この本の素晴らしさは、「本音」で語られているかどうかというより、大阪生まれの
沖縄人二世として大阪に生まれ、その後沖縄に移り住む著者の沖縄の諸問題に対する
目配りの幅広さと、冷静な思考に裏打ちされた主張の「まっとうさ」にあるといえよう。
著者の仲村氏は大阪時代には沖縄人として差別された経験を持つとともに、
一方では沖縄県出身者から「二世に基地問題の痛みはわからないよ」と面と向かって
言われた経験も持つ。
この本はそうした負の体験に懊悩しながらも真摯に沖縄問題に向き合い続けた人にしか
書けない本だ。
各章の末尾の「沖縄戦後史」もコンパクトにまとめ論じられており参考になる。
沖縄の近世史から沖縄と福島への「構造的差別」の問題まで実に多角的に論じられた
本書を強くお薦めしたい。
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本音の沖縄問題 (講談社現代新書) Kindle版
1952年4月28日、対日講和条約発効、沖縄が日本から切り離され、米軍統治下に置かれることが決定、それから20年後の1972年5月15日、沖縄、日本復帰。そして同時期、本土が大幅に減り続けた一方で、「復帰」した沖縄では、米軍基地の固定化、集中化が進む。その「代償」としての多額の補助金。それから40年、基地とカネをリンクしたシステムが完全に破綻しつつある沖縄で、いま何が起きているのか。
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2012/5/20
- ファイルサイズ1461 KB
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
仲村/清司
1958年、大阪市生まれの沖縄人二世。作家、沖縄大学非常勤講師。96年、那覇市に移住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
1958年、大阪市生まれの沖縄人二世。作家、沖縄大学非常勤講師。96年、那覇市に移住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B00ARCOVV0
- 出版社 : 講談社 (2012/5/20)
- 発売日 : 2012/5/20
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 1461 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 264ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 381,487位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 2,597位講談社現代新書
- - 3,913位政治 (Kindleストア)
- カスタマーレビュー:
著者について
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仲村清司(なかむらきよし)
1958年、大阪市生まれ。作家・沖縄大学客員教授。
81年、大谷大学文学部哲学科卒業。96年、那覇市に移住。03年4月沖縄大学人文学部コミュニケーション学科・非常勤講師。地方出版概論、出版制作概論、地方出版実践入門、地方出版実践演習。
2014年4月より沖縄大学客員教授
著書に『京都のススメ』(双葉社)『消えゆく沖縄』(光文社新書)『本音の沖縄問題』(講談社現代新書)『本音で語る沖縄史』(新潮社)『島猫と歩く那覇スージぐゎー』(双葉社)、猫力(コミック版アスコム)『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』(新潮文庫)、『沖縄うまいもん図鑑』(双葉文庫)、共著に『新書 沖縄読本』(講談社現代新書)、沖縄県謎解き散歩(新人物文庫)などがある。
*『ほんとうは怖い沖縄』→2012年度ジュンク堂那覇店ベストセラー6位、『沖縄県謎解き散歩』→2012年度ジュンク堂那覇店ベストセラー1位、『本音の沖縄問題』(講談社現代新書)2012年度ジュンク堂那覇店週間ベストセラー10ランクイン。
http://nakamura.ti-da.net/
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2017年3月26日に日本でレビュー済み
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2016年3月19日に日本でレビュー済み
対日講和条約発効し、沖縄が日本から切り離され、米軍統治下に置かれることが決定した。
それから20年後に、当時の首相の佐藤栄作が「日本万歳!天皇陛下万歳!」と叫んで、1972年5月15日、沖縄が日本復帰に復帰した。この佐藤首相の万歳の叫びに違和感を抱く、沖縄の人たちが大勢いたというのは、この本を読むまで感じなかった。感想だった。それまで、僕は沖縄の本土復帰は沖縄の人たちが待ちわびた、喜びの出来事でしかないと思っていたからだ。でも、沖縄の人たちは複雑な気持ちを持っていたということらしい。
本土が大幅に減り続けた一方で、この本ではないけれど、いろんな研究が示しているように本土の米軍基地が減少していったのとは反対に、沖縄の米軍基地は現状維持どころか、本土からの移転で米軍基地が増えていったという経緯があって、沖縄の人たちも占領されているということから、米軍の要求を泣く泣く受け入れてきたということなのだ。それで、「復帰」した後でも沖縄では、米軍基地の固定化、集中した状態が今でも続く。その「代償」としての多額の補助金をもらって。
著者の中村さんは、大阪生まれの沖縄人2世で沖縄に移住して15年、沖縄でもなかなか語られてこなかった沖縄人の本音を交え、「沖縄問題」に向き合っている。僕たちは沖縄の人たちを今でも見下さしているかもしれない。猛烈に反省させられる一冊となりました。
それから20年後に、当時の首相の佐藤栄作が「日本万歳!天皇陛下万歳!」と叫んで、1972年5月15日、沖縄が日本復帰に復帰した。この佐藤首相の万歳の叫びに違和感を抱く、沖縄の人たちが大勢いたというのは、この本を読むまで感じなかった。感想だった。それまで、僕は沖縄の本土復帰は沖縄の人たちが待ちわびた、喜びの出来事でしかないと思っていたからだ。でも、沖縄の人たちは複雑な気持ちを持っていたということらしい。
本土が大幅に減り続けた一方で、この本ではないけれど、いろんな研究が示しているように本土の米軍基地が減少していったのとは反対に、沖縄の米軍基地は現状維持どころか、本土からの移転で米軍基地が増えていったという経緯があって、沖縄の人たちも占領されているということから、米軍の要求を泣く泣く受け入れてきたということなのだ。それで、「復帰」した後でも沖縄では、米軍基地の固定化、集中した状態が今でも続く。その「代償」としての多額の補助金をもらって。
著者の中村さんは、大阪生まれの沖縄人2世で沖縄に移住して15年、沖縄でもなかなか語られてこなかった沖縄人の本音を交え、「沖縄問題」に向き合っている。僕たちは沖縄の人たちを今でも見下さしているかもしれない。猛烈に反省させられる一冊となりました。
ベスト1000レビュアー
沖縄の両親のもとに大阪に生まれ、その後、沖縄に戻り暮らしている仲村が、
沖縄人の視点から、沖縄問題を語る興味深い書。
東京の新聞や雑誌では、あまり聞こえてこない、沖縄の声が聞こえてくる。
もちろん、沖縄にもいろいろな意見があることも、仲村は紹介している。
全体的な基調としては、現状の閉塞感漂う状況に、悲観的な雰囲気に包まれている。
沖縄人の視点から、沖縄問題を語る興味深い書。
東京の新聞や雑誌では、あまり聞こえてこない、沖縄の声が聞こえてくる。
もちろん、沖縄にもいろいろな意見があることも、仲村は紹介している。
全体的な基調としては、現状の閉塞感漂う状況に、悲観的な雰囲気に包まれている。
2016年4月1日に日本でレビュー済み
日本地図から沖縄本島を切り抜き、微調整しながら東京西部から神奈川西部に置いてみると、切り抜いた沖縄本島の枠の中に横田基地、厚木基地、キャンプ座間、横須賀基地、そして、通信施設など複数の米軍施設が納まります。
実は日本で最も米軍基地が密集し、負担が多いのは沖縄ではなく、「関東西部です。」しかし、県単位でみると沖縄県が一番負担が多いという事になります。
(当然、県単位でみると、東京都、神奈川県の基地負担、被害は数値的に沖縄県より低くなります。)
ここでいう関東西部というのは東京西部と神奈川西部に跨がった"地域"になりますが、地域単位で見るのと、県単位で見るのとでは米軍基地問題の見え方も違ってくるわけです。一体誰が、米軍基地問題は県単位で見なければならない、語らなければならないと決めたのでしょうか?そして、なぜ、日本で最も米軍基地、施設が密集している関東西部の現状は政治家からも大メディアからも問題視されないのでしょうか?
この関東西部にある日本一の米軍基地密集地域であり、沖縄本島と同じ面積の中には沖縄県の人口より多い200万人以上の住民が住んでいるというのに。
まるで日本政府、沖縄県、本土メディアと沖縄二紙、ジャーナリスト、評論家などなどの間に、「米軍基地問題は県単位で語らなければならない。」、「関東西部の米軍基地負担や被害については触れてはならない。」、「沖縄だけが基地負担を押し付けられる被害者でなければならない。」という暗黙の了解があるようです。
そして、この本の著者もご多分に漏れず、「沖縄の米軍基地負担が一番多いと思い込んでいます。」
実は日本で最も米軍基地が密集し、負担が多いのは沖縄ではなく、「関東西部です。」しかし、県単位でみると沖縄県が一番負担が多いという事になります。
(当然、県単位でみると、東京都、神奈川県の基地負担、被害は数値的に沖縄県より低くなります。)
ここでいう関東西部というのは東京西部と神奈川西部に跨がった"地域"になりますが、地域単位で見るのと、県単位で見るのとでは米軍基地問題の見え方も違ってくるわけです。一体誰が、米軍基地問題は県単位で見なければならない、語らなければならないと決めたのでしょうか?そして、なぜ、日本で最も米軍基地、施設が密集している関東西部の現状は政治家からも大メディアからも問題視されないのでしょうか?
この関東西部にある日本一の米軍基地密集地域であり、沖縄本島と同じ面積の中には沖縄県の人口より多い200万人以上の住民が住んでいるというのに。
まるで日本政府、沖縄県、本土メディアと沖縄二紙、ジャーナリスト、評論家などなどの間に、「米軍基地問題は県単位で語らなければならない。」、「関東西部の米軍基地負担や被害については触れてはならない。」、「沖縄だけが基地負担を押し付けられる被害者でなければならない。」という暗黙の了解があるようです。
そして、この本の著者もご多分に漏れず、「沖縄の米軍基地負担が一番多いと思い込んでいます。」
2012年6月17日に日本でレビュー済み
現代の沖縄が抱えている問題を4章に分け、仲村さんの、厳しくも独自の視点からまさに本音で整理論評した中身の濃い一冊です。
私の読後感。それは読めば読むほど沖縄がわからなくなってくるということに尽きると思います。
ただでさえ難しい複雑な現代沖縄の諸事情を整理し評論した仲村さんも、実際、文章にし出版するに当たっては非常に「難しさ」を感じたと、察するに余りあります。
そして、沖縄に住んだこともない基地もない地方の住民である私が感想を書くというのも、確かなところ本当に難しい。難しいというよりは「わからない」です。
私の住んでいる県も含めて到底内地では考えられない問題が複雑に絡み合っているのが現実なのだということを感じました。戦後と復帰後の米軍基地問題、自衛隊の駐屯と兵隊に対する地元の意識、歴史教科書の書き換え、また先島との格差や問題意識の違い。こと基地一つにしても、辺野古への移設問題や、補助金経済、はたまた軍用地売買、あまりに複雑で、読み進めていくと、沖縄がよくわからなくなってきます。それが一番の実感です。
この本を読んで現代沖縄の事情を自分なりにどう判断していけばいいのか、沖縄とどう接して行けばいいのか、あるいはそれ(沖縄を考えること自体)が良いのか悪いのかも不安になってきます。
これまで、自分なりに沖縄の歴史、琉球王国の盛衰や太平洋戦争末期の悲劇を勉強してきたつもりです。
そんな「独自な歴史」という直線の線上に生きているが故に沖縄問題はますます複雑になっている。この本はそれを教えてくれます。批判や抗議も覚悟しての執筆であったかと察すると、仲村さんの「勝負に出た」感がひしひしと感じられます。
うちなーの方の感想はどうでしょうか?聞いてみたい気がします。
私の読後感。それは読めば読むほど沖縄がわからなくなってくるということに尽きると思います。
ただでさえ難しい複雑な現代沖縄の諸事情を整理し評論した仲村さんも、実際、文章にし出版するに当たっては非常に「難しさ」を感じたと、察するに余りあります。
そして、沖縄に住んだこともない基地もない地方の住民である私が感想を書くというのも、確かなところ本当に難しい。難しいというよりは「わからない」です。
私の住んでいる県も含めて到底内地では考えられない問題が複雑に絡み合っているのが現実なのだということを感じました。戦後と復帰後の米軍基地問題、自衛隊の駐屯と兵隊に対する地元の意識、歴史教科書の書き換え、また先島との格差や問題意識の違い。こと基地一つにしても、辺野古への移設問題や、補助金経済、はたまた軍用地売買、あまりに複雑で、読み進めていくと、沖縄がよくわからなくなってきます。それが一番の実感です。
この本を読んで現代沖縄の事情を自分なりにどう判断していけばいいのか、沖縄とどう接して行けばいいのか、あるいはそれ(沖縄を考えること自体)が良いのか悪いのかも不安になってきます。
これまで、自分なりに沖縄の歴史、琉球王国の盛衰や太平洋戦争末期の悲劇を勉強してきたつもりです。
そんな「独自な歴史」という直線の線上に生きているが故に沖縄問題はますます複雑になっている。この本はそれを教えてくれます。批判や抗議も覚悟しての執筆であったかと察すると、仲村さんの「勝負に出た」感がひしひしと感じられます。
うちなーの方の感想はどうでしょうか?聞いてみたい気がします。
2012年6月17日に日本でレビュー済み
沖縄タイムスでの連載の書籍化。沖縄世論を牽引する新聞での発言なので、今の沖縄はどういう論調を支持する空気なのか、かなり参考になった。沖縄の空気が、反東京で先鋭化したなあと感じるとともに、著者自身の主張もラディカルになっているのを感じた。沖縄の負担が過重であるのは間違いない。とりわけ素行の悪い海兵隊を万単位のオーダーで抱え、米軍犯罪が毎年100件程度起きていること、実弾を使った訓練を行なっていることが沖縄県民の不安を増幅させてことは間違いない。しかし、最近の「沖縄民族主義」「沖縄は犠牲者」的な沖縄世論の展開には、ちょっとついていけないな、とも思う。
軍事問題に関する著者の見解にも違和感を感じる。例えば「常識的に見て、中国が先島や尖閣に軍事侵攻するなどありえない、そうなれば地域紛争ではすまなくなる(p48)」というが、八重山は台湾の側背にある上、嘉手納より中国本土からの方が距離が近い。台湾有事の際、兵站輸送の中継地確保や、米軍の援護を遮断するために直ちに占拠するというのは想定しうる。実際、沖縄戦では、泊地確保目的で慶良間諸島が先んじて占領されている。中国は南シナ海で、フィリピンが実効支配している離島を占拠した実績もあり、中台問題がある限り可能性はゼロではない。
それと、PAC3の配備で「常識的に考えて警備は警察が担当するのが普通(p63)」というが、どこの国でも軍隊は衣食住はもちろん道路建設や医療、警備も自己完結が原則だ。「戦場でも警察が軍隊守れるなら軍隊イラネ」という喩えは極端だが、PAC3配備だって練習じゃない訳で。「軍隊の警備は警察に丸投げすべき」という意見が常識なのは沖縄だけではないか。
また、著者は八重山の右傾化を懸念しているが、八重山を統治する沖縄本島は、自らの世論に逆行する八重山の「右傾化」を許せないんじゃないか。中国の脅威を直視すると「米軍や自衛隊は必要」と想定もせざるをえない。しかし、沖縄世論でそんな想定は許されない。だから、中国の進出は「ありえない脅威(p49)」を煽って南西諸島の防衛強化を狙う政府が、過疎化で貧しい八重山につけこんで県内を分断する工作だ、県民一丸で軍事強化の思惑を拒否しなければならない。中国とは融和するべきだ。というロジックを沖縄世論は取らざるをえない。でも、八重山住民の不安に耳を傾けてやんなよと言いたくなる。本島が東京を米国の利益代理人とみなして見捨てつつあるように、尖閣事件のように中国の脅威を肌で感じる八重山の声を「右傾化だ」として切り捨てる本島を、八重山諸島は見捨てつつあるのかもしれない。
本書でも紹介されている大久保潤「 幻想の島・沖縄 」は教員、公務員、資本家、地元マスコミなど、現地のエリート層が反日、反基地を煽ることで県民の目をそらすことで、全国最低クラスの所得、学力、離婚率の改善など、足元の地道な県民福祉を怠っていると指摘している。著者は「県内マスコミが健全な権力批判をしている」という。大久保氏に言わせれば、それは「県庁とベッタリになって政府を叩いているだけ」のことだ。
厳しい指摘を多くした。それでも著者の真剣な沖縄論考は評価したい。沖縄2世として関西で生まれ育ったこともあり、本書は補助金の問題や先島差別など、比較的本土と沖縄のバランスを保った見方ができている。だが、世論が先鋭化する一方の沖縄は今後どうなるんだろう。補助金・優遇税制と基地はリンクしている。「基地はいらないが補助金や地代は増額してほしい」「補助金漬けで自立が阻害されているが、基地がある沖縄が補助金を得るのは当然」という、沖縄の本音と建前はどんどん乖離している。貧困者や八重山と利害を共有できなくなるのではないか。
軍事問題に関する著者の見解にも違和感を感じる。例えば「常識的に見て、中国が先島や尖閣に軍事侵攻するなどありえない、そうなれば地域紛争ではすまなくなる(p48)」というが、八重山は台湾の側背にある上、嘉手納より中国本土からの方が距離が近い。台湾有事の際、兵站輸送の中継地確保や、米軍の援護を遮断するために直ちに占拠するというのは想定しうる。実際、沖縄戦では、泊地確保目的で慶良間諸島が先んじて占領されている。中国は南シナ海で、フィリピンが実効支配している離島を占拠した実績もあり、中台問題がある限り可能性はゼロではない。
それと、PAC3の配備で「常識的に考えて警備は警察が担当するのが普通(p63)」というが、どこの国でも軍隊は衣食住はもちろん道路建設や医療、警備も自己完結が原則だ。「戦場でも警察が軍隊守れるなら軍隊イラネ」という喩えは極端だが、PAC3配備だって練習じゃない訳で。「軍隊の警備は警察に丸投げすべき」という意見が常識なのは沖縄だけではないか。
また、著者は八重山の右傾化を懸念しているが、八重山を統治する沖縄本島は、自らの世論に逆行する八重山の「右傾化」を許せないんじゃないか。中国の脅威を直視すると「米軍や自衛隊は必要」と想定もせざるをえない。しかし、沖縄世論でそんな想定は許されない。だから、中国の進出は「ありえない脅威(p49)」を煽って南西諸島の防衛強化を狙う政府が、過疎化で貧しい八重山につけこんで県内を分断する工作だ、県民一丸で軍事強化の思惑を拒否しなければならない。中国とは融和するべきだ。というロジックを沖縄世論は取らざるをえない。でも、八重山住民の不安に耳を傾けてやんなよと言いたくなる。本島が東京を米国の利益代理人とみなして見捨てつつあるように、尖閣事件のように中国の脅威を肌で感じる八重山の声を「右傾化だ」として切り捨てる本島を、八重山諸島は見捨てつつあるのかもしれない。
本書でも紹介されている大久保潤「 幻想の島・沖縄 」は教員、公務員、資本家、地元マスコミなど、現地のエリート層が反日、反基地を煽ることで県民の目をそらすことで、全国最低クラスの所得、学力、離婚率の改善など、足元の地道な県民福祉を怠っていると指摘している。著者は「県内マスコミが健全な権力批判をしている」という。大久保氏に言わせれば、それは「県庁とベッタリになって政府を叩いているだけ」のことだ。
厳しい指摘を多くした。それでも著者の真剣な沖縄論考は評価したい。沖縄2世として関西で生まれ育ったこともあり、本書は補助金の問題や先島差別など、比較的本土と沖縄のバランスを保った見方ができている。だが、世論が先鋭化する一方の沖縄は今後どうなるんだろう。補助金・優遇税制と基地はリンクしている。「基地はいらないが補助金や地代は増額してほしい」「補助金漬けで自立が阻害されているが、基地がある沖縄が補助金を得るのは当然」という、沖縄の本音と建前はどんどん乖離している。貧困者や八重山と利害を共有できなくなるのではないか。






