昭和39年、40年に筑摩書房から刊行された2つの対談集を新たに編輯して文庫化したのが本書である。昭和15年から33年に行われた9つの対談を収める。
柳田以外の出席者は13名。文学者では青野季吉・秋田雨雀・中野重治、歴史学者や国学者では家永三郎・石田英一郎・折口信夫・風巻景次郎、それにフランス文学者の桑原武夫、哲学者の谷川徹三がいる。
ヨーロッパでいうところのフォークロアとエスノロジーの方法を消化して、日本における「民俗学」を創りあげた柳田國男が、ヨーロッパについての教養を身につけた当時の知識人と渡り合って自己を語るわけで、面白くないはずがない。柳田は古い日本を探究した人だから保守的と見なされていたのだが、彼は昔の生活が今よりも優れているなどと主張しない。むしろ昔は今より生活は過酷でいやなところもたくさんあった事を好んで強調している点など、福沢諭吉を思わせる。
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柳田国男対談集 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 1992/11/1
宮田 登
(編集)
- 本の長さ382ページ
- 出版社筑摩書房
- 発売日1992/11/1
- ISBN-104480080279
- ISBN-13978-4480080271
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
日本人の文化と歴史の深層を掘りおこした民俗学の巨人柳田国男が第1線の知性たちと語りあった興趣豊かな対談集。マレビトをめぐる折口信夫との著名な対談「日本人の神と霊魂の観念そのほか」など、戦中戦後にかけて発表された9編を収める。柳田国男の人と思想を理解するうえで恰好の入門書であるだけでなく、米や脳死問題など今後の日本文化論を展望する視座として欠かせない貴重な資料である。
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (1992/11/1)
- 発売日 : 1992/11/1
- 文庫 : 382ページ
- ISBN-10 : 4480080279
- ISBN-13 : 978-4480080271
- Amazon 売れ筋ランキング: - 756,328位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 1,897位ちくま学芸文庫
- - 2,573位文化人類学一般関連書籍
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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2004年11月2日に日本でレビュー済み
昭和十五年から昭和三十二年の間に発表された対談を纏めたもの。
柳田國男の文章は含みが多く味わい深いが、所謂、テクニカル・ライティングとは
程遠く、正直何が言いたいのか良くわからない時がままある。この対談では至極平
明に思うところが語られていて、彼の方法を理解する入門として恰好の様に思う。
対談相手も中野重治、家永三郎など当時の先進的文化人を相手に、重鎮らしい丁々
発止のやりとりを展開。「対決」としても面白い。中でも、折口信夫との二大巨頭対
談は白眉。直感的センスで太古から追体験していくかのような折口古代学との接点を、
「トンネルの両側から掘り進んでどこかしらで出会えれば」と希望も交え巧みに表現
している。司会は石田英一郎ゆえ、この対談より少し前に出された江上波夫の「騎馬
民族説」にも話題はおよぶ。柳田は日本民族の異種族混交説は認めるが、騎馬民族征
服説、とりわけ、天皇家の半島由来説に折口と共に懐疑的な態度をみせている。
柳田國男の文章は含みが多く味わい深いが、所謂、テクニカル・ライティングとは
程遠く、正直何が言いたいのか良くわからない時がままある。この対談では至極平
明に思うところが語られていて、彼の方法を理解する入門として恰好の様に思う。
対談相手も中野重治、家永三郎など当時の先進的文化人を相手に、重鎮らしい丁々
発止のやりとりを展開。「対決」としても面白い。中でも、折口信夫との二大巨頭対
談は白眉。直感的センスで太古から追体験していくかのような折口古代学との接点を、
「トンネルの両側から掘り進んでどこかしらで出会えれば」と希望も交え巧みに表現
している。司会は石田英一郎ゆえ、この対談より少し前に出された江上波夫の「騎馬
民族説」にも話題はおよぶ。柳田は日本民族の異種族混交説は認めるが、騎馬民族征
服説、とりわけ、天皇家の半島由来説に折口と共に懐疑的な態度をみせている。
2020年11月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
タイトルこそ『柳田國男対談集』となっているが、厳密に言えば、本書は「対談集」などではない。というのも、司会に当たる者は言うに及ばず、どの対談者も柳田のことを「先生」と呼び、その「先生」にご意見・ご高説をうかがうといった内容がほとんどだからだ。これは一見、両者が意見を闘わせているような展開でも同じで、柳田本人は終始、自分の民俗学的発想=「柳田ワールド」というフィールドから出ることなく発言し、けっして相手に合わせようとはしていない。相手がだれであっても、柳田は柳田。まさに「長老」の面目躍如である。
したがって、もし対談者たちに興味があって、その発言にぜひ目をとおしておきたいとお考えの方には、本書はあまり勧められない。その逆に、ただただ柳田國男その人に興味を抱いている方になら、大いに勧められる。なにしろ、あの何が言いたいのかよくわからない文章を書く柳田が、ざっくばらん、好き放題に言いたいことを言っているからだ。まず、この「肉声」それ自体がもの珍しい。加えて、私のような一柳田ファンにとっては「ああ、そうだったのか」という気づきも多かった。いわば、本人の著作を読むための手引きと言ったところか。
たとえば、柳田の著作を読んでいると、よく「近世」というタームが出てくるが、実のところ、これがいつの時代を指すのか、私などはずっとわからずにいた。ところが、本書を読むと、柳田は実に明快に「明治以降だ」と述べている。学校教育では「近世=江戸時代」であるが、それとは、やはりちがっていたのである。
したがって、もし対談者たちに興味があって、その発言にぜひ目をとおしておきたいとお考えの方には、本書はあまり勧められない。その逆に、ただただ柳田國男その人に興味を抱いている方になら、大いに勧められる。なにしろ、あの何が言いたいのかよくわからない文章を書く柳田が、ざっくばらん、好き放題に言いたいことを言っているからだ。まず、この「肉声」それ自体がもの珍しい。加えて、私のような一柳田ファンにとっては「ああ、そうだったのか」という気づきも多かった。いわば、本人の著作を読むための手引きと言ったところか。
たとえば、柳田の著作を読んでいると、よく「近世」というタームが出てくるが、実のところ、これがいつの時代を指すのか、私などはずっとわからずにいた。ところが、本書を読むと、柳田は実に明快に「明治以降だ」と述べている。学校教育では「近世=江戸時代」であるが、それとは、やはりちがっていたのである。

