副題にダマスカス・アクシデントと有るので、シリアで核の事件でもあったとかと思ったら、ダマスカスとはUSアーカンソー州にある地名で、そこにある核ミサイルサイロ374-7で起きた事故の経緯に絡めながら戦後の核開発や核戦力の保持運用とかが書かれ、むしろこっちが主となっている。
「何もかもを破壊するような力を我々が持つ必要があるのだろうか」などと、うわべだけの反省を繰り返すUSの偽善や(やりきれないことに一応本当に反省はしている)、結局相手からの攻撃をいつも考えて用意しておかなければならないので、常に抜群の最強さを持っておかねばならず、そのために物凄いコストと努力を要すさまが、書かれている。
相手がこんな兵器を創ったりこんな作戦を敢行したら大変だからと、その先をつくる。結果付く先は果てしない。
最近ではそれに耐えきれないようで、勝手に自分で課しておきながら、他国の為自国が負担ばかりと文句を付け、米軍駐留費用を全額払えなどと言っている。
1956年に原爆や水爆が嘉手納に配備されてたとか、
第五福竜丸の放射性降下物の日本医師団からの問い合わせにUSが答えなかったのは重水素化リチウムの使用がばれるからとか、
軍産複合体という語はJFKでなくアイゼンハワーが考えたとか、
知らなかった豆知識も付いて面白い。
アサドが罪もない一般市民女子供を殺したなどとUSは責めたてるが、USこそ一般都市の一般市民を原水爆で殺戮するよう標的をアイゼンハワーの昔から決めており、ミサイル何百台も(つまり何百都市も)が既に照準を合わせセットされているのである。どういう偽善なのであろうか。広島長崎や東京大空襲も同じこと。
本書ではアイゼンハワーやルメイのSIOPと呼ばれるソ連先制核攻撃をさもバカげたことのように匂わすが、結局それが自分等USのやってきたことなのに。しかも今も続いてるのである。(組織名などは変更あり)
サイロ374-7は結局爆発するわけだが、通常の爆発であり、核爆発には至らなかった。もしこれが核爆発してたらどうなってただろう。アーカンソーの大半が消滅するわけだからその日民主党州大会に居たクリントン大統領も存在せずヒラリーもトランプと大統領を競うことも無かった、という面白いIFとなる。
また面白かったのは
JFK時代トルコにジュピターが配備されソ連を狙わせていたのだが、マクナマラ国防長官は駐留米軍に対しトルコがジュピターを発射しようとする気配が見えたら直ちにミサイルを破壊せよと命じていたことだ。つまりトルコなどという小国はUSのどうでもなるおもちゃに過ぎなかったのだ。そしてそのマクナマラも今度はその米軍側の戦闘機に核兵器が搭載されていたことは知らなかったとある。もう2重3重にデタラメなのである。副大統領や国務長官、国防長官が本気で知らなかった事実をメディアやアメリカ人、我々外国一般人がどう知るのか。誰も何もコントロールできてない。
最後にピースボート共同代表の川崎哲なる人のつまらぬ解説が載っていて本書の価値を下げている。本書を読めばわかることを繰り返し、自分のつまらぬ左翼リベラル風の言質を撒き散らしてるだけ。ICANやピースボートに賛同する者など極一部だという現実を認識してもらいたい。
特定の偏った思想の持ち主に解説をさせるのはやめるべきだ。
更にその後訳者の後書きまで続く。「東江一紀と書かせていただいた」とかあるがどこのことか。強弱リンクのことをこの訳者ちゃんと理解できてるのだろうか。多くの読者が、読んでもさっぱりわからない筈だ。
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核は暴走する 上: アメリカ核開発と安全性をめぐる闘い 単行本 – 2018/7/21
エリック・シュローサー
(著),
布施由紀子
(翻訳)
購入を強化する
人間にとって手に負えない「核」、しかし手にすることで世界はバランスをとってきた。世界中が瞠目するノンフィクション!
- 本の長さ324ページ
- 言語日本語
- 出版社河出書房新社
- 発売日2018/7/21
- ISBN-104309253857
- ISBN-13978-4309253855
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
冷戦期に日常的なミスにより起きた「想定外」のタイタン2事故。今日に至るまでのアメリカの核兵器開発と管理を軸に緻密に調査取材したノンフィクション大作。
著者について
エリック・シュローサー
アメリカのジャーナリスト。既刊にベストセラーとなった『ファストフードが世界を食いつくす』『ファストフードと狂牛病』『おいしいハンバーガーのこわい話』『巨大化するアメリカの地下経済』。
アメリカのジャーナリスト。既刊にベストセラーとなった『ファストフードが世界を食いつくす』『ファストフードと狂牛病』『おいしいハンバーガーのこわい話』『巨大化するアメリカの地下経済』。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
シュローサー,エリック
1959年生まれ。アメリカのジャーナリスト。緻密な調査取材に基づく記事は高い評価を受けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1959年生まれ。アメリカのジャーナリスト。緻密な調査取材に基づく記事は高い評価を受けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 河出書房新社 (2018/7/21)
- 発売日 : 2018/7/21
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 324ページ
- ISBN-10 : 4309253857
- ISBN-13 : 978-4309253855
- Amazon 売れ筋ランキング: - 603,231位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 300位核・原発問題
- - 12,565位英米文学研究
- - 62,517位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2018年10月3日に日本でレビュー済み
アメリカ・アーカンソー州のダマスカスにある核ミサイルサイロで起きた事故、アメリカの核戦略に関わる核戦略・核の保管方法とそこで起きた事故・トラブルが、その発端から時間を追いながら書いてあるが、その間にアメリカの核開発・核戦略・核の保管方法などが挟まれている。本書の「核」は、兵器としての「核」のことで、原発に関する記述はない。
事故は事故でスリリングだし、アメリカの核戦略などに関する記述も興味深い。ただ、事故の流れを幾度となく中断されてしまう構成なので、少々読み難かった。
ダマスカスの事故だけではなく、幾度となく事故は起こっており、それが核爆発につながっていなかったのは運が良かっただけとしか思えない。
現場で働く人たちの熱意などには共感できる部分はあるものの、核兵器を実際に使うことを前提に様々な計画・作戦が立案されていること、さらにはそれに応じるために核兵器が、使いやすく、管理しやすく改良されてきたことなどには、やはり戦慄を感じざるを得ない。
下巻で印象的なのは、上巻に引き続き出てくる、核兵器の保管上のトラブルである。「核」は持っているだけで充分に危険であり、事故で核爆発が起きなかったのは「幸運」でしかなく、もし核爆発が誤って起きた場合、事故そのものも問題だが、それを核攻撃と認識して核戦争が始まる可能性があることもよく分かる。「核抑止」が単に安全神話であるということだ。
アメリカが暴走的な核戦略に走ったのは、ソ連が攻撃をいつしかけてくるか分からないという猜疑心が前提だろう。では、ジョン・W・ダワー氏が『 アメリカ 暴力の世紀 』で指摘しているように、第二次世界大戦後、中近東や中南米の国々が意に添わない場合、極めて攻撃的だったアメリカに、それらの国々は、アメリカがソ連に対して抱いた“脅威”を同じように感じていたのではないだろうか。そんなことが、ふと脳裏をかすめた。
原著の刊行は2013年。現在のアメリカ大統領を考えると、核廃絶は遠のき、偶発的な核爆発、さらにはそれを原因とする核戦争のリスクは高まっていると考えた方がいいと思っている。
日本政府は事実を認めないが、米軍基地に核兵器があってもおかしくないことも忘れてはならない。
そして、サンディア研究所のロバート・ピュリフォイが達した結論「われわれはからくも生き延びているだけなのだ」という言葉は強く訴えかけてくる。
事故は事故でスリリングだし、アメリカの核戦略などに関する記述も興味深い。ただ、事故の流れを幾度となく中断されてしまう構成なので、少々読み難かった。
ダマスカスの事故だけではなく、幾度となく事故は起こっており、それが核爆発につながっていなかったのは運が良かっただけとしか思えない。
現場で働く人たちの熱意などには共感できる部分はあるものの、核兵器を実際に使うことを前提に様々な計画・作戦が立案されていること、さらにはそれに応じるために核兵器が、使いやすく、管理しやすく改良されてきたことなどには、やはり戦慄を感じざるを得ない。
下巻で印象的なのは、上巻に引き続き出てくる、核兵器の保管上のトラブルである。「核」は持っているだけで充分に危険であり、事故で核爆発が起きなかったのは「幸運」でしかなく、もし核爆発が誤って起きた場合、事故そのものも問題だが、それを核攻撃と認識して核戦争が始まる可能性があることもよく分かる。「核抑止」が単に安全神話であるということだ。
アメリカが暴走的な核戦略に走ったのは、ソ連が攻撃をいつしかけてくるか分からないという猜疑心が前提だろう。では、ジョン・W・ダワー氏が『 アメリカ 暴力の世紀 』で指摘しているように、第二次世界大戦後、中近東や中南米の国々が意に添わない場合、極めて攻撃的だったアメリカに、それらの国々は、アメリカがソ連に対して抱いた“脅威”を同じように感じていたのではないだろうか。そんなことが、ふと脳裏をかすめた。
原著の刊行は2013年。現在のアメリカ大統領を考えると、核廃絶は遠のき、偶発的な核爆発、さらにはそれを原因とする核戦争のリスクは高まっていると考えた方がいいと思っている。
日本政府は事実を認めないが、米軍基地に核兵器があってもおかしくないことも忘れてはならない。
そして、サンディア研究所のロバート・ピュリフォイが達した結論「われわれはからくも生き延びているだけなのだ」という言葉は強く訴えかけてくる。




