中古品
¥ 899
+ ¥ 257 関東への配送料
中古品: 良い | 詳細
コンディション: 中古品: 良い
コメント: 中古書につきヒヤケなど多少のイタミあり。通読に問題ございません。帯なし。アマゾン専用在庫につき品切れはありません。丁寧に美化加工の上、迅速な発送を心掛けます。
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
裏表紙を表示 表紙を表示
サンプルを聴く 再生中... 一時停止   Audible オーディオエディションのサンプルをお聴きいただいています。
この画像を表示

林芙美子・宮本百合子 (講談社文芸文庫) 文庫 – 2003/10

5つ星のうち 4.0 1 件のカスタマーレビュー

その他()の形式およびエディションを表示する 他のフォーマットおよびエディションを非表示にする
Amazon 価格
新品 中古品
文庫
"もう一度試してください。"
¥ 875

click to open popover

Kindle 端末は必要ありません。無料 Kindle アプリのいずれかをダウンロードすると、スマートフォン、タブレットPCで Kindle 本をお読みいただけます。

  • Apple
  • Android
  • Android

無料アプリを入手するには、Eメールアドレスを入力してください。



【Amazon Global】International Shipping Made Easy
Shipping to over 65 countries, Simplify customs Learn more

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

ともに明治生まれ、大正昭和の激動を生き、「その並び立つ姿は文壇空前の壮観」(広津和郎)と言われた三女流。平林たい子が著した本書は、同時代を生きた好敵手二人の「文学」と「人生」を遠慮会釈なく、だが底に熱い人間的共感をこめて描き、評伝文学として無類の面白さをもつ。情熱の人・芙美子、知性の人・百合子、評するは稀代のリアリストたい子―三者三様の強烈な個性が躍如とする一冊。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

平林/たい子
1905年(明治38年)10月3日、長野県諏訪郡中洲村生まれ。1922年(大正11年)3月、諏訪高等女学校卒業。1927年(昭和2年)3月、「喪章を売る」が「大阪朝日新聞」三大懸賞文芸短編小説部門に当選。1947年(昭和22年)3月、日本文芸家協会理事になる。4月、「こういう女」で第一回女流文学者賞受賞。1955年(昭和30年)10月、日本社会党に入党。1957年(昭和32年)1月、女流文学者会会長に就任。1959年(昭和34年)11月、日本社会党へ離党届を提出。1961年(昭和36年)2月、女流文学賞銓衡委員になる。1964年(昭和39年)1月、国語審議会委員に就任。8月、日本ユネスコ国内委員会委員に就任。1967年(昭和42年)7月、中央教育審議会委員、公安審査委員会委員に就任。1968年(昭和43年)「秘密」により第七回女流文学賞を受賞。1972年(昭和47年)2月17日、心不全により死去。6月、芸術院恩賜賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


登録情報

  • 文庫: 301ページ
  • 出版社: 講談社 (2003/10)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4061983490
  • ISBN-13: 978-4061983496
  • 発売日: 2003/10
  • 商品パッケージの寸法: 15 x 10.6 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0 1 件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 313,590位 (本の売れ筋ランキングを見る)
  •  カタログ情報を更新する画像についてフィードバックを提供する、または さらに安い価格について知らせる

  • 目次を見る

カスタマーレビュー

5つ星のうち 4.0
星5つ
0
星4つ
1
星3つ
0
星2つ
0
星1つ
0
カスタマーレビューを表示
あなたのご意見やご感想を教えてください

トップカスタマーレビュー

形式: 文庫
おとこ出入りの激しかった林芙美子。林文学の特質を語るにあたり、著者は「お母さんとの奇蹟としかいえない固い結びつき」から話を始める。母は「馬鹿でも白痴でもない明治女が、やけからでも頽廃からでもなく、周囲をかえりにずに、これだけ性の乱舞を敢えてしていることも、常識的な貞操観念の問題としてだけでは、批判できない錯雑した要素を考えさせる」。この「男性のよさを深く知ってその海に溺れた女」である母と「いつも空しいものを握らされて地団駄を踏んだ。そして結局飢えたまま世を去った」芙美子。母は駆け落ちした20歳年下のテキ屋と関西から四国、九州を芙美子を連れて流れ歩く。芙美子に「故郷はあってもないに等しいある種の社会的アウトサイダーの意識が養われて行ったことを、彼女の生涯に重く見たいのである」。

留守宅を訪ねた平林に、おかみさんが傍によって来て「お客さんを連れて来てもいいですよ。となりがあいていますから見てごらんなさい」とささやく。性的放縦は「今度こそ身売りをして金をこしらへ」と自作の詩に詠うのだから芙美子自身が認めるところで、その点、売れない詩人だったころ同年輩の文芸仲間だった平林も五十歩百歩だった。芙美子は「庶民のなかの庶民でありながら自分の能力を伸ばした女性である。がその能力は、芸術の能力であったのと一緒に、人をアッとおどろかせるほどの身持の放れわざだったともいうことになる
...続きを読む ›
コメント 3人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
違反を報告


フィードバック