村上春樹の作品は大学生のころから熱心に読み始めました。どの作品も非常に好きで毎年、何冊かは読み返したりしています。今年、自分は24歳で「1973年のピンボール」の主人公と同じ年齢です。状況はだいぶ違うけど、大人になったけど、みたいな悲しさと秋が深まる寂しさみたいなものを、今年、この全集で読んだ時は、いつもより深く感じたような気がします。
物語と言う体裁をなしているようななしていないようななんだけど、ただただ日常に見える景色が秋色に染まっていく、そんな1冊です。
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村上春樹全作品 1979~1989〈1〉 風の歌を聴け;1973年のピンボール 単行本(ソフトカバー) – 1990/5/18
村上 春樹
(著)
『風の歌を聴け』から11年間の全小説。
1979年、群像新人賞を受賞した著者の全小説を網羅。
1巻目は、処女作と第2作目を収めるが、ちょうど小説を書きはじめた頃の事を別刷のエッセイで語る。
1979年、群像新人賞を受賞した著者の全小説を網羅。
1巻目は、処女作と第2作目を収めるが、ちょうど小説を書きはじめた頃の事を別刷のエッセイで語る。
- 本の長さ256ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1990/5/18
- 寸法15.2 x 5.2 x 21.3 cm
- ISBN-104061879316
- ISBN-13978-4061879317
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登録情報
- 出版社 : 講談社 (1990/5/18)
- 発売日 : 1990/5/18
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 256ページ
- ISBN-10 : 4061879316
- ISBN-13 : 978-4061879317
- 寸法 : 15.2 x 5.2 x 21.3 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 281,224位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 6,576位日本文学
- カスタマーレビュー:
著者について
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1949(昭和24)年、京都府生れ。早稲田大学文学部卒業。
1979年、『風の歌を聴け』でデビュー、群像新人文学賞受賞。主著に『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞受賞)、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『ノルウェイの森』、『アンダーグラウンド』、『スプートニクの恋人』、『神の子どもたちはみな踊る』、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』など。『レイモンド・カーヴァー全集』、『心臓を貫かれて』、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、『ロング・グッドバイ』など訳書も多数。
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2008年11月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2003年6月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この作品を初めて読んだのは・・・・もう何年前だろう。
高校時代、どきどきしながら、ひと文字ひと文字噛みしめるように読んだ。
読み終えるのがもったいなくて、ことさらゆっくりと。
「僕」と「鼠」の物語の始まり。
「僕」は僕に溶け込み、僕は「僕」の目線で世の中を見るようになった。
そういった意味で、月並みな言い方だけれど、その後の読書遍歴のみならず、生き方を変えてしまうほどインパクトを持った作品。
それが、「僕」と「鼠」の物語だ。
彼の作品を読む際の僕の心構えは、昔といささかも変わっていない。
静かな場所で。
ゆっくりと。
高校時代、どきどきしながら、ひと文字ひと文字噛みしめるように読んだ。
読み終えるのがもったいなくて、ことさらゆっくりと。
「僕」と「鼠」の物語の始まり。
「僕」は僕に溶け込み、僕は「僕」の目線で世の中を見るようになった。
そういった意味で、月並みな言い方だけれど、その後の読書遍歴のみならず、生き方を変えてしまうほどインパクトを持った作品。
それが、「僕」と「鼠」の物語だ。
彼の作品を読む際の僕の心構えは、昔といささかも変わっていない。
静かな場所で。
ゆっくりと。
2022年3月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
初期の作品で、まとまりがないような感じ。
2014年12月5日に日本でレビュー済み
ずいぶん以前に読んだ気がする。最近、ニュースなどで村上春樹の名を目にするし、フィクションが読みたくなったので、再読。
風の歌を聴け 1979
夏の物語。夏というのは、何か扇情的な感じを与えるような気がする。
でも、「僕」は何も期待しない、ただ退屈してビールを飲んでやり過ごす。何故だか、関わることに躊躇してるよう。恋人からの拒絶、大人からの甘言。4本指の女は、ある種の(おとぎ話のような)理想を語り、近づくけれども、なんというかママゴトのような関係で終わり、行方知れず。夏、大学生、軽い酩酊、といった猶予期間。「僕」は、読書をするように世間を眺め、最小限の返答をする。「僕は、みんなが、好きだ」と言いつつ、「自分に厳しく」あり、人を傷つけず、正直である、何てことがあるのか。それは、昼の光、であるか、夜の闇かの二択になっちゃうのでは? おとぎ話のようなつるつるした文体で小説は進む。「そうであるかもしれないし、そうでないかもしれないし、そうであり且つそうでないかもしれない」と言う事はできるかもしれない。(何が伝わるだろうか?)ただそんな行動は取れないだろう。
1973年のピンボール 1980
基本的には前作と同じ主旨のような気がする。電気工と配電盤と双子は、DJとビーチボーイズのレコードと同窓の女の子か。ふいに訪れた外部。合うか合わないか、世界のあらゆるものについて価値基準を設定しておくには、人生の長さは些か心許ない。なんとなく禅問答のよう、獲得するより捨てていくことを目指す、そして、目指すことも捨てる。意志と行動、目的と結果、それこそお伽話では? 獲得に敗れ挫折し怨恨に包まれる、そんな行程を拒否するには、軽快な返答とビールを飲んでやり過ごすことにつきる。そうかもしれない
風の歌を聴け 1979
夏の物語。夏というのは、何か扇情的な感じを与えるような気がする。
でも、「僕」は何も期待しない、ただ退屈してビールを飲んでやり過ごす。何故だか、関わることに躊躇してるよう。恋人からの拒絶、大人からの甘言。4本指の女は、ある種の(おとぎ話のような)理想を語り、近づくけれども、なんというかママゴトのような関係で終わり、行方知れず。夏、大学生、軽い酩酊、といった猶予期間。「僕」は、読書をするように世間を眺め、最小限の返答をする。「僕は、みんなが、好きだ」と言いつつ、「自分に厳しく」あり、人を傷つけず、正直である、何てことがあるのか。それは、昼の光、であるか、夜の闇かの二択になっちゃうのでは? おとぎ話のようなつるつるした文体で小説は進む。「そうであるかもしれないし、そうでないかもしれないし、そうであり且つそうでないかもしれない」と言う事はできるかもしれない。(何が伝わるだろうか?)ただそんな行動は取れないだろう。
1973年のピンボール 1980
基本的には前作と同じ主旨のような気がする。電気工と配電盤と双子は、DJとビーチボーイズのレコードと同窓の女の子か。ふいに訪れた外部。合うか合わないか、世界のあらゆるものについて価値基準を設定しておくには、人生の長さは些か心許ない。なんとなく禅問答のよう、獲得するより捨てていくことを目指す、そして、目指すことも捨てる。意志と行動、目的と結果、それこそお伽話では? 獲得に敗れ挫折し怨恨に包まれる、そんな行程を拒否するには、軽快な返答とビールを飲んでやり過ごすことにつきる。そうかもしれない
2012年5月3日に日本でレビュー済み
GWの眠れぬ夜に,久しぶりに読みました.
「風の歌を聴け」は,ぼくが小説に登場する風景をたぶんよく知っているせいもあり,自分の脳に幾度も突き当たりながら,なつかしさも感じながら,読みました.
「1973年のピンボール」は,78台のピンボールが大きな倉庫に整然と並んでいる光景が,本当にすばらしいと思います.
村上春樹は初めから,パラレルワールドを行き来していました.
「風の歌を聴け」は,ぼくが小説に登場する風景をたぶんよく知っているせいもあり,自分の脳に幾度も突き当たりながら,なつかしさも感じながら,読みました.
「1973年のピンボール」は,78台のピンボールが大きな倉庫に整然と並んでいる光景が,本当にすばらしいと思います.
村上春樹は初めから,パラレルワールドを行き来していました.
2010年7月31日に日本でレビュー済み
『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』は、
「僕」という男と「鼠」という男、彼らを取り巻く女たちを軽妙な筆致で描いた作品である。
一応別作品とされているものの内容が繋がっている為、両方読まねば面白さが半減することを強調しておきたい。
物語には明確な起承転結がなく、暗示的な部分が多いものの、
独特のユーモアあふれる饒舌体とその時代の雰囲気は素晴らしいと感じた。
「僕」のレーゾン・デートゥルの説明には笑わせて頂いた。
また「僕」がピンボールの機種「スペースシップ」に寄せる人並みならぬ思いは面白い。
謎の双子の女の子も可愛らしい。村上春樹氏は娼婦めいた女の子を描くのが上手だと感じた。
この本には作者が執筆当時を振り返って寄せた楽屋話の小冊子が付いていて、そちらも興味深い。
「僕」という男と「鼠」という男、彼らを取り巻く女たちを軽妙な筆致で描いた作品である。
一応別作品とされているものの内容が繋がっている為、両方読まねば面白さが半減することを強調しておきたい。
物語には明確な起承転結がなく、暗示的な部分が多いものの、
独特のユーモアあふれる饒舌体とその時代の雰囲気は素晴らしいと感じた。
「僕」のレーゾン・デートゥルの説明には笑わせて頂いた。
また「僕」がピンボールの機種「スペースシップ」に寄せる人並みならぬ思いは面白い。
謎の双子の女の子も可愛らしい。村上春樹氏は娼婦めいた女の子を描くのが上手だと感じた。
この本には作者が執筆当時を振り返って寄せた楽屋話の小冊子が付いていて、そちらも興味深い。
2003年7月2日に日本でレビュー済み
休職生活に入ってから冬が過ぎ、春が訪れてそして夏がやってきた。ぼくにはかかえきれないほどの時間がある。「全作品」を通して初期3部作+ダンスダンスダンスを読み返してみようと思ったのはそのありあまる時間の故だったかも知れない。そうでないと日々の生活で腰を落ち着けて本を集中して読むなんてそうそうできることではない。ぼくはこの2作品を10代の後半に読んだ。あれから10年近い歳月が流れている。再読して感じたことは、ぼくが認識している村上春樹像とは違う人物が書いた小説のような気がしたことだ。エッセンスの萌芽のようなものは散見できるが、それだけだ。そして思うのは村上春樹は驚くべきほど遠い到達点までたどり着いているということだ。まだ時間ならある、これから羊をめぐる冒険を読み始めようと思う。







