本作は海外の作家の作品を翻訳者としての村上と柴田が論じる一冊である。従い、
当該作家の本を読んだことが無い読者にとっては、いささか理解しがたい点が
出てくる点はやむを得ない。但し、それでも二人の話術ともいうべき語り口で
読ませてしまうところが徳と言えるか。
本書の興趣は、「作家としての村上」と「翻訳者としての柴田」の相似と相違を
読む点にあると僕は思う。
村上は徹底して「作家」という立場から翻訳をしてきている。彼がしばしば本書
で語る「翻訳から学ぶこと」の目的とは、シンプルに自らの執筆に活かすという
点である。対象とする作家の一文、一単語を日本語に直すという作業を通じて
村上はその作家に「寄り添う」ことになる。若しくは、その作家が作品を書き上げた
路を「追体験する」とでも言えば良いのかもしれない。ほの暗い路を村上が
時としては手探りで歩いていく姿が目に浮かぶ。
一方柴田はどうなのか。
柴田はプロの翻訳家であってプロの作家ではない。彼が行う「作業」は基本的には
村上と同じだという点では「相似」である。
但し、目的はおそらく全く違うところにあるはずだ。少なくとも柴田は自らの文体を
作家として磨いていこうというようには思わないような気がする。
村上が作家として文体に徹底的に拘ってきた地点とは違う場所に柴田は立っている
のではなかろうか。そう考えることで村上と柴田の「相違」が浮かび上がってくるように
思える。やや曖昧な話なのだと反省するが、現段階では、僕もここまでしか
語りえない。語りえないことには沈黙するしかないとはどこかの哲学者の言葉
だったことも思い出した。
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本当の翻訳の話をしよう 単行本 – 2019/5/9
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村上春樹と柴田元幸の対談集、ついに刊行決定。
文芸誌『MONKEY』を主な舞台に重ねられた、
小説と翻訳をめぐる対話が一冊に。
【CONTENTS】
帰れ、あの翻訳(村上+柴田)
翻訳の不思議(村上+柴田)
日本翻訳史 明治篇(柴田)
小説に大事なのは礼儀正しさ(村上+柴田)
短篇小説のつくり方(村上+柴田)
共同体から受け継ぐナラティブ——『チャイナ・メン』(村上+柴田)
饒舌と自虐の極北へ——『素晴らしいアメリカ野球』(村上+柴田)
翻訳講座 本当の翻訳の話をしよう(村上+柴田)
文芸誌『MONKEY』を主な舞台に重ねられた、
小説と翻訳をめぐる対話が一冊に。
【CONTENTS】
帰れ、あの翻訳(村上+柴田)
翻訳の不思議(村上+柴田)
日本翻訳史 明治篇(柴田)
小説に大事なのは礼儀正しさ(村上+柴田)
短篇小説のつくり方(村上+柴田)
共同体から受け継ぐナラティブ——『チャイナ・メン』(村上+柴田)
饒舌と自虐の極北へ——『素晴らしいアメリカ野球』(村上+柴田)
翻訳講座 本当の翻訳の話をしよう(村上+柴田)
- 本の長さ288ページ
- 言語日本語
- 出版社スイッチパブリッシング
- 発売日2019/5/9
- ISBN-104884184661
- ISBN-13978-4884184667
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商品の説明
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
村上/春樹
1949年生まれ。作家、翻訳家
柴田/元幸
1954年生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。現在、文芸誌『MONKEY』の責任編集を務めている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1949年生まれ。作家、翻訳家
柴田/元幸
1954年生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。現在、文芸誌『MONKEY』の責任編集を務めている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : スイッチパブリッシング (2019/5/9)
- 発売日 : 2019/5/9
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 288ページ
- ISBN-10 : 4884184661
- ISBN-13 : 978-4884184667
- Amazon 売れ筋ランキング: - 291,851位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 237位論文集・講演集・対談集
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
5つ星のうち4.2
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村上さんと柴田さんの対談集。対談は非常に興味深い内容が多く、
翻訳者が何を考えて翻訳しているのかが浮き彫りになって面白かった。
途中に柴田さんの講義のみが入っているパートがあるのですが、
翻訳論としては非常に興味深い内容ではあるんだけど、このパートの文章を入れるよりも、
対談による翻訳論をもう少し読みたかったな、というのが個人的な感想。
翻訳全般に興味がある人は問題ないと思ったけど、
対談集を読みたかった私的には肩透かしのパートでした。
翻訳者が何を考えて翻訳しているのかが浮き彫りになって面白かった。
途中に柴田さんの講義のみが入っているパートがあるのですが、
翻訳論としては非常に興味深い内容ではあるんだけど、このパートの文章を入れるよりも、
対談による翻訳論をもう少し読みたかったな、というのが個人的な感想。
翻訳全般に興味がある人は問題ないと思ったけど、
対談集を読みたかった私的には肩透かしのパートでした。
ベスト50レビュアー
『本当の翻訳の話をしよう』(村上春樹・柴田元幸著、スイッチ・パブリッシング)は、作家・翻訳家の村上春樹と、翻訳家の柴田元幸の翻訳を巡る対談集です。
「●村上=南部からはマッカラーズ、カポーティ、フォークナーのような荒っぽい風が吹いてきて、東部と南部がとてもいい具合にお互いを刺激していた。僕はカポーティやマッカラーズが南部に落着いているんじゃなくて、ニューヨークに出てきて、そこで違和感を覚えながらも創作活動を続けている感じが、割に好ましいと思っていて、そうした南部からの文化の流入は、60年代にラテンアメリカ文学のガルシア・マルケスやボルヘスが入り込んできたときのインパクトに匹敵するんじゃないかと」。
レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』の「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」という有名な台詞について。「●村上=そもそもハード(hard)とタフ(tough)は違いますよね。●柴田=はい、違います。hardは『無情』『非情』という完全に否定的な意味ですが、日本語の『タフ』はそうでない。だから、もしhardを『タフ』と訳すと、彼女の最初の問いが成り立たなくなる。hardな人間がgentle(優しい)という逆説に彼女は驚いているわけだから、タフ=強い人間が優しくなるというのは全然逆説ではない。●村上=あと、ここに2回出てくるaliveという言葉が大事だと思うんです。『生きていけない』のところは原文ではI wouldn’t be aliveですが、これは『生き続けてはいけない』という意味ですよね。●柴田=ええ、ロサンゼルスの厳しい裏世界で今ごろ生きちゃいないだろう、ということですね。●村上=そういう意味では『タフでなければ生きていけない』というのはかなりの意訳なんですが、響きとしてはいいんですよ。●柴田=かっこいいですよね。●村上=読む方としては気持ちいいんだけど、翻訳としてはちょっとまずい。翻訳者としては難しいところです。僕はhardを『厳しい心を持つ』というふうに置き換えている。ずいぶん迷って何度も書き直し、ゲラの段階でも何度も書き直して,やっとこの訳に落着いたんだけど。●柴田=たぶん『無情』ではネガティブすぎると思われたのでは。●村上=というか言葉の響きがあまり好きじゃない。●柴田=この文脈をいったん離れて考えると、人をhardだ、というのはすごく否定的です。たとえば“You are a hard man, Mr. Murakami”と言ったら『村上さん、あんたは血も涙もない人だ』みたいな意味だから、ここでもhardはかなりネガティブに訳す方が妥当です。それで僕は『無情でなければ』と否定的な感じを強調して訳したんですが、さすがにこれでは読者がマーロウを好きにならないだろうなという自覚はあります(笑)。●村上=そうですね(笑)。●柴田=村上さんがhardを『厳しい心を持たずに』と訳したのは、そのあたりをやや和らげた感じでしょうか? ●村上=うん。ちょっと引き延ばして訳したんですね。もう少しネガティブな要素があった方がいいかもしれない。●柴田=ただ、ここで大事なのはhardとgentleのコントラストであって、村上さんの訳では、『厳しい』と『優しい』というふうに漢字一文字+『しい』のペアになっていてコントラストがきれいにわかる。そこはさすがだと思いました。●村上=I wouldn’t be aliveのところですが、僕はこのaliveを『生きていけない』と訳すのはちょっと荒っぽいと思うんですよね。『生きてはいなかっただろう』というニュアンスがないといけないと思う。●柴田=なるほど。で、村上さんの訳は『生きのびてはいけない』となっているんですね。●村上=でも、僕の訳も柴田さんの訳も口には出しにくいですね。有名な『タフでなければ・・・』の方が覚え易い」。
村上訳は、「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない」、一方の柴田訳は、「無情でなければ、いまごろ生きちゃいない。優しくなれなければ、生きている資格がない」となっています。
本書からは、翻訳の難しさがひしひしと伝わってきます。
「●村上=南部からはマッカラーズ、カポーティ、フォークナーのような荒っぽい風が吹いてきて、東部と南部がとてもいい具合にお互いを刺激していた。僕はカポーティやマッカラーズが南部に落着いているんじゃなくて、ニューヨークに出てきて、そこで違和感を覚えながらも創作活動を続けている感じが、割に好ましいと思っていて、そうした南部からの文化の流入は、60年代にラテンアメリカ文学のガルシア・マルケスやボルヘスが入り込んできたときのインパクトに匹敵するんじゃないかと」。
レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』の「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」という有名な台詞について。「●村上=そもそもハード(hard)とタフ(tough)は違いますよね。●柴田=はい、違います。hardは『無情』『非情』という完全に否定的な意味ですが、日本語の『タフ』はそうでない。だから、もしhardを『タフ』と訳すと、彼女の最初の問いが成り立たなくなる。hardな人間がgentle(優しい)という逆説に彼女は驚いているわけだから、タフ=強い人間が優しくなるというのは全然逆説ではない。●村上=あと、ここに2回出てくるaliveという言葉が大事だと思うんです。『生きていけない』のところは原文ではI wouldn’t be aliveですが、これは『生き続けてはいけない』という意味ですよね。●柴田=ええ、ロサンゼルスの厳しい裏世界で今ごろ生きちゃいないだろう、ということですね。●村上=そういう意味では『タフでなければ生きていけない』というのはかなりの意訳なんですが、響きとしてはいいんですよ。●柴田=かっこいいですよね。●村上=読む方としては気持ちいいんだけど、翻訳としてはちょっとまずい。翻訳者としては難しいところです。僕はhardを『厳しい心を持つ』というふうに置き換えている。ずいぶん迷って何度も書き直し、ゲラの段階でも何度も書き直して,やっとこの訳に落着いたんだけど。●柴田=たぶん『無情』ではネガティブすぎると思われたのでは。●村上=というか言葉の響きがあまり好きじゃない。●柴田=この文脈をいったん離れて考えると、人をhardだ、というのはすごく否定的です。たとえば“You are a hard man, Mr. Murakami”と言ったら『村上さん、あんたは血も涙もない人だ』みたいな意味だから、ここでもhardはかなりネガティブに訳す方が妥当です。それで僕は『無情でなければ』と否定的な感じを強調して訳したんですが、さすがにこれでは読者がマーロウを好きにならないだろうなという自覚はあります(笑)。●村上=そうですね(笑)。●柴田=村上さんがhardを『厳しい心を持たずに』と訳したのは、そのあたりをやや和らげた感じでしょうか? ●村上=うん。ちょっと引き延ばして訳したんですね。もう少しネガティブな要素があった方がいいかもしれない。●柴田=ただ、ここで大事なのはhardとgentleのコントラストであって、村上さんの訳では、『厳しい』と『優しい』というふうに漢字一文字+『しい』のペアになっていてコントラストがきれいにわかる。そこはさすがだと思いました。●村上=I wouldn’t be aliveのところですが、僕はこのaliveを『生きていけない』と訳すのはちょっと荒っぽいと思うんですよね。『生きてはいなかっただろう』というニュアンスがないといけないと思う。●柴田=なるほど。で、村上さんの訳は『生きのびてはいけない』となっているんですね。●村上=でも、僕の訳も柴田さんの訳も口には出しにくいですね。有名な『タフでなければ・・・』の方が覚え易い」。
村上訳は、「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない」、一方の柴田訳は、「無情でなければ、いまごろ生きちゃいない。優しくなれなければ、生きている資格がない」となっています。
本書からは、翻訳の難しさがひしひしと伝わってきます。
殿堂入りベスト50レビュアー
前作は二人の競訳が読み所であっが、今回は二人の翻訳談義が面白い。英語歌詞の翻訳から始まったという柴田氏と高校時代からアメリカ文学を読んできたという村上氏。
二人の翻訳スタンスは少し違う。カポーティ作品の同じある箇所を村上氏は「彼は通行人の顔をひとつひとつたしかめるようにながめていったが、捜し求める相手はほどなくみつかった。緑色のレインコートを着た若い娘だ。」と訳し、柴田氏は「ヴィンセントは通行人一人ひとりの顔を眺め、ある人物を探し、やがて彼女が見えたー緑のレインコートを着た若い女。」と訳した。村上氏の翻訳はどこまでも小説的だ。しかも、文章が上手く、丁寧だ。それに対して柴田氏の訳は、文学的で、小説の場面が浮かぶように筋道を通して訳している。優劣はつけがたい。好みの問題だ。
欲を言えば、トマス・ピンチョンの翻訳の難業を柴田氏に語り尽くして欲しかった。これは次回の楽しみに取っておこう。
お勧めの一冊だ。
二人の翻訳スタンスは少し違う。カポーティ作品の同じある箇所を村上氏は「彼は通行人の顔をひとつひとつたしかめるようにながめていったが、捜し求める相手はほどなくみつかった。緑色のレインコートを着た若い娘だ。」と訳し、柴田氏は「ヴィンセントは通行人一人ひとりの顔を眺め、ある人物を探し、やがて彼女が見えたー緑のレインコートを着た若い女。」と訳した。村上氏の翻訳はどこまでも小説的だ。しかも、文章が上手く、丁寧だ。それに対して柴田氏の訳は、文学的で、小説の場面が浮かぶように筋道を通して訳している。優劣はつけがたい。好みの問題だ。
欲を言えば、トマス・ピンチョンの翻訳の難業を柴田氏に語り尽くして欲しかった。これは次回の楽しみに取っておこう。
お勧めの一冊だ。






