あくまでも原典に忠実に、真摯に訳しているところです。
こういった古典は、日本語としてある程度不自然になるのは当然だと思います。
言語は思考スタイルを体現しているのですから、そのスタイルを受け容れるのは大事だと私は思います。
実は両者とも、日本語として意味がおかしいと思える箇所が幾つかあるのですが、恐らく原文によるものと思います。(原文や英訳本を全部検討していないので、誤訳ではないと100%言い切れないのですが…)
岩波の「トゥーキュディデース 戦史」は、2014年春の一括重版で復刊されました。中公クラシックスの久保訳は、以前の中公バックス「世界の名著5」(これは抄訳版)に新しい解説を加えたものとなっています。
このような古典が正確な翻訳で、手軽に手に入るようになったことに感謝しています。
何年か後には品切れなんてことにはしないでほしいです。
古典は様々な校訂や解釈があり得るので、何種類かの訳が手に入る状況であってくれると嬉しいのですが…
久保訳も小西訳も素晴らしいのですが、註等を見ると、新しい研究成果を踏まえた新訳がそろそろ出てほしいですね。
2013年10月16日に日本でレビュー済み
本書は『
世界古典文学全集11
』の文庫版です。単行本に収録されていたマルケリノスの『トゥキュディデスの生涯』が割愛されていますが、小西氏の解説が十分補ってくれると思います。また訳文もことさら変更しなかったようですが古臭さは感じません。
さてトゥキュディデスは ヘロドトス ともに「歴史学」の創始者と呼ばれます。ヘロドトスが広く浅く話題を集めたのに対し、トゥキュディデスはペロポネソス戦争に焦点を絞り先鋭化しました。ただトゥキュディデスは戦争の全体を記録すると宣言しながら27年の戦争中21年分を残したのみです(残りはクセノポンの『 ギリシア史 』に記されています)。この点様々な議論が展開されていますが、ただ小西氏が指摘するように本作が「力」の概念を描くことを目的としたならば成功していると思います。
肝心の本文ですがトゥキュディデスは行間を読ませるような描写(いわゆる「春秋の筆法」でしょうか)でけっして読みやすいとはいえません。ただ硬質な文体が良質のドキュメンタリーを思わせ引き込まれます(なお評者は未読ですが先行の 久保訳 や後発の 藤縄訳 は自由訳のようなので読みやすさは久保・藤縄訳の方が上かもしれません)。また度々演説が挿入され読者の気持ちを震わせます。そして裏切りや慢心によって戦況が変化しペロポネソス戦争が単純な力比べではなく心理戦・プロパガンダ戦であったことが理解できます。
最後に欧米の学生はトゥキュディデスの『歴史』を通して国際政治学・国際関係学を学ぶのだとそうです。「日本の政治は外交力が不足している」とたびたび指摘されます。かつて四書五経の『 春秋 』や武将の逸話などが日本の歴史教育を担っていたのでしょうが、欧米との関係が切れない以上日本人もトゥキュディデスを通して綺麗ごとでは済まされない国際関係を学ぶべきなのかもしれません。
さてトゥキュディデスは ヘロドトス ともに「歴史学」の創始者と呼ばれます。ヘロドトスが広く浅く話題を集めたのに対し、トゥキュディデスはペロポネソス戦争に焦点を絞り先鋭化しました。ただトゥキュディデスは戦争の全体を記録すると宣言しながら27年の戦争中21年分を残したのみです(残りはクセノポンの『 ギリシア史 』に記されています)。この点様々な議論が展開されていますが、ただ小西氏が指摘するように本作が「力」の概念を描くことを目的としたならば成功していると思います。
肝心の本文ですがトゥキュディデスは行間を読ませるような描写(いわゆる「春秋の筆法」でしょうか)でけっして読みやすいとはいえません。ただ硬質な文体が良質のドキュメンタリーを思わせ引き込まれます(なお評者は未読ですが先行の 久保訳 や後発の 藤縄訳 は自由訳のようなので読みやすさは久保・藤縄訳の方が上かもしれません)。また度々演説が挿入され読者の気持ちを震わせます。そして裏切りや慢心によって戦況が変化しペロポネソス戦争が単純な力比べではなく心理戦・プロパガンダ戦であったことが理解できます。
最後に欧米の学生はトゥキュディデスの『歴史』を通して国際政治学・国際関係学を学ぶのだとそうです。「日本の政治は外交力が不足している」とたびたび指摘されます。かつて四書五経の『 春秋 』や武将の逸話などが日本の歴史教育を担っていたのでしょうが、欧米との関係が切れない以上日本人もトゥキュディデスを通して綺麗ごとでは済まされない国際関係を学ぶべきなのかもしれません。







