いいおっさんが、わざわざ読んで、
いちいち反発したり、共感したりする類の本ではないと思うのだが、
なんとなく素通りすることができなかった。
口にするのもこっぱずかしいが、
この著者が青山のヴィヴィアンについ寄ってしまうように、
くたびれた中年男でも、心の隅にシド・ヴィシャスを飼っている。
おくびにも出さないけれど、時々、遠くの方で奴が冷笑しているのがわかる。
読了後、本を閉じ、思わず「そういうことじゃないんだよ」と言いたくなった。
すぐに、やましい思いにいたたまれなくなる。
都会への憧れや過剰適応、疎外感、故郷への嫌悪、反発、相反する捨てきれない愛着。
そして「自分は他の誰とも違う」という自意識。
どれもこれも身に覚えがある。
多少、年代こそ違うが、田舎出の青年がオヤジになるまでの間に、
どうにかこうにか折り合いをつけてきたものばかりだ。
そう、自分が「折り合い」とうそぶきながら、
目をそらし押し殺してきたピカピカ光るものを、
夜店のように並べて見せられている気がする。
おまけに、ずいぶん高い値がつけられている。
「イタ刺さる」なんてうまいこと言うものだ。
それを前に「そういうことじゃ……」なんて言っても、意味はない。
自分だとしても無意味だと、よく分かっている。
自分たちと彼女を分けたものは、はっきりしている。
深くなく、激しくなく、鮮やかでなく、誠実でさえもなかった。
凡庸で愚鈍なおかげで、どうにかやってこられただけだ。
この著者は努力をつくしたと思う。
読む前に「文章がうまい」という評を耳にしたが、
本当に、読み手のことを考え抜いた文章だ。
「才能の欠如」について書いていることでもわかる。
才能は本来、無自覚的なものだ。
才能の欠如を痛感するのは、努力を尽くしたからこそ。
どんなに努力を重ねても、それを軽々とを超えていく存在がたくさんいる。
厳しい現実を、ずいぶん目の当たりにしてきたのだろう。
それでも、かげろうのように伝えにくいことを、
できる限りそのまま伝えようとする、その努力と勇気には頭がさがる。
「いつ氷を踏み抜いてしまうか」
その恐怖を常に抱えていたという記述を目にして、背筋が冷たくなった。
誰もが川をこえていく。そう遠くはない、いつかの晴れた日に。
自分のことは、どうでもいいとは思う。思うのだが、
それでも折り合いをつけてきた暮らしが、
たとえ生きているのか死んでいるのかわからないような日々だったとしても、
それはそれで愛おしい。
生き恥だろうとなんだろうと、みっともなくしがみついたことを誇っている。
凡庸を認めるなら、皆と同じく、この本を前に、ただ黙して冥福を祈るべきだ。
それでも、どうしても口の中でそっとつぶやきたくなる。
「そういうことじゃないんだよ」と。
この商品をお持ちですか?
マーケットプレイスに出品する
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません 。詳細はこちら
Kindle Cloud Readerを使い、ブラウザですぐに読むことができます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
東京を生きる 単行本 – 2015/4/22
購入を強化する
◎穂村弘氏絶賛!
世界中の女の子が憧れる都市は、決まっている。
パリ、ニューヨーク、ロンドン、東京。
私はそれらの都市を、身に纏いたかった。
東京という都市の殻を、自分の身に。
そうするには、自分の身を、削って削って細く、邪魔にならないようにして、そっと都市の殻の中に挿し入れるしかないと思っていた。 その殻を纏えば、自分はこれまでとは違う自分になれる。洗練された人になれると信じていたし、全身で「東京の人」になろうとしていた。
それは、自分のかたちを削っていく作業によく似ていた。
悪目立ちするのは田舎者っぽいから、場に溶け込むように、浮かないように。自分の知らない都会の、見えないルールから外れないように。大声を出さないように、感情をむきだしにしないように。
こういうのが「東京の女の子」なのだと思うかたちに、自分を近づけていくのは、楽しいとか苦しいとかではなく、そうすべき義務のようだった。
『東京の女の子』になるために東京に来たのだから。
――「殻」より一部抜粋
九州で過ごした年月を、東京で過ごした年月が越えてゆく――
地方出身者すべての胸をうつ初めての私小説エッセイ!
世界中の女の子が憧れる都市は、決まっている。
パリ、ニューヨーク、ロンドン、東京。
私はそれらの都市を、身に纏いたかった。
東京という都市の殻を、自分の身に。
そうするには、自分の身を、削って削って細く、邪魔にならないようにして、そっと都市の殻の中に挿し入れるしかないと思っていた。 その殻を纏えば、自分はこれまでとは違う自分になれる。洗練された人になれると信じていたし、全身で「東京の人」になろうとしていた。
それは、自分のかたちを削っていく作業によく似ていた。
悪目立ちするのは田舎者っぽいから、場に溶け込むように、浮かないように。自分の知らない都会の、見えないルールから外れないように。大声を出さないように、感情をむきだしにしないように。
こういうのが「東京の女の子」なのだと思うかたちに、自分を近づけていくのは、楽しいとか苦しいとかではなく、そうすべき義務のようだった。
『東京の女の子』になるために東京に来たのだから。
――「殻」より一部抜粋
九州で過ごした年月を、東京で過ごした年月が越えてゆく――
地方出身者すべての胸をうつ初めての私小説エッセイ!
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社大和書房
- 発売日2015/4/22
- ISBN-104479392742
- ISBN-13978-4479392743
よく一緒に購入されている商品
この商品を見た後に買っているのは?
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
商品の説明
出版社からのコメント
「東京」に発情している。
そんな獣の遠吠えをきいているようで、胸が締めつけられる。
身に覚えがありすぎて恥ずかしい。
でも、美しい。
――穂村弘氏より推薦コメント
そんな獣の遠吠えをきいているようで、胸が締めつけられる。
身に覚えがありすぎて恥ずかしい。
でも、美しい。
――穂村弘氏より推薦コメント
内容(「BOOK」データベースより)
九州で過ごした年月を、東京で過ごした年月が越えてゆく―地方出身者すべての胸を打つ、著者初の私小説エッセイ!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
雨宮/まみ
ライター。アダルト雑誌の編集を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさなどについて幅広く執筆。女性性とうまくつきあえなかった頃を描いた自伝的エッセイ『女子をこじらせて』出版後、「こじらせ女子」がブームとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
ライター。アダルト雑誌の編集を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさなどについて幅広く執筆。女性性とうまくつきあえなかった頃を描いた自伝的エッセイ『女子をこじらせて』出版後、「こじらせ女子」がブームとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
Kindle化リクエスト
このタイトルのKindle化をご希望の場合、こちらをクリックしてください。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
このタイトルのKindle化をご希望の場合、こちらをクリックしてください。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
登録情報
- 出版社 : 大和書房 (2015/4/22)
- 発売日 : 2015/4/22
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 224ページ
- ISBN-10 : 4479392742
- ISBN-13 : 978-4479392743
- Amazon 売れ筋ランキング: - 172,705位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
5つ星のうち3.8
星5つ中の3.8
30 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2017年10月18日に日本でレビュー済み
違反を報告する
Amazonで購入
93人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2019年8月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
東京に憧れて田舎の公団から出てきて、華やかな生活を送ろうと試みたけれど、現実は厳しくなかなかままならない。
ブランド服を買ってみたけれどクリーニング代も出せない、街を歩き回って疲れても喫茶店代も出せない。
今さら捨てた故郷に帰るわけにもいかないし、別の仕事もできない。
氷河期世代の女性のそういう内容のあけすけな言葉が心に残る。
ライターとして力はあったと思うし、本も次々出版されてまさにこれからだったと思うから早世は残念だけれども、
この本を読んで40歳までに書きたいことはあらかた書いたのではという気もした。
そして、東京で華やかな生活が送りたいだけなら、別のことをやればよかったのではなかったかという印象も残った。
ブランド服を買ってみたけれどクリーニング代も出せない、街を歩き回って疲れても喫茶店代も出せない。
今さら捨てた故郷に帰るわけにもいかないし、別の仕事もできない。
氷河期世代の女性のそういう内容のあけすけな言葉が心に残る。
ライターとして力はあったと思うし、本も次々出版されてまさにこれからだったと思うから早世は残念だけれども、
この本を読んで40歳までに書きたいことはあらかた書いたのではという気もした。
そして、東京で華やかな生活が送りたいだけなら、別のことをやればよかったのではなかったかという印象も残った。
ベスト500レビュアー
Amazonで購入
ある意味相当覚悟が居ることであるかと思う。浮足立っていると足許をすくわれますし…。東京は万華鏡のようで自分の願望を投影して正解ではないかもしれないけど何かしら答えてくれる街。此処ではないどこかへ誘ってくれる可能性がある場所。常に刷新続けて求めるものにとっては底なし沼であり東京砂漠であること。来る者も去る者も拒まない。感慨深く読ませて頂き、どことなく異彩を放っていてアンヴィバレントで悲哀を感じました。
特に地方在住者にとって東京は憧れの青い鳥の象徴でもある気がします。また詩情を感じさせてくれて、何でもあるけど何にも無いよといった心境です。夢も希望も破れ東京暮らしに疲れた方、地方出身者にオススメです。残るものといったら…。
特に地方在住者にとって東京は憧れの青い鳥の象徴でもある気がします。また詩情を感じさせてくれて、何でもあるけど何にも無いよといった心境です。夢も希望も破れ東京暮らしに疲れた方、地方出身者にオススメです。残るものといったら…。
2018年4月25日に日本でレビュー済み
私は、30をとうに過ぎた、独身の女だ。
夢を叶えて、東京で仕事をしている。
友達もいて、好きなことをして、毎日楽しい。
ある日法事で実家に帰ったとき、親戚にやっぱり言われた。
「結婚は?」「年齢は?」「結構、もう年じゃない!」「どうするの?」
あーうるさい、うるさいと思った。この人たちは、なんで私のことをなにも知らないくせに、こんなこと一方的に言えるんだろう?
「東京、楽しいんです」と答えた。その言葉が、いかにも、反発してるみたいな声になってしまった。田舎モノには、わかんないでしょ、みたいな。
そんなことしか返せない自分が悔しかった。
悔しいと思ってるということは、つまり私は負けていると思ってるんだろう。堂々と、親戚の言葉なんて気にしないで、心底から幸せだと笑いたかった。
「他人に幸せを願われることが嫌で嫌でたまらない。聖域に踏み込まれている感じがする」
著者は、このエッセイの中で、私のこの悔しさをこんな形で言葉にしてくれている。これに限らず、私が普段感じる「イライラ」としか表現できないなにかを文にしてくれている。
雨宮まみさん、死んじゃったけど、
ぜんぶから解放されて楽しくやっててほしい。
共感ばかりの本だったけど、だからって何かが解決するわけでも、明日から頑張る活力もらえるとかでは全然ない。でも、読めて良かった。本当にありがとう。
夢を叶えて、東京で仕事をしている。
友達もいて、好きなことをして、毎日楽しい。
ある日法事で実家に帰ったとき、親戚にやっぱり言われた。
「結婚は?」「年齢は?」「結構、もう年じゃない!」「どうするの?」
あーうるさい、うるさいと思った。この人たちは、なんで私のことをなにも知らないくせに、こんなこと一方的に言えるんだろう?
「東京、楽しいんです」と答えた。その言葉が、いかにも、反発してるみたいな声になってしまった。田舎モノには、わかんないでしょ、みたいな。
そんなことしか返せない自分が悔しかった。
悔しいと思ってるということは、つまり私は負けていると思ってるんだろう。堂々と、親戚の言葉なんて気にしないで、心底から幸せだと笑いたかった。
「他人に幸せを願われることが嫌で嫌でたまらない。聖域に踏み込まれている感じがする」
著者は、このエッセイの中で、私のこの悔しさをこんな形で言葉にしてくれている。これに限らず、私が普段感じる「イライラ」としか表現できないなにかを文にしてくれている。
雨宮まみさん、死んじゃったけど、
ぜんぶから解放されて楽しくやっててほしい。
共感ばかりの本だったけど、だからって何かが解決するわけでも、明日から頑張る活力もらえるとかでは全然ない。でも、読めて良かった。本当にありがとう。
2019年6月21日に日本でレビュー済み
現在50代ですが、若い頃に読んでおきたかったな、と思いました。
(なかったですけど。私と同年代はこんな吐露はできないでしょうし)
地方出身の人って、
生活が派手で、
態度が不遜で、
なにかと評価したがって、
それに東京の悪口言い放題で、
いやだな、と思っていました。
でも東京では圧倒的多数派。ガマン、ガマン。
高校までは周りは東京出身者ばかり。
その間に、これを読んで
地方出身の人の気持ちを理解しておくと良いかも。
東京に憧れる気持ちも、
東京の人間になるための努力も、
到底想像しえないから、
無神経な言葉も言ってしまってたでしょうね。
褒めたつもりで傷つけていたり。
反省で胸が苦しくなりました。
(なかったですけど。私と同年代はこんな吐露はできないでしょうし)
地方出身の人って、
生活が派手で、
態度が不遜で、
なにかと評価したがって、
それに東京の悪口言い放題で、
いやだな、と思っていました。
でも東京では圧倒的多数派。ガマン、ガマン。
高校までは周りは東京出身者ばかり。
その間に、これを読んで
地方出身の人の気持ちを理解しておくと良いかも。
東京に憧れる気持ちも、
東京の人間になるための努力も、
到底想像しえないから、
無神経な言葉も言ってしまってたでしょうね。
褒めたつもりで傷つけていたり。
反省で胸が苦しくなりました。
2020年5月9日に日本でレビュー済み
まみさんの文章は夭逝される前からいくつか読んでいました。等身大の自分をここまで包み隠さず書ききる姿勢に感心しておりました。
この作品は亡くなってから読みましたが、地方出身の女性の様々な苦悩や、東京への異様な執着など、東京やその近辺の都会で生まれ育った者には、絶対にわからない思いがあるんだと、気付かされました。
どなたかのブログで、似たように「女性の生き方、生きづらさ」をテーマにすることが多い、東京生まれ・東京育ちのエッセイストさんとの対比を読みましたが、本当にその通りだと思う内容で、東京か、それ以外か、埋められない溝があるのでしょうね。
私はあと数年で40歳を迎える女性ですが、まみさんが遺してくれた文章、魂の叫び。忘れません。
この作品は亡くなってから読みましたが、地方出身の女性の様々な苦悩や、東京への異様な執着など、東京やその近辺の都会で生まれ育った者には、絶対にわからない思いがあるんだと、気付かされました。
どなたかのブログで、似たように「女性の生き方、生きづらさ」をテーマにすることが多い、東京生まれ・東京育ちのエッセイストさんとの対比を読みましたが、本当にその通りだと思う内容で、東京か、それ以外か、埋められない溝があるのでしょうね。
私はあと数年で40歳を迎える女性ですが、まみさんが遺してくれた文章、魂の叫び。忘れません。
ベスト500レビュアー
著者の雨宮まみ氏(1976−2016)は福岡出身のライターです。
本書は上京して葛藤を抱えながら重ねた日々を切り取ったエッセイで、2013-14のネット連載作品に加筆したものです。
著者は福岡で高校時代までを過ごし、大学進学で上京しました。
それは憧れや故郷からの逃避などが入り混じったような、複雑な感情を滲ませたものでした。
卒業後はフリーターや出版社勤務をこなしながら書くことを続け、念願のライターとなって独立し、18年もの時が過ぎ去っていました。
本書では「お金」や「欲情」といった象徴的なタイトルで、過去を切り取った短いエッセイが詩的な言葉でまとめられていました。
大都会、東京は著者にとって資本主義を極大化したようなカネと虚飾が蠢く場所で、自身の弱さと向き合いながらも真っ直ぐに生きようという強い意志を感じさせました。
所々で琴線に触れるような部分があり、特に次のような文章が心に残りました。
「『私には愛する歌があるから、信じたこの道を私は行くだけ』
藤圭子の歌う「マイウェイ」は、
優れた才能を持った人がその才能と心中するような、
心の孤独を歌っているように聞こえた。
才能がない自分は、
持ち合わせた小さな能力にすがるようにして生き延びてきた。
ただ書いて絶え間なく書き続ける毎日は、
薄氷の上を歩いているようだと感じることがある。
マイウェイは、目の前の暗い道をほのかに照らし、
進むべき道を指し示すような歌だ。
自分以外の何者にもなれないのは、
私も、素晴らしい才能を持つ歌い手も同じなのだ。」
「知らない国に行くと、真夜中の海を覗き込むような、
深い孤独に抱きすくめられることがある。
私は出不精で、怖がりで、できることなら冒険などしたくない。
なのに旅には1人で行く。
旅先でホテルのベッドに身を投げると、
どうして自分はひとりなのだろうと思う。
寂しいと思いながらも、寂しさでは死なないこと、
自分が好きだと思えたなら、どこにいても大丈夫なことを
私は知っている。」
不思議なリズムを感じさせる文章で、心に沁みました。
この著者の本をもう少し読んでみたい、と思います。
本書は上京して葛藤を抱えながら重ねた日々を切り取ったエッセイで、2013-14のネット連載作品に加筆したものです。
著者は福岡で高校時代までを過ごし、大学進学で上京しました。
それは憧れや故郷からの逃避などが入り混じったような、複雑な感情を滲ませたものでした。
卒業後はフリーターや出版社勤務をこなしながら書くことを続け、念願のライターとなって独立し、18年もの時が過ぎ去っていました。
本書では「お金」や「欲情」といった象徴的なタイトルで、過去を切り取った短いエッセイが詩的な言葉でまとめられていました。
大都会、東京は著者にとって資本主義を極大化したようなカネと虚飾が蠢く場所で、自身の弱さと向き合いながらも真っ直ぐに生きようという強い意志を感じさせました。
所々で琴線に触れるような部分があり、特に次のような文章が心に残りました。
「『私には愛する歌があるから、信じたこの道を私は行くだけ』
藤圭子の歌う「マイウェイ」は、
優れた才能を持った人がその才能と心中するような、
心の孤独を歌っているように聞こえた。
才能がない自分は、
持ち合わせた小さな能力にすがるようにして生き延びてきた。
ただ書いて絶え間なく書き続ける毎日は、
薄氷の上を歩いているようだと感じることがある。
マイウェイは、目の前の暗い道をほのかに照らし、
進むべき道を指し示すような歌だ。
自分以外の何者にもなれないのは、
私も、素晴らしい才能を持つ歌い手も同じなのだ。」
「知らない国に行くと、真夜中の海を覗き込むような、
深い孤独に抱きすくめられることがある。
私は出不精で、怖がりで、できることなら冒険などしたくない。
なのに旅には1人で行く。
旅先でホテルのベッドに身を投げると、
どうして自分はひとりなのだろうと思う。
寂しいと思いながらも、寂しさでは死なないこと、
自分が好きだと思えたなら、どこにいても大丈夫なことを
私は知っている。」
不思議なリズムを感じさせる文章で、心に沁みました。
この著者の本をもう少し読んでみたい、と思います。





