富野由悠季の手を離れた最初のテレビシリーズのガンダムと言うことで
放送当初は批判も多く、中盤以降徐々に人気を得て
放送終了後20年(!?)「こんなのガンダムじゃない」なんて贅言をいまさら要しない
ガンダムの人気を次に繋いだ「異色の意欲作」として語り継がれるまでになっています。
ただそもそも「ガンダムらしさ」ってなんでしょう?
複雑に絡む人間模様、戦争の悲哀、尤もらしい科学考証?
確かに「説得力を持たせたハッタリ」が「ガンダムらしさ」とするならば
その要素はGガンダムには薄い。
ただ一つ考えて欲しい。1stガンダムがなぜ一時代を築くまでの作品になったのか。
それはロボットアニメとはこんなモノ、とする既存の価値観にとらわれない
独創性とマンネリを打破するチャレンジ精神があったからで、
90年代にガンダムがやや下火になったのもまさにマンネリからです。
そういう意味では皮肉なもので、マンネリを打破しようとする「Gガンダム」は
表徴的には「ガンダムらしくない作品」でありながら
本質的には非常にガンダムらしい作品になっています。
ただ敢えて個人的な感想を好き勝手言うならば
前半人気が出なかったと言うリアルタイムでの評価はあながち間違いではなく
話の全体を見ても毎週、毎回楽しめる作品ではないです。
と言うのも「写真の男」を探すという名目で世界各国の格闘家を訪ね歩く
当時流行っていたストリートファイターをもろに意識した作りの前半と、
中盤のマスターアジアが登場した新宿でのDG細胞など若干のシリアス要素で盛り上がりつつも
後半はドラゴンボールの天下一武道会的なノリで基本的には子供に見てもらうようにと一話完結。
どこから見ても話に付いて行けるようにとする工夫があるにしても正直淡白で面白くない。
じゃあGガンダムの良さは何かと言うと
主題歌、作画、いちいち熱いBGM、必殺技の外連味溢れる前口上、キャラクターの独創性は勿論として
単純に僕がGガンダムを好きな理由は
『第24話 新たなる輝き!ゴッドガンダム誕生』
この回があるからで
「ガンダム史上最も熱い主役機交代」とする触れ込みも伊達じゃないです。
今までバシバシと敵を薙ぎ倒してきた無敵のシャイニングガンダムが
胴体を貫かれ半壊の状態。これだけでもグッとくるものがあるが
そのシャイニングガンダムにヒロインの意識を送り込む、
そこで『言語を介さずに相手の想いを感じ取る』とする
ニュータイプ的な要素を絡めるのも憎い演出。
そこからゴットガンダムを起動する為にシャイニングガンダムのデータを移そうと
這いずりながらもドモンに近づくレイン。
そして綺麗な音楽に合わせ、日の出を背にして熱く立ち上がるGガンダムと
お姫様抱っこのシャイニングガンダム。綺麗で神々しく、胸が熱くなります。
その後に役目を終えて一人(?)取り残されるシャイニングガンダムが切なくて凄く好きです。
この回があることで作品の評価が二段階ぐらい上がってます。笑
それにシュバルツやマスターアジアの最後など、もちろん魅力的ですが
最終回の「最後だし、いてもうたれ」的なアクセル全開にしたぶっ飛び具合も最高に楽しいです笑。
「石破ラブラブ天驚拳」での、誰やねんって言いたくなる突然の新キャラ(初代キングオブハートらしい)と共に
ハート型の風穴を開けて敵を撃破!その後に白馬に乗って颯爽と退場!!
・・・なんて怒涛の展開にふざけているのか何なのか、正直わかりません笑。
ただ「笑い」と「熱さ」と「感動」が一遍に押し寄せる感覚は不思議なもので
確かに言えることは「笑い泣き」って一番気持ちが良いです。
こんな清々しい最終回を見せられたら野暮なツッコミがいかに無粋かを思い知らされます。
あとは「お前なぞ師匠ではない!」と啖呵を切りつつもポロっと「師匠」と言ってしまうドモンのツンデレに
それに対して妙に誇らしげで嬉しそうな東方不敗、と思春期にある男女のすれ違いや
むず痒さのような感覚がおっさんとの師弟関係で垣間みえる所も見どころの一つです。笑
終