通常配送無料 詳細
残り3点(入荷予定あり) 在庫状況について
この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。 ギフトラッピングを利用できます。
武学探究―その真を求めて がカートに入りました
コンディション: 中古品: 良い
コメント: ☆送料無料・保証付【Amazon直送につき、365日毎日発送致します】表紙に軽度のダメージがありますが、中のページは、見た目キレイで、折れや書込もなく良好です。十分な検品をしてから出荷をしていますが、まれにチェック漏れによる書込や欠品がある場合がございます。その際はご連絡頂ければ対応を致しますので、ご連絡をください。
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
裏表紙を表示 表紙を表示
サンプルを聴く 再生中... 一時停止   Audible オーディオエディションのサンプルをお聴きいただいています。
この画像を表示

武学探究―その真を求めて 単行本 – 2005/2/1

5つ星のうち 4.4 9件のカスタマーレビュー

その他()の形式およびエディションを表示する 他のフォーマットおよびエディションを非表示にする
Amazon 価格
新品 中古品
単行本
"もう一度試してください。"
¥ 1,995
¥ 1,995 ¥ 356

AmazonStudent

Amazon Student会員なら、この商品は+10%Amazonポイント還元(Amazonマーケットプレイスでのご注文は対象外)。

click to open popover

キャンペーンおよび追加情報


よく一緒に購入されている商品

  • 武学探究―その真を求めて
  • +
  • 武学探究 (巻之2)
  • +
  • 荒天の武学 (集英社新書)
総額: ¥4,811
ポイントの合計: 26pt (1%)
選択された商品をまとめて購入

Kindle 端末は必要ありません。無料 Kindle アプリのいずれかをダウンロードすると、スマートフォン、タブレットPCで Kindle 本をお読みいただけます。

  • Apple
  • Android
  • Android

無料アプリを入手するには、Eメールアドレスを入力してください。



【Amazon Global】OTAKU Store
Figures, Video Games, Blu-ray, DVD and Music of Japanese Anime, Games and Pop Culture Shop now

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

韓氏意拳と古武術、その精妙な術理と身体の哲学。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

甲野/善紀
武術を基盤とする身体技法の実践研究者。松聲館道場を拠点に、他流儀や異分野との交流を通して、現代では失われた精妙な古伝の武術の術理を探究し、各種スポーツや介護、音楽、教育などへ応用して注目されている

光岡/英稔
韓氏意拳日本分館・内家武学研究会主宰。2003年2月、意拳の創始者、王老師の高弟であった韓星橋老師と、その四男である韓辰老師に出会う。両老師にその才能と実力を認められ、同年8月に日本人として初の正式な入室弟子となる。現在、日本における韓氏意拳の指導の一切を任されている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


登録情報

  • 単行本: 253ページ
  • 出版社: 冬弓舎 (2005/2/1)
  • ISBN-10: 4925220136
  • ISBN-13: 978-4925220132
  • 発売日: 2005/2/1
  • 商品パッケージの寸法: 18.8 x 13 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.4 9件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 327,524位 (本の売れ筋ランキングを見る)
  • さらに安い価格について知らせる
    この商品を出品する場合、出品者サポートを通じて更新を提案したいですか?

  • 目次を見る

カスタマーレビュー

5つ星のうち 4.4
あなたのご意見やご感想を教えてください

トップカスタマーレビュー

投稿者 カスタマー 投稿日 2005/2/4
形式: 単行本
 「韓氏意拳と古武術、その精妙な術理と身体の哲学」と帯にあるが、第一部は光岡氏のこれまで関わった多彩な武術経歴と、独学で「意拳」にたどりつくまでと、光岡氏の術に対して甲野氏のこれまで研究した様々な文献上、実際上の経験からその動きを読み解く、互いの技術交流。
第二部は光岡氏が意拳創始者王郷齎老師の四大金剛力士、日本で言えば四天王のなかでの随一である韓星橋老師と、子息韓競辰老師の許に正式に入室弟子となったところから、これまでの意拳と韓氏意拳の大きな違いとその「意拳学」の完成度の高い精緻な体系について。
 「王郷齎老師以前には勁力というものの本質を理解し、さらに説明できる人間は誰もいなかった」
 ブルース・リーが韓星垣老師のところへ教わりに来ていたことについて、「彼は良い才能を持っていたようだが、意拳を西洋の哲学で理解しようとした。自然に歩み寄る方向へ行かなければならないのに、自然を捏造してしまった。」
 「王郷齎老師は後の者に対して、まず自分の至った境地をすべて理解し、そしてそこからさらに発展させてほしいという心があったから、あれだけの練習体系を残したのだ」
 「功を積むのではなく、自然本来の状態で持っている能力の発揮を阻害するもの、たとえば身体の使い方や自分のものの考え方などのさまざまな要因を一枚一枚取り払ってゆくこと。それが意拳の練習の目的であり手段である。」
コメント 32人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告
投稿者 kid-m 投稿日 2005/2/25
形式: 単行本
3年程前から甲野善紀氏が準備をしてきた、驚嘆の武術家・光岡英稔氏との共著。光岡氏に興味を持っている私的には「待ってました」という感じです。この本の出版が長引いた原因の一つに光岡氏と韓氏意拳との出会いがあります。
意拳創始人・王郷齎が技撃を第一に追求し、完成させたときの意拳を厳密に伝えている韓氏意拳は他の意拳とはまったく違います。それまで光岡氏が修行してきた意拳とも異なります。そのため出版がなかなかできず、また第一部と二部では内容もずいぶん違う結果になりました。
第一部で光岡氏の人となりや韓氏意拳に出会うまでの武術歴が述べられ、第二部では、韓氏意拳と王郷齎、韓星橋両先生の師弟関係について書かれています。
この本のタイトルや「内家武学研究会」にもあるように光岡氏は「武術」ではなく「武学」という言葉を使っています。「武学」という言葉には、一人の師が優れた技術を身につけた、ということに収まることなく、誰もが学べる術理を追求したいという思いがあると聞きました。
そして韓氏意拳の術理はもちろん、その世界観・人間理解は、外的な豊かさにとらわれている現代人に、人間が本来持っている感受性や身体能力の豊かさを教えてくれます。
外から何かを付け加えるのでなく、自分の能力の邪魔をする身体的・精神的要素を薄皮をむくように剥いでいくことで、常人には信じられない
...続きを読む ›
コメント 19人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告
形式: 単行本
 甲野氏が結構、自分の話をするのに夢中になってしまっている感がある。もう少し光岡氏の話を引き出してほしかった。光岡氏は、もう少し具体的に韓氏意拳の話を出してほしかった。お話としては面白い。しかし、武学としての中身はどうなんだろう? 少ない気がする。
コメント 9人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告
投稿者 トップ100レビュアー 投稿日 2013/4/17
形式: 単行本
見えないが、感覚でその存在を知り発力すれば物理的力として見えて来る。
巻乃二より具体的であり引き込まれる。
感じた事を列挙する。
.「動かない」、「極めて僅かに動く」站椿(=立禅)は、動きの質を変える。
.勁道を通し気(エネルギー)を動かすには、站椿(正しく立つ)・気功等により訓練する。それは、感じて動くという身体にとって楽しい行為である。
.人間は、一種の「意志を持った水」である。緊張と脱力、剛と柔等の両極往復繰り返しにより波動・振動が起こり強大なエネルギーが生じる。それは、身体の「割れ」によりより速く、より強力となる。
.人体は、多数のエンジンを持ったひどく複雑な高性能機器でその操縦統御には高度の運転テクニックが必要である。ただ、普通は運転しやすいように性能レベルを落として使っている。残念なことに人は、本来どの程度の機能が眠っているか知らないでいる。
.「六面力」という概念がある。それは、天地前後左右から引っ張られるようにして立つ。細胞単位でさえ「釣り合い」を保って存在し続けるという事である。
.意拳と「願流剣術物語」(17世紀〜18世紀)は驚く程似ている。
以上、第一部。
第二部。
.意拳は、意念(イメージ)を全く使わない。片寄りとして否定する。「一形一意」(=動作す
...続きを読む ›
コメント 2人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告